104.人間とブレイバー
都内にある個人営業の喫茶店があります。
そこはかつて、明月琢磨が利用した事もある店であり、彼女にとっても、初めて彼と会った場所になります。
彼女、山寺妃美子は、そんな喫茶店で少々気まずい状況に陥っていました。
本来であれば、彼に紹介して貰うはずだった息子さんが目の前にいて、彼自身は野暮用で遅刻してくるとの連絡があったからです。
【悪い。三十分くらい遅れそうだ】
そんなメッセージがスマホに届いたので、てっきり二人とも遅れて来るのかと思いきや、なぜか息子さんだけ先に喫茶店に顔を出して来たのです。
お互い写真で顔を知っていたものの、こうやって直接会うのは初めてでした。
「ども」
と、無愛想に挨拶して向かいの席に座る十八歳の少年。
少年はアイスティーを店員に注文して、挨拶もろくに交わさないまま鞄から携帯ゲーム機を取り出し、ゲームを始めてしまいました。
(ちょっと聞いてないわよこんなの……いや、落ち着け私。相手は取引先の従業員とでも思えばいい。ちょっと見た目若くてアレだけど、大丈夫。頑張れ私)
「えっと……司くん?」
と、妃美子は恐る恐る話し掛けます。
目の前に座ってゲームを始めたの少年は、藤守司。彼の息子さんになりす。
「……何?」
「私、山寺妃美子っていいます。お父さんとお付き合いさせて貰ってて……」
「知ってる」
「そ、そうよね。うん、初めまして。よろしくお願いね」
何処となく、妃美子の事を気に入ってない様子が態度から窺える司は、話を聞いてるのか聞いてないのか分からない無愛想っぷりでゲームに集中しています。
(難しい子だって聞いてたけど……想像以上ね。社会人だったら失格よ。いや、ダメダメ。若い子に大人の世界を押し付けるのは良くないわ)
妃美子は頭の中で必死に次の言葉を考えていると、急に司がゲームをしながら質問を投げてきました。
「何で父さんなの?」
「え?」
「だから、なんで父さんと付き合ってるのかって聞いてるの。父さんが本を出版してヒットしたから? 金目当て?」
「いや、そんなんじゃ……」
「父さんはもう良い歳だし、女の人が寄ってくる様なオジさんでも無いと思うんだよね」
「徹さんは良い人よ。私は徹さんほど、出来た大人は他に知らない」
「ふーん……」
司はそう言って、店員からアイスティーを受け取って、ミルクとガムシロップを大量に入れてから、それをストローで一口飲み、そして再びゲームに集中しました。
あまりに失礼な態度を取る司を前に、妃美子の笑顔が引き攣ります。
しかし、妃美子は機転を利かせて、司のやっているゲームについて話題を振る事にしました。
「何のゲームやってるの?」
「ウォア」
「あー、ワールドオブアドベンチャーね。流行ってるわよねぇ。私もね、こう見えて、ネトゲやってるのよ」
妃美子は司との交流の為なら止む無しという思いで、友人にもほとんと話した事がないゲーム趣味の話を出します。
すると、司も興味を示してくれました。
「何やってるの?」
「ラグナレクオンラインってゲームなんだけど、知ってるかな?」
「知らない」
「へ、へぇ……まあもうかなり古いゲームだからねぇ。司くんのお父さんも昔やってたゲームなのよ」
「ふーん。でもどうせ、平成時代のレトロゲームでしょ」
(このガキ。何にも知らないくせに生意気な……ううん、落ち着け。冷静になれ。相手はただの子供。十代後半くらいの、まだ大人の配慮を知らないマセガキよ)
と、必死に耐える妃美子でした。
そんな微妙な空気に包まれる二人に、店内の壁掛けテレビから発せられる音声が聞こえてきました。
『昨夜未明、東京都目黒区で正体不明の怪物が現れ人を襲う事件が発生しました。現場は一時騒然としましたが、警察の冷静な避難誘導と、自衛隊特務部隊BCUによって迅速に対処され、軽傷者三名、死傷者無しで事態は終息しております。尚、映像にもある通り、今回現れた黒い怪物については、半年前に現れた巨大怪物と似ている点がある事から、全国で多発している失踪事件に関与している可能性も高いと見て、現在警察が調査を進めている状況で、未だ詳しい事は分かっておりません。これに際し、本日、都知事による緊急会見が開かれ、夜間の外出自粛要請がされる見通しです』
妃美子は思わずその番組に見入ってしまいました。現場で撮られたとされる映像には、ラグナレクオンラインで一度だけ目にした事がある黒い怪物に、少し似ていると感じたからです。
(まさか……ね)
『続いてのニュースです。またも創作の福の神、サイカが創作物に介入していた事が発覚しました。対象となったのは五作品。その内の一つは、あの日本の大ヒットゲームシリーズ、ファーストファンタジーの最新作が含まれています。開発・販売元のスクリート社は、同作品の一時販売中止を発表。再販については内容を調査し、前向きに検討していくとしています。又、サイカ介入の噂を受け、通販サイトにアクセスが集中し、一時サーバーダウンが起きるなどの被害が起きました』
そんなニュースを一緒に見ていた司が言いました。
「バーチャルアイドルサイカ。なんか変な事になってるよね」
「え? ええ……そうね」
と、妃美子は珈琲を一口飲む。
「ブレイバーの事、父さんから聞いてる?」
「ブレイバー? 確か徹さんの本にそんな事が書いてあった様な……」
「なんだ、聞いてないのか。父さん、その夢主として選ばれたんだよ」
「何の事?」
しかし、司はその質問には答えてくれませんでした。聞いていないのなら余計な事は言うまいといった様子で、再びゲームに集中してしまいます。
彼のゲーム画面では、リリムという女性剣士が、七色に光る剣を振り回し、モンスターと戦っていました。
また会話のキャッチボールが続かなかったので、妃美子がどうしようかと考えていると、喫茶店の扉が開き、藤守徹が入って来ました。
「悪い、遅れた」
と、申し訳なさそうに司の隣に座る徹。
「息子さんが先に来るなら来るって、教えてよ。ビックリしたじゃない」
「まさか、俺がいないのに先に行くとは思ってなくてな」
司が一人でここに来てしまったのは、彼の父親からしても予想できなかった事でした。
「それなら、別にいいけど……」
「それで、もう自己紹介は済んだんだよな?」
「済んだと言えば済んだし、済んでないと言えば済んでない」
「ごめんな。その、なんだ。司は不器用なんだ」
「もういいわよ。謝らないで」
徹は司の方に目をやり、
「お前も、初対面の人の前でそれは失礼だぞ」
と、注意しました。
「今、首都対抗戦中だから」
と、司が言い訳をしたので、これには徹も呆れ顔。
そんな親子のやり取りを見ていた妃美子は、聞きます。
「ねえ徹さん。ブレイバーって、もしかしてサイカや明月君が関係してること?」
「ん? 気にしてるのか?」
「ちょっとね。明月君が自衛隊に入ったって聞いて……同時期に貴方が本にしてたサイカが、創作介入を始めたし。何かあったんじゃないかって」
「そうだな……話すと長くなるが……ブレイバーは今、こっちにも来てる」
「ブレイバーって、電脳世界の人間……じゃなかった?」
「それについては、人によって見解は様々だ。明月琢磨は、この日本を守る為のキーマンみたいなものになってる」
「いったい何が起きてるの……?」
すると、徹は少し何かを考えた後、妃美子に聞いて来ました。
「実は……サイカの事で、司や妃美子さんも無関係ではない事が分かった。これは本当に偶然だ。だけどもし、気になるのであれば……会ってみるか? ブレイバーに」
その問いに、最初に反応したのは司でした。
「え、ブレイバーに会わせてくれるの?」
「そう遠くない未来、恐らく日本は……いや、世界が、ブレイバーとバグというモンスターの脅威を前に、騒がしくなってくる。その時、少しでもブレイバーの理解者がいた方がいい。少なくとも、司と妃美子さんには、そうあって欲しいと……俺は思う」
突然の申し出に困惑気味の妃美子は、
「ちょっと待って。えっと、ブレイバーっていうのは、人間……なのよね?」
と、聞いてみます。
「ブレイバーが人間とするかどうか、その判断も、実際に見て触れて確かめて欲しい。ダメか?」
「ダメじゃないけど……」
「そうか。ブレイバーを紹介したい事、頼んでみるよ」
三日後。
徹に言われた通り、妃美子と司は都内の公園にやって来ました。春の陽気に包まれ、温かな風に吹かれる公園。そこで彼らは出会います。
徹と一緒に待っていたのは、BCUに所属するブレイバー。ジーエイチセブンとケークンでした。
一般人に変装したBCUの職員に見守られながら、貸し切りとなった公園で彼らと会話をします。
最初はお互いの自己紹介から始まり、そしてブレイバーの存在についての話になり、異世界での戦いを説明されました。
徹によって創造された髭面の男、ジーエイチセブンは言いました。
「俺の夢主は徹だ。俺は、向こうでの戦いに敗れ、今ここにいる」
妃美子には信じ難い言葉でした。
それでも、ジーエイチセブンの武器召喚や、人間離れしたケークンの運動能力と、額から生えてる本物の角を見せられ、信じるしか無くなってしまいました。
明月琢磨によって、現実世界に召喚された彼らブレイバーは、人知れず怪物と戦っていると言います。
その上で、ケークンは言いました。
「ドエム……確か、サイカと一緒にいた緑髪の少年がそんな名だった」
「え?」
「あの子、今どうしてるのかな。風の魔法使って、杖で殴って、元気な少年だった。確かミッティやクロが旅仲間だったはずだけど……今、任務中だ」
「ドエムがブレイバーとして存在してる? そんな馬鹿な話……」
嘘だと言って欲しい。そんな思いで、妃美子は隣に立つ徹を見ました。
彼は語ります。
「琢磨のブレイバー、サイカがこの世界においての最初に認知されたブレイバーだった。それは俺が書いた本の通りだ。本に書けなかった事もある。俺はこっちの世界のブレイバーの事しか書けてない。見えていない所で、司のリリムや、妃美子さんのドエムが、命張って戦っている事実を……彼らから知らされてしまったんだ。だから、司と妃美子さんにも、それを知る権利があると……そう思った」
この時、妃美子の頭には自分が長年一緒に遊んできたゲームキャラクターの少年が浮かびました。自身が創造し、命名し、そしてネットゲームでの苦楽を共にして来たキャラクターです。
(ゲームのキャラクターに生命が宿って、ここじゃない世界で……戦ってる? そんな御伽話みたいなこと……あるの? ゲームの……ゲームのキャラクターなのに……? でも、徹さんはそんな嘘を吐く人じゃない)
そう考えた妃美子は、話をしてくれたケークンに言いました。
「あ、あの! 今度……その、ドエムの事を知ってるミッティさんやクロさんと、会わせて頂けませんか? 詳しく聞いてみたいんです」
「ん、ああいいよ」
あっさりと承諾してしまったケークンに、ジーエイチセブンが注意します。
「ケイ、上の許可も取らずに勝手に決めるな。琢磨が許しても、また園田さんにどやされるぞ」
「別にいいだろ。減るもんでもなし」
「お前なー」
そんな会話をする二人のブレイバーは、気の知れた仲の様子です。
彼らを見ていて、ブレイバーの存在について考えた妃美子の脳裏には、ふと明月琢磨の顔が浮かびました。彼と会ったのは半年以上前で、千葉にある大学病院でした。
妃美子の中で、点と点が結ばれた気がして、つい質問を投げてしまいます。
「もしかして、飯村彩乃さんが目覚めない事と、その異世界での出来事って……何か関係がありますか?」
すると、ブレイバーの二人や徹までもが、何か事情を知っているのか、顔を見合わせ沈黙しました。
少し気まずそうにジーエイチセブンが口を開きます。
「アヤノは……」
しかし、暗い顔で何かを言おうとしたジーエイチセブンの言葉を止める様に、徹が割って入ります。
「それは妃美子さんの知らなくていい事だよ」
と、はぐらかされてしまいました。
その日の夜。
自宅のマンションに帰宅した妃美子は、飼い猫に餌をあげてパソコンデスクに座ります。
端末の電源を入れて、ラグナレクオンラインというゲームを起動。ログインして、キャラクター選択画面に表示される緑髪の少年キャラクターが現れます。
手慣れた操作、見慣れた光景。そのはずなのに、今日、徹やブレイバーから教えて貰った事が、どうしても気になってしまう妃美子でした。
(夢でも見てるのかしら。この子が……何処かで生きてる? そんな事、考えた事も無かった。貴方は本当に、異世界で……戦っているの?)
いくらディスプレイ画面を見つめていても、ドエムが動く事はありません。つぶらな大きな瞳をこちらに向けて来ているのみで、いつも通りのキャラクタードエムがそこにいます。
「はあ」
溜め息を一つ吐いて、足元に寄って来た猫の頭を撫でてから、妃美子はドエムを選択してゲーム世界へと入りました。
すると最近知り合ったミドリンという初心者プレイヤーが、ドエムがログインするのを待っていたかの様に、すぐメッセージが送られて来ます。
【ドエムさん助けてください】
それを見た妃美子は、薄らと笑みを浮かべながら自分に言い聞かせる様に呟きました。
「しっかりしろ妃美子。とにかく今は、いつも通りの私でいなきゃ」
妃美子が今日教えられたブレイバーのルール。
それは、ブレイバーを生かすには、とにかくゲームで遊び続けるのが大事であるという事。
なので妃美子は、半信半疑ながらも、まずは自分に出来るいつも通りをやっていこうと、そう考える事にしました。
■ ■ ■ ■
コンサートが敵の襲撃により中止になって、数日が経ちました。
すっかり傷の癒えたドエムは、エンキドによる訓練に明け暮れています。
エンキドはドエムの潜在能力に目を付け、彼の反射神経や戦闘技術を磨く事を申し出てくれたのです。
主な訓練方法は、長距離走から始まり、高所からの飛び降り、川への飛び込みと潜水、木刀による急所への打ち込み耐久。そういった戦闘で起こり得る恐怖を克服する訓練。そして夜になれば、エンキドと木刀で模擬戦をします。
エンキドが考える訓練メニューは、かつてサイカに教えて貰った時とは比べものにならないほど、過酷なやり方でした。
それでもドエムは、強くなりたいという思いで、必死に食らいつきます。彼をそうさせるのは、これまで起きたヴァルキリー十三槍との戦いによる苦戦の記憶でした。
今夜もまた、宿屋エスポワールの中庭でエンキドに叩きのめされ、傷だらけで地面を転がるドエムの姿がありました。
この中庭は、前にサイカとルビーが訓練していた場所。ドエムとエンキドが木刀を振るう姿は、何処か懐かしくも感じます。
「もう終わりにするか?」
と、エンキドが言いました。
「まだ……まだ戦える」
そう言って、立ち上がろうとするドエムを踏み付けるエンキド。
「その根性、確かにサイカと共に修羅場を経験しただけの事はある。だがな、ブレイバーは人間と違い、成長に限界がある事を忘れるな。心と精神は鍛えられても、肉体は鍛えられない」
「……分かってるよ。そんな事」
「お前は、何の為に戦う。人間の女を守って何になるんだ」
ドエムはエンキドの足を押し除ける様にゆっくりと立ち上がり、エンキドに真っ直ぐな眼差しを向け言いました。
「僕は……僕の目の前で、誰かが消えるのを、もう見たくない」
するとエンキドはドエムを壁に押し付け、手に持っていた木刀を顔のすぐ横に刺しました。それは石壁に穴が開くほどの威力でした。
「ドエム、良い事を教えてやろう。どんなに力があろうが、神にでもならない限り、何でも守れる訳じゃない。弱い奴は勝手に倒れ、強い奴が勝手に残る。お前は俺には勝てない。それが答えだ」
「力だけが、全てじゃない!」
と、ドエムは手に持っていた木刀を振るいます。
エンキドはそれを片手で掴み、握力で粉砕。
「お前が気が済むまで、訓練は付き合ってやる。これは無駄死にさせない為の訓練だ。戦闘において、時に逃げる選択肢がある事を頭に入れろ。判断を誤るな。生存本能を刺激しろ。恐怖に屈するな。それを鍛えてやる。だから俺に勝てるなんて思わない事だ」
そう言うエンキドの骸骨仮面は、夜の暗闇の中では不気味ですが、ドエムにとっては頼もしくもありました。
エンキドがどんな表情で、そんな事を言っているのかは、分かりません。
すると、エンキドの背後から近寄ってきたサダハルが、笑顔で話し掛けて来ました。
「あらあら、中庭は使っていいって言ったけど、壁に穴開けていいなんて一言も言ってないわよ」
エンキドは振り返り、
「悪かった」
と、サダハルに謝りました。
「ドエム、今夜はこれで終わりにしよう」
そう言い残し、エンキドは壁に刺した木刀を抜いて、その場を去って行きました。
それを見送りながら、サダハルはドエムに言います。
「彼、ドエムちゃんに意地悪したい訳じゃないのよ。たぶん貴方の事が心配なのよ。そうじゃなきゃ、こんな風に訓練なんてしてくれる訳ないもの」
「うん……分かってる」
俯くドエムを前に、サダハルはその頭を撫でながら言います。
「大丈夫。さっき貴方が言ってた様に、ブレイバーは強ければいいってものじゃない。大事なのは、強くありたいって気持ちがあればそれで良いと私は思うわ。私からしたら、貴方はもう、十分にそれが備わってる。だから自信持って」
ドエムに励ましの言葉を掛けたサダハルは、エンキドの後を追って宿屋の中に戻って行きました。
その様子を宿屋の廊下の窓越しで見つめていたノア。ドエムは彼女と目が合いましたが、ノアは何を言うでもなく歩いて行ってしまいます。
十番の女と戦ったあの日から、ドエムとノアは一度も会話をしていません。
あれだけの事があったというのに、二人は何と声を掛ければいいのか分からずに、そのまま今日になってしまっていました。
ドエムはノアに何と声を掛ければいいのか、少し考えましたが、何も思い浮かばず、エンキドに粉砕され短くなった木刀をしばし眺めて、建物の中に入ります。
廊下を歩き、自室に戻ろうとした時、捕らえた十番の女を幽閉している部屋の前を通り掛かりました。
中から話し声が聞こえたので、ドエムは思わず足を止め、聞き耳を立てます。
部屋の中では頑丈な拘束衣で椅子に座らされ身動きが取れない十番の女と、エンキド、そしてサダハルがいます。
目隠しをした十番の女の前に立ち、エンキドが問い掛けます。
「それで、お前達の目的は何だ」
「…………」
「ヴァルキリーバグは今何処にいる」
「…………」
十番の女は、あれから一度も口を開こうとはせず、黙秘を続けていました。
「ここから逃げられると思うなよ。仲間が助けに来たら俺が全員始末してやる。希望は抱くな」
「……来ないわよ」
「なんだ、喋れるのか」
十番の女がやっと反応を見せてくれたので、サダハルは壁にもたれかかったまま話を始めます。
「ヴァルキリーバグの十三槍。バグの力を与えられ、顔に数字記号のある選ばれし人間……というのは、本当なの? その眼は、どうしたの?」
「…………」
また黙ってしまった女を前に、エンキドはその長い黒髪を乱暴に掴み、上に引っ張る事で女の顔を持ち上げた。
「他の奴らは何処にいる。この町にいるのか? 能力は何だ?」
しかし、十番の女はニヤッと笑い、
「クソくらえ」
と、答えました。
そんな挑発を前にエンキドは、そのまま女の髪を引っ張り椅子ごと転倒させます。
倒れた女の胸倉を掴み、拳を振るおうとするエンキドでしたが、サダハルがそれを止めました。
「それ以上はダメよエンキド。後は私に任せて」
「……ちっ」
エンキドは手を放し、部屋を出ます。そこでドエムと出会しましたが、エンキドは知らん振りをして行ってしまいました。
そしてサダハルは倒れている十番の女を起こし、近くのベッドに寝かせながら言います。
「ごめんなさいね。あの人、加減を知らないのよ」
「……殺しなさい」
「え?」
「一思いに私を殺しなさい。生かす価値など、私には無い」
「……価値を決めるのは貴女じゃない。大丈夫。私達はきっと、分かり合えるわ」
サダハルの優しさは、敵味方関係ありません。彼女は、目隠しをした得体の知れない女に対しても、一人の人間として見ている様でした。
十番の女も、それを空気で感じ取っている様で、それ以上何も言いません。そのまま二人は、サダハルと同じ部屋で過ごす事となりました。
翌日。
エンキドに言われ、中庭で木刀の素振りをしているドエムの所に、割烹着姿のケナンがやって来ました。
「エムくんさぁ。ノアの事、放っておいていいわけ?」
「別に……ノアが無事ならそれで良いよ」
「そういう事じゃなくてさ。あれから一度も話してないんしょ? お互いにさ、ごめんねーありがとーで済む事じゃん。何を意固地になってるのさ。喧嘩したカップルかってーの」
「僕とノアは、そんなんじゃない」
「例え話だってば。ノアはきっと待ってるよ。あの子もあの子で、エムくんに二度も怪我させちゃった事、後悔してるんじゃないかな」
「…………」
ドエムが言い訳を口にする前に、サダハルがやって来て、ケナンの頭に軽くゲンコツをしました。
「サボるな」
と、サダハル。
それからドエムが、エンキドに言われた素振り千回を終わらせたのが正午。ロビーでイエレドとセトが会話している所に、ドエムは居合わせました。
シスターアイドルの中で人一倍恥ずかしがり屋で人見知りのイエレドは、ドエムを見るならセトの背中に隠れてしまいます。
男前なセトがドエムに笑顔を向け、
「よっ! この前は世話になったな」
と、話し掛けてきました。
ドエムはお辞儀をして、何も言わずに自分の部屋に向かおうとした時です。
イエレドが勇気を振り絞って声を上げました。
「あ、あのっ!」
ドエムは振り返ると、イエレドは震えながら話を続けます。
「ノアが……ノアが、ありがとうって……貴方に伝えたいって……でもどう話し掛けたらいいかわからないって……だ、だから……その……エムから、話して……あげて……欲しい……かなって……それだけ」
少し顔を出していたイエレドは、ブルブルと震えながら言いたい事を言い切って、セトに抱きつく様に顔を逸らしました。
そんな彼女をセトは優しく微笑みながら頭を撫でつつ、セトが付け加えて言います。
「ドエム。あんたはノアを守った。あたし達の事も守った。何をうじうじ悩んでんだか知らないけどさ、凄い事をしたんだよ」
思わずドエムも口を開きます。
「僕は、いつも気を失ってばかりで、エンキドみたいに相手を圧倒する様な力が無いから……本当にこの後も、敵からノアを守ってやれるか……分からなくなってる」
「何度も言うが、怪我をしたからって何だ。勝負に勝ったじゃないか。それ以上の何があるって言うんだ?」
「もし、あの時、エンキドやスウェンが来てなかったら、僕は……」
「あたしから見れば、キミは大きな障害を乗り越え、うちの姫を救った奇跡の戦士さ」
そこへ、こっそり会話を聞いていたケナンが現れます。
「そうゆう事だぞ王子様。ノアは今、中庭に来てる。行ってきなよ」
と、ケナンはドエムの背中を叩きます。
シスターアイドルの三人に煽てられ、中庭にやって来たドエム。
中庭にある大きな樹木の木陰で、晴天の空を飛び去る野鳥を見上げていたノアは、ドエムが来た事に気付いて、背中を向けてその場を離れようとしました。
「待って!」
ドエムの呼び掛けに、ノアの足が止まります。
「……ノア。僕は、キミの役に立てただろうか」
ノアは背中を向けたまま、答えます。
「沢山斬られて、沢山怪我して、また死にそうになって、血だらけで、そんな姿見せられて……私なんかの為にそこまでする理由ある?」
ドエムはしばらく考えた後、素直な言葉を伝えます。
「僕は、この世界に召喚されて、色んな出会いがあって、沢山の景色を見てきたけど……その中で、ノアの歌声は、一番綺麗だと思った。それだけじゃダメ?」
「バカ……エムが傷付いても、私は何もできない」
「キミは僕の為に歌を歌ってくれた」
「あれは、その場の勢いで……」
「僕は勇気をキミから貰ってる」
その時、暖かい風が吹いて、落ち葉が渦を巻き舞います。
ノアは振り返り、涙ぐむその瞳と目が合いました。
しばし見つめ合う二人、ドエムは次の言葉が見つからず、ノアが先に口を開きます。
ずっとずっと、伝える事が出来なかった言葉を、今やっと、口にするのです。
「ありがとう。エム」
彼女は久方振りの笑顔を見せ、ドエムも嬉しくて、釣られて微笑みました。
そしてドエムも言えなかった事を口にします。
「心配掛けて……ごめん」
中庭が見える廊下の窓越しで、それを見ていたシスターアイドルの面々。そしてサダハルと、エンキドも見守っていました。幽閉されている十番の女も、耳が良いのでその声はしっかりと届いています。
この日、また一歩、ドエムとノアは互いに歩み寄る事となりました。
その夜……またも、顔に数字記号が書かれた人物がミラジスタに潜入していました。
赤色の髪に青い瞳、白い肌、サイカに似た赤い忍び装束と、黒い狐の面を頭に掛けた少女。挙動不審な様子で、忍び足で路地裏を進む彼女は、頬に十二番が刻まれています。
「うう。十番殿は何処にいるですか」
背中に大きな風魔手裏剣と、腰には二本の忍刀を携えた十二番の少女は、この広い町で迷子になっていて、次に何処にいけばいいかも分からないまま、適当に歩みを進めていました。装備が重たいらしく、その足取りはややぎこちないです。
それでも、自分が道に迷っていると認めたくない十二番の少女は、独り言を自身に言い聞かせます。
「アー、どうなってるですかこの町は……これでは、クロギツネの皆さんに合わせる顔がないですよ。穴があったら入りますです」
まずは高いところに登ろうと、近くの民家の屋根に飛び乗ろうとしましたが、背中の手裏剣が重たかった為に途中で落ちてしまいました。
ズゴーンという音が聞こえた事で、家の住人が窓から顔を覗かせたので、十二番の少女は慌てて隠れます。
「危なかったですね」
何とか難を凌いだ十二番の少女は、物陰に隠れながら移動して、別の箇所で積まれた木箱を見つけたので、それを利用して何とか屋根の上に登る事ができました。
「ふぃー。忍びたるもの、人に見つかるべからずです」
十二番の少女は足音を立てないように、ゆっくりと、ゆっくりと、屋根の上を歩きます。
すると、背後から声を掛けられました。
「おやぁ?」
と、気配も無く現れたのは五番の男でした。
「オゥ――――ッ!?」
驚きで叫びそうになった十二番の女でしたが、五番の男は女の口を手で塞いで黙らせます。
「しーっ」
と、五番の男。
落ち着いたところで、十二番の女は頷いたので、五番の男は手を離します。
十二番の女は言いました。
「な、なんなんですか。貴方は……五番?」
「どうも忍びのお嬢ちゃん。こんな所で会うなんて奇遇だねぇ」
「……んん? なんでお化粧してるですか? それに……」
「そんな事より、十番が敵のブレイバーに捕まってしまったよ」
「ええぇ――――ッ!?」
また叫びそうになったので、口を塞がれる十二番の女。
五番の男は続けて言います。
「ボクは十番が何処に捕らわれてるか知ってる。十番はまだ生きてるよ。助けに行かないとね?」
十二番の少女は頷き、五番の男は手を離します。
「十番には恩義がありますです。ミーの助けを待ってるはずです」
「ではボクが案内しよう。相手は十一番と十番に勝ったツワモノ揃いだけど、キミであれば勝てるかもしれない」
「大丈夫です。ミーの忍法はキョオテンドーチですからして、必ずや捕らわれの十番殿を救い出して見せるです」
「それはそれは、楽しみだ。さぁ、こっちだよ」
五番の男は、ニヤッと怪しげな笑みを浮かべ、十二番の少女を案内します。
彼らが向かうは、宿屋エスポワール。五番の男はまるで音楽でも聴こえてるかの様に、愉快なステップを踏み、どんどん前に進みます。十二番の少女は置いて行かれない様に、それを必死に追いました。
さて、ヴァルキリーの十三槍であるこの二人を見ていて、何処か、彼らの関係には不自然な点が見られますね。
しかしドエム達にとって脅威である事は変わりありません。
ドエム達の元に、新たな敵が忍び寄ります。
【解説】
◆山寺妃美子
ブレイバードエムの夢主。
明月琢磨が以前働いていた会社で働く女性で、営業課の課長に昇任したばかり。飯村彩乃の元上司でもある。
バツイチの女性で、今は藤守徹とブレイバーサイカ絡みで知り合い、お付き合いに至っている。
家での趣味は『ラグナレクオンライン(MMORPG)』であり、三十年以上も同ゲームをやり込んでいる。が、その事は友人には秘密にしている。彼氏となった徹も、昔同じゲームで遊んでいた過去があり、それも付き合いの切っ掛けの一つとなった。
◆藤守徹
ブレイバージーエイチセブンの夢主。
フリーランスとしてゲームの攻略記事を書くライター業をしている男性で、プロジェクトサイカに大きく関わり、その記録を本として世に出版した事もある。
妻と死別した経験のある徹。今では山寺妃美子とお付き合いしながらも、BCUと密接に関わっていて、ジーエイチセブンを現実世界に召喚する事に協力した。
◆藤守司
ブレイバーリリムの夢主。
藤守徹の実の息子であり、引き篭もりがちなゲーマー。父子家庭で育ち、決して明るい性格とは言えない。
それでも父親と同じゲーム(ワールドオブアドベンチャー)で遊び始めた事で、魔法剣士リリムとして遊ぶ事の面白さに目覚めた。
そんな司は、父親である徹が妃美子とお付き合いしている事をあまり心良く思っていない。




