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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
105/128

105.王都陥落

 エルドラド王国。

 融合群体デュスノミアバグを退いてから半年が経ち、再びバグの大群に攻め込まれました。本来、海を渡れないはずのバグ群ですが、空を飛べるバグや海を渡れる新種のバグによる侵攻が行われたのです。


 最初に戦いの火の手が上がったのは、海岸にほど近い場所に位置したディランの町でした。

 しかし、そこに偶然にも居座っていた『空の魔女』により、町に迫るバグは一掃されました。その結果、バグの大群はディランの町を避け、山岳を抜け、直接王都シヴァイへと攻め込む事となります。


 統率され軍略的な動きをするバグの大群を率いているのは、黒く大きな翼を羽ばたかせ空を移動するヴァルキリーバグ。ブァルキリーバグの周囲は、プロジェクトサイカスーツ姿のクロギツネ五人が護衛を務めています。

 現地まで引き連れて来たマザーバグにより、バグが量産され、更にヴァルキリーバグの指揮により、バグの大群は王都を包囲します。


 王都側も、いつこんな時が来ても良い様に、大量のブレイバーを召喚して準備を整えており、千人に及ぶブレイバーと、万を超える王国兵士が、待ち構えておりました。

 ヴァルキリーバグは醜く臭い生き物を見るかの様に、言います。


「自らの生存の道を断つとは、なんと愚かな」


 そしてヴァルキリーバグは手に持った剣を掲げ、それを合図にバグの軍隊が侵攻を開始。

 かつてない規模の大規模戦闘が巻き起こり、その戦いは、十日間にも及びました。


 ブレイバーの中には、卓越した戦闘能力の才で戦場を抜け、大将となるヴァルキリーバグの所まで辿り着く者もいました。が、クロギツネ五人を相手にして尽く敗北する事となります。

 そんなエルドラド王国の大地で行われる大戦争は、総力と物量で上回るバグ群が優勢。ミラジスタ方面からやってきたブレイバーの援軍も物ともせず、戦火は王都の中へと広がります。


 ここで猛威を振るったのは、ネクロバグでした。

 ネクロバグの能力は、弱ったブレイバーを取り込み、傀儡として自らに従う人形としてしまいます。その為、意思の無い操り人形と化したブレイバーが、まるでゾンビの様に王都を蔓延り、たちまちエルドラド王国は劣勢となりました。


 ヴァルキリーバグはクロギツネに王都のエルドラド城を空から攻める様に指示を出し、自らは地上で戦う男の元へと降りました。

 地上で次々とブレイバーをその手で屠る白髭の老人は、武術の使い手であり、顔には四番の記号が刻まれています。


 強者と思しきブレイバーを一人、勝負に勝って消滅させた所へヴァルキリーバグが話し掛けました。


「四番、状況を」

「容易い容易い。戦士として未熟者ばかりよ」

「油断はするな」

「承知。して、女神様よ、この国に候補者がいるというのは誠か?」

「気配は感じる。恐らくはあの城の中」


 ヴァルキリーバグが剣で指し示した方向にはエルドラド城があり、今正にクロギツネが攻め込んでいる姿が見えました。人型巨大ロボットのブレイバー、ロウセンが城の周辺で奮闘しています。


「時間の問題ですな」

 と、四番。


 そしてヴァルキリーバグは軽く周囲を見渡し、

「五番の気配が無いが、行方を知っているか?」

 と、問いを投げました。


「はて、上陸を果たしてから姿を見ませんな。単独行動をしているやも」

「我の感知から逃れるなど、五番にできる芸当ではないはず……」

「命令違反にはそれ相応の罰が必要。戻って来たら私めにお任せを」

「許可しよう。それとこの国にはもう一つ、銀の姫がミラジスタという町で発見された」

「なんと……候補者といい、空の魔女といい、銀の姫までもが居るとは、大層な国だ」

「十番から十三番を姫の迎えに行かせたが、既に二名の気配が消えている。何かあったのだろう。頃合いを見て、助太刀に向かって欲しい」

「そっちが本題という訳ですな。女神様の願いとあらば、断る理由もありますまい」

「頼んだぞ、四番」


 そう言い残し、ヴァルキリーバグは翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がりました。




 王都全体が炎に包まれ、民衆が逃げ惑い、完全に指揮系統が分断されました。

 そんな中、クロギツネに攻められるエルドラド城内部でも、バルド将軍が最後の抵抗として勇敢に戦っています。


 場内に攻め込んでくるバグや、操られたブレイバーを前に一歩も引かず、ホープストーンで作られた剣、レーバテインを振るいます。


「英雄が不在というだけでこの有様か!」

 と、バルド将軍は怒りを露わにします。


 彼が守る玉座の間には、グンター王とソフィア王女がいました。その護衛として、数名の王国兵士と、ブレイバーのリリム、エオナ、マーベルの姿があります。

 玉座裏にある隠し通路の扉が開かれ、地下へと続く螺旋階段が現れます。


 怪我をして頭から出血しているグンター王は言いました。


「ソフィアを頼む」


 頷く護衛隊とは裏腹に、ソフィア王女が反対します。


「お父様も一緒に!」


 しかし、グンター王は首を横に振りました。


「ソフィアよ。この国にはまだ、最後の希望が――――ッ!?」


 グンター王が何かを言い掛けた時でした。突如現れたアマツカミが、グンター王を背中から斬ったのです。

 アマツカミの刀は燃えており、グンター王の衣服に着火。たちまた王は炎に包まれます。


「お父様!」

「行けぇぇぇ!」


 そう叫びながら、グンター王は懐から宝剣を取り出し、燃えながらアマツカミに斬り掛かります。せめて差し違えるつもりで、反撃をしたのです。

 バルド将軍も、玉座の間に敵が侵入した事に気付き、中へ駆け込みました。しかし、その行く手をハンゾウとカゲロウが塞ぎます。


「何処から入って来た! そこを退け!」

 と、バルド将軍。


 刃こぼれでボロボロになったレーバテインを構えるバルド将軍に、ハンゾウとカゲロウはプロジェクトサイカランチャーの砲口を向けます。

 近距離で二丁のランチャーから容赦無く放たれたビーム砲は、バルド将軍に直撃。その灼熱は……人間が耐えられるものではありません。


 燃えるグンター王が、もう一度アマツカミに斬られる頃には、リリムとエオナに引っ張られたソフィア王女は階段を下ります。

 そして数名の王国兵士がその場に残り、秘密通路の重たい仕掛け扉を閉じました。


「お父様! お父様ぁぁ!」


 失意の王女を連れて、階段を駆け下りた一行は、秘密の地下通路へと到着します。

 この真っ直ぐ長く伸びる地下通路は、王都の外に繋がっています。


 リリムとエオナが王女を引っ張り、マーベルと王国兵士四名が先を走って先導します。

 長い長い廊下を、ランタンの光を頼りに進みました。やがて、出口まであと少しの場所で、地下水路と交差する広間へと差し掛かります。


 しかし、そこでソフィア王女が座り込み、全員の足が止まってしまいました。

 リリムが強めの口調で言います。


「ソフィア様! 何をやってるんです! 急がねば奴らが来ます!」


 ソフィア王女は涙をポタポタと零し、俯きながら弱々しい声を出します。


「民やブレイバーを見捨て、家族を置いて、私だけ逃げるなど……できるものか……あってはならない事よ」

「敵に攻められているのです! ここは一旦退避して、態勢を整え――」

「もう無理よッ! リリムは見なかったの? 王都が燃え、バグが蔓延り、お父様が燃えた! こんな状況で……この国はもう……」


 するとマーベルが、

「何してるのよ! 早く!」

 と、焦りを見せました。


 失意の王女を、リリムが説得します。


「ソフィア様、お気をしっかり。ディランには空の魔女、ティーナにはルビー、そしてミラジスタにはあのエンキドがいます。反撃の機会は必ずあります。希望を捨ててはいけません」

「もう無理よ! 何処にも逃げられない! 私たちはバグに殺される!」

「ソフィア様……」


 ソフィア王女は絶望の淵に立たされています。此度の戦いで、家族を失い、愛した王都が陥落したその現実を前に、震えが止まらず、もう何をやっても上手くいかないのではないかと、そんな考えしか浮かばないのです。

 その為、気高くあり続けていたソフィア王女の精神状態は崩れ、生きる意味さえ失ってしまったかの様に、その足取りはこの場の誰よりも重くなっていました。


(国民を守れなかった。王都を守れなかった。家族を……守れなかった。もっと……もっと何か良い方法があったのかもしれない。私たちは選択を誤った。こうなってしまっては、私がいる価値なんてない。生き延びて何になるの)


 そんな事を、延々と頭の中で考えてしまうソフィア王女。


 王女の説得に戸惑っている中、水路の水音とは別に、何か足音が聞こえてきました。

 カシャン、カシャン、カシャンと、重い甲冑鎧を着た何者かが近づいて来る足音。


「何か来る」

 と、それをいち早く聞き取ったエオナが全員を庇う様に前に出て、抜刀の構えをします。


 彼らがいるこの吹き抜け広間は、灯りが確保されており、相手をはっきりと認識する事ができました。

 水路の脇道を歩いて来たのは、フルプレートで全身を包んだ騎士。手には大きな剣を持っていて、角が一本生えたヘルメットによって顔が見えません。そして、そのヘルメットには一番の数字記号があります。


 そう、この正体不明の騎士こそが、ヴァルキリー十三槍の一番手です。

 ですがこの場にいる誰もがその存在を知る者はおりません。


「王国兵か?」

 と、エオナ。


 しかし、ソフィア王女はその姿に見覚えがある様でした。


「ゼノ……ビア?」


 騎士はかつての英雄、ゼノビアが戦場に赴く姿にそっくりな見た目をしているのです。持っている剣も、ゼノビアの剣そのもの。

 これには私も、少し懐かしさ感じますね。


「名を名乗りなさい!」

 と、リリムが剣を構えながら問いを投げるも、一番の騎士は答えるつもりが無いようです。


 先に動いたのは一番の騎士。エオナが迎え撃ち、剣と刀が衝突して火花が散ります。

 すぐさまリリムも加勢して二対一の状況になったところで、マーベルと王国兵士がソフィア王女を護る為に周りに固まります。


 エオナとリリムの連携は見事なもので、エオナの素早い刀捌きからのリリムの七色に光る剣が炸裂。

 絶え間ない連撃が一番の騎士を襲いますが、一番の騎士はその全ての攻撃に対応。互角に渡り合います。優秀なブレイバーを二人も相手にして、この騎士は引けを取らない強さなのです。


 激しい戦闘はしばらく続き、リリムの雷を纏った剣すらも受け止められてしまったその瞬間でした。

 一瞬の隙を見せたエオナを、一番の騎士が斬ります。斬られたエオナは血を吹き出しながら、水路へと落下。深い流水の中へ落ち、見えなくなってしまいます。


「エオナ!」

 と、リリムが叫びました。


 しかし、そんなリリムにも隙が出来てしまい、一番の騎士はリリムを斬ります。

 それでも何とか一矢報いようと剣を振るおうとするリリムでしたが、騎士の剣がもう一度、リリムを斬り捨てた事で、彼女は剣を地面に落とし、倒れてしまいました。


 エオナとリリムがやられてしまった事で、マーベルは焦りを見せながらも、その場にいる王国兵士の四人に告げます。


「貴方達はソフィア様を連れて逃げて。私が時間稼ぎするわ。早く行って!」


 王国兵士達はまるで人形みたいに動かないソフィア王女を担いで、騎士とは逆方向の水路へと走り出しました。

 それを確認したミーティアは、呪文の詠唱を開始。


「白き凝結、冬の女神。零度の理を説く我の命に答えたまえ。全てを凍てつかせし、無の境地。冷酷の制裁で――――」

「ぐああああああ!!!」


 逃したはずの兵士の断末魔が聞こえた事で。マーベルの詠唱は中断されます。

 まさかと思い、振り向いて確認すると、倒れている四人の兵士と、腰を抜かして座り込んでいるソフィア王女の背中。その向こうには、天使の様な翼が生えた女性型のバグが、細長い剣を持って立っています。


 ヴァルキリーバグです。


 更にヴァルキリーバグの背後から、数人の人影が現れ、大斧を持った六番の少女、ナイフを持った七番の青年、何も持っていない九番の男がマーベルを包囲してきました。

 その全員が敵……と判断したマーベルは、もはや助かる術は無しと悟り、杖を地面に置いて両手を上げます。


「貴方達、何者?」

 と、マーベル。


 すると、六番の少女がクスクスと笑いました。誰もマーベルの質問に答える気は無い様です。

 そんな中で、ヴァルキリーバグはソフィア王女に向かい、こんな事を言いました。


「この国はもう終わる。道を踏み外した脆弱な人の世に、裁きは続くであろう。だが我には一つの希望が見えた。民衆の上に立ちながら、人を愛し、ブレイバーを愛した姫君。汝はブレイバーから何を学ぶ」

 全身が黒い事から堕天使にも見えるそのヴァルキリーバグの容姿は、ソフィア王女にとって深い深い闇そのものに見えました。ヴァルキリーバグの真っ赤な瞳に、精神が吸い込まれてしまっている様な、そんな感覚すら覚えます。

 ソフィア王女は考えました。


(喋るバグ……このバグはレベル五のバグ……いや、バグという存在そのものを超越した存在? こんなのがバグ側にいたって言うの?)


「我はバグ。本来、この世に存在してはならない者」

 と、ヴァルキリーバグが答えます。


 まるで思考を読んだその口振りに、ソフィア王女は更に恐怖を感じました。


「貴方は……人を滅ぼし、バグの楽園を創るおつもりですか」

「否。我の役目は、素質のある者を集め、この呪われし連鎖を断ち切る事」

「同じ事ではありませんか」

「否。これだけの危機に瀕しながら、尚もブレイバーの召喚に手を染め、命を弄び続けた愚かさを、今ここで悔い改めよ」


 ヴァルキリーバグは持っている剣を構えます。


 それを見たマーベルが、

「やめて!」

 と、叫びますが……


 容赦無いヴァルキリーバグの剣が、ソフィア王女の胸を貫き、彼女が身につけていたドレスが血で染まる事となりました。

 敵に囲まれ、味方を失い、目の前で王女が刺される光景は、マーベルにとって悪夢の様でした。この時、彼女自身も何て叫んだのか覚えてはいません。それほどの絶望感に襲われました。


 そしてソフィア王女自身も、ヴァルキリーバグの大きな翼から黒い羽根が飛び散る中で、こんな事を考えました。


(私は……死ぬの? お父様……お母様……兄様……ごめんなさい……)


 薄れゆく意識の中で、ヴァルキリーバグが告げた言葉がありました。ソフィア王女の耳にしか聞こえない小さな声で――――




 その頃、エルドラド城周辺でプロジェクトサイカスーツで飛び回るオリガミと激しい戦闘をしていたロウセンは、オリガミに一太刀浴びせた所で一旦撤退をしていました。

 バグの大群や、クロギツネとの連戦で消耗したロウセンは、もう活動限界が近づいており、戦線を離脱。王都の外へと飛び去り、そこにあった岩陰に身を隠します。


 左腕を失い、各部で機能不全が発生している中、ヨロヨロと片膝を着くロウセン。

 普段は感情を露わにしないロウセンでしたが、今回ばかりは王都を守れなかったという自身の失態に腹を立てていた様で、右腕で地面を叩き、苛立ちを見せています。


 そんなロウセンに聞こえてきたのは川のせせらぎ。見れば、目の前には血の混じった水が流れる川があり、そして王都の排水口の一つがありました。王都の地下水路から流水が流れ出る場所です。

 同時、そこから流れ出てきた一人のブレイバーが目に入りました。斬られ意識を失ってるブレイバーエオナです。


 ロウセンは残っている力を振り絞る様に動き、そして右腕を伸ばして、流れるエオナを優しく掬い上げます。

 そこへ王都から逃げてきた兵士やブレイバーが数名やって来ました。


 彼らは口を揃えてロウセンに言います。


「もう王都はお終いだ」「この国はもうダメだ」「あんたも逃げた方がいい」

 と。


 それもそのはず、エルドラド城の露台ではアマツカミがグンター王とバルド将軍の生首を両手にぶら下げ、勝ち誇ったかの様にそれを掲げていたのです。

 最後の防衛戦で必死の抵抗を続けていた戦士達は、それを見て戦意喪失。次々と逃げ出してしまっていました。





 その二日後。

 陥落した王都から逃げ延びてきたブレイバー三十名と、王国兵士五十名、王都民百名の計百八十名がミラジスタにやって来ました。

 中には、ロウセンの姿も有り、彼のコクピット内には意識を取り戻したエオナもいました。全員疲弊していて、疲れ切った様子。アーガス兵士長率いるミラジスタの兵士達が彼らを迎え入れます。


 王都の陥落。そして王と将軍の戦死を、アーガス兵士長は彼らによって知らされる事となりました。

 それはオーアニルから海を渡ってきたヴァルキリーバグ率いるバグの軍勢によるものであり、圧倒的な戦力差と、妙な戦法によって対抗する術が無かったと聞かされます。


「まさか……」


 アーガス兵士長が顔を真っ青にしてショックを受けている横で、ミラジスタ兵士が言いました。


「いかがなさいますか」

 と。


「とにかく、受け入れ態勢を整える。負傷者の手当と、宿舎の確保を急げ。まだ諦めてはならん! このミラジスタが、最後の砦となる! 希望を捨てるな!」


 未だかつて無い危機的状況を前にしても、決して弱気な態度を部下に見せまいと、アーガス兵士長は声を大にして的確な指示を出します。

 その最中、彼は先日ミラジスタであった事件を思い出す事となりました。


(ヴァルキリーバグの十三槍が大聖堂を襲った事件……もしやとは思うが……)


 年長者の経験則から来る勘といいましょうか、年齢にして五十を超えるアーガス兵士長の嫌な予感はよく当たります。

 その為、予測からの指示を口にします。


「既に敵が侵入して来てる可能性が高い。巡回警備を強化しろ。怪しい者を見逃すな」


 彼自身もその事はよく理解しているので、ある程度の指示が出し終えた所で、次に何人かのブレイバーに声を掛けました。


「私は今から宿屋エスポワールに向かう。付いて来い。事は一刻を争う」




 真夜中。王都からの敗走兵の収容で町が慌ただしくなっている中、宿屋エスポワールでも動きがありました。

 宿屋の屋根の上に身を屈めた十二番の少女が、中に入り込むチャンスを窺い、中庭を覗き込んでいたのです。廊下を歩くシスターアイドル達や、中庭でノアに見守られながら素振りをするエムの姿があります。


「ふっふっふー。十番殿が捕まっているというからには、どんな収容施設かと思えば、手薄な警備なのですよ」


 簡単に潜入できるという自信から、笑みが溢れる十二番の少女。

 しかし、彼女は背後に立っている骸骨面の男に声を掛けられるまで、その存在に気づく事すらありませんでした。


「そこで何をしている」

 と、エンキドが問います。


「ふぁっ!?」


 間抜けな声を出して振り向く十二番。そこには、剣を片手に持ったエンキドが立っていました。動けば即斬られそうな殺意と共に、すぐ目の前に立っていたのです。


(気配を感じなかったです! 何なんですかこの人!)


 エンキドは少女の顔に刻まれた十二番の記号を見ながら、

「十三槍の一人か。そろそろ来る頃だろうと思っていた」

 と、言いました。


「あ、貴方が十番殿を誘拐した犯人なのですね! ここで会ったが百年目! テンチューを下しますです!」


 そんな事を言い放つ十二番の少女でしたが、エンキドが動き出し剣を振るって来た為、思わず後退りしようとして踵を引っかけ転倒してしまいます。

 転倒した事が功を奏し、エンキドが振るった剣先が、少女の鼻の先を掠めます。


「わわっ!」


 一度は尻を打ちながらも、エンキドから逃げようとする十二番の少女。

 背中を見せた少女に対し更に追撃をするエンキドでしたが、少女はまた躓いて態勢を崩した為、剣が空を切りました。


「い、いきなり攻撃は卑怯なのですよ! 攻守の順番を守らねば不公平です!」

「知った事か!」


 エンキドは次々と剣撃を行いますが、十二番の少女はそれを見極めている訳でもない様子なのに、それを全て避けて来ました。

 そして十二番の少女は高々と飛び上がり、背中に背負っていた大きな手裏剣を両手で持ちます。


「忍法! センゴク手裏剣! 行って! ユキムラちゃん!」


 投げられたユキムラと名付けられた巨大手裏剣は、エンキドに当たる気配は無く、見当違いの場所に当たって屋根に穴を空けました。

 騒ぎを聞きつけたドエムが、風の魔法を使って空を飛び屋根に登って来ました。


「エンキド!」

 と、ドエム。


「来るな。奴は俺がやる」


 大事な手裏剣を外してしまった事で、身軽になった十二番の少女は、頭に掛けていた黒狐の面を顔に被せ、腰にある二本の忍刀を鞘から抜いて構えます。


「斯くなる上は、クロギツネの皆さんから教わった忍者殺法で!」


 その台詞を聞いて、何か技を出してくると予測したエンキドとドエムは構えます。

 闇夜に吹いた夜風の如く、刀を構えながら真っ直ぐ疾走してくる十二番の少女。エンキドはドエムを庇う様に一歩前に出て、防御の構え。


 しかし、少女は再び躓いて、

「おわっ!?」

 と、派手に転倒してしまいました。


 転倒した拍子に思わず忍刀を手放してしまい、エンキド達の前に刀が転がってしまいました。


「へ?」

 と、開いた口が塞がらないドエム。


 そのあまりにも見てられないドジっぷりに、エンキドも頭に手を当てて呆れた素振りを見せます。

 十二番の少女はムクッと上半身を起こし、ズレた仮面から見える素顔は顔を真っ赤にして涙目になっていました。


「ぐすっ、痛いですぅ……ごめんなさい師匠……負けちゃったです……ブレイバー強すぎです」


 そんな事を言ってわんわんと声を上げて泣き出す十二番の少女。


「いったい何なんだこの子は……」

 と、ドエム。


 それはドエムがこれまで見て来た十三槍とは似ても似つかず、敵なのかどうかすらも怪しい少女に見えました。

 エンキドも戦う気が失せてしまった様で、構えを解きながらドエムに言います。


「十三槍も色んな奴がいるんだな」

「う、うん……」




 しかし、宿屋の屋根の上でそんな騒動が起きていて、シスターアイドル達が中庭に集結している中、五番の男がまんまと侵入に成功していました。

 十番が幽閉されている部屋で、五番の男はベッドで拘束衣に包まれて横になっている十番の女の横に座り、語りかけます。


「やぁやぁ、こんばんは。よく眠れてるかい」

「……十二番が来たのね」

「その通り。迷子になってたから、ここまで案内してあげた」

「下衆な事を。あの子は優しい子よ。勝てる訳がない」

「おやおや、だからあえて襲撃に参加させなかったとでも言うのかい? あれでも、あのクロギツネの弟子なのだろう?」

「あの子は別格なのよ。私が助けに行くから、早くこの拘束を解いて」


 五番はナイフを取り出して、それを手の上で遊びながら、言いました。


「んー、ここで助けるのは王道だけど、それはそれでつまらないとボクは思ってしまう」

「は?」

「気が変わっちゃった。ほら、キミは作戦に失敗し、ここで醜くも捕まってしまっている。これって結局、何度救いの手を差し伸べたところで、キミという存在価値に何の変化もない」

「何を……」

「十番、キミは……銀の姫がヴァルキリーの手に渡る事で何が起きるか、知っているかい?」

「ヴァルキリー様を呼び捨てにするな! 無礼者――ぐあッ!?」


 五番は十番の腹にナイフを勢い良く刺しました。

 そして顔を近づけて、痛みで苦痛の表情を浮かべる十番の頬を舐めます。ねっとりと、ゆっくりと、五番の長い舌が涎を付着させてきたのです。


「ボクはねぇ……王道が嫌いなんだよ。正しい行動が大っ嫌いで、従順という言葉も嫌気が差す。でも女は好きだよ。汚れ無き処女は大好物。だけど……キミは違うねぇ。他の男の味がする」

「異常者が!」

「その言葉は褒め言葉だよ」

「くっ……こんな事をして、ヴァルキリー様が許す訳が無い!」


 必死にもがく十番に、五番は刺したナイフを抜いて、その刃に付着した血を十番の顔に擦り付けながら言いました。


「本当はねぇ、銀の姫なんてボクにとってはどうでもいいんだ。ヴァルキリーなど怖くも何とも無い」

「殺す! 今ここで殺してやる!」

「ふひひ」


 そこへ、部屋の扉の向こうで聞き耳を立てて様子を窺っていたマーベルが、勢い良く扉を開けて中へ入って来ました。速攻で夢世界スキル《ホーミングレーザー》をぶっ放すつもりで突入したサダハルでしたが、部屋の中を見てその手を止めます。

 そこに五番の姿は無く、開放された窓が一つ。ベッドの上には、腹部から出血している十番の女がいるのみだったからです。


 サダハルは負傷している十番の女へと駆け寄り、

「何があったの!? 仲間が助けに来たんじゃなかったの?」

 と、語り掛けました。


 拘束衣によって身動きが取れず、されるがままだった十番の女は悔しそうな表情を浮かべるのみで、返答してくれる事はありませんでした。




 屋根の上では、ドエムによって縄で縛られる十二番の女がいました。なぜか自滅によって戦意喪失してしまった様で、先ほどから泣いてばかりです。

 その横で、エンキドは逃げる五番の人影を見逃していませんでした。


 エンキドは装備を金色のプロジェクトサイカスーツに換装。


「ドエム、後は任せた」

 と、言い残し高速て飛んで行ってしまいました。


「エンキドさん!」


 ドエムは叫びましたが、その飛び去るエンキドに聞こえたかどうかはわかりません。

 すると、大人しく縄で縛られていた十二番の少女はニヤリと笑います。


「今が絶好のチャンスなのです。こんな事もあろうかと、ミーの籠手には仕込み刃が……」


 そんな説明をしながら忍び籠手に仕込まれていた刃で縄を切ろうと、仕掛けを作動させますが……それは縄の隙間を素通りして、十二番の少女本人に刺さってしまいます。


「うぎゃああああああああッ!!」


 痛みで叫び声を上げる少女を、ドエムは呆れた様子で見守ります。


「ほんと、なんなんだこの子は……」




 宿屋の中では十番の女を手当する為に、サダハルとシスターアイドル達慌ただしく動いていて、エンキドは五番の影を追ってミラジスタ上空を飛び、ドエムはわんわんと泣き喚く少女を運びます。

 そこへ、宿屋の玄関にはちょうどアーガス兵士長の一行が到着していました。


 カウンターで番をしていたケナンが宿屋で起きてる騒ぎで狼狽えていましたが、ミラジスタ警備隊のお偉いさんが顔を出した事でどうしたら良いか分からずにいました。


「い、い、いらっしゃいませぇえ!」


 妙に焦ってる様子のケナンを見て、少し不審に思いながらも、

「サダハル殿とエンキド殿はおるか。至急、話がしたい」

 と、用件を口にしました。


「か、かしこまりましたぁー! 今すぐ呼んできますー!」






【解説】

◆王都の陥落

 ヴァルキリーバグ率いるバグの大軍勢により、王都シヴァイは十日間に及ぶ激闘の末、敗れる事となった。

 グンター王とバルド将軍は戦死。逃亡しようとしたソフィア王女も、生死不明となり、事実上の王都陥落。エルドラド王国はかつてない危機に陥った。

 ロウセンとエオナは、辛くも敗走に成功しており、約百五十名の敗走兵や王都民と共に、ミラジスタまで辿り着いた。


◆ディランを守る空の魔女

 ヴァルキリーバグにとって誤算だったのは、王都侵略の際に制圧しようとしたディランの町に、空の魔女が居た事だった。

 空の魔女の抵抗でバグ群の一部が殲滅され、制圧に失敗。それにより迂回を余儀無くされた事は、ヴァルキリーバグにとっても失敗だったと言える。


◆ヴァルキリーバグの目的

 デュスノミアバグを侵攻させる大戦争から、長い冷戦を保ってきたヴァルキリーバグが、今回大きく動いたのには理由があった。

 それは彼らにとって『候補者』や『銀の姫』と呼ぶ逸材が関係している。


◆一番の騎士

 逃走を図るソフィア王女一行の前に現れた騎士は、英雄ゼノビアに似た鎧を身に纏っていて、その兜には一番の記号があった。

 物言わぬ一番の騎士は、ブレイバーのエオナとリリムを相手に一歩も引かず、勝利する。


◆十二番の少女

 クロギツネを師匠と呼び、十番に恩義があるという忍びの少女は、エンキドの素早い攻撃を全て回避する。

 一方で攻撃能力は低く、その能力は未知数のまま、自滅によりドエムに捕まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず容赦が無いですなぁ。 バグに対抗しようとしている側は何かしら根本的な考え違いをしている気がします。 ああ、これは琢磨もそうなるのか。 そして紛れの位置に居る五番。魅力的な展開です…
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