109.三つ巴の戦い
ヴァルキリーバグは憤りを感じていました。それは五番の男による暗躍や四番の男の死も原因なのですが、上空から見たミラジスタの現状もヴァルキリーバグにとって、怒りを覚える光景でした。
人間とブレイバーが対立し、暴動と内乱へと発展した醜い光景。ヴァルキリーバグは、こんなにも小さき生き物を敵としていたのかと、幻滅したのです。
そして敵意剥き出しのヴァルキリーバグを目の前にしても、五番の男は態度を改める事はありませんでした。
五番の男はお辞儀をしながら、言います。
「これはこれは、誰かと思えばヴァルキリーバグじゃないか。ようこそミラジスタへ」
ヴァルキリーバグは剣先を向けたまま、ゆっくりと話を始めました。
「変だな。お前からは僅かだが……五番の気配を感じる。何故だ」
「それはボクが五番だから」
「我はお前など選んだ覚えはない」
五番の男は、その言葉を聞いてニヤッと笑みを浮かべます。
「……古代にあった魔法はご存知かな?」
「魔法? そんなものはこの世には存在しない」
「いやいや、あるんだよ。まだブレイバーやバグなど存在せず、人々の生活に魔法が当たり前としていた時代がさ」
五番の男が突然言い出した『魔法』とは、人類が失った文化の一つです。
約九百年前、突如として現れた魔王と呼ばれる存在が世界に恐怖を撒き散らしていた時代。この時代は魔法時代であったと、歴史を語る書物には記録されています。
魔法時代は、文字通り魔法が人々の生活の一部となっていた時代です。魔法は暮らしを楽にする一方で、魔王の邪悪な魔法により、世界中の野生動物が魔物と化し、人々を脅かしていました。
そんな時代に彗星の如く現れたのは、後に伝説の勇者として語り継がれるエルロイドという男でした。エルロイドは多くの仲間たちと共に旅をして、支えられ、最後は奇跡の力で魔王を討ったとされています。その代償として、世界から魔力の源が消失し、人類から魔法のほとんどが利用不可能となりました。それが魔法時代の終わりです。そして、この世界におけるブレイバー召喚技術は、魔法時代にあった召喚魔法の名残ともいわれています。
「失われた人類の英知など」
「かつて勇者が討った魔王なる存在は、同化魔法により力を蓄え、強大な力を手に入れた」
「同化魔法?」
「さて、それを聞いた上で、いったいボクが何者か、考えなよ。出し惜しみは無しでいこう。お前はきっと、ボクが全力を出すに相応しい相手だ」
五番の男は笑い、両手を広げたと思えば、ヴァルキリーバグによく似た大きな黒い翼を背中から出しました。そしてヴァルキリーバグと同じ高さまで浮上して、たちまち黒い鎧に包まれ武装が強化されました。
ヴァルキリーバグも合わせて形態変化。手に持っている細剣の形も変わり、全身に真っ赤な炎を纏わせ、言わば戦闘態勢になりました。
そんな人知を超えた二人に反応したかの様に、空が黒い雲に覆われ、渦を巻き、そして雷が鳴り響きます。
「空が!」
と、ドエムは驚きます。
それもそのはず。その光景は、かつてドエムが見たサイカの暴走時を彷彿とさせるからです。
やがて地鳴りと共に突風が吹き荒れ、ヴァルキリーバグと五番の男を中心に巨大なハリケーンが発生。砂埃が巻き上がり周辺の木々が激しく揺れます。
ヴァルキリーバグは言います。
「それが同化魔法の力か」
「そう。だからボクは何にでもなれるし、何でも知る事ができるのさ。ブラックエンジェル。共に世界の歴史に名を残そう」
「いいだろう。我に魔法の力とやらを見せてみよ」
先制攻撃を仕掛けたのはヴァルキリーバグ。赤の閃光と、紫色の閃光が交差し、世紀の頂上決戦が空中で開始されました。
接近戦で斬り掛かるヴァルキリーバグに対し、五番の男は魔気を帯びたナイフを無数に飛ばし対抗。五番の男は時に瞬間移動で居場所を移動させるも、ヴァルキリーバグも瞬間移動で回り込む。そんな攻防が激しさを増していきます。
戦いながら、五番の男は言い放ちます。
「お前には感謝してるよ。この世の存在としか同化ができないボクに、こんなに素晴らしい逸材を提供してくれたんだからね」
「なんだと」
四方八方から迫るナイフをヴァルキリーバグは全て剣で弾き落とし、広範囲に炎を放ち反撃。五番の男に直撃した様に見えましたが、男は燃えながら動き、手の平に何重にも重ねた魔法陣を出しました。
魔法陣から放たれたのは、紫色の光線。ヴァルキリーバグは避けますが、五番の男は持続的に発射される光線を動かし追撃をしてきます。
そんな空中戦を見上げていたスウェンが言いました。
「あれは……」
「何か知ってるの?」
と、ドエムが問います。
「俺も書物で読んだ知識程度だが……あれは古代にあったとされる闇魔法なのかもしれない。ブレイバーが使う技とは系統が違う」
「魔法って……」
「とにかく敵同士が仲間割れをしている今がチャンスだ。今のうちに逃げるぞ」
「う、うん、そうだね。エオナも!」
エオナは頷き、三人は移動を開始しようとしました。
しかし、聞き覚えのある声が聞こえた事で足を止める事となります。
「ドエム!」
と、名を呼ばれたのでドエムが振り返ると、少し離れた所からこちらに向かって走ってくる女性の姿が見えました。
「メトシェラさん!?」
そう、偶然居合わせてしまったメトシェラが、ドエム達に合流しようとこちらに走って来ているのです。
驚くドエムでしたが、その瞬間、五番の男が放った闇魔法の流れ弾がメトシェラの足元に着弾。爆発が起き、メトシェラは吹き飛ばされ、地面に転がる事となりました。
そこへ直ぐ様駆け寄って、メトシェラを救出したのはマルガレータとシャルロットでした。彼女達も又、遥か上空で行われている空中戦に手出しが出来ず、その場から退避を考えており、偶然にも近くを通り掛かっていたのです。
「こっちへ」
と、メトシェラを起こし、手を引いて連れて行くマルガレータ。
シャルロットは心配そうに空中戦を見上げていましたが、
「シャルロット!」
と、マルガレータに名を呼ばれ、慌てて後を追いかけている様子が見えました。
この時、宿屋エスポワールでは、正面玄関前まで暴徒が押し寄せて来ていました。
アーガス兵士長率いる複数の兵士が、正面入り口前で封鎖してくれていますが、長くは持ちそうにありません。
「ここにもブレイバーがいるだろ! 出せ! 悪魔を出せ!」
と、躍起になってる暴徒達は手に松明や凶器を持っています。中庭にいるロウセンの頭が見えてしまってるので、隠しようがありません。
外が騒ぎになっている中、サダハルは宿屋の裏口から、シスターアイドルやエンキドを逃がそうとしていました。
「さぁ早く」
シスターアイドル達を外に出したところで、骸骨仮面のエンキドがサダハルに言いました。
「考え直せ。お前がここに残る意味が何処にある。危険だ」
サダハルは首を横に振り、こんな状況だというのに諦めにも似た、柔らかな表情で返答します。
「この場所は私にとって大事な場所なの。大丈夫。何とかなるよ。今まで、そうやって生きてきたし、人間の事、信じてあげたいの」
と、心配そうな表情を向けているシスターアイドル達の顔を見渡します。
そして、エンキドは悩みました。自分はどうする事が正解なのかと。悩みました。
「サダハル……俺は……」
その時でした。
遠くで爆発音が鳴り、巨大なハリケーンと共に中で二つの光が激しく衝突し、空中戦をしている光景が見えました。
エンキドの手が震えます。彼の目に映った赤い閃光は、アリーヤ共和国の悲劇の情景が目に浮かばせたからです。
「あれは何……?」
と、サダハル。
途端にエンキドは、装備を金色のプロジェクトサイカスーツに換装しました。
「全ての元凶! ここであいつを叩けば全てが終わる!」
そう言って、エンキドは背中のブースターを吹かし、飛び出しました。
今、上空で激しく衝突している二つの光は、エンキドにとって宿敵と宿敵のぶつかり合い。そこに金色の光となって、エンキドが参戦していきます。
三者三様、三つ巴の戦闘が開始された時、シスターアイドルのノアが急に走り出し宿の中へと入りました。
「ノア! 何処行くの!」
と、サダハルが声を掛けるも、ノアは無視をしました。
ノアが向かった先は、まだ宿の中庭で待機していたブレイバーロウセンの所でした。
身を低くしている人型巨大ロボットのロウセンの足元まで駆け寄ったノアは、ロウセンに頼みます。
「ロウセンさん! あっちはメトシェラの家がある方向なの! それに、絶対エムがあそこにいる! 私ならエムを守れるの! お願い……私を……私をあそこに連れてって!」
「やめなさいノア!」
止めようとするサダハル。
物言えぬロウセンは、ノアとサダハルの顔を見て、少し何か迷っている様子でした。ですが、ロウセンはコクピットハッチをゆっくりと開けて、ノアに手を差し伸べる事にします。
「ロウセン!」
と、サダハル。
シスターアイドル達も続々と集まってきて、ノアを止めようと声を掛けますが、ノアは迷わずロウセンのコクピットに乗り込みます。
そしてハッチを閉めたロウセンは立ち上がり、建物の外で驚いている暴徒を流し見た後、ブースターを吹かして地面を蹴りました。吹き荒れる風と共に、ロウセンは高々と空へ上昇します。
サダハルはノアとロウセンを止める事が出来なかった事を悔やむ暇も無く、せめて他のシスターアイドル達を巻き込まない様に、再度宿屋の裏口に誘導する事にしました。
別れ際、サダハルは母親の様な優しい笑顔で彼女達に言います。
「ケナン、イエレド、セト、ラルエル、もうここには来ない方がいいわ。貴女達なら、これからも大丈夫。自分を信じて、恐れず前へ。ね?」
一番世話になっていたケナンが涙を流し、イエレドも貰い泣きをしました。
礼儀正しいラルエルは、一歩前に出てサダハルと抱擁しながら言います。
「貴女は誰よりも素晴らしいブレイバーです。どうかご無事で」
続いてセト、イエレド、ケナンの順に抱擁し、そして別れを惜しみながらも、シスターアイドル達はその場を後にしました。
見えなくなるで手を振り見送ったサダハルは、
「さてと」
と、宿屋の中に戻り、誰もいないロビーへ。
正面玄関前の暴徒達は、巨大なロウセンの姿に怯えた後、遠くで起きている空中戦に悍ましさすら覚え、その恐怖がやがて怒りへと変換されていきました。
「ブレイバーが本性を表した!」
「ここは悪魔の巣窟だ! 焼き払え!」
そんな事を誰かが言い出した途端、アーガス兵士長達の働きによって足を止めていた暴徒達が、一斉に動き出しました。
兵士の剣による威嚇をものともせず、百人に及ぶ暴徒が宿屋エスポワールの敷地内に押し寄せます。
ある者は外から松明で火を放ち、ある者は凶器を持って宿屋の中へと踏み込みます。アーガス兵士達は、その勢いを前に、止める事が出来ませんでした。
憎しみと怒りの表情で入ってきた数十人の人間を、ロビーのカウンターに座っていたサダハルが、開いていた業務日誌をパタンと閉じて、立ち上がり、笑顔で言います。
「いらっしゃいませ。ようこそエスポワールへ」
その言葉は彼女の、曇りの無いおもてなしでした。
※
ブレイバーサダハルは、この町と、この宿屋に特別な想いがありました。
エスポワールの元主人がバグに襲われ、助けに入りましたが間に合わず、彼の死際の遺言を耳にします。
「私の妻と、エスポワールを……どうか、お願いします」
そう言い残し、彼は息を引き取りました。
その後、サダハルはエスポワールという名前を頼りに、聞き込みを行い、それがミラジスタにある宿屋の名前である事を知ります。
宿屋エスポワール。ようやく辿り着いたその場所には、たった一人で経営を続けている耳の遠いお婆さんがカウンター席にポツリと座っていました。
サダハルは主人の死を知らせると共に、謝罪の意味も込めて、この宿の経営を手伝う事を決意します。
お婆さんは偉そうなブレイバーが嫌いでしたが、サダハルの優しさに触れて、心を開いてくれるのは直ぐの事でした。
独学で字の勉強をする為、サダハルが書き始めた業務日誌の一冊目は、今では字が下手過ぎて読めた物じゃありません。
それでも、サダハルにとっては、大事な大事な最初の業務日誌です。
十人十色のお客様と触れ合い、厄介な常連客となったシュレンダー博士や、お金に困って駆け込んできたシスターイエレドを雇ったりもしました。そして旅をしているサイカ達と出会うに至ったのも、サダハルにとっては全て良い思い出です。
一緒に働いていたお婆さんが老衰により主人の元へと旅立ってからは、イエレドがシスターアイドル達を紹介してくれ、新たな仲間と共に経営を続けていました。
そこから気掛かりであったエンキドや、ドエムとの再会へと繋がり、苦労も多かったですが、幸せな日々を過ごせたと、サダハルは心からそう思っています。
ここであった出会いの全ては、宿屋エスポワールの主人との出会いから始まったのです。
だからこそ、サダハルは人間が大好きなのです。
だからこそ、サダハルは人間を最後の最後まで信じているのです。
サダハルの業務日誌は三十五冊に及び、字の上達がよく分かる内容となっていました。
※
一方で、ヴァルキリーバグと五番の男の空中戦は、エンキドの介入により混戦を極めていました。
エンキドはプロジェクトサイカスーツの高機動を活かした立ち回りと、機械式の刀・ノリムネ改で広範囲をぶった斬ります。
さすがに三人とも会話をする余裕はなく、しばらくは入り乱れての攻防が繰り返されました。
そんな中、ノアを乗せたロウセンが接近して来た事により、ヴァルキリーバグの身体が共鳴反応を見せます。胸の内が神秘的に光り、ヴァルキリーバグは突然の出来事に驚嘆しました。
「これは……銀の姫か!」
と、接近してくるロウセンの姿を目視で確認するヴァルキリーバグ。
その一瞬の隙を、エンキドが突きます。
「余所見してる余裕あんのかよ!」
と、エンキド。
ヴァルキリーバグはエンキドの攻撃を剣で受け止めながら、言い返しました。
「ちっ! その装備、ワタアメ姉様と共にいたブレイバーか!」
「エンキドだ。アリーヤでの屈辱、今ここで晴らさせて貰う!」
すると割り込むように鋭い魔法ナイフを飛ばして来た五番の男が言います。
「ボクのこと忘れて貰っちゃ困るなぁ」
三人の空中戦はもはや一瞬の油断も許されない状況で、ヴァルキリーバグの炎と、五番の男の闇魔法やナイフ、そしてエンキドの空気を斬り裂く斬撃が飛び交います。
その頃、地上ではロウセンがドエム達やマルガレータ達と合流を果たしてました。
「エム! メトシェラ!」
と、開かれたコクピットハッチから顔を見せたのはノア。
ノアの胸も、ヴァルキリーバグに共鳴して光っていました。しかし、ドエムはそんな事よりも言うべきことを言います。
「ノア! キミは来ちゃダメだ! ヴァルキリーバグがここにいる! すぐ逃げるんだ!」
「え、エムも一緒に!」
「僕は大丈夫だから。メトシェラさんも一緒に!」
ノアが差し伸べた手をドエムが握る事はありませんでした。
マルガレータが救出したメトシェラをコクピットに乗る様に誘導して、まずはこの場に居合わせてしまったシスターアイドルだけでも、この場から避難させようとします。
ですがそれを見逃さなかったのは、ヴァルキリーバグでした。
ヴァルキリーバグは、五番の男とエンキドが戦ってる隙を見て急降下を開始。一直線にロウセンが居る所を目掛けて飛んできます。それを察知したロウセンは、ノアとメトシェラを乗せたままコクピットハッチを閉めて、ビームライフルを構え撃ちます。
高出力の光線をヴァルキリーバグは避ける避ける、また避ける。素早い動きにロウセンの射撃が当たりません。
ヴァルキリーバグとノアの距離が縮まった事で、互いの胸の光の輝きが増します。この二人が接触したら、何かが起きてしまう。それだけは分かります。
動きに気付いたエンキドが五番の男への攻撃を中断。方向を変え、高速移動で回り込みます。
ロウセンを庇う様にヴァルキリーバグへ横から斬り掛かるエンキド。ヴァルキリーバグは咄嗟にそれを防御しましたが、エンキドが連続斬りで畳み掛けます。
「俺がお前を倒す!」
と、エンキド。
ついにはヴァルキリーバグはエンキドから一太刀受ける事となりました。
負傷しながらも、ヴァルキリーバグも反撃でエンキドを斬り、更には炎の剣で爆発を起こして吹き飛ばします。衝撃によりプロジェクトサイカスーツが破損し、遠くへ墜落するエンキド。
幸いにもプロジェクトサイカスーツの翼は無事だった為、エンキドはすぐに上昇。態勢を立て直し、上昇して再び戻ろうとしたその時でした。
エンキドの視界に、遠くで立ち昇っている黒煙と、燃え盛る建物が入ります。
その方向は、宿屋エスポワールがある方角。位置としても、宿屋がある場所と推測できてしまいました。
まさかの光景に、エンキドは戦意を喪失。思わず火事が起きている方向へと飛んで行ってしまいました。
一方で、大きく負傷したヴァルキリーバグは、追加でロウセンによる射撃の直撃を受けて、蹌踉めいていました。それでも諦めきれず、ノアの近くへと行こうとします。
そんなヴァルキリーバグの邪魔をしたのは五番の男でした。今度は五番の男が、ヴァルキリーバグの前に立ちはだかり、そして闇魔法によって弱ったヴァルキリーバグを拘束。空中で動けなくする事に成功します。
勝ち誇ったかの様に、五番の男は笑いながら言いました。
「一つ、試してみたい事があった。キミが銀の姫との同化をする前に、このボクがキミと同化してしまったら、果たしてどうなるんだろうってね」
「なっ!?」
まさかの発言に驚くヴァルキリーバグでしたが、それを他所に五番の男は巨大な魔法陣を空中に展開。捕らえたヴァルキリーバグを紫色の球体で包み込み、そして自らの体へ吸い寄せていきます。
その光景は、地上にいる者からも見えました。その一人であるドエムは、何か嫌な予感が脳裏を過ぎります。
「止めなきゃ……」
そんな事をドエムが言い出したので、横にいたスウェンが言いました。
「余計な事は考えるなよ。あいつらは敵同士、どうなろうが俺達の知ったこっちゃねぇ」
「嫌な感じがする。アレをやらせちゃダメだ」
すると、ドエムの隣にいたマルガレータが、
「同意見よ。手を貸すわ」
と、賛同してくれました。
シャルロットも風魔手裏剣を両手に持ち、加勢する意思がある様です。
彼女達とアイコンタクトを取ったドエムは、すぐに自身の身体に夢世界スキルで風の翼を付与。追加でマルガレータにも付与します。
上空にいる五番の男に攻撃を仕掛けようと準備するドエムを見て、ノアは声を出しました。
「エム!」
「ロウセン。ノアとメトシェラさんを安全な所へ。頼んだよ」
そう言い残し、ドエムとマルガレータは飛び出しました。風の翼を羽ばたかせ、ヴァルキリーバグを今正に取り込もうとする五番の男の元へ。
シャルロットも地上から風魔手裏剣を放り投げ、巨大手裏剣がドエム達と並行して飛びます。
まず、隙だらけに見えた五番の男へ最初に斬り掛かったのはマルガレータでした。目隠しを外し、相手の動きを見極める眼の力を発動。
マルガレータの斬撃を、五番の男は空間移動で間一髪避けました。しかし、その移動した先にあったのはシャルロットの手裏剣。
五番の男は思いもよらぬ軌道で飛んできた風魔手裏剣の直撃を受け、驚き蹌踉めいた所へ、ドエムが真上から杖を振り下ろします。
しかし五番の男は即座に魔法障壁を展開。ドエムの杖が見えない壁に妨げられ、男に届きません。
更に追撃を仕掛けて来たマルガレータを、闇の波動で吹き飛ばし地面に墜落させました。
腹に巨大な手裏剣が刺さったままだというのに、五番の男はまるで痛みを感じていない様です。
五番の男はドエムの杖を防ぎながら言い放ちます。、
「いったいキミは何なんだ。ノアを狙うヴァルキリーの味方をしようって言うのかい?」
「貴方は危険だ! ここで僕が倒す!」
「寝言は寝て言えロッドボーイ」
五番の男はそう言って、ドエムを上に吹き飛ばします。
無防備になったドエムに向かってナイフを数本投げ、そのナイフはドエムの身体に刺さっていきます。
ドエムに次々と無慈悲なナイフが刺さる光景を前に、ノアはロウセンのコクピット内で閉まっているハッチを叩いていました。
「お願い。私を外に出して。エムを守りたいの……お願い……ロウセンさん……」
一緒にコクピットに入っているメトシェラが止めます。
「もう間に合わないわ」
「私はエムを守るチカラがあるの。エムを守りたいの」
弱い力で、ハッチを叩き続けるノアの呼び掛けに、ロウセンは迷いながらも、ゆっくりとハッチを開きます。そして、手を使ってノアが地上に降りるのを手伝いました。
駆け出したノアは、ドエムを守りたいという一心で、大聖堂であった不思議な力の感覚を思い出しながら、彼に向かって手を伸ばし、言葉を出します。
「負けないでぇぇぇ!!!」
ノアの声は光の粒となり、空を昇り、傷付いたドエムの身体を包み込みます。
大聖堂でも見た事のある現象を前に、五番の男は言いました。
「気持ち悪い光だね」
五番の男は、ヴァルキリーバグに使った拘束魔法でドエムの動きを封じ、闇の炎を解き放って光の上から更に包み込み、圧縮します。
ドエムは紫色の球体に捕らえられ、五番の男は空中にコンソール画面を出現させました。手慣れた手つきでそれを操作をして、時間を停止させます。時間停止が成された事で、五番の男以外の全員。世界全体の動きが、ピタリと止まりました。
そう、五番の男はこの世界の時間すらも操る能力を所持していたのです。
しかし、地上にいるノアと捕まって身動きが取れずにいるヴァルキリーバグは、その影響を受けていません。
五番の男はそんな彼女達の様子を見た後、こんな独り言を呟きました。
「こうも欠陥が多いと、ボクも苦労しちゃうね。せっかく楽しんでたのにさ」
すると五番の男が出現させたコンソールに、メッセージが届いたので、彼はそれを開いて読みます。
「こっちもやかましい」
と、メッセージを消去する五番の男。
彼が行ったこの一連の行動は、何かがおかしい事に気付いたでしょうか。私もこの様な現象が起こり得るとは、少し前までは知りませんでした。
なぜと思うでしょうか。それについては、もっと後で分かる事です。まずは続きを語っていきましょう。
五番の男がコンソールを操作して、解析結果の文字列に目を通している間、異変が起きました。
時が止まり、目の前の脅威が停止しているからと安心しきっていた五番の男は、紫色の球体に亀裂が入り、見る見るうちに中から光が溢れ出したのを見て驚きます。
「おい、おいおいおいおいおいおい! ワット! まさかこいつもバグってんのか!」
割れる球体。四散する闇の炎。中から現れるのは、光を纏いし少年。
ドエムは風の翼を羽ばたかせ、速攻で五番の男に詰め寄ります。ドエムの杖には迷いはありません。
「ここからいなくなれぇ!」
と、ドエムは叫びます。
五番の男はコンソールの操作をしていた事で、完全に油断しており、ドエムの杖の直撃を受ける事となりました。
衝撃音と共に、五番の男は地面に叩き付けられる事となりました。同時、時間停止が解除され、ヴァルキリーバグを拘束していた魔法も解かれます。
地面を陥没させる勢いで墜落した五番の男が立ち上がろうとした時、空かさずマルガレータとシャルロットが接敵。強烈な一撃により弱っている男に攻撃を仕掛けます。
マルガレータの斬撃を避けた先に、躓いて転倒したシャルロットの忍刀があり、うっかり五番の背中から突き刺さっていました。
「あれ?」
と、自分でも何が起きたかわかっていない様子のシャルロット。
いつも余裕そうに振る舞う五番の男が、この負傷には焦りを見せていました。
地べたに倒れているシャルロットを蹴とばそうとした五番の男でしたが、頭上から風魔手裏剣が振ってきた事で攻撃を中断。回避します。
そんな姿を見て、マルガレータは薄ら笑いを浮かべて言いました。
「シャルは類い稀な幸運の持ち主。どうやら道化の貴方とは相性が悪いみたいね」
五番の男は、背中に刺さった刀を抜き取って捨てながら言い返します。
「不思議能力を使ってボクをいくら傷つけたところで、殺す事はできないよ。残念だったね」
「貴方こそ、何もかもが思い通りになるなんて、考えないことね」
「それはごもっとも。だからここで退散させてもらうよ。あんまり遊んでると上がうるさいからね」
「待ちなさい!」
五番の男の姿が消えたので、マルガレータは眼と五感を使って探しましたが、気配は完全に消えてしまっており、行方を追う事はできませんでした。まるで最初からそこには存在していなかったかの様に、五番の男は消えてしまったのです。
マルガレータは舌打ちをした後、泥だらけになってしまったシャルロットを起こします。
上空にいるドエムは、拘束から解かれたヴァルキリーバグと接敵していました。
光に包まれた少年の姿を見て、ヴァルキリーバグは言います。
「銀の姫を目覚めさせたのは貴公か」
そう言って、ヴァルキリーバグは下にいるノアに目線を向けたので、ドエムは視界を遮ります。
「行かせない」
と、ドエムはヴァルキリーバグを睨みます。
「なぜ我の前に立ちはだかる。銀の姫は貴公にとっての何だ」
「ノアは女の子だ。僕は彼女を守ると決めた」
「守る? 笑わせるな。何も知らないブレイバー如きが、その身勝手で世界を滅ぼす。その小さな脳味噌でよく考えよ。我と銀の姫が邂逅すれば、この国の英雄が蘇る」
「過去の英雄なんて必要ない! それに貴女は……バグを使って戦争を起こして、王都を攻撃して、みんなを混乱させた!」
「この世の狂いを修正する。ブレイバーのいない世界と、外部干渉の一切を断てば、再び人類としての英知を育める。その為の戦争。その為の聖女復活。その為の十三槍。それを、たかが人間の少女一人の為に棒に振るつもりか」
「人の命を軽んじるな!」
ドエムはそう強く言い放ち、ヴァルキリーバグに飛び込みました。白い光がドエムに今までにない力を与えられ、風を味方にしたドエムは杖を振りかぶり、叩き付けます。
ガンッ!
鈍い音が鳴り響きましたが、先ほど五番の男を殴った時と比べ、ドエムの手には感触はありませんでした。ヴァルキリーバグは、杖で殴られたのにその場をピクリとも動いていないのです。
そんな現実を前に、ドエムは驚き、声も出ませんでした。
(そんな……!)
狼狽るドエムの隙を見逃さなかったヴァルキリーバグは、手に持っていた細剣でドエムを刺します。
空中で胸をひと突きされたドエムは、力を失い、夢世界スキルで得ていた風の翼が消失してしまいました。
ヴァルキリーバグはこの時、本来であれば炎を爆散させて粉々に吹き飛ばすところでしたが、それを躊躇っている様に見えました。剣を抜き、ドエムを落下させます。
血を流しながら落ちていくドエムを見下ろすヴァルキリーバグは、地上で泣き叫んでいるノアの姿が目に入ります。そして、心配そうに空を見上げているマルガレータとシャルロット。ドエムを救出する為に飛んできているブレイバーロウセンの姿。
いつの間にか五番の男やエンキドの姿も無くなった今、ノアに強襲する絶好の機会であるというのに、ヴァルキリーバグはそうはしませんでした。
ヴァルキリーバグは一旦、シャルロットやマルガレータの所まで降下して、彼女達に短く何かを伝えた後、すぐに飛んでその場を去って行ったのです。
この時、激しく吹き荒れていた風がピタリと止んで、この場所の上空にだけ晴れ間が見えたのは、三つ巴の激戦が幕を閉じた事を天候が知らせてくれている様でした。
ロウセンの手で優しく救出されたドエムは、胸を刺されて重傷を負って意識がないものの、コアは外れており無事でした。
一件落着といいたいところですが、町での混乱は激しさを増していました。
燃え盛る宿屋エスポワールの前では、見せしめとして暴行され痣だらけになったブレイバーサダハルが十字架に吊し上げられ、暴徒集団に取り囲まれていました。そこには、彼女を守ろうとしたアーガス兵士長や王国兵士数名も数の暴力に屈して一緒に吊し上げられています。
「平和の為に! 平和の為に!」
と、人々は自らに言い聞かせる用に、この様な行為に及んでいます。
被疑者の姿がよく見えるよう、棒に縛り付けた上で足元に可燃物を置く形で準備が進められ衆人監視のなか、火が放たれます。彼らはまだ生きています。これはこの世で最も重い刑罰の一つとして、重罪人に成される火刑と呼ばれるやり方です。
少しの怪我では死なないとされるブレイバー用に大きな鉤も用意されていて、処刑人がそれを持ち、火を付けると同時にサダハルへそれを打ち込みます。
その時、空から破損した金色のプロジェクトサイカスーツで降下してきたのは、ブレイバーエンキドでした。
周囲にいた人々が一斉に武器を構え、
「ブレイバーだ! ブレイバーがきたぞ!」
と、戦闘態勢に入ります。
「何をしてる! こんな事をやって何になる!」
エンキドが怒りの籠もった声でそう問い掛けますが、まともに返事をするものなど誰もいませんでした。
今まさに、サダハルへ鉤を打ち込もうとする処刑人目掛けて、エンキドは飛び掛かります。
「やめろおおおおおおおおおおおお!」
この時、エンキドは初めて人を斬りました。持っていた剣で、サダハルに害をなす人の背中を斬って、真っ二つにします。
ですが、間に合いませんでした。
エンキドに襲われる状況でも、処刑人はサダハルの胸に鉤を打ち込む事を強行したのです。
火も放たれてしまい、たちまち彼らを吊し上げてる十字架が、炎に晒されます。一緒に吊るされていた王国兵士は泣き叫び、アーガス兵士長は悲しい目でエンキドを見ていました。
エンキドの目の前には、意識が無いままのサダハルが、コアを損傷してしまった事による消滅が開始されます。
最愛のブレイバーが、炎の中で消えていく。その姿を目前にして、エンキドは嗚咽します。初めて涙を流します。
「あ……ああああああ! なんてことを! なんで! どうして!」
人殺しという罪を犯してまで守ろうとした女性が、醜い姿で消えていく。
エンキドは火の中に飛び込んででも必死に手を伸ばしましたが、サダハルに触れる事叶わず、彼女は消えました。光を失ったコアを手で掴んで、それを大事そうに握り締め、泣き崩れます。
絶望。
サダハルと一緒になる為にこの町にやって来て、サダハルを守ると誓った男が、全てを失った瞬間がそこにありました。
涙で地面を濡らすエンキドの目の前には、燃えてしまったサダハルの業務日誌が落ちています。それを見ながらエンキドは地面を殴り、呟きました。
「何の為に……俺は……守ると、誓ったのに……」
この半年間、笑顔で働くサダハルの姿がエンキドの脳裏を過ぎります。時には掃除を手伝わされたり、時には同じベッドで夜を明かしたり、時には怒られる事もあった。その全ての思い出が、エンキドの中で蘇ります。
すると、警戒する衆人の中で悲しみに暮れるエンキドの横に、一人の人物が立っていました。ピエロ化粧の五番の男です。
いつの間にか、飄々と現れたその男は、エンキドに語りかけます。
「サダハルは人間を信じていたんだね。彼女ならいくらでも抵抗できただろうに、彼女はそれをしなかった」
「黙ってくれ……」
「最後まで人間を信じていたんだ。でも人間はそんな気持ちすらも食っちまった。自らの安全の為に。なんて醜く愚かな行為だ」
「言うな!」
「ブレイバーエンキド。キミは素晴らしいブレイバーだ。何だかんだと言いながらも、弱き者を守り、強き者を屠る。正にヒーロー。エルロイドの再来。そうやってキミは生きてきたのだろう。ならばこの場合、キミが守るべき弱き者とはいったい何か。果たしてそれは卑怯で臆病な人間と思うかい?」
「俺は……」
「もっと自分を出しなよ。我慢してるだけじゃ、キミまで人間に食われてしまう。さあ泣くのを止めて剣を持て。彼女を傷付けた奴を決して許すな」
五番の男を聞いて、エンキドの涙は止まりました。決意したのです。
ノリムネ改を持ち、まずは横に立っていた五番の男を斬り捨て、生きたまま焼かれている他の者達の十字架を一振りで破壊します。
そして、炎に包まれたその場所で、ゆっくりと振り返り、助けようともせずに監視している民衆を睨み付けるエンキドは言います。
「もう、世界なんてどうでもいい……」
エンキドの怒りの感情から生み出される気迫と殺意。これからこのブレイバーが何をしようとしているのか察した衆人達は、恐れ慄く事となります。
斬られた五番の男は、倒れながらもその姿を見て、ケラケラと笑っていました。
この日、皮肉にも人の手によって、狂気の悪魔が誕生してしまいました。
【解説】
◆魔法時代
かつてまだ世界に魔力が存在していた時代があった。
それは人々の生活や戦争で魔法が利用されている中、誕生した魔王によって魔物が蔓延る世界。
やがて魔王が勇者によって討伐されると共に、魔力が失われ、魔法の歴史は幕を閉じたのである。
ブレイバー召喚技術は、当時あった召喚魔法の名残。
◆勇者エルロイドの伝説
魔法時代に猛威を振るっていた魔王を討伐すべく、立ち上がった一人の男がいた。
名はエルロイド。オッドアイが特徴的なその男は、魔法時代の世界を旅をして、多くの仲間と出会い、多くの人を救ったと語り継がれている。
勇者と魔王の決戦は、世界の魔力をほとんど使い果たすほどの頂上決戦であり、その果てでエルロイドは見事に魔王討伐に成功したとされている。
エルロイドはその後、異界の地へと姿を消したとされている。
◆五番の男の能力
人類から失われたはずの魔法の内、闇魔法と呼ばれる力を使う事が明らかになった。
更に『同化魔法』や『時間停止』など、今回の戦いで様々な能力を使っていた。
いったい何者なのか、今後の展開を楽しみにして頂きたい。
◆シャルロットの能力
十三槍の十二番、シャルロットは『幸運』の持ち主。
戦闘能力は高くないが、バグ能力を与えられた際、幸運に恵まれる事が多くなった。
その為、ここぞという場面で彼女には幸運がもたらされる。ある意味、最強の能力を持っている。
◆ヴァルキリーバグ
五番の男の策略を止めるべくミラジスタに現れたヴァルキリーバグは、結果としてドエムと対峙する事となった。
戦闘時は剣や体に炎を纏わせ、剣先を爆発させたりと、強力な技術を持っている。
ヴァルキリーバグは、ノアと融合する事で、英雄ゼノビアが復活すると話しており、その目的には外部干渉を断つ為と語っていた。




