11.マザーバグ
マザーバグ討伐作戦当日。
ディランの崩壊した南門の前にブレイバー達が集っていた。ブレイバー隊は巨大人型ロボットも含め三十人。ディランの街のブレイバーは十人ほど集まっていた。その中にはクロードとマーベルの姿があるが、サイカとエムの姿はない。
シッコクは人数を確認すると、
「たったの十人か……腑抜け共め」
と悪態をついた。
そこにすっかり回復したミーティアが新しい鎧を身に纏い、シッコクの背後にやってくると、頭を下げる。
「シッコク様。昨日の不始末、申し訳ございませんでした」
「気は済んだか?」
「はい」
「気にするな。お前が無事で何よりだ。それにあのサイカと言う女ブレイバー、なかなか面白い」
そのサイカと言う名前がシッコクの口から出た事に驚くミーティア。
「シッコク様それは!」
「お前は気付かなかったか? あいつは一度死んだブレイバーだ」
「一度……死んだ?」
「死んだ奴はそこから這い上がった時、真価を発揮する」
「しかし、この場にも来ていない腰抜けです」
「来るさ」
自身に満ちた笑みを浮かべるシッコクは、大型巨大ロボットを見上げ声を掛ける。
「ロウセン」
ロボットは顔をシッコクに向けた。
「ここから南だ。先行偵察を頼む」
ロウセンは頷くと、背中と脚のブースターを使い空を飛ぶ。やはり巨大ロボットが物珍しく、ブレイバー隊以外の十人のブレイバー達は皆、目を輝かせて見ていた。
するとシッコクは剣を地面に立て、その音で皆の静粛を呼び注目を集める。
「諸君、よくぞ集まってくれた。マザーバグはここから南、バグの巣と呼ばれる場所に我々は向かう。何体のバグがいようと臆するな! どんなに犠牲が出ようと屈するな! 今日、ここに集まった四十人のブレイバーの名がこの世界の歴史に刻まれる! 行くぞ!」
シッコクはそう叫ぶと剣を鞘から抜き、空に掲げた。
ブレイバー隊も各々の武器を空に掲げ、雄叫びを上げた。
「おおおお!!」
そんな中、クロードは、
「俺、こういうの苦手」
と冷めた目でその盛り上がる集団を傍観していた。
クロードの横でマーベルもシッコクに疑いの眼差しを向けつつ、無言を貫いており、そんなマーベルにクロードは話し掛ける。
「マーベルさんよ。夢世界でどんな因縁があるかは知らねーけど、信用出来てないならなんで参加するんだ」
「魚心あれば水心よ」
「う、うお? なんだそれ。夢世界の言葉か?」
「相手の出方次第で考えるって事。前に私の夢主が得意気に言ってたのよ。シッコクはこの世界では立派な騎士様だけど、夢世界では狂った騎士。見極めさせてもらうわ」
そんな会話をしていると、ブレイバー達が移動を始めたので、クロードとマーベルもそれに着いて行く。
歩き出して間も無く、一人の槍を背負った女性がクロードの横まで来て話しかけて来た。
「へえ、あんた銃ゲームの出身だね」
彼女はそう言いながらクロードが背負うスナイパーライフルを見回す。
「これはキミのハートを撃ち抜く為の銃さ」
とクロードはウインクで返した。
「ふふっ。色男は嫌いじゃないよ。私はマリッペ。皆からはマリと呼ばれている。よろしくね」
「クロードだ。宜しくお嬢さん」
「うちの部隊にも銃ゲーム出身の奴何人かいてね。それ、スナイパーライフルってやつでしょ。遠くから狙撃するやつ」
「へぇ。やっぱりブレイバー隊って凄いんだな。今までどれ位のバグを倒してきたんだ?」
「バグはたまにしか戦わないからねぇ」
「ん? どう言うことだ?」
「あー、ごめん。今の忘れて」
つい口を滑らせてしまったマリは、苦笑いしながらそう言った。
「ふーん」
横目でマリを見ながら話を流してやるクロードだった。
ブレイバー隊がバグの巣に向かう中、サイカはディランの宿屋にある自分の部屋で眠っていた。
心地良い夢を見ていた。
アヤノと言う初々しい娘と共に過ごし、とてもくだらないが暖かい時間だ。オリガミに好かれ抱き付かれるのも悪くない。そんな夢だ。
サイカは目を覚ますと、青い空と白い雲がそこにある。
今見た夢を思い返すと、一つ不可解な事があった。アヤノと町を歩いている時、よく聞き取れなかったが、自分の声が聞こえた気がした。あれはなんだったのか、サイカはしばらく空をぼんやりと眺めながら考えてみたが、すぐに思考する事をやめた。
上半身を起こし、眠気眼を擦りながら周りを見渡すとまたもサイカに背を向け床に座るエムの姿が見える。
「おはよう、エム」
「お、おはようございます!」
「どうした?」
「だから! なんでサイカはいつも裸で寝てるんですか!」
「あっ、ごめん」
サイカが着替えを始めると、エムが背中を向けたまま話しかけてきた。
「バグ討伐に行くブレイバー達はもう出発しましたよ」
「そう」
「あの……サイカは行かなくていいんですか?」
「レベル五のバグは、生半可な気持ちで挑む相手じゃないから」
そう言いながら忍び装束に着替え終わったサイカは、壁に立て掛けていたキクイチモンジを手に取り腰に下げた。
「サイカは戦った事があるんですか?」
エムのその質問に、サイカは答えなかった。
すると、サイカの部屋に近付く足音が一つ。サイカは空かさず刀の柄に手を添え構える。エムも慌てて立ち上がり、サイカの後ろに回ると杖を両手で持った。
扉は壊れて無くなっているので、廊下は見える。足音から察するにもうすぐ、廊下から人影が見えるはず。もし手に武器を持っていよう物なら迷わず斬る。サイカはそう考え身構える。
やがて人影が見え、ゆっくりと訪問者が現れる。顔を確認したサイカとエムはニ人揃って目を丸くして驚いた。
「「レイラおばさん!?」」
そこに現れたのは、この宿屋の主であるレイラその人であった。
サイカは力を抜き、抜刀の構えを解くと、安堵の溜息を吐きレイラに近付く。
「生きて……いたんですね」
安堵の表情を浮かべるサイカの横で、エムもレイラに抱き着いていた。
「レイラおばさん!」
レイラはエムの頭を撫でる。
「なんだい、ニ人とも元気そうじゃないか」
「今までいったい何処に」
とサイカが問う。
「食材の仕入れで隣町まで行ってたんだけどねぇ。バグの襲撃があったって言うからしばらく滞在してたのよ。そしたら昨日、えっと、クロードさんが私を探しに来てね。もうディランは大丈夫だから、日を置いて戻ってきなって」
「あいつが!?」
宿屋でサイカが待ち続ける間、クロードはレイラの行方を探しており、レイラを隣町で見つけるに至っていた。
「宿屋の立て直し、早速始めなきゃダメね」
そう言いながら見るも無残な部屋を眺めるレイラおばさんを横に、サイカは何も教えてくれなかったクロードに怒りを覚え、拳を震わせ唇を噛み俯いていた。
そんなサイカを見たレイラは、サイカに助言をする。
「サイカちゃん。貴方はブレイバーである前に人間と私は思っているわ。今の貴方は人と関わる事を怖れているけれど、でもね、どうしたって人間と言う生き物は、誰かに支えられて生きていかなきゃならないの。それはわかるね?」
サイカは口を開かないが、レイラは話を続けた。
「今思っている事があるなら、すぐにそれをぶつけて見なさい。やりたい事があるなら、やってみなさい。悩んでいるなら進んでみなさい。それは悪い事になるかも知れないけど、何もしないで悪い事になる方がよっぽど後悔するわよ」
その言葉に背中を押されたサイカは、
「行ってくる」
と走り出した。向かうは討伐に出かけたブレイバー達の所である。
レイラはサイカを見送ると、不安そうにサイカの背中を見るエムにも話し掛ける。
「エムくん。貴方も男の子なら、サイカのこと守ってあげなさい」
それを言われたエムも、
「行って来ます! レイラおばさん」
とサイカを追い駆けた。
エムの背中も見送ったレイラは、
「さてと、まずはあの子らが帰って来た時の宴会準備でもしますかね」
と裾を捲り肩を回した。
一方その頃。丘を越え、バグの巣があるとされる森林を目前としたシッコク率いるブレイバー達。進行を阻止せんとするバグの軍勢が出迎えていた。
スナイパーライフルのスコープ越しに、その大量のバグを見たクロード。
「おいおい、なんかの冗談だろ」
百も軽く超える大小様々なバグがそこにはおり、赤い目をギラギラと輝かせていた。
「流石にこの数は異常ね。マザーバグっていったい何なの」
とマーベル。
シッコクはそれでも臆する事なく、剣を鞘から抜き、進行方向を示す。
「この程度、我らの敵では無い! ロウセン! 手始めに一撃お見舞いしてやれ!」
シッコクの指示により、ロウセンは自身が持つ巨大なビームライフルを両手で構え、躊躇なくそれを発射した。
その緑色の光線は、地面を抉り、岩をも溶かし、樹木を焼き払いながらもバグの群れに直撃する。
数十体のバグがその攻撃で跡形も無く消滅した。
「ひゅー。ビーム撃つとか有りかよ」
クロードはそう言いながらもスナイパーライフルの引き金を引き、一体のバグの中心を貫く。見事に中のコアを打ち抜き、そのバグは消滅した。
続くように、銃や矢を持つブレイバー達が一斉に攻撃を始め、その弾幕がバグの軍勢に降り注いだ。
バグの軍勢も反撃をする。光線を放てるバグ達による攻撃が放たれ、その場は飛び道具と光線が飛び交う戦場へと早変わり。
そんな中、バグの大半が前進を開始した。
ロウセンによる第ニ撃が再び数体のバグを吹き飛ばすと、シッコクの合図で近接武器を持ったブレイバー達が前進する。
やがてブレイバーとバグは正面衝突をした。
ブレイバーの剣や槍がバグを切り裂き、バグも牙や刃を模したその紫色の体でブレイバー達に襲いかかる。
さすがの精鋭部隊と言われているだけあって、圧倒的な強さを見せている。が、有志で参加したブレイバー達は、ここまでの大規模戦は初めての者も多く、早速何人かバグにやられ倒れている者もいた。
更にはこのバグ達は狡猾で、ブレイバーの弱点をよく知っている様である。町を襲撃した時と同様に、直接コアを狙ったり、頭や脚を損傷させて動けなくしたところでコアを破壊すると言った行動を取ってくるのだ。
魔法使い、弓使い、銃使いで構成された後衛部隊は、マーベルが魔法障壁により光線を防いでいる横で、前衛部隊に当たらない様に援護をする。
その更に後方でロウセンもライフルを構えて待機しているが、撃つ気配はなかった。
それもそのはず、前線は乱戦状態となっており、クロードさえも照準を絞れなかった。
「こう動かれると狙い難いな」
そう言いながらもクロードは一体のバグを狙撃で仕留める。
マーベルは障壁を展開しながら、動かないロウセンを見て、
「なんであのロボット、さっきから撃とうとしないのよ」
と不満を漏らす。
遥か前方にある森林から続々とバグが湧いて出てきており、段々と数で圧倒され始めたブレイバー達。
ついにはブレイバー隊のメンバーにも犠牲者が出始める。
先ほどクロードが会話をしたマリも数体のバグを見事に倒していたが、身体中が傷付き血を流しながら立っているのがやっとの状態で、バグに囲まれていた。
そこにクロードの弾丸が放たれ、マリの活路を開く。マリはそれを見逃さず一旦後方へ退避した。
その時、森林の更に奥から強烈な光線が放たれ、大量のバグと数人のブレイバーを消滅させながらも、後方で待機しているシッコクとミーティアの横を通り過ぎた。
クロードはその攻撃に見覚えがあった。
「来やがったか」
とスコープを覗き、その光線を放ったバグを確認する。
ディランの町が襲われた際、サイカが倒した巨大バグと同等の大きさのバグがこちらに向かいゆっくり歩いて来ているのが見えた。
しかも三体。それぞれ形は異なるが、手強そうなバグである事は間違いない。
それを待っていたかの様にロウセンが照準を一体の巨大バグに合わせ、緑色のビームを放ち、巨大バグの頭部に命中させる。
その爆発の衝撃で蹌踉めいた所に次の光線を直撃させるロウセン。その後もニ発三発と当てるが、その巨大バグは倒れなかった。
巨大バグも反撃で口から光線を放ち、ロウセンの頭に当たるが、装甲がかなり頑丈な様で、原形は変わらなかった。
再びライフルの引き金を引こうとするロウセンであったが、エネルギーが無くなったライフルからビームが出る事は無かった。
するとライフルを投げ捨て、背中の剣と思しき物を手に取り、ブースターを噴射して低空飛行で突撃を始めた。
頭部バルカンから砲弾の嵐を撒き散らしながら、そのまま巨大バグを中のコアごと斬り飛ばす。
斬られた巨大バグは地面を揺らしながら倒れ、消滅したのも束の間、別の巨大バグによる光線がロウセンを襲う。
バグとロウセン、巨体同士の戦いが繰り広げられる中、バグの猛攻にブレイバー達は後退を余儀なくされる状況になっていた。
前線で戦うブレイバーは既に十人程が消滅しており、戦闘続行できない程の傷を負った者もいる。
劣勢な状況を見兼ねたシッコクは、その足を進めつつミーティアに指示を出す。
「私が行こう。ミーティアはここに残って後衛を見ていてくれ」
「はい」
その背中を見送ったミーティアは前衛で戦うブレイバー達に向かい叫んだ。
「シッコク様が前に出るぞ!」
その時、クロードは場の空気が変わる事に気付く。
主にブレイバー隊の者達が戦いながらも後退を始め、更にはシッコクに近寄らない様に距離を取っている様に見える。
それを見たマーベルも、
「いよいよ、ウチの大将の出番って訳ね」
と、魔力が尽きたのか、魔法障壁を出せず膝をついた。
前に出るシッコクに早速バグが次々と襲い掛かる。だがそのバグ達の攻撃はシッコクに届く事なく、バグは跡形も無く吹き飛んでいた。
それは文字通り、シッコクが剣を振るう度、その先のバグが消し飛んで行く。もはや斬ると言う行為には見えず、魔法の様に敵を瞬時に無かったことにする程の規格外な威力だ。
正に一騎当千。一人で万のバグも倒す勢いでシッコクは次々とバグを消して行く。
初めて魔剣バルムンクの威力を目の当たりにしたクロード。
「あれが魔剣か。凄まじいな」
「夢世界と同じね……」
とマーベルは悪夢を見ているかの様に、顔を強張らせていた。
そんなクロードとマーベルの近くにミーティアが寄ると、
「シッコク様の剣は最強です。それに―――」
とミーティアが言い掛けた時、近接戦では勝てないと踏んだバグ数体が今度は光線をシッコクに向けて放出する。
だがその無数の光線はシッコクに当たる寸前、見えない力により湾曲してシッコクを避ける様に外れた。
その後もシッコクに向かう光線は全て外れて行く。
「なによ……あれは……」
とマーベルも知らない様子だ。
「シッコク様の籠手の能力。能力を吸収して自らの力とする事ができる。あれは、前に夢主を失い消滅する事となった仲間の能力で、遠距離からの攻撃を受けなくなる能力です」
そう説明したミーティアは、続けて他ブレイバーに指示を出す。
「さぁシッコク様が前に出た今が好機です! 攻め立てましょう!」
それから戦況は好転。巨大人型ロボットのロウセンは頭と左腕を失いながらも、三体と追加で現れた一体、合計四体の巨大バグを倒し切っていた。
シッコクは本当に千は倒したのでは無いかと見えるくらいの猛将っぷりで場の士気は一気に上がり、他のブレイバー達も突撃を開始するなり、迫り来るバグを斬って撃って次々と消滅させていく。
開戦から一時間の激闘の末、やがてバグはいなくなった。
四十人いたブレイバーは半分に減り、前衛で戦っていたブレイバーのほとんどが負傷していた。
クロードやマーベル含む後衛陣は無傷ではあったが、かなり魔力や精神力を使った者が多く、疲弊しているのは目に見えてわかる。
敵無しであったシッコクもまた、能力の使い過ぎによる反動が来ており、剣を地面に突き、立つ事もままならない状況となっていた。
ミーティアはそんなシッコクに駆け寄り話しかける。
「シッコク様、大丈夫ですか」
「私は大丈夫だ。まさかこれ程とはな」
「皆、疲弊しております。一度撤退を」
「ダメだ。この機会を逃せば今犠牲になった者達が報われない」
「ですが!」
ミーティアの心配を他所に、シッコクは生き残ったブレイバー達に号令を掛ける。
「負傷者はここに残り傷を癒せ。ここから先は動ける者だけで良い。私に続け!」
汗だくになり、目眩を覚えながらもシッコクは歩き出す。ミーティアは何も言わずシッコクに肩を貸すと、ニ人で歩き出した。
クロードはスナイパーライフルの残弾が無くなっている事を確認すると、ハンドガンとナイフに持ち替え、シッコクの後を追おうとするがマーベルがそれを止めた。
「クロード。ここから先は死ぬわよ」
「俺はお前達と違って、モンスターと戦う様な夢世界出身じゃないからよくわかんねーけどよ。ボスキャラを倒さなきゃ次のステージに進めないんだろ。今目の前に階段があるのに、怖がって登らないのはナンセンスだ」
そう言ってクロードは歩みを再開した。マーベルは自分の手のひらを眺め、しばらく葛藤する。
バグを倒す事の意味、バグの巣の存在理由、レベル5と呼ばれる見たことのないバグを見たいという願望、戦いに敗れたら消滅すると言う恐怖、シッコクと言う男に対する不信感、様々な思いが彼女の思考に駆け巡る。
だがマーベルは意を決し、クロードの後を追った。
どうやら巨大ロボットのロウセンは、今の戦いで動けなくなってしまった様で膝をついた状態のまま停止していた。
残った二十人の内、ロウセン含む十三人はその場に残り、バグの巣を目指し森林を進む勇気あるメンバーは七人。
隊長のシッコク、剣士ミーティア、銃使いクロード、魔法使いマーベル、槍使いマリ、サブマシンガンを持った銃使いの男、マーベルの横で強力な攻撃魔法を放ち続けていた女魔法使い。
さっきまで続々とバグが出てきた森林を進む七人。バグの気配は無いが、不安と緊張により空気を重く感じたクロードは積極的に話を振る事にした。
まずは同じく銃使いの男の武器を見て、
「お、それP90か。良い趣味してるな」
と褒め、しばらく銃の話で盛り上がる。
そこへマリも話に加わってきた。
「いやぁ、さっきの狙撃は助かったよ」
マーベルも場の空気に合わせ、名も知らぬ魔法使いの女性に話しかける事にした。
「さっき凄い魔法使ってたけどあれは何?」
「あ、えっと、あれはですね……」
そんな風に場の空気が少し和んでいく事をシッコクとミーティアも感じ取っていた。
やがてバグとは会う事なく、バグの巣とされる場所が七人の視界に入る。
それは巣と言う以前に、何かの施設の様な人工的な大きな建造物であった。そして建物全体がまるでバグに汚染されているかの様に紫色の蔦の様な物質に覆われており、いたる所に不気味な眼の様な物がギョロギョロと動いている。
人間が通る為の扉や割れた窓ガラス以外に、バグの通り道であろう大きな穴がいたる所に見える。
その異様な建物を前に全員は唖然とした。
そしてクロードが口を開く。
「まさかこの建物がマザーバグってやつなのか?」
するとシッコクがミーティアの肩から手を離しながら、
「本体は中にいるはずだ」
と一人で歩き始めた。
魔法使いの女性が、勇気を振り絞ったかの様に声を震わせシッコクに意見する。
「わ、私のメテオなら建物ごと破壊できます」
「ダメだ。確実に仕留める。それに、この建物には壊れて貰っては困る」
とシッコクは即答した。
シッコクとミーティアはここが何の建物だったのかを知っている様であるが、人里離れた森の中にこんな大きな建物があって、しかもバグの巣になっているなんて事は普通の事ではない。誰もがそう感じながらも、六人はシッコクに付いていく。
壊れた鉄の扉を開け、内部に入る。そこは薄暗く、ヒンヤリとした空気が漂っていた。
マーベルが魔法を使い杖を光らせ、辺りを照らす。
不気味な雰囲気はあるが、バグの姿は見当たらない。
シッコクはかなり無理をしているのか、フラついて壁に寄りかかった。
透かさずミーティアが、
「シッコク様」
と駆け寄るが、シッコクはそれを手で静止する。
ハンドガンを両手に曲がり角の先を覗き込んで確認するクロードは、そんなシッコクとミーティアを見て心配する。
「隊長さんがそんなんで、大丈夫なのかよ」
シッコクは後には引けないと言った強張った表情を見せながら、答えた。
「ここでやり遂げなければ我々に未来は無い」
ブレイバー七人はバグがいない事を確認しながら中を調べて歩く。銃を持つニ人が先頭を進み、廊下に並ぶ部屋を一つ一つ確認する。
槍使いのマリは魔法使いのニ人を守る様に槍を構え歩いていた。
「クリア」
「こっちもクリアだ」
とクロードと銃使いの男二人は互いに合図しながら部屋を確認する。
内部の壁も外壁と同じ様に紫色の蔦の様な物に覆われており、至る所にある不気味な眼が人が通る度にその目線を向ける。
そしてやはりバグの気配が無い事に不安を感じるマリ。
「なんでバグがいないの」
不気味な静寂。全員の足音だけが響いていた。
「この先に地下へ行く階段があるはずだ」
シッコクはそう言いながら覚束無い足取りで歩みを進め、皆はそれについて行く。
タイミングを見計らい、マーベルがクロードに小声で話し掛ける。
「どう思う?」
「俺の夢世界はサバイバルゲームだから、腕前以前にマップをよく覚えている奴が勝てる。そう言う世界でな」
「こんな時に何の話?」
「まあ聞け。俺が得意としている場所で、研究所って所がある。ここは、建物の造りこそ違うが雰囲気が似てる。この部屋の多さ、散らばる書類、棚に並べられた薬品、そう言う場所だ」
「まさか」
そんな会話をしていると、七人は地下へと続く階段を発見する事となった。
その階段の先にある光景は、誰もが恐怖か怒りを覚える光景が広がっていた。
そこはまるで巨大なバグの体内にいるかの様に天井と壁が紫色に染まっており、脈打っている様にも見える。目玉の様な物も数を増しており、不気味さが際立つ。
それよりも皆が目を奪われるのが、無数にある繭だ。中に人が眠っているのが見える。服や鎧を着ている者から手足が無い者まで、男女問わず皆繭の中で眠っているのだ。生きているのか死んでいるのかは見て取れない。そんな繭が部屋全体に並んでいる。
シッコクとミーティアはそんな光景を目の当たりにしても、歩みを止めず奥に進んでいるが、他の者は皆足を止めて繭を確認していた。
そしてマーベルが気付く。
「これ……中身はブレイバーなの?」
それを聞いたクロードは、眉間にシワを寄せながらシッコクに問う。
「待てよ。なんだよこれは。いったい此処は何の施設だったんだ」
「ここは、元々この世界の人間が作った、ブレイバーの人体実験場だ。召喚に失敗したブレイバーや、夢を失ったブレイバーはここで使われていた」
その言葉を聞き、予想が確信へと変わったクロードは声を荒げる事となる。
「なぜこんな事をする必要があったんだ!」
「今のお前と同じだ。知らない事を知ろうとする人間の知識欲。言い方を変えれば、ブレイバーと言う未知の恐怖への対策」
そんなシッコクの説明に、クロードは納得してしまい、言い返す言葉が出なかった。シッコクは話を続ける。
「だがそれも、ここでは失敗に終わっている。この先にいるのはその代償だ」
シッコクはそう言い放つと、ミーティアと共に奥に消えて行った為、他の5人も仕方なくそれに続いた。
マザーバグ。
それは巨大な石と一体化した、明らかに他のバグとは違う、得体の知れないバグだった。
まるで蛸の様な形状をした黒色の物体は、数えきれない程の触手をくねらせそこにいた。
先程と同じ様に、無数の繭がマザーバグを中心に並べ置かれている。
蛸の頭の部分に上半身が剥き出しになった女性ブレイバーの姿が見え、その目は見開き光の無い眼で七人のブレイバーを見ている。その女性の奥、頭の中に巨大な石も確認できた。
その石を見たマーベルが口を開く。
「あの石、ホープストーンね」
ホープストーン。教会でブレイバー召喚儀式が行われる祭に使われる魔石、儀式で使われる物よりも遥かに大きいホープストーンがマザーバグの頭部にある。
続いてクロードが見解を述べた。
「道中戦った大量のバグから察するに、あのマザーバグってのは名前の通りブレイバーを産み出しそれをバグ化させる能力があるのかもな」
シッコクとミーティアは一際目立つホープストーンではなく、その手前にいる上半身剥き出しの女性を見ていた。
それはシッコクとミーティアにとって縁のある人物だからだ。
だがニ人は全く異なる表情をしていた。シッコクはここに彼女がいると薄々勘付いていたが、ミーティアは予想だにしていなかった様で、驚愕している。
「ゼノビア様……」
ミーティアは唇を震わせる。
そのゼノビアと言う名前を聞き、ブレイバー隊のメンバーであるマリや銃使いと魔法使いも、
「そんなまさか」
と目を凝らすが、その顔を見て皆一同に唖然とした。
状況が掴めないマーベル。
「なんなの?」
そこへマリが説明をしてくれた。
「シッコク様が隊長になる前の隊長だよ。人間同士の戦争や、バグ発生による世界混乱の時も立ち向かい世界を救ったって聞いてる。英雄とも呼ばれるブレイバーなんだ。でも、どうして………」
マリが両膝から崩れる様に、両膝と両手を地面につくのを見て、これは彼らブレイバー隊にとって、大き過ぎる衝撃である事がマーベルでも見て取れる。
このマザーバグこそが、ブレイバーの人体実験に使われた英雄の成れの果て。
シッコクは手に持つ魔剣の矛先をゼノビアに向け口を開く。
「ゼノビア。随分と遅くなってしまって、すまない。今、助けるぞ」
助けると言う言葉の意味は命を救うと言う意味ではない事を、その場の誰もが理解する。
そのシッコクの言葉に、彼女の見開いた目の光無き瞳がシッコクを捉えた。その瞬間、彼女の悲鳴にも似た叫びが響く。
「アアアアアアアアアッッ!!!」
空気を震わせ耳に響くその叫びは、その場にいるブレイバー達は誰も体験したことが無いものであり、耳を塞がずにはいられない程であった。
「なによこれ」
と耳を塞ぎながらマーベルが言うが、その声は誰にも届かない。
数十秒、その鼓膜を刺激する叫びは続き、やがて止まった。
静まり返る場を感じ取り、皆恐る恐る耳を塞いでいた手を離すとそれぞれ武器を構え直した。だが異変はすぐに訪れる。
部屋全体に置かれた無数の繭が結晶化を始め、中で眠るブレイバー諸共バグ化が一斉に始まったのだ。
その数、目視で確認できるだけでも三十は下らない。
「強制的にバグ化した!?」
とミーティアは剣を構え前に出ようとする。
だがシッコクが、ミーティアを手で静止する。
「よせミーティア。お前の武器ではバグは斬れない」
そんな事をやっている内に、瞬く間に七人はバグに囲まれ、クロードはハンドガンを構えた。
「マザーバグを落とせば良いんだろう!」
クロードがそう言うと銃使いの男とアイコンタクトを取り、ハンドガンとサブマシンガンでマザーバグへ一斉射撃を行うが、マザーバグを守る無数の触手が盾になりそれを防ぐ。
銃撃するニ人を守る様にマリが槍で次々とバグを斬る。
シッコクもミーティアを守る様に襲い掛かるバグを消し飛ばしていた。
そんな戦況を見て分が悪いと感じたマーベルは、
「一旦下がらないと!」
と声を掛けながら、来た道を戻ろうと後ろを振り返る。
だが、マーベルの足は進まなかった。後ろに立っていた女の子魔法使いが、バグの鋭い刃に背後から胸を貫かれ、宙に持ち上げられていたからだ。
彼女も自分の身に何が起きているか理解が追いついていない様子で、
「あ……れ……」
とそのまま蒸発する様に跡形も無く消滅していく。
《メテオ》と言う建物ごと吹き飛ばせる様な強力な魔法が使えると言っていた彼女が、呆気なく消滅したのだ。
彼女を消滅させたバグは、人型でありながら四本の腕があり、それぞれの腕が剣のように鋭く尖った形状をしている。
そんな四本腕のバグの後ろ、七人が通ってきた入口からも続々とバグ達が中に入って来ており、逃げ場が完全に無くなっているのを見て絶望するマーベル。
「そんな!」
マーベルは驚きを隠せないまま杖を構え、即座に魔法を四本腕に放とうとするが、間に合わない。四本腕はマーベルに急速に接近して、斬り掛かった。
「やらせるかよ!」
とマガジンを装填したクロードが四本腕に銃弾を連続して放つ。
その銃弾は四本腕を怯ませるも、一本の腕はマーベルを斬り、マーベルは左肩から斜めに血が噴き出した。
そんなマーベルに次なる斬撃を行おうと四本腕が動き出すが、マリの槍が四本腕のコアごと貫く。
四本腕は消滅したが、バグ達は今度はマリに襲い掛かる。マリは槍で乱舞して迎え撃ち、クロードもそれを援護する。
クロードはハンドガンを撃ちながら倒れたマーベルを確認すると、血を大量に流し気絶こそしてはいるが、どうやらコアは傷付いていない様だ。
一瞬でも余所見をしたクロードは犬型バグの接近に気付かず、ハンドガンを持った右手が食い千切られ、肘から先が消えた。
「くそっ!」
クロードは残った左手でナイフを構え、折り返して飛び掛かってきた犬型バグを紙一重でナイフを突き刺す。
そんな中、シッコクは何体かのバグを倒したが、やはり力が万全では無い為、片膝を着いていた。
そこにマザーバグの触手が数本、先を尖らせシッコクとミーティアに攻撃を仕掛ける。
シッコクは膝を着きながらも、残ったチカラを振り絞り片手で剣を振ると触手を吹き飛ばした。
だが一本の触手だけはその衝撃波を掻い潜り、シッコクを狙うがミーティアが立ちはだかる。
「こんのぉ!」
ミーティアが触手を剣で跳ね除ける事に成功するが、ミーティアの剣は粉々に砕け散ってしまった。
「こんななまくらでは!」
ミーティアはそう言いながら、残った柄を投げ捨てる。
休む暇を与えず、底が知れないマザーバグの触手が六本、続け様に今度はミーティアに襲い掛かる。
そこにマリの槍とサブマシンガンの銃弾が触手を打ち消し助けた。
「マリさん!」
ミーティアがマリの名を呼ぶと、
「あたしが親玉を叩く!」
とそのまま真っ直ぐマザーバグに向かい突進した。
卓越したマリの槍術が触手を斬り落とし、マザーバグに接近する。
だがマザーバグに接近すればするほど、触手の数が増す。
マリの華麗な槍捌きも対応が追いつかなくなり、マザーバグに辿り着く前に一瞬の隙を突かれ一本の触手がマリの腹部を貫いた。
「くっ!!コアさえやられなければ!!」
とマリは腹部を貫く触手を槍で刺そうとした。
しかしマリの手は止まってしまう。
何かが。
何かが触手を介してマザーバグからマリの身体へ送り込まれてくる。
マリはすぐにその異変と身体が思う様に動かなくなっている事に気付くが、それよりも触手が刺さった腹部から結晶化が始まっている事に気付いた。
「な、なに……これ……」
マリの顔が青褪め、槍を地面に落とし悲鳴をあげた。見る見るうちにマリが結晶化して、その悲鳴もすぐに聞こえなくなっていく。
今まで見た事が無い光景を前に、ミーティアは驚いた。
「そんな!」
夢主に見捨てられるとバグ化をすると言う、ブレイバー達の理が目の前で覆される。
そしてマリは全身結晶となり、次第に紫の液体に包まれるも、そのままバグとなった。
マリであった存在、長身の人型バグは振り返りシッコクとミーティアの方に向かい歩きだした。
そこにニ人を守る為にサブマシンガンを持った銃使いの男が間に入ると、
「マリさん、悪く思わないでくださいね!」
サブマシンガンが得意とする距離でもあった為、放たれた銃弾はほとんどがバグに命中。だがコアに当たらなかった様で、消滅には至っていない。
弾切れを起こし、急いでマガジンを装填しようとする男にマリだったそのバグは容赦無くその長い手を伸ばすと、男の首を掴み持ち上げた。
「くそっくそっ!」
男はサブマシンガンを捨て、ハンドガンを取り出し、何度も何度も片手でバグのコアがあると思われる部分を撃ち続ける。
そこへまるで連携するかの様に、バグの後ろからマザーバグの触手が伸びてきて男の胸に刺さった。
触手から何が送り込まれてくる事を感じた男は、
「やめろっ! やめろおおおおお!!」
叫びながら結晶化する。
結晶化が完了した事を確認すると、長身バグは手を離し地面に落とした。地面に落ちたその塊はすぐにバグ化が始まる。
その頃、マーベルは気絶から回復して朦朧とした意識の中、右手を失いながらも残った左手でハンドガンを持ち、必死に迫り来るバグ達と戦うクロードの背中を垣間見ていた。
ここに来て三人を失い、残されたのは力を使い果たし回復が追いつかないシッコク、夢世界の武器を持たないミーティア、片手を失ったクロード、負傷して瀕死状態のマーベルの四人。
目の前には触手に守られ近付く事もできないマザーバグ、周囲はバグの群れに囲まれ八方塞がり。
「おい隊長さん! どうするよ!」
クロードが叫ぶと、弾切れになったハンドガンを投げ捨て、再びナイフを手に取り構えた。失った右手から血が流れ過ぎている為、その顔は青白い。
「ミーティア」
シッコクがミーティアの名を呼ぶ。
「はい」
「私の剣を使え。原状回復ですぐに戻ってしまうとは言え、逃げ道の突破口を開く事は可能だろう」
「それでは隊長が!」
「いいからやれ!」
「できません!」
シッコクが渡そうとした剣をミーティアは突き返す。そんなやり取りをする中、クロードは対応しきれないバグに囲まれていた。
「ここまでか」
と、クロードは血だらけになりながら必死に立ち上がろうとするマーベルに寄る。
「悪いなマーベル。この世界で消滅しても夢世界での存在が消える訳じゃないらしいからな、さよならは言わないぜ」
「馬鹿。最後まで……抗いなさい!」
そう言うとマーベルは片手で杖を掲げ、スキル《ファイアーボール》を詠唱無しで発動すると、火の玉を一体のダンゴムシの様なバグにそれをぶつけ燃やす。
だがそれでは威力が足りず、ダンゴムシ型のバグは尖ったツノを向け、燃えながらクロードに向け突進をしてきた。
ナイフで迎え討とうと構えるクロード。
その時、目の前で燃え盛るダンゴムシ型バグが一瞬で消滅した。
何が起きたのか理解するのに少し時間が掛かったが、その消滅したバグの後ろに刀を手に持つ少女の姿を確認したクロード。
「サイカ!!」
サイカはクロードの事を鋭い目付きで睨むと、そのまま言葉を発さず、バグを次々と斬り捨て始めた。
強力な救世主が現れたのだ。
見れば後方の逃げ道を塞いでいたバグも消滅しており、それだけではない、サイカに続く様に道中に残してきたブレイバー達が続々と突入してきた。
増援が来たのだ。
その中にいたエムが真っ先にクロードとマーベルに駆け寄る。
「大丈夫ですか! クロードさん! マーベルさん」
エムはスキル《ウインドカッター》を唱え、風の刃による結界でバグが近づかない様に牽制する。
「エム! どうして!」
とマーベル。
「話は後です。まずは目の前の状況どうにかしないと! 誰か! 負傷者の回復をお願いします!」
エムのその掛け声で増援で来た魔法使い数名がクロードとマーベルに回復魔法を使い手当を始める。
そしてエムによる補助魔法スキル《ウインドウイング》が効いたサイカによる怒涛のような剣技で、バグは粗方一掃される。
気付けばシッコクとミーティアの周りでも、ブレイバー隊の三人が武器を構えていた。
「お前たち……」
そう言うシッコクは、思わず口元が緩む。
「マザーバグぶっ殺しにきましたよ」
シッコクの前でそう意気込み、大きな剣を構える青年。だが、そんな青年も、他のブレイバー達も、マザーバグを見て唖然とする。
「ゼノビア様!?」「嘘だろおい」
等とシッコク達が来た時と同様に、戸惑いの言葉が漏らす者達が現れる。
「あれはもうゼノビアではない!迂闊に近付くな!奴の触手に捕まれば強制的にバグ化させられるぞ!」
シッコクがそう言って喝を入れると、一気に増援に来たブレイバー達の緊張感が増したのを感じる。
周囲を守る触手は、隙間など無いに等しく、マザーバグを剣や槍の範囲まで辿り着く事が困難である。
増援で来たブレイバーは、誰もマザーバグに向かい足を進めようとはしなかった。
まずは魔法、矢、銃による遠距離攻撃が一斉に行われるもマザーバグの触手がそれを防ぎ、マザーバグには届かない。
そんな中、数十体のバグを消し終えたサイカがシッコクとミーティアの横を通り、マザーバグに向け歩みを進めた。
すれ違い際、一瞬ではあったがミーティアとサイカの目が合ったことは誰も気付かない。
「待てサイカ。単独ではマザーバグには勝てないぞ」
と、サイカの背中に忠告するシッコク。
その言葉を聞いたサイカは、取って置きの技を使う事を決意すると、刀を構えた。
危険を感じ取ったマザーバグは、サイカに触手を伸ばすも、サイカの速い斬撃がそれを斬り刻む。
続いて、マリであった長身バグと銃使いの男であった鳥形バグが同時にサイカに襲い掛かるが、それすらもサイカはいとも簡単に斬り捨てた。
それでもマザーバグはサイカに休む暇を与えず、絶え間なく次から次へと触手を伸ばす。それはさすがのサイカであっても、前に進むのは困難な物量であった。
十五本目程の触手を斬り終えた所でサイカの構えが変わる。
サイカは夢世界でのスキル《分身の術》を発動した。
するとサイカの姿が四人になる。
サイカ自身の意識も四つに分散され、吐き気や目眩もするほど気持ち悪い感覚に襲われるが、それを抑える為、四人同時に大きく息を吐いて落ち着いた。
サイカはこのスキルが嫌いだ。
この技は強力ではあるが、意識が四つに分散される為に精神的な負荷が大きい。いざと言う時の為に練習こそしてきたものの、未だにサイカは慣れずにいた。
そんなサイカは、周囲からの驚きの目線と声を感じる余裕は無い。
やがて四人のサイカは、それぞれキクイチモンジを構えながら、一斉にマザーバグへ向かって走り出す。
それと同時、サイカの接近を阻止すべくマザーバグの触手も四人のサイカに向けて動く。
この分身のサイカは一人一人がサイカであり、強さは本人そのものである。
それぞれ互いをカバーする様に刀で触手も斬りながら前進する。その芸当は、シッコクも含むその場の全員が見惚れる程であった。
このサイカの分身は、四人の何れかが本体と言った物では無く、最後に残った一人が本人となる。一見万能なスキルに見えるが、このサイカの分身には弱点がある。効果時間の僅か三十秒が過ぎると三人の分身がランダムで消滅。そして尋常では無い疲労困憊状態になり、本人は身動きが取れなくなるからだ。
つまりはこの三十秒が、勝負の分け目となる。
マザーバグに近付けば近付くほど、無限に生成される触手の数が増す。四人のサイカによる斬撃速度であっても手一杯な状況。
一人目のサイカが触手に捕らえられ、三本の触手に身体を貫かれ、バグ化する前に消滅。だが他三人のサイカはそれを無視して先に進む。
そして一人先行して走っていたサイカが複数同時に来る触手を処理が間に合わないと判断し、それを身体で受け止め消滅。
その隙に他のニ人が前に出る。
ニ人のサイカは交互に前に出て触手を斬りながら前進。
残り十秒。
槍使いのマリが辿り着いた位置を超えたところで、一人のサイカは夢世界スキルのハイディングを使用して姿を消す。
一人になったサイカに一気に六本の触手が迫るも、必殺スキル《一閃》を使用して一度に消し去る。だがその硬直の隙を待って貰えず、続けて飛び出てきた一本の触手にコアを貫かれ消滅した。
そんなサイカの肩を踏み台に、姿の見えないサイカが宙に高々と飛び上がる。
ハイディングの効果が切れ、最後の一人となった空中で刀を構えるサイカの姿が露わになった。
サイカはその勢いで、必殺スキル《一閃》を発動、刃をマザーバグのコアとなっているゼノビアに振り下ろす。
グサッ。
鈍い音が鳴る。
サイカのキクイチモンジは、ゼノビアの身体に届く寸前で止まった。
見ると、サイカの腹部を触手が貫いていた。
サイカは吐血する。
そしてマザーバグは勝ち誇ったかの様に、そのままその触手を操りサイカを高々と持ち上げた。
クロードの叫び声が聞こえた。
「サイカァァァ!!」
それでもサイカは諦めない。
サイカは左手で触手を掴み、右手に持った刀で斬ろうと腕を動かすが、思う様に手が動かない。
結晶化が既に始まっていた。
熱い何かが触手を通して、サイカの体内に送り込まれて来る。そして石の様に動かない身体。サイカにとっても、結晶化する感覚は初めてである。
そして遠のいていくサイカの意識。
サイカの名を必死に呼ぶクロードやエムの声は、もうサイカには聞こえていない。
サイカの視界が狭くなる。
その無残で理不尽な光景に誰もが怯え、サイカを助けようとする者はいない。
サイカの頭に今までの出来事が走馬灯の様に浮かぶ。サイカがこの世界に召喚され出会ってきた人々、沢山のブレイバー、交わした沢山の会話を思い出す。
サイカがこの世界で目覚めた時、ある男が笑いながら言った。
『――俺は今日からお前の教育係だ。厳しく行くからついて来いよ!』
男に連れられて行ったレイラの宿で、沢山の仲間が待っていた。同じく召喚されたばかりのブレイバーもいて安心したのを覚えている。
『――初めまして!サイカ!一緒に頑張ろうね!』
沢山の夢を仲間達と語り合う時もあった。仲間内では姉さんと慕われていたブレイバーの女性がいた。
『――あたいはいつか人間になる。人として生きて、結婚して、当たり前の幸せを掴むのさ。サイカ、あんたの夢って何?』
でもサイカは家族の様に慕っていた彼らを守れなかった。
『――これが俺の最後の教えだ。生きろ! 俺たちの分まで! そしてお前はお前の夢を叶えろ!』
全てを失い、一度は抜け殻となったサイカにも、エムと言う光と出会った。純粋で、まるで昔の自分を見ている様で放ってはおけなかった。
クロードやマーベルと言う新たな知り合いもできた。
ある時、マーベルはサイカにこんな事を聞いてきた。
『――サイカ、あなたは何か夢主にしたい事とかないの?』
サイカはこう答えた。
『私は夢主に会いたい』
サイカにとっては顔も名前も知らず、それでいて自分の半身であり創造主でもある夢主。サイカにとって掛け替えのない存在だ。
会いたい。
夢主に会いたい。
サイカは心からそう思っている。
薄れて行く意識の中、サイカが胸に秘めていたその思いは増幅する。
だからと言ってどうにかなる状況でもなく、サイカの身体は半身以上が結晶化してしまっていた。
このままサイカと言う存在はこの世界から消滅して、マザーバグに操られるバグとなってしまう。
潔く諦め、消滅を覚悟したサイカ。
するとサイカの耳に、微かではあるが声が聞こえる。
「サイカ!」
その声はミーティアだった。
サイカは我に返り、何とか動く首と眼球を動かし、ミーティアの声がする方を確認する。
ミーティアはシッコクの魔剣バルムンクを持ち触手を斬りながら、すぐそこまで来ていた。
「ふざけないでよ! こんな所で! 私よりも先に! 消えるなんて! 私が許さない!」
そう言いながら、魔剣を振り回し突進するミーティア。だがサイカを突き上げている触手を目前にして、ミーティアの手から魔剣が消え、後方で待機するシッコクの手元に戻って行く。
このままでは武器を失ったミーティアは成す術なく触手の餌食となってしまう。
「ミーティア!!」
そうサイカは声を振り絞り叫ぶと、右手にまだ持っていた刀、キクイチモンジを手から放し、下に落とす。
それに気付いたミーティアは、襲い来る触手を避けつつ地面を蹴り、空中でキクイチモンジを受け取り、そのままサイカを刺している触手を斬った。
そして身体のほとんどが結晶化してしまっているサイカが地面に落ちる。
ミーティアは地面に着地すると、夢世界のソードスキル《ソードクイッケン》を発動。ミーティアの身体が金色に輝き、威力は落ちるが攻撃速度が上がるスキルだ。
金色に輝くミーティアは、サイカを守る様に絶え間無く襲い来る触手を物凄い速度の剣技で迎撃する。
一瞬、触手の勢いが落ちた隙をミーティアは見逃さず、
「これで!!」
と続けて夢世界のスキル《ソードウェーブ》を放ち、その剣先からの衝撃波がマザーバグの本体、延いてはゼノビアの身体に直撃する。そしてミーティアの手からキクイチモンジは消え、《ソードクイッケン》の効果も切れた。
「アアアアアッ!!」
と悲鳴をあげるゼノビア。
触手も含め、怯んではいるが傷は浅く、マザーバグ消滅には至らない。ゼノビアのコアはまだ健在である。
「くっ!」
と悔しそうな表情を浮かべる丸腰のミーティアに、反撃の触手一本が迫る。
そこに結晶化でほとんど動けないはずのサイカが、ミーティアの前に立ち、手元に戻ったキクイチモンジで触手を斬ると、そのまま崩れる様に倒れた。
ミーティアは倒れるサイカから、再度刀を受け取り構える。
すると、ミーティアの背後からシッコクの声。
「あとは任せろ」
シッコクはそうミーティアに言うと、魔剣バルムンクを片手に単身で前に出る。
触手の再生が追いつかず、残っているマザーバグ本体を守る触手は三本。シッコクはそれを魔剣で吹き飛ばすと、マザーバグ本体を駆け上がり、上半身剥き出しのゼノビアの元まで辿り着く。
そして剣ではなく、右手の籠手を突き出し、ゼノビアのコア部分を狙い手を突っ込む。
そのままコアを掴むと、
「安らかに眠ってくれ」
と、コアを握り潰した。
ゼノビアはしばらく踠き苦しみ、やがてマザーバグ本体と共に蒸発する様に消滅した。
シッコクも地面に落ち、そのまま力尽き倒れた。
「シッコク様!!」
ミーティアは慌ててシッコクに駆け寄る。
他のブレイバーたちによって、残ったバグ達も一掃され、その場にはブレイバーのみとなる。
しばらくの静けさの後、次々と喜びの歓声が上がった。
そんな中、倒れるサイカに、エム、クロード、マーベルの三人が駆け寄る。
「おいサイカ! 勝ったぞ俺たち! なあ!」
とクロードがサイカを抱き上げ声を掛ける。
だがサイカの瞳に光は無かった。
顔の半分を残して、ほとんどが結晶化してしまっており、マザーバグ無き今でもまだ進行は止まっていないのが解る。
目も見えていない様で焦点が合っておらず、クロードに何かを言おうと口を動かしているが声になっていない。
「おい! 何やってんだよ! しっかりしろ! サイカ!」
クロードは必死に呼び掛けるが、手遅れである事は一目瞭然である。
「サイカ!」
とエムがサイカの手を握る。
ミーティアの肩に掴まりながら、シッコクも近づいて来て、サイカが重症である事を確認する。
「そこまで結晶化が進み、助かった前例は無い。友であるなら、コアを壊してやれ」
ミーティアはそんな悲惨な姿となったサイカに、何も言えず、目を背けてしまった。
クロードは結晶化したサイカの胸に優しく手を当てると、
「そんな事、俺にさせるなよサイカ」
と諦めず語り掛ける。
喜びを分かち合っていた周りのブレイバー達も、サイカの最期を見届ける為に周りへ集まって来ていた。
*
サイカは気が付くと、真っ白で何も無い所で浮いていた。
「私は……消滅したのか」
一糸纏わぬ姿だが不思議と全身が暖かく心地良い。
このままずっとここに居ても良いかもしれないと考えるサイカの目の前に黒いモヤの塊が現れる。
それは段々と人影となり、色付き、そして見知った人間が目の前に現れた。
「シャケさん……」
一年前、サイカを庇い消滅したシャケマックスと言う男。青髮短髪、身の丈程の大剣。サイカの教育係で、この世界での生き方をサイカに教え、沢山の仲間と出会わせてくれた彼が目の前にいた。
「へぇ。こんな所まで来るなんて、本当に面白いねキミは。彼女も粋な事をしてくれる」
顔や声はシャケマックスのその物だが、サイカはすぐに別人である事を理解する。
「違う。誰だお前は」
サイカが問いかけると、姿が変わる。今度はミーティアの姿となった。
「名前など無用。我は神であり天使であり悪魔であり妖精と言っても良い」
「ふざけるな」
「今回の選択は良かったよ。キミが多くのブレイバーを連れてあの場に行かなかったら、みんな死んでいた。もし部屋に閉じ篭っていれば、大量のバグに町を襲撃されてキミは消滅する未来だった。前回の他人を犠牲にして生き延びる間抜けな選択と違って、今回キミが消滅する運命だったんだ」
「そうか……」
サイカは目の前にいる者が只ならぬ神の様な存在である事を悟り、それでいてその言葉にあの場にいた者達が生存したと言う事を知り、安心感を得る事ができた。
するとその何かは今度はミーティアの姿からクロードの姿へと変わる。
「でもキミはここに来てしまったんだ。普通なら有り得ない事だけれど、何かその要因に成る物をキミは持っていた」
「……何を言っている」
クロードの姿をした存在は、手のひらを広げるとそこに魔石フォビドンが浮かぶ。
「これさ。禁断とはよく言ったものだよ。宛ら禁断の果実って所だね」
「話が見えない。それは夢世界の――」
「そう、これはキミ達が夢世界と呼ぶ機械によるゲームの世界にあるアイテム。キミが産まれたワールドオブアドベンチャーで、実はまだ未実装のアイテムを作成する為に必要となるアイテムなんだけど、今のところゲームでは使い道が無い代物さ」
「なぜそんな事を知っている」
「私は何でも知っている」
その存在は、次の姿をエムへと変えると、魔石フォビドンを手の平の上でコロコロと回し話を続けた。
「面白いよね。キミ達にとっては異世界の生命体が、キミ達の世界を創り、オマケにこんな物まで創ってしまったのだから、憎たらしいくらいだよ」
サイカはこのエムの姿をした存在が何を言っているのか理解ができず、返す言葉が無い。
「それで、キミはもうすぐ仲間の手により消滅する運命だけど、キミの覚悟次第では私が助けてやっても良いと思ってる」
「なぜだ」
「そうだな。キミが紡ぐ物語を見せてもらいたいって所かな」
「ふざけるな。私は――」
「キミ達が夢主と呼ぶ存在が関係してくる事だと言っても?」
「なに」
「キミが消えても、この戦いは何れ全てを巻き込む大きな戦いとなる。それがどうにもつまらない結果で幕を閉じるんだ。だからキミはそれを狂わす一つの火種となって欲しい」
「私は……」
「できないと?」
サイカは想像する。まだ見ぬ夢主の存在の事、消えていった仲間達、残して来てしまった仲間達、夢世界の仲間達、みんなの笑顔を想像した。
全てを守りたい。
サイカは決意して、口を開こうとするが、それをエムの姿をした存在が先に言葉を発した。
「覚悟は決まった様だね。では力を授けよう。受け取るが良い」
そう言うと、その存在は宙に浮く魔石フォビドンを指で軽く押した。魔石は怪しく光り輝きながら、そのままゆっくりとサイカの胸に近付くと、コアに向かい体内へと入っていく。
「ああああっ!!」
サイカはその痛みに耐えられず、叫び背中を反らせる。
「それは物語の主役に相応しい力だ、サイカ。そして呪いでもある。その呪いはキミを苦しめる事もあるだろう」
そう言いながらエムの顔で笑みを浮かべる存在。同時にサイカの胸には完全に魔石が入り込み、コアと融合を始めた。
サイカの意識が途切れた。
*
顔まで完全に結晶化してしまったサイカを目前にした、クロードは左手にナイフを持った。
バグ化をする前に、消滅させなければならない。
「待ってくださいクロードさん!」
とエムが止めようとするが、マーベルがそれを手で静止する。
クロードは何も言わず、悔しそうな表情を浮かべながらもナイフを持つ手に力を込める。
その時、サイカの胸の当たりが眩いほどに光を放ち始める。
「なんだ!?」
とクロード。
サイカの身体が不思議な力で宙に浮く。
そして、見る見るうちにサイカの身体を覆っていた結晶がボロボロと崩れ落ち、サイカの白い肌が露わになる。
その場にいるブレイバー全員が目の前で起きる奇跡に目が釘付けとなった。
「何が……起きているんですか……」
とミーティア。
「嘘でしょ。こんな事って有り得るの?」
とマーベル。
結晶は全て落ち、サイカの全身が元に戻ると、裸になっていた身体にいつもの忍び装束が戻り、刀のキクイチモンジも腰に戻る。そしてまるで誰か人の手により降ろされているかの様に、宙に浮いた身体はゆっくりと地面に落ちていき、クロードはナイフを捨て、両膝をついたまま左腕でそれを受け止める。
サイカの息は戻り、安らかな表情で眠っていた。
【解説】
◆ロウセン
ブレイバーの中では珍しいロボット型。白い装甲にグリーンアイが特徴的で、武装はビームライフルや、頭部バルカン、ソードなどを持っている。その巨体は空を飛ぶ事も可能。ただし人間型のブレイバーと違って、喋る事は出来ないと言う弱点を持っている。
◆頭部バルカン
対地兵器とされる機関砲。一分間に六千発と言う驚異的な発射速度を持つ。
◆シッコク
マーベルと同じファンタジースター出身のブレイバー。彼が持つ魔剣バルムンクと呼ばれる剣は、剣圧でバグを木端微塵にしてしまう程の破壊力を誇る。そして右手にだけ装着している籠手「ゼツボウノコテ」は触れた能力を吸収(回数制限有り)して、使用する事ができる優れ物。
◆P90
サブマシンガン。プロジェクトナインティの略で、ベルギーのFN社が開発した銃器。近未来的で独特なフォルムが人気な銃で、様々な作品で登場している。
◆クリア
安全、敵無し、制圧と言った意味を周りに知らせる軍事用語。
◆ゼノビア・マザーバグ
世界的に知られているマザーバグとは少し違った存在。バグを強制的に生み出す能力に秀でている。
◆なまくら
切れ味が悪く、使い物にならない刃物。
◆サイカの分身の術
夢世界での固有スキルで、四人に分裂して行動できる。それぞれがサイカであり、それぞれが意思を持って行動し、スキルも使用できる。効果時間の三十秒を過ぎると、分身の三人は消えて、一人が本体となる。




