108.五番の脅威
アリーヤ共和国の隣国に小さな国がありました。
豊かな緑に囲まれた村や町で形成されたその国は、アリーヤ共和国とも友好関係を築いていて、戦乱の世の中でも、慎ましくも平和な生活を維持していました。
そんな国で、治安維持を任せられていた部隊がありました。国が認める武勇を持つ人物が集うその集団は、悪を斬り、不正を断つ、暗殺集団として有名だったのです。
隊長を務める男は、六十を超える年長者でありながら、拳一本で岩をも砕き、素手で熊を倒してしまうほどの実力者でした。
名は、ルイス・ジン。
幼き頃から武術に明け暮れ、数十年に渡り山籠りをした達人武闘家です。周りの者は剣や弓など、あらゆる武器使いが揃っている中で、ルイスだけは己の肉体のみを信じ、その強靭な体で敵を屠っていました。
ルイスは治安維持部隊の長らしく、誰にも負けた事がありませんでした。白髪とシワが増えてきて、腰が曲がってきても、ルイスの武術に勝てる者など存在しなかったのです。
しかし、ルイスはとある任務の最中に肺結核により喀血して倒れ、体調の悪化により、第一線で活躍することがなくなりました。
そんな中でルイスの耳に『ブレイバー』と呼ばれる人間兵器が世界各国で現れたという噂が舞い込んできたのです。
国際戦争とは縁のなかった国なので、当然ブレイバーの召喚などは行われておりませんでしたが、旅をするブレイバーが訪れ始めたのです。人間とは思えない超能力を使う彼らは、決して争ってはいけない存在として知れ渡ります。
ルイスは病いに悩まされながらも、このブレイバーという存在を遺憾としていました。
ある日、強き者を求めて旅をしているユウアールという女性ブレイバーがやって来ました。
「強い奴と戦わせてくれ!」
と、豪語するそのブレイバーユウアールは好戦的で、まるで道場破り感覚。
見た目が女性である事から、舐めて掛かった者はユウアールの拳を前にほとんど倒される結果となりました。
もちろん、治安維持部隊の者たちも、ユウアールが起こす騒ぎを止める為に立ち向かいましたが、全員倒されてしまいます。やはり、人間ではブレイバーに勝てません。
「ユウアールに勝てるのは、ルイスしかいない」
そんな話が国中を駆け巡り、やがては多くの人々がルイスに依頼してきました。
「町で暴れるブレイバーを止めてほしい」
と。
ルイスは重い腰を上げ、これが最後の仕事であると決意しながら、ブレイバーユウアールと決闘する事となりました。
相手が若い女性の容姿だからとて、数々の噂を耳にしていたルイスは、手を抜くつもりは一切ありません。
ルイスとユウアールの拳と拳の対戦は、とても長かったと語り継がれています。吐血しながら戦うルイスに対して、楽しそうに笑顔で腕を振るうユウアール。
もう言わなくても分かるかもしれませんが、勝ったのはユウアールでした。強烈な一撃で殴り飛ばされ、再起不能となったのはルイスです。
ブレイバーユウアールは、この国での戦いに満足して、去って行きました。この時、ユウアールは誰一人として殺さなかったのがせめてもの救いでした。
そしてルイスは、この戦いを切っ掛けに病状が悪化。医者からは余命を宣告され、もうベッドから起き上がる事すらも許されない状況に陥ってしまったのです。
世界戦争は激化、オーアニルでは天変地異が起き、アリーヤ共和国もバグにより内部崩壊。
バグの魔の手はルイスの国にまで及び、呆気なく国は滅ぶ事となりました。ルイスが守ってきた国が、人々が、ブレイバーやバグといった人ならざる存在によって、脆く崩れ去る瞬間を、ただ何もできず、見ている事しかできなかったのです。
バグに喰われて死ぬか、病気で死ぬか、その絶望の淵に立たされた最強の武闘家ルイスの前に現れたのは、後に彼が女神様と呼ぶ事となるヴァルキリーバグでした。
ヴァルキリーバグは、ルイスに手を差し伸べます。
「まだ、戦えるか」
と、ヴァルキリーバグは彼に問いました。
※
降り出した雨が、肌を刺激し、四番の男はまるで氷水に沈んでいるかのような感覚に襲われていました。
「グランパ! グランパ!」
四番の男の耳に、少女の声が聞こえてきました。
ゆっくりと目を開けた四番の男、視界にはぼんやりと見下ろしている二人の女性がいます。それは顔の記号は見えませんが、十番と十二番の二人である事はすぐに分かりました。
「グランパ! しっかりしてくださいです!」
と、変わった呼び方をしてくるのは十二番のシャルロットです。
「おお、シャルロット……無事だったか。それに十番も……良かった」
口の中に溜まっていた血を吐き出しながら、弱々しい声を出す四番の男。
身体には無数の刺し傷があり、もはや痛みは無いが、身体は動きません。そんな様子を感じ取って、十番のマルガレータは言いました。
「貴方ともあろうお方が……いったい何が?」
「五番は……偽者だ……この事を、一刻も早く女神様に……」
「五番が偽者? 戦ったのですか?」
すると、容態の悪化を見たシャルロットが慌てた様子で言います。
「血が凄いです! グランパが死んじゃうですよ!」
「え、ええ、すぐに治療を」
「でも! どうすればいいですか! ミー達に傷の手当なんて……」
「……宿屋へ。彼女達ならば」
「名案なのですよ!」
助けようとしてくれる会話を聞いて、四番の男は言いました。
「もういい……もう私は助からん……」
「何を」
と、マルガレータ。
四番の男は語ります。
「死期を悟った人間は……人生の意味を考えてしまう。私は病いによって死ぬ運命だった身。女神様に与えられた機会は、私にとって有り余るモノだった……」
「人成らざる力を得ても、貴方は人生と言うのですね」
「ああ……私たちは、いつまでも…………人間……だ……」
「四番! 死ぬな!」
「私はルイス・ジン……女神様……お頼み申す……」
そこまで言い、哀しみの雨に打たれながら、四番のルイスは静かに息を引き取りました。
敵に倒されたというのに、その顔は何処か満足そうで、マルガレータとシャルロットに見守られながら再び目蓋を閉じたのです。
十三槍の中で、誰よりも信頼が厚く、シャルロットからも慕われたルイス。
彼の武術に対する志と、打倒ブレイバーの信念は、とても強かったと認識しています。だからこそ、最期を看取ったマルガレータやシャルロットの心には、強く、重い、衝動が伸し掛かってきました。
騒ぎを聞きつけ、プロジェクトサイカスーツで空を駆けてきたのは、ブレイバーエンキドでした。
傷だらけで絶命している顔に四の数字記号が刻まれた男と、それを悲しそうに見下ろしているマルガレータとシャルロット。そこに降り立ったエンキドは、動かぬ四番の男と二人の様子を見て状況を察しました。
「これは……お前たちはもう出てこない方がいい」
エンキドがそう言うと、マルガレータは言いました。
「ここまで好き放題されて、見過ごす訳にはいかないわ」
「お前たちに何ができる。大人しくリーダーにこの事を伝える方が利口だ」
「……そうね」
「それともう一つ、教えて欲しい事がある」
「何?」
「五番の能力。知ってる事を洗いざらい教えてくれ」
マルガレータは立ち上がり、エンキドに向かって聞きました。
「……前に、少しだけ話を聞いた事があるわ。五番は不死の能力者だと。心臓を刺しても、頭を突いても立ち上がる」
「それだけか?」
「ほとんど知らないって言ったでしょ」
そこまで会話した時、騒ぎを聞きつけた王国兵士達が集まって来ているのが見えました。
「行け。お前達がここにいるとややこしくなる」
と、エンキド。
マルガレータは頷き、シャルロットの手を取って走り出しました。が、すぐにエンキドが声を掛けてきた為、彼女達の足は止まります。
「待て。その……なんだ。右腕……悪かった」
その言葉に、マルガレータは驚きます。彼女の再生しない右腕を斬り落としたエンキドが、その事を悪かったと謝罪してきたのです。
何か言い返そうとも考えたマルガレータでしたが、特に言葉が思いつかなかった為、そのまま返答はせずに再び走り出し、雨の闇夜の中へと消えて行きました。
雨は翌日も降り続いていました。
シスターアイドルのリーダー格であるメトシェラは、彼女達の中で最年長者でありながら、貴族の娘。ミラジスタでも有数の屋敷で、メトシェラはいつもの様に家族と、そして許婚である公爵との会食をしていました。
メトシェラはこの町を取り仕切る名家で産まれ、幼い頃から何不自由無い生活を送ってきました。親が雇った家庭教師に勉学を教えて貰い、親に決められたレールの上を進む箱入り娘。修道女として働いたのも、母親の提案あっての事でした。
才能には恵まれ、勉学と運動共に優秀な女子へと育ちました。そんな中、ノアの歌声に感銘を受けて、初めて自らの決断で始めたのがシスターアイドルだったのです。
会食では、ほとんど会話も無く、専属のシェフが振る舞うコース料理を黙々と上品に食べ続けるメトシェラが、ふと窓の外の雨に目をやった時でした。
公爵がメトシェラに話を振ってきました。
「メトシェラ。最近、ブレイバーと関わっている様だね」
メトシェラの料理を口に運ぶ手が止まります。
「それが何か?」
「キミも知っているだろう。この町は、これからブレイバーの追放と消去が行われる。ブレイバーは最悪をもたらす悪魔となり、悪魔狩りが行われる」
「ブレイバーに頼ってばかりだったのに、随分と虫がいい話ですね」
「王都が陥落し、我々にも温情だけでは生き残れない時代が来たのさ」
「それで?」
すると、今度はメトシェラの父親が代わりに言いました。
「……ブレイバーと今後一切関わるなメトシェラ。人間兵器はもはや人類の救世主ではない。事が始まっても、見て見ぬ振りをしろ。悪魔の味方をすれば、どうなるか……分かるだろう。シスターアイドルとしての活動は認めてやったのだから」
と。
母親が続きます。
「貧乏くさい娘と一緒になって……シスターアイドルなんて子供のお遊びでしょ。引き際ね」
「それは私が決める事です。お母さん」
そう言って、料理を食べ残したまま席を立つメトシェラ。そのまま部屋を出ようとしたので、待機していたメイドが扉を開けてくれました。
退室しようとする娘の背中に向け、父親は念を押します。
「ブレイバーとはもう関わるな。これはローラン家の名誉の為だ」
「分かっております」
そう言い残して、退室したメトシェラは屋敷の廊下から窓の外に目をやります。高台に位置する場所で、雨降るミラジスタを一望できる夜景が広がっていて、窓に映る自身の顔は複雑な表情となっていました。
メトシェラはこの時、こんな事を思っています。
(ブレイバーが悪魔か……)
メトシェラは昔、教会の修道女として働いていた時の事、ブレイバー召喚に失敗した光景を目の当たりにした事がありました。
召喚用のホープストーンから産まれた男ブレイバーが、奇声を上げて暴れまわり、すぐに結晶化。そのままバグへと変貌して、ブレイバーとの激しい戦闘に突入したのです。
その時の混乱しているブレイバーの姿は、正にこの世の者と思えず、悪魔を召喚してしまったと感じた事があったのです。
しかし、メトシェラはサダハルやエンキド、そしてドエムといった良心的なブレイバーの事も思い出します。
(彼らはどちらかと言えば、限りなく人間に近く、そして人の為に日々努力をしているブレイバー達。とても悪魔とは思えない)
メトシェラの中で、葛藤が生まれます。
(人の為に戦ってくれたブレイバー達。無責任な人類を、どうか許して)
翌日、ミラジスタの町は騒がしくなりました。ミラジスタの町の住人によるブレイバーの追放運動が始まったのです。
町の住人や王国兵士が集団となって、ブレイバーを取り押さえ、拘束した後に心臓を刺して消滅させるといった悲惨な現場が至る所で行われました。ブレイバーの住居や、ブレイバーズギルドの建物にも火が放たれ、燃やされます。
交渉を試みたブレイバーや、力の無いブレイバーは問答無用で襲われてしまいました。
そうやって暴動を起こす彼ら人間は、口を揃えてこう言います。
「悪魔を追放せねば、私たちに未来は無いのだ」
と。
まだ悪魔狩りの集団が来ていない宿屋エスポワールでも、慌ただしくなっていました。
昨日合流したブレイバーロウセンは中庭で姿勢を低くして待機。ドエム、エンキド、サダハル、そしてエオナもロビーに集まって会議をする事となりました。
この場には、シスターアイドル達も集合していますが、メトシェラだけは姿を見せていません。
そしてアーガス兵士長が数名の王国兵士を連れて中に入って来たと思えば、彼は事情を説明した上で深々と頭を下げ謝罪をしました。
「私の力及ばず、こんな事になってしまい、本当に申し訳ない。これも全て、王都陥落と、バグ側の零の始皇帝なる者が引き起こした事だ」
悲しそうな表情を浮かべるサダハルは言います。
「事情は分かったわ。みんなも戦争を起こさない為に、必死になってるって事よね」
次にエンキド。
「サダハル、もうこの町にはいられない。すぐに逃げるぞ」
そう言われたサダハルは、首を横に振りました。
「私は、ここに残るわ」
「なっ!?」
エンキドは耳を疑いました。サダハルは、こんな状況になっても尚、この場所に留まると言ってきたのです。
その横で、ドエムは珍しく怒りを露わにしていました。杖の石突部分で床を強く叩き、音を立てます。
「なんで! なんでこうなるのさ! こんなのってないよ! 今更、ブレイバーを見捨てるなんて! 勝手すぎるよ!」
その言葉に、シスターアイドル達も皆俯いてしまいました。
アーガス兵士長がドエムに説明します。
「本来、ブレイバーは人間兵器。この国は、バグ問題を前に、ブレイバーと共存の道を歩むという選択をした。しかし、ブレイバーさえいなければ、バグも生まれないというのも揺るぎない事実だった。それを分かっていても、今まで切っ掛けが無かったのだ」
「みんな必死になって戦って、信じて生きてきたのに、それを一方的に! 酷いよ! あんまりだよ!」
と、ドエムが声を荒げたので、ノアとケナンが宥めます。
アーガス兵士長は、
「我々人類は、ようやく踏み外してしまった戦いの歴史を、修正しようとしている。これは人間の身勝手だ。しかし、私個人の考えは、最後まで君たちブレイバーを人間として扱いたいと思ってる。だからこそ、被害が及ぶ前に、この町から、この国から、逃げて欲しい。少しでもその短い人生を、延命してほしい。私が出来る事はこれを伝える事だと思い、今ここに来た」
と、ドエムの肩にポンと手を乗せました。
横で大人しく話を聞いていたエオナが言いました。
「ロウセンに乗れば空も飛べるし、何処へでも行けると思う。だけど逃げるって言っても、いったい何処に行けばいいんだ。奴らはこの国を掌握したら、きっと他国にだって……」
すると今度はサダハルの説得を中断して話に入ってきたのはエンキドでした。
「それについては、スウェンという男が、何か考えがある様な事を言っていた。世界のこれからについてを知る重要人物がいると。彼の話を聞いてやってもいいかもしれない」
そう、エンキドはスウェンと偶然にも出会い、彼と会話をしていたのです。
この時、ドエムは彼が言っていた事を思い出します。
『困ったらここに来い。解決策が俺にはある』
と、彼は確かにそう言っていました。
この場に留まる事が危険となった今、彼に頼ってみるのも悪くはないのかもしれないと、ドエムは考えました。
「僕、スウェンの所に行ってみるよ。もしかしたら、何か知ってるかも」
そう言い残して、早速外に出ようとするドエムを、ノアが手を取って止めます。
「待ってエム。行っちゃうの?」
「ブレイバーと人間は、住む世界が違うんだ。僕は、あの人ともう一度会うまで、ここで死ぬ訳にはいかない」
「わ、私も――」
「ノアは人間だ。僕と一緒にいたら、危険だよ」
と、ノアの手を振りほどいて、ドエムは出ていってしまいました。
それを見て、アーガス兵士長は近くにいた兵士と、エオナに顔を向けて指示を出します。
「少年一人で出歩くのは危険だ。護衛してやってくれないか」
エオナと王国兵士二人が頷き、ドエムの後を追いかけて出て行きました。
その様子を、ショックのあまりただ呆然と見送る事しかできなかったノアがいます。人間とブレイバーという人種の違いで、引き裂かれる恋。他のシスターアイドル達も、その光景に心を痛める事となりました。
外に出たドエムは、遠くで炎と黒煙が立ち上っているのが見えました。至る所で爆発が起きているのも見えます。
ミラジスタで集団暴動、悪魔狩りが行われている最中、対象とされたブレイバー達は潔く死を選ぶ者もいれば、町の外へと逃亡を図る者、そして身を隠す者、様々いましたが、その中で叛旗を翻す者達がいたのです。
結果として、ミラジスタは内戦が起き、各所で民衆とブレイバーの衝突が発生しているのです。
そんな中、ドエム達は最北部にあるホープストーン採掘地区に向けて走ります。近くで起きている争いを無視して、ブレイバーが人間達に取り押さえられている現場を見ても無視して、とにかく走りました。
「酷い……」
と、目に見える現場を見ない様にするドエム。
すると、すぐ横を走っていたエオナが話し掛けて来ました。
「ドエム、キミがこの町に居たなんて知らなかったよ。マーベルが心配していた」
「……こんな時に、随分と余裕だね」
「王都の戦いはもっと酷かった。今更、何を見ても驚きはしない」
「マーベルは無事なの?」
「……さあ、どうだろう。上手くソフィア王女と逃げ出せてくれていれば……と願うばかりだ」
そんな会話をしていると、悪魔狩りの集団と出くわしてしまいました。
「ブレイバーだ! ブレイバーがいるぞ!」
と、人間達が集まってきます。
彼らの表情は、まるで親殺しの殺人犯を見つけた様な怒りに満ちています。ドエム達から見れば、それは恐怖すら感じる光景でした。
後ろを付いてきていた王国兵士二人が足を止め、
「ここは私たちにお任せを!」
と、剣を構えて威嚇する事で集団の動きを止めてくれました。
「ありがとう」
と、ドエム。
ドエムが夢世界スキル《風の加護》で自身とエオナの移動速度を上げて、一切の躊躇する事なくその場を走り去ります。
なんとか悪魔狩りの集団を振り切り、行き先を悟られぬ様に遠回りをした後、ホープストーン採掘地区へと足を運びます。
そこは町の騒ぎで人気も少なくなっており、五番とエンキドの戦いの傷跡が残っている中で、普段いる王国兵士の見張りもいなくなっていました。
それでも一応は周囲を警戒しながら、奥へと進み、元シュレンダー博士の研究所へと到着します。
部屋の中では、武装して戦闘態勢を整えたスウェンがおり、ドエムとエオナが入って来た事で、一旦は銃口を向けられたものの、スウェンはすぐに銃を下げました。
「やっとだな」
と、スウェン。
エオナは刀を構えながらドエムに聞きます。
「この男が、重要人物なのか?」
「うん」
エオナが刀を納めたのを確認して、ドエムは改めてスウェンに言いました。
「町が大変な事になってる。時間が無いんだ」
「王都でいったい何があったのかは知らないが、いよいよこの国も後が無いって事だろ。俺もそろそろ撤退しようかと考えてた」
「何かこの最悪な状況を変える手段を知ってるなら、教えてよスウェン」
「犯罪者の手は借りないって断言してた奴が、困ったら手のひら返しかよ」
「それは……」
「懸念していた十三槍は、どうやら何か別の問題を抱えている。これは間違いない。だからと言って、やるべき事に変更は無い」
「やるべき事って?」
スウェンはしばらくの沈黙の後、こう答えます。
「キャシーを復活させる」
「は?」
「失われたゼノビアの子供達の一人、状況を打開するには、キャシーの存在が不可欠。そういう事だ」
「ま、待ってよ。キャシーって、あの……」
スウェンは笑みで応えます。
その名を聞いたドエムは、ここ発掘地区であったキャシーとサイカの戦いや、自身がキャシーに襲われ生命の危機に晒された事を思い出します。
「そ、そんなのダメだ! 第一、あの女は、敵なんじゃないの!?」
「ただバグを操れるからって、敵と決めつけるのは早計だな。この世界での正義なんて信用ならない。それはもう分かっただろう。そしてキャシーにはキャシーの信念がある。そして少なくとも……彼女は俺の味方だ」
会話を聞いていたエオナが話に入り込みます。
「キャシーとは誰だ」
「この国でテロリストだった人だよ。バグを操れる」
と、ドエムが説明しました。
スウェンは話を続けます。
「キャシーを復活させる手立ては、もうこの国に無い。が、外国にはある。丁度いいじゃねぇか。今が絶好の機会だぞ少年」
ドエムは悩みます。どの様な手段で、キャシーを復活させようというのか分かりませんが、ドエムにとってこの提案は最悪な事に聞こえました。
黙ってしまったドエムの横で、エオナが思わぬ事を言い始めます。
「実は、私にもこの世界危機を打破するのに必要と思うブレイバーがいる」
「言ってみろ」
「ワタアメとサイカ。私はこの二人こそが、全てを覆す力だと思ってる。だから私は」
「フッ……ハッハッハ!」
スウェンは笑いました。
「何がおかしい」
と、エオナ。
「何処から来たブレイバーかは知らないが、お前はワタアメとサイカが何か、知っているんだな?」
「概ね。彼女達はブレイバーの域を逸脱しているから。だから私は、王女の護衛としてこの国に留まり、行方を探っていた」
「だったら話は早い。キャシーもその二人とは姉妹みたいなものだからな。それで、少年はどうする」
ドエムは、
「そんなこと……」
と、スウェンとエオナ両名の顔を見ます。
キャシー、ワタアメ、サイカ、彼女達を復活させる事こそがこの悲惨な現状を打開する策だと彼らは言います。これは、ヴァルキリーバグが志すゼノビアの復活と似た様な意味でもあります。
いったいどんな方法で、その策を実行するのか、また無差別に戦いを起こすつもりなのか、ドエムはそればかりが気がかりで言葉が出ません。
そしてドエムは、意を決して、スウェンに言います。
「分かった。僕に出来る事があるなら、協力するよ。でも、条件がある」
「条件?」
「……この杖で、貴方を殴らせてほしい」
「は?」
「僕の杖は、悪しき心を見分ける能力がある。もし、この杖に殴られて無事なら、僕は貴方を信用する。もしそうでないなら、この話は無かった事にする」
「……やれよ」
スウェンがそう言ったので、ドエムは持っていた杖を振り上げ、そしてスウェンの顔を殴ります。スウェンも特に防御する素振りも見せず、そのまま殴られました。
相手がバグであれば、ノアを攫おうとする十三槍であれば、大きな衝撃と共に吹き飛ばされるはずです。しかし、スウェンはそうはなりませんでした。杖はただの棒となり、彼の頬を赤く染め、口の中に切り傷を作るくらいの威力しかなかったのです。
「これで、信じてもらえたのかよ」
と、スウェン。
手を組む事を約束した三人は、ホープストーン採掘地区を出て、宿屋を目指して走りました。
町の騒ぎは更に大きくなっており、規模が広がる中、人目に付かない様にルートを変え、森林地区を走り抜けます。
この時、大きな屋敷の近くを通った為、窓から外を眺めていたメトシェラが走るドエムを目撃しました。
「ドエム!?」
町で大騒動が起きているというのに、こんな町外れで走るドエム達を見て、メトシェラは思わず足を動かしていました。
メイド達の声掛けを無視して外に飛び出し、走り難いドレスの裾を切って、彼らを追いかけます。
しかし丁度この時、ドエム達は新たな脅威を前にしてその立ち止まっていました。
こういった場面で現れ、行く手を阻んで来るのは五番の男です。まるでここを通るのを最初から分かっていたかの様に、五番の男が立っていました。早く宿に戻ってエンキドやロウセンと合流を急がないといけなければならない時に、最悪なタイミングです。
「お急ぎかな」
相変わらずふざけた調子で話し掛けてくる五番。
「こんな時に!」
と、ドエムは杖を構えます。
「敵か!」
と、エオナも抜刀の構え。
スウェンも小型火縄銃を構え、言葉よりも先に発砲しました。
しかし五番の男はその弾を回避して、当てれるものなら当ててみろと言わんばかりに挑発する素振りを見せます。
「話もせずにいきなり撃つなんて、酷いなぁ」
五番の男がそんな事を言い放っている中、風の加護を纏ったエオナが即座に詰め寄って抜刀術。鋭い斬撃を次々と走らせましたが、五番はそれを全て避けてきます。
「なんだこいつ!」
初めて五番の男と対峙したエオナは、その動きに驚きました。隙だらけに見えて、そうではない。ほとんどの攻撃をふざけた動きで回避してくる気持ち悪い動きを、エオナの剣技が捉える事が出来ないのです。
そして五番の男の反撃が来た為、咄嗟にエオナは距離を取ります。日本刀を鞘に納め、再び抜刀の構えを取るエオナ。
スウェンの援護射撃をも避けながら、五番の男はそんなエオナの構えを見て笑いました。
「サムライガールか。ブレイバーってみんな面白い戦闘スタイルを持ってるよねぇ」
その時、五番の男にとっても計算外の人物が登場します。
まず飛んできたのは大きな風魔手裏剣。ぎりぎりの所でそれを察知して避けた五番の男の脇腹が裂かれ、更に背後から目隠しの女、マルガレータが左手に持った曲刀で斬り掛かり、五番の男の背中を斬る事に成功します。
斬られた五番の男はよろめきながらも前に跳び、そして振り返ります。
そこにはマルガレータとシャルロットの姿があり、五番の男はドエム達とマルガレータ達によって挟まれる事となりました。
思わぬ増援にドエムも、
「貴女達は!」
と、驚かされます。
五番の男という危険分子を前に、利害の一致とでもいうべきでしょうか。五番を敵とする役者が揃い、言葉を交わさずとも協力し、多勢で攻める。
こんな状況だというのに、五番の男は楽しそうに笑って手の上でナイフを回して遊んでいます。
ここからはエオナとマルガレータが互いに協力して、五番の男を攻撃します。五番の男もナイフで反撃しますが、彼女達はそれを的確に防ぎ、そして隙の無い連撃により五番の男を斬り刻みました。
「下がれブレイバー!」
と、マルガレータはエオナに言います。
「断る!」
そんな風に言い合いをしながら五番の男を斬る二人。
しかし斬られた五番の男はフェイク。無傷の五番の男が、全く別の場所に現れます。まるで実体の無いお化けか何かと戦っているかの様に、掴み所のない動きをします。
この時、五番の男はこんな事を考えていました。
(束になったとしても、所詮はこの程度。ボクの敵じゃないねぇ……ん?)
五番の男は、とてつもない気配を感じます。それは頭上から、重苦しい圧力が伸し掛かってきたのです。
その場にいる誰もが感じ取り、全員が空を見上げます。マルガレータとシャルロットは救世主の登場を前に、表情が明るくなります。
黒い翼を羽ばたかせ、上空からゆっくりと降下してくる、女性の姿をした黒いバグ。
ヴァルキリーバグが、まるで天より降臨する神の如く、堂々と現れたのです。ヴァルキリーバグは五番の男を見下ろし、その宝石の様な真っ赤な眼からは憎悪すら感じさせます。
ヴァルキリーバグは手に持っている細剣の剣先を五番の男に向け、言います。
「全員武器を納め控えよ。その男には聞きたいことがある」
実はこれより少し前、マルガレータとシャルロットは町の外でヴァルキリーバグと合流していました。その為、五番の裏切り行為については、既にヴァルキリーバグに伝わっており、人目に付かないタイミングで、五番の男を襲撃する計画が立てられていたのです。
そして、この多種族が集合する事となった異常な状況を目撃してしまった人間メトシェラは、草むらに身を潜めながら事の行く末を見守ります。ブレイバー、人間、そして人の言葉を喋るバグまでもが集合した悪夢を前に、彼女の中の恐怖心と好奇心が葛藤して、その場から逃げるという選択肢を無きものとしていました。
(空からバグが……? いったい何が起きてるというの?)
と、メトシェラは思考しています。
【解説】
◆ミラジスタで起きた悪魔狩りの暴動
零の始皇帝が出した指示書に影響されて、民衆はブレイバーを『悪魔』とし、集団暴動が発生。人々は自らの安全・平和の為に立ち上がり、この世からブレイバーを追放する計画を実行に移した。
ブレイバー達は民衆に恐怖し、逃げ惑い、そして襲われる。しかし彼らも知能を持った兵器。人間の思い通りにはならないと、叛旗を翻す者もいた為、たちまちミラジスタの町は内乱戦闘が勃発した。
◆ブレイバーエオナ
夢世界『ワールドオブアドベンチャー(MMORPG)』出身のブレイバーで、職業はサムライ。オオデンタミツヨという鎖の巻かれた黒い日本刀を使い、抜刀術を得意とする。
王都であった融合群体デュスノミアバグとの戦争以降、リリムやマーベルと共にソフィア王女の護衛役の任に就いていたが、先の戦いにおいて、逃亡中に遭遇した一番の騎士に敗れ、ブレイバーロウセンに救われた。
その後は敗走兵としてミラジスタまでやって来ており、今回、ドエム達と合流するに至っている。
◆メトシェラ
シスターアイドルの一人で、ミラジスタでは貴族に産まれた長女。
両親に愛され、才能にも恵まれ、何不自由の無い暮らしを送っていた彼女だが、シスターノアの歌に感化されて歌手の道を選んだ。
親や許婚の反対も押し切って始めたシスターアイドル。彼女達の中では年長者であり、他のメンバーを実の妹の様に大事にして面倒を見ている。
今回、悪魔狩り計画を事前に知ったメトシェラは、歯がゆい気持ちや葛藤を押し殺し、屋敷の中に留まっていたのだが……
◆キャシー
かつてスウェンと行動を共にしているキャシーは、元々はスウェンの研究仲間。狭間実験に関わって以降、マザーバグが生み出した子供の一人と言われている。
元人間でありながらバグを操り、氷を自在に操る能力と圧倒的なまでの戦闘能力を持っていて、サイカ、ミーティア、ルビーらと戦った経験もある。
そして半年前にあった融合群体デュスノミアバグとの戦争時、母より与えられた能力で次元修正を阻止した後、行方不明となっている。




