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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
107/128

107.それぞれの思い

 王都が陥落してから約一ヶ月が経っても、ミラジスタに敵の襲撃はありませんでした。

 しかし、王都からの使者として派遣されてきた人間によって、アーガス兵士長は衝撃的な話を聞かされる事となります。


「王都はバグにより占拠され、生き残った人間は家畜となり、ブレイバーは駆逐されました。何処からともなく現れた謎の女が、バグの王、始皇帝を名乗っています」

「バグの王?」

「はい。私は親書を受け取る際、顔を見ました。何処となくソフィア王女に似ていましたが……人間とは思えない冷たい目。似ても似つかない。あれは別人です」

「ふむ……その女は何と?」

「これを……」


 アーガス兵士長は、零の始皇帝なる人物が記した親書を受け取ります。


『紛争の根源たるブレイバーを、全て放棄せよ。ブレイバーズギルドは解体。今後一切の召喚行為も禁止する。期間は半年。ブレイバーを放棄した暁には、バグによる脅威を無くす事を約束する。逆に協力が無き場合、一斉攻撃も辞さない。こちらにはバグの全戦力が集結している』


「ブレイバーを消せだと!?」

 と、思わず机を叩いて立ち上がるアーガス兵士長。


 アーガス兵士長の周りにいた兵士達は大きな音に驚いてしまっていたので、一言謝りながら着席して頭を抱えます。


(相手はバグの軍勢。ブレイバーを放棄するという事は、一方的な武力解除に等しい。もしこれが本当なのだとしたら、王族が失われたこの国にとっても、いや、世界中の人間の希望となる。しかしこれでは、あまりにも……そもそも、この親書を書いた零の始皇帝とは何者なのだ。町長宛てではなく、私に直接これを送ってきたあたり、内部事情をよく知っている者と考えられるが……ソフィア王女? まさかな)


 険しい表情で悩むアーガス兵士長に、隣で座っていた王国兵士が話し掛けてきます。


「バグが手紙を書いてきたのですか?」

「ああ、モンスターと意思疎通できる日が来ようとはな……厄介な事になった。町長に私から話をする」

「親書には何と?」

「最悪な平和への道導だ」




 その頃、エスポワール宿屋の近くにある河川敷で、ドエムとケナンがボール遊びをしていました。

 ミラジスタ民の間では『ミラージュボール』という競技が盛んで、西瓜ほどの大きさで空気で膨らませたボールを、得点の書かれたフラッグにぶつけて勝負します。その競技には、個人戦、ペア戦、チーム戦があるそうです。


 シスターアイドルのケナンは、歌手になる前はミラージュボールの選手だったそうです。

 今日はケナンが久しぶりに思いっきり体を動かしたいと言い始め、半強制的にドエムを連行してきて、こうしてキャッチボールをする事となりました。


 ケナンはボールを投げながら言います。


「コンサート無くなってもう一ヶ月経つっしょ。体がウズウズしちゃってしょうがないんだよねぇ」


 球技なんてやった事の無いドエムは、ケナンが投げたボールをしっかりと掴めずポロポロと地面に落としてしまっていました。それを見る度に、ケナンはクスクスと笑います。


「ボールを掴むのがこんなに難しいなんて、知らなかった」

「たくさんの強敵を倒してきたブレイバー様が言う台詞じゃないぞ、っと」


 そう言って、強烈なボールを投げ込んでくるケナン。ドエムはまたそれが掴めず、ボールは地面を転がりました。

 ボールを追いかけるドエムに、ケナンは気になっていた事を聞きます。


「ねえ、ノアとはどうなんよ」

「どうって?」

「最近良い感じっしょ? いつも一緒にいるし、エンキドさんとの訓練の時だって、ノアはずっとキミのこと見てるんだから」

「そんなこと言われても……」

「エムは、ノアのこと、好きじゃないの?」

「えっ!?」


 動揺したドエムが投げたボールは、明後日の方向に飛んで行きましたが、ケナンは軽快な動きでそれをキャッチ。


「動揺しちゃってまぁ。うぶだねぇ」

「僕はブレイバーで、ノアは人間だ。恋愛感情なんて有り得ない」

「私はそんな事無いと思うけどな。ブレイバーだってほとんど人間っしょ」

「違うよ」


 すると、ケナンはドエムに駆け寄って来て、ボールを投げずに差し出して来ました。

 ドエムがそれを受け取ろうとすると、ケナンはこんな事を言ってきたのです。


「じゃあさ、もし私が、エムのこと好きだって言ったら……どうする?」


 ケナンの汗ばんだ褐色肌、濡れた前髪、少し荒い吐息、そして真っ直ぐ見つめてくる瞳。ドエムは今まで経験した事の無い緊張に襲われ、すぐに言葉が出ませんでした。

 彼女の表情からは、本当に冗談で言っているのか、何か探っているのか、分かりません。


 吹かれたそよ風さえも、ドエムの答えを急かしている様でした。この時、ドエムの目には、思い出のサイカがケナンと重なって見えた様に見えていました。

 しばらくの沈黙の後、ドエムは口を開きます。


「誰かを好きになるって……どんな感じなの?」


 それを聞き、ケナンは思わず吹き出し笑い。


「ぷっ、ぷはっはっは。冗談だよ冗談。可愛いなキミは」

 と、ケナンは笑顔でドエムを抱擁します。


「か、からかわないでよ」

「ごめんごめん。でもさ、これだけは覚えておいて。私らみたいな歌手は、恋をしたり、大切だと思う事や、守りたい物が沢山あって、それを膨らませて歌ってるの。だから今こうして、エムとキャッチボールできてるこの瞬間さえも、私は堪らなく好きだよ」

「それが好きなの?」

「そんなの人それぞれっしょ。その人の事で頭がいっぱいになって、守ってやりたいって思ったら、それが好きって事」

「僕は……」

「ううん。そんな無理する事でもないよ。ゆっくりでいいっしょ。ゆっくりで」


 ケナンがドエムを抱きしめている中、ドエムを探してメトシェラと一緒に歩いてきたノアが偶然にも目撃してしまいました。

 ノアはドエムと一緒に食べようと思って買ったパンが詰め込まれた紙袋を両手に抱えていましたが、衝撃的な場面を目撃して思わずそれを落としてしまいます。


「あっ……あっ……」

 と、動揺を隠せないノア。


 物音でノアが来た事に気付いたケナンは、

「こりゃまずったね」

 と、苦笑いしながらドエムから離れます。


 ドエムはなぜこんな状況になっているのか分かっておらず、きょとんとした表情です。

 そしてノアは叫びます。


「エムのバカァァァァァ!」

「ええええええっ!?」

 と、驚くドエム。


 宿屋の方向へ走って行ってしまったノアを見て、一緒にいたメトシェラは呆れ顔で溜め息を一つ吐き、ノアが行った方向を指差し言います。


「ドエム、追いかけな」

「は、はい!」


 ドエムは訳が分からないまま、とにかく走って追いかけました。

 今回の件が、ケナンの悪ふざけだった事や、ドエムには何の気も無かった事を、ノアに理解して貰うのは二日ほど時間を要しました。






 この時、エルドラド王国の各地では零の始皇帝が出した親書による衝撃が走っていました。

 ミラジスタの町議会では、今後のブレイバーの扱いについて議論が行われ、アーガス兵士長は何とか共存の道を提案をしています。


 ミラジスタから西に位置するルーナ村にも、議論となる親書が届けられ、それは村を統率するルビーの手元に届きました。

 教会の台座の上で、椅子に座っていたルビーは零の始皇帝による親書を見て、憤りを隠せず、鎌で床に穴を開けます。ルビーに祈りを捧げていた信者達も、その様子を見て驚いていました。横に立っていたナポンも、エルドラド王国の現状を知り、眉をひそめます。


 ルーナ村から更に西にあるディランの町では、復興作業も終わっており、先日のバグ群による襲撃も居合わせた空の魔女ケリドウェンが見事に撃退。

 ケリドウェンは現在、偶然にもかつてサイカが世話になっていたレイラの酒場兼宿舎で、恋人のダリスと共に寝泊まりしています。そこにダリスづてで、王都陥落や零の始皇帝誕生の知らせを耳にし、そして親書の内容も知る事となりました。

 しかし、そんな物騒な話が流れて来ても、ケリドウェンは平然とレイラが淹れてくれた紅茶を飲んでいます。ダリスだけは町の判断を気にして、様々な権力者の元に赴き掛け合っていました。


 他にも、このエルドラド王国には様々な村や町が存在していますが、その全てに王都陥落や王族全滅の知らせと共に親書が送られて来ており、不穏な空気が漂う事となっています。

 彼ら国民に与えられた選択肢の期限は……半年です。短くも、長くも感じられる、そんな猶予の中で、人々は何を思うのでしょうか。





 場所は戻り、ミラジスタでも次第に良く無い噂が広まっていく事となります。

 そもそも王都陥落の時点で、危機感を覚えた民衆やブレイバーの一部が、国外への避難を始めてしまっており、もうすぐバグ群に攻められるかもしれないという恐怖で嘆いている者も多くなっていました。


 時同じくして、宿屋エスポワールでは、サダハルの計らいで十番の女と十二番の少女は解放される事となりました。

 宿屋の入り口で、十二番と共に立っている十番。十番は、先の戦いでエンキドに斬り落とされた右腕は包帯が巻かれています。


 ドエムとサダハル、そしてシスターアイドルの全員が見送りに出てきていて、エンキドもその場に姿こそ見せていませんが、屋根の上に座って聞き耳を立てていました。

 サダハルが彼女達の装備一式を手渡し、優しく微笑み掛ける中、十番の女は聞きました。


「本当にいいの?」

「いいっていいって。もうノアちゃんを狙わないって約束してくれたんだから。それに……命あっての物種よ」

 と、サダハルは十番の女をハグします。


「貴女の優しさは、ブレイバーである事が惜しいと思うわ」

 と、十番の女。


 その横で、十二番の少女も言いました。


「ミーもこのご恩はいつか必ず返すです」


 サダハルは十二番の少女にもハグをします。


「十二番ちゃんも良い子なんだから、あんまり危険な事をしちゃダメだからね」

「あぅ……でも、ミーにはどうしてもやりたい事があるのですよ」

「そっか。でも、怖いと思ったらちゃんと逃げる事。勇気はここぞって場面に取っておいて」

「マミィみたいなのです」


 そう言って、なぜか涙目になりながら頷く十二番の少女は、重たい手裏剣を背中に背負います。


「あ、そうだ。イエレドちゃん」


 サダハルは何かを思い出し、イエレドの名を呼び、化粧用具を受け取りました。パフに油性練り白粉を付着させて、それを二人の顔に施します。


「何を……」

 と、十番の女。


 サダハルは、彼女達の顔に記された数字を化粧で隠したのです。

 当然、化粧などしたこともなく目隠しで目が見えない十番の女は何をされたのか理解しておらず、十二番の少女もポカンと口を開けてしまっています。


「これで良しっと。数字が見えてると、この町では何かと不便だろうから。町を出るまで、顔は洗わないでね」


 この時、十番の女は感銘を受けていました。暖かな想いが溢れ、ぐっと涙を堪えて、拳を握りしめています。思い出すのは、ヴァルキリーバグに拾われるまでの惨めな生活の数々。親に捨てられ、人に虐げられ、夢も希望も無かった惨めな日々。


(捕まってから一ヶ月。このブレイバーは、親身になって衣食住を提供してくれ、怪我の治療までしてくれた。こんなに優しくされた事なんて……今まで無かった。こんなにも……暖かい場所があるなんて……私は知らなかった)


 十番の女は、ずっと世話をしてくれたサダハルにも内緒にしていた事を、ここでやっと口にする決意しました。


「ブレイバーサダハル」

「ん?」

「私の名は、マルガレータ。貴女に敬意を表し、心からの感謝を……」


 そう言って、深々とお辞儀するマルガレータを見て、十二番の少女も嬉しそうに話し出しました。


「ミーはシャルロット・エメリッヒなのですよ!」


 二人の名を聞いたサダハルは嬉しそう微笑み、もう一度二人まとめてハグをして言います。


「マルガレータさんに、シャルロットちゃん。困った時は、私に会いにおいで」


 そんなやり取りがあって、見ていた者達も何処か寂しい気持ちになります。

 やがてマルガレータとシャルロットは歩き出し、サダハルがいつまでも手を振る中、彼女達は見えなくなりました。


 エンキドが屋根から飛び降りて来て、サダハルに言います。


「結局、有力な情報は何も聞き出せずか」

「ノアちゃんを狙う理由と、名前が聞けたのに、これ以上何を求めるの?」

「十三槍の仲間を誘き出す餌だ」

「一ヶ月経っても何も無かった」

「まぁ……そうだな」

「でしょ」


 エンキドはサダハルには敵わないといった様子で、それ以上は何も言わずに宿屋の中へと入って行きました。

 この日は、サダハルが決めた大掃除の日。これから避難民を収容する事にもなっている為、二階建て二十部屋もあるこの広い宿屋を、シスターアイドル達とブレイバーが協力して掃除をする日です。




 解放され宿屋を後にしたマルガレータとシャルロットは、宛てもなく人気の無い道を選んで歩いていました。

 彼女達にとって立場上宜しく無い状況であり、それでもサダハルとノアは狙わないと約束してしまったので、判断に迷うのも無理はありません。


「これから、どうするですか?」

 と、シャルロットが聞きます。


「二人で、ヴァルキリー様に謝罪しましょうか」

「許して貰えるですか?」

「さあ……」

「ミーには、探さねばならない人がいるですよ。もしヴァルキリー様にいらないって言われたら……」

「怖い?」


 シャルロットは頷きました。

 十三槍は入れ替え制。戦死したり、いらないと判断されれば処分され、新たな候補者が補充されていきます。その為、今回こうやって敵に情けを貰い、与えられた任務を果たせなかった事を、ヴァルキリーバグがどう判断するのかが気掛かりとなります。


 そんな話をしながら歩いていていると、耳の良いマルガレータは遠くの道端で行われている町民同士の会話が聞こえてきました。思わずマルガレータは足を止めます。


「王都が陥落してバグの巣になったらしいぞ」

「まじか!」

「しかも、バグの王女まで現れたとかで、町にいるブレイバーの全処分を求めてるんだと」

「ブレイバーがいなくなったら誰がバグから守ってくれるんだよ」

「それな。でも相手は王都を攻め落とすほどの群勢なんだろ。従わなきゃやばいんじゃないか」

「確かになぁ。この町もそろそろ危ない気がする。俺の親戚もオズロニア帝国に亡命しちまったし、俺もそろそろ考えないとだな」

「違いねぇ」


 全く聞こえていないシャルロットは不思議そうな顔で、

「どうしたですか?」

 と、聞いてきました。


 マルガレータは答えます。


「もうしばらく、この町で様子を見ようか」

「え!?」

「詳しい話は後で。五番の行動と、サダハル達が今後どうなっていくか、興味が湧いたのよ」

「うぅ……でも、この町はミーの姉上がいた町、もう少し探ってみたいですよ」

「決まりね。潜伏するなら、もう少し静かなところがいいわ」


 盲目のマルガレータと、忍者に憧れるシャルロットは、この町に残る事を決断し、そして人気の無い路地裏へと姿を消しました。

 本来、敵であるべき十三槍の彼女達。この行動が後に何を巻き起こすのか、楽しみですね。




 宿屋エスポワールでは、皆で協力して窓と床の掃除を行なっている中、エンキドが人知れず出かけようとしていました。

 それを見逃さなかったサダハルが笑顔で声を掛けます。


「エンキド、何処行くのかなー?」

「別に……パトロールだ」


 エンキドは強行突破で宿屋を出て行ってしまいました。


「ほんと、こういう細かいこと苦手なんだから」

 と、サダハルは呆れ顔。


 その頃、一ヶ月前にあった戦いで、シャルロットが開けてしまった屋根の穴を修復するセトがいました。

 (とび)職人の作業着で腕まくりをしたセトは、親が有名な大工職人。親に憧れ、シスターアイドルになる前は現場で汗を流す事が多かったといいます。


 その為、この屋根の穴を修復する作業を、セトが名乗り出てくれた訳です。

 木材を打付け、黙々と作業を進めていたセトは汗を拭いながら、中庭で窓拭きをしているドエムが見えたので声を掛けます。


「ドエム! おいドエム! そこにある赤瓦が入った箱、上に持ってきてくれないか!」

「赤瓦?」

「その箱だ!」


 赤瓦が大量に入った木箱が中庭の隅に置かれており、ドエムはそれを持とうとします。


「重っ!」


 重すぎてドエムの力ではほとんど持ち上がらず、それでも一生懸命持ち上げようとします。

 それを見てセトは言いました。


「魔法があるだろうが!」

「あ、そうか」


 夢世界スキル《ウインドウィング》や《風の加護》を使い、箱を軽くしたドエムは、自らも飛んで屋根の上へと移動します。

 しかし、屋根の斜面がある為、木箱を置ける場所はなく、結局ドエムが風の力を使って道具持ちとして待機する事となりました。


「サンキューな」

 と、セト。


 屋根の下地に瓦のつめを木の縁に引っかけ、さらにくぎで瓦を固定する作業を淡々と行うセト。その手際の良さにドエムが見惚れていると、急にセトが語り出しました。


「あたしの親父は、大工だったんだ」

「大工?」

「そう。家を作る人。たぶんこの町にある百軒くらいの建物は、親父が作ったのさ。この家もそう。凄いだろ?」

「うん。セトさんは、大工になろうとはしなかったの?」

「そりゃあ目指した時期もあったさ。厳しい世界だったけどね。それに……戦争ってのは、簡単に壊しちまう。物も、人も、みんなね」

「何かあったの?」

「親父は大工であると同時に、消防団の一員でね。ある日、ブレイバーがバグ化して暴れた時に、人助けしようとして喰われちまったのさ。馬鹿だよな」


 その話を聞いて、ドエムは昔の事を思い出します。

 ディランの町が襲われ、サイカやクロードが奮闘する最中、バグに喰われる人間を見た事がありました。その時の光景が浮かんで、バグに喰われる事がどんな悲惨な事か、ドエムも理解できています。


「悲しい事だね」

 と、ドエム。


「……死んじゃったらさ、そこまでじゃん。今まで築いた技術も、人脈も、名誉も、飾りになっちまうのさ。でも、お陰で今のあたしがここにいる。親父が残したこの家を、娘のあたしが修理してるって考えると、なんかぐっと来るもんがあるだろ」

「僕にとっても、ここは思い出の場所だ」

「はは。そりゃ腕が鳴るねぇ」


 瓦の配置も一通り終わり、ドエムが支える木箱が空になる頃、中庭に顔を見せたノアの姿がありました。


「エムー!」


 どうやらノアはドエムの事を探している様子で、それを見たセトは楽しそうに微笑みます。


「ここはもういいから、ノアの所に行ってやりな」




 その日、シスターアイドルのイエレドは掃除をひと段落させた後、宿を離れ、実家へと戻っていました。

 ミラジスタでは貧困地区などと揶揄される場所で、小さな木造の平屋。そこで慎ましくも幸せに暮らす大家族がいます。イエレドは八人いる兄弟姉妹の中で一番の末っ子でした。


「お母さん、これ」

 と、母親に金貨が大量に入った袋を手渡すイエレド。


「どうしたの、こんな大金」

「シスターのお勤めで……稼いだの」

「大聖堂の? こんなの受け取れないわよ」

「いいから……これでもっと安全な国に移住して」


 イエレドは、シスターアイドルとして活動している事を両親に隠していて、純粋にシスターとして働いていると説明していました。

 小さな畑で自給自足、決して贅沢はしないという暮らしを続ける両親。長男と次男は王国兵士として王都警備隊に配属され、融合群体デュスノミアバグとの戦争で戦死しました。長女は探検家として冬の国オーアニルへと旅立って、行方は分からず。次女と三女は嫁ぎました。


 その為、今は医者をしている三男と、畑仕事の手伝いをしている四男。そして両親の四人が実家に残っています。

 イエレドが大金を持ち込んだ事はすぐに騒ぎとなり、父親や三男と四男が集まってきて、家族会議となりました。


 日が暮れ、夜になるまで話し合われた結果、父親は言います。


「とりあえずこの金は受け取るが、これは家族を守る時にだけ使う。俺たちはイエレドを置いてこの町を離れる気はない」

 と、言い切りました。


 その日は、家族五人で束の間の一家団欒を楽しんだ後、イエレドは宿屋に戻る為、実家を後にします。


 母親は、

「こんな時間に出歩いたら危ないよ」

 と、心配して声を掛けてくれました。


「私なら大丈夫」


 そう言い残し、イエレドは月が照らす夜道の先へ歩みを進めます。

 イエレドは王都陥落の知らせを聞いてから、近いうちにこの町で戦争が始まり惨事になるのではないかと危惧しているのです。せめて大切な家族だけでも、もっと安全な国へと避難して欲しい。その想いから手渡した金貨でしたが、上手くいきませんでした。


(家族を守るには……私が……シスターアイドルを辞めなければいけないのかな)


 シスターアイドルの中で一番小柄な黒髪の少女、イエレドは今の状況を前に頭を悩ませます。

 歌手としての活動を今後も続けるか、家族と一緒に国外へ逃亡するか、その選択肢に尽きない考え事をしながら夜道を歩くイエレド。


 そこへ、ノアに頼まれてイエレドを探しに来たドエムがやって来ました。


「ドエムさん……?」

「ノアが心配してたよ」

「あの……その……えっと、ありがとうございます……」


 わざわざ迎えに来てくれたという事実が嬉しくて、照れ臭そうにお辞儀をするイエレド。


「夜に女の子が一人で出掛けるなんて危ないよ。早く帰ろう」

「はい……」


 相変わらず、イエレドは何処か緊張した様子で、耳になんとか入ってくるくらいの小さな声で発声します。

 そんな彼女と肩を並べて、ドエムは歩き出しました。


 イエレドが口数の少ない少女である事もあって、道中はあまり会話がありませんでした。閑静な住宅街で、ただ二人が歩く足音と、スズムシやコオロギの鳴き声が聴こえてくるのみです。

 ドエムはイエレドに何か話でも振ってあげようかと考えていると、彼女の方から話を始めました。


「あの……ドエムさん……」

「ん?」

「ドエムさんは、怖く……ないんですか?」

「怖い?」

「町の外には、外壁の向こうには、怖い魔物が沢山いて……沢山戦争があって……」

「……怖いよ。ずっと怖い。僕も大好きだった仲間と離れ離れになっちゃって、これからどうすればいいかも分からなくて、ずっと迷ってる」

「もしかして……半年前、王都でのあの戦いに参加してた……?」

「うん。人とブレイバーが、いっぱい命を散らせたよ」

「そう……ですよね」


 イエレドは不意に足を止めたので、ドエムも足を止め振り返ります。


「どうしたの?」

 と、ドエム。


「私、家族と一緒にこの国を出て……もっと安全な所に……逃げたいなって……でも、シスターアイドルのみんなとも……別れたくなくて……」


 真剣な表情で、ドエムに精一杯の相談を持ち掛けるイエレド。

 ドエムもなんと答えてあげればいいか、しばらく悩んだ末、口を開きます。


「逃げても、安全な所なんてない」

「そう……ですよね」

「さぁ行こう」


 そう言って、ドエムはイエレドの手を取ります。


「待って」

 と、イエレド。


「どうしたの?」

「ドエムさんは……その、サイカを見た事は……ありますか?」


 その質問を前に、ドエムはイエレドは英雄サイカの大ファンだと言っていたケナンの言葉を思い出しました。

 何と答えるべきか、再び悩まされる事となりましたが、嘘は吐かない様にドエムは答えます。


「……会った事はあるよ。話した事もある」


 それを聞いて、イエレドは目をキラキラさせたのが分かります。


「わ、私ね、前に……この町で、テロ事件があった時、バグに襲われて……サイカに助けて貰った事があって……その時、あの、何処か遠くを見ている様な……眼差しが……忘れられなくて……ドエムさん、サイカは……どんな人でした?」

「違うよイエレド。サイカは遠くを見てたんじゃない。サイカは、ブレイバーから見ても、いつも遠い存在だった。そして誰よりも、誰かの為に戦う覚悟があるブレイバーだったんだよ」




 そんな会話をしているドエムとイエレドが見える位置。屋根の上でそれを眺めていた五番の男は、笑みを浮かべながら襲う機会を窺っていました。


「ボクは運が良い。こんな所でまた彼を見かけるとは……シスターアイドルの娘も一緒かぁ……どうしてくれよう」


 しかし、五番の男の背後に新たな影が現れます。

 現れたのは、長い白髭が特徴的な長老といった容姿の四番の男。彼はヴァルキリーバグの頼みでこのミラジスタの町に足を運んできており、ノアを捜す過程で五番の男を発見したのです。


「そこまでだ」

 と、四番の男。


「あーん?」


 五番の男は振り返り、そのピエロの様な容姿を四番の男に向けて晒します。

 四番の男はそれを一目見て言いました。


「……お主、誰だ?」

「この顔の数字が見えないかなぁ。四番」

 と、自身の顔に記された数字を指差します。


「数字が書いてあれば良いと言う訳でもあるまいて。私は五番と面識がある。誤魔化せると思うでない」

「あらら、なんだ、そういう事か」

「五番を……()ったのか?」

「だとしたら、どうする? 老いぼれ四番」


 五番の男がそう言い放った瞬間でした。四番の男の姿がフッと消え、凄まじい速度で詰め寄って来て拳による突きが繰り出されました。


「おっと、危ない」

 と、五番の男はそれを回避。


 そこから四番の男による連続攻撃が繰り出され、五番の男も応戦。

 奇妙な動きをする五番の男を的確に追いかけ、四番の拳や脚による連打が炸裂します。四番の男の攻撃は、周囲の建物を破壊し、戦闘音が響き渡ります。


 当然、それに気付いたドエムとイエレドにも緊張が走ります。


「戦闘!? イエレド、逃げよう!」

「はい!」


 ドエムはイエレドの手を引っ張り、走り出します。


 その間にも四番の男の攻撃は激しさを増していきます。彼の細い体から放たれる拳は、どんなに硬い壁でも一撃で粉砕する光景がありました。それに加えて人間とは思えない素早い身の熟しで五番を翻弄していきます。

 対する五番の男は、時折反撃を行うものの、回避して後退しながら距離を取ろうとしています。しかし、四番に背後を取られ、一撃を貰う事となりました。


 五番が攻撃を防ぐ為に出した右腕は、分解でもされたかの様に消滅しました。これは威力云々という話ではなく、普通のパンチだったはずが、四番の能力によって起こされた現象です。

 瞬く間に右腕を失った五番の男は、残った左手でナイフを振るいますが、四番はそれを指で摘む様に止めます。


「私は触れた物を全て破壊できる。それが女神様より頂いた究極の能力」


 そう言い放つ四番の男が摘んだナイフも、能力によって消え去る結果となりました。

 わざとらしい驚きの表情を浮かべる五番の男に、一瞬の隙も与える事なく攻撃を叩き込む四番の男。続けざまに五番の身体の四箇所を破壊し、最後は頭を殴って分解。圧倒的な攻撃により、四番の男が完勝しました。


 ――と、思ったのも束の間。四番の男は自身の身体が動かない事に気付きます。


「むっ……!?」


 四番の男は、自身の身体の数カ所にナイフが刺されている事を認知します。血は出ておらず、痛みもありません。

 そして背後に現れた人の気配。それは今さっき打ちのめしたはずの五番の男でした。


「あれぇ、どうしたのかなぁ。ボクはこっちだよ」

「貴様ッ! 何をした!」

「手品さ。楽しんで頂けたかな?」

「こんなもの――ッ!」

「おっとっと、動かない方がいい。死んじゃうよ」


 五番の男は背後から四番の肩に手を乗せ、ゆっくりと周りを歩きながら続けて言います。


「もし、ボクに協力してくれると言うなら、助けてやってもいい」

「……戯けた事を申す。私が信ずるのは女神様のみ。この武闘家として時代の流れに置いていかれた私を、救ってくださったご恩、揺らぐ事はあるまいて」

「ふーん。じゃ、死んじゃえ」


 そう言い残し、五番の男は背中を向けて歩き出しました。と思えば、四番の男に刺さっていた無数のナイフが一気に抜け放たれ、それによって大量の血が吹き出します。

 倒れる四番の男を、五番の男は颯爽と置き去りにしました。


 そんな戦闘が行われていた間、ドエムとイエレドは何とか巻き込まれない様に逃亡を成功させており、宿屋エスポワールに戻ったのもすぐの事でした。






 エルドラド王国、新生王都。

 零の城となった城では、王座の間で椅子に腰掛ける零の始皇帝がいました。その両脇に立つのは二番の女騎士と、三番の女騎士。対面して零の始皇帝と会話をしていたヴァルキリーバグは、ミラジスタで起きた異変を察知する事となります。


「どうかしましたか、ヴァルキリー」

「…………」


 考え事をするヴァルキリーバグは、しばらく何も答えませんでした。


「ヴァルキリー」

 と、零の始皇帝はもう一度名を呼びます。


「始皇帝、どうやらミラジスタで由々しき事態が起きている」

「ミラジスタで? 確か、銀の姫を探していると言っていましたね」

「そうだ」

「理由を聞いても?」

「我が完全なる力を手に入れる為だ」

「世界平和にそれは必要な事ですか?」

「それとこれとは別の問題。もう一つ、我には来たる厄災に対抗する使命がある」

「厄災?」


 ヴァルキリーバグは、玉座の間を出ようと始皇帝に背中を向けて歩き出し、

「我はミラジスタに向かう。十三槍はこの地に残そう」

 と、言い残して出て行ってしまいました。


 零の始皇帝はヴァルキリーバグの言動に対し、特に何も思う事も無いのか、人形の様な冷たい眼差しで見送りました。

 静まり返る玉座の間。前は多くの王国兵士が警備していたこの場所にいるのは、二番と三番の騎士と、零の始皇帝の三人のみ。悲惨な事件の場所でもあるというのに、零の始皇帝は至って冷静でした。


 零の始皇帝は、独り言の様に呟きます。


「私は非情な決断をしました。何も貴女達まで付き合う必要は無いのよ。嫌なら逃げればいい」


 それは、隣に立っている二番と三番の女騎士に向けて放たれた言葉でした。

 しばらくの沈黙の後、言葉を発したのは二番の女騎士。


「こうなってしまった以上、例え……この剣が錆びようとも、貴女が選んだ道の先に何があるのか、見てみたい」


 続いて三番の女騎士も言葉を発します。


「……生きる為なら、何だってするわ」


 そう言って、その場から動こうともしない女騎士二人。フルプレートで兜が顔を隠している為、その言葉をどんな表情で言っているのかは分かりません。

 彼女達の発言に、零の始皇帝は薄っすらと微笑み、一言返します。


「ありがとう」

 と。






【解説】

◆アーガス・モルダン

 ミラジスタの警備守護を任されている王国兵士の長で、オーアニルとの戦争時代はバルド将軍と共に大活躍をしていた。英雄ゼノビアとも面識があり、彼女の勇姿を目の当たりにした事がある。

 その後、家庭を持ち、ミラジスタに派遣されてからは、住民の信頼は厚い。


◆ケナン

 シスターアイドルの一人で、元ミラージュボールというスポーツ選手だった少女。

 褐色肌で、いつも明るく気さくな性格で、ドエムの事を『ノアの王子様』などとからかいながらも、いつもちょっかいを出してくる。

 宿屋エスポワールで最初に働き始めたのも彼女である。


◆セト

 シスターアイドルの一人で、有名な大工の娘。

 父親に憧れ、幼い頃から現場に足を運んでいた経験もある。だが、父親を亡くしてからは、憧れの対象と夢を失ってしまっていた。

 そんな時に、舞い込んできたのがシスターアイドルの話であり、新しい自分への挑戦として歌手となった。

 実は、今回の宿屋エスポワールの修繕が、彼女が父親を亡くして以来、久しぶりに大工道具を持った機会であった。


◆イエレド

 シスターアイドルの一人で、八人の兄弟姉妹がいる大家族の末っ子。

 貧困地区で生まれ育った小柄で気の弱い少女だが、特技は裁縫や医療知識。そして誰よりも家族が大好きであり、王国兵士だった長男と次男が戦死したという知らせを受けた時は大変ショックを受けた。

 又、一章でスウェンやキャシーが起こしたテロ事件の際、バグに襲われた所をブレイバーサイカに救われた経験もある。それ以来、英雄サイカを憧れの対象としている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソフィア王女はそういう選択をしましたか。 しかし、あのお嬢ちゃんがそこまで思い立つとは。 洗脳とはちょっと違う気もしますし。 [気になる点] ヴァルキリーは、五番が欠番になっているのか気付…
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