103.守りたいモノ
アリーヤ共和国という国がありました。
その国は、戦乱の時代から中立の立場と平和主義を貫いていた国でした。キロザヴィルと呼ばれる巨大都市を中心に繁栄、人間とブレイバーを区分けし、法律により接触を徹底的に無くした上で、国内でのあらゆる武力行為を禁止としていました。
問題となる夢を失ったブレイバーのバグ化についても、夢の厳重な報告義務により管理が行われ、世界的に一番安全な国とされていました。そんなバグの出現を許さない国は、その噂が広まり、他国から多くの移住者がいました。
人間とブレイバーの住み分けは、表向きは平和の為の完璧な施策に見えました。しかし、実態は違います。
短い寿命と餓死をしない体も持つブレイバーに人権は認められず、それはそれは酷い生活を余儀無くされていたのです。
想像してみてください。
いつ来るかも分からない戦争の防衛目的で召喚され、訓練と睡眠だけを繰り返し、雨水漏れる荒屋で寒がりながら眠る。そして夢を失えば問答無用で処分される宿命に怯える日々が、彼らにはあったのです。
アリーヤ共和国に所属するブレイバー達が、不満を漏らし始めるのも必然でした。その小さな綻びは、やがて大きな亀裂となります。
反乱を企てる者、国からの脱出を考える者、そしてそれを止めさせようとする者、ブレイバー同士で言い争いが起きるようになりました。
そんな内乱の危機に直面するアリーヤ共和国に、エルドラド王国から海を渡り彗星の如く現れたブレイバー達がいました。
彼らを率いるのは、ワタアメ、ジーエイチセブン、エオナ……そして、エンキド。
彼らはアリーヤ共和国での内乱を阻止する一方で、この国で暗躍するレクスを止めるべく活動していました。
彼らはログアウトブレイバーズを名乗り、無類の強さを見せ、アリーヤの最高統治機関からも認められるほどでした。
しかし、他国エルドラドでサイカ達がマザーバグを討伐した頃、それを察知したレクスが大きく動きました。
ヴァルキリーバグ、ネクロバグ、グレンデルバグ、マザーバグを始めとするレベル五のバグが同時出現。統率されたバグの大群が、首都に侵攻したのです。
アリーヤに所属するブレイバーのほとんどは実戦経験が無く、強敵を前に歯が立ちません。
共和国の大統領や元老院議員は真っ先に国外へ逃亡した為、指揮系統は失われ、瞬く間に国内は大混乱に陥り、崩落する事となりました。
ワタアメ率いるログアウトブレイバーズも、最後の最後まで抵抗しましたが……壊滅。止む無く敗走する事になります。
アリーヤが「バグの国」と呼ばれる様になったのは、その後すぐの事です。
ワタアメ達と別れ、アリーヤの惨事から辛くも生き延びたブレイバーエンキドは、プロジェクトサイカスーツで海を渡り、強さを求め世界各国を旅する事にしました。
黄金鎧のブレイバー。又の名をバグスレイヤーと呼ばれる孤高の戦士となったエンキドは、デュスノミアバグによる戦乱の中でも活躍し、最終的にエルドラド王国へと辿り着いていました。
そんな彼が、ブレイバードエムの口からヴァルキリーバグの名を聞いた時、その手は武者震いを起こします。
炎に包まれ、至る所から断末魔の叫びが聞こえる地獄と化したキロザヴィルで、彼は見ました。空を羽ばたくヴァルキリーバグの姿。絶望と失意の中で見たそれは、目に焼き付いていたのです。
「それで、その娘がヴァルキリーバグに狙われていると?」
と、エンキドはロビーのソファに座るノアに視線を送ります。
シスターアイドルが全員集合し、サダハルもいる中で、ドエムは彼に説明しました。
「ヴァルキリーバグの手先、十三槍と名乗る奴らが彼女を狙ってる」
「なぜだ?」
「分からないんだ。何か特別な力を持ってるから……とか」
「人間の娘に、バグが求める何かがあるとでも?」
ドエムは頷き、そしてエンキドは考えました。
「こんな時、ワタアメであれば何か知ってそうなものだけどな」
と、エンキドが言います。
「ワタアメ?」
「レクスを裏切り、人の為に戦ったブレイバーの名だ。仲間だった」
「そのブレイバーは今何処に?」
「……さあな。これだけ騒ぎが起きて姿を見せていないとなると、生きているかどうかも怪しい」
するとエンキドは、ノアに近寄り、彼女を見つめながら言いました。
「人間の娘、何か心当たりはあるか?」
ノアは首を横に振ります。
「そうか。どちらにせよ、この宿にいる限りは俺が安全を保障しよう」
そう言うと、メトシェラが割って入って言いました。
「とにかく、ノアが危ない奴らに狙われてるの。この町で誰よりも強い貴方に、守ってほしい。金ならいくらでも出すわ」
「ちょ、ちょっとメトシェラ! 心配しすぎよ!」
と、ノア。
エンキドは答える。
「勘違いするなよ。あくまでこの宿にいればの話だ。俺はサダハルが大切にするこの場所を守りたいだけであって、人間の護衛はしない。金の為でも無い」
それが彼の信念でした。
エンキドは長きに渡る終わりの見えない戦争に身を投じた末、憩いの場を求めブレイバーサダハルと出会いました。
エンキドにとって、今隣に立ってるサダハルこそ夢に見たお姫様。彼女こそが理解者に相応しいと、そう考えているのです。
サダハルにとっても彼こそが心の支えであり、今こうして『一人で』宿屋を経営しているのも、彼の存在があってこそとなっています。
大人しく話を聞いていたイエレドが、おどおどしながらメトシェラに言いました。
「あ、あの、メトシェラ……明日のコンサートは……どうするの?」
「それは……」
シスターアイドルは明日、いつも通り大聖堂でのコンサートが予定されていました。
ノアが襲われ、彼女の家族が犠牲となった物騒な事件の後では、コンサートを開くなど不謹慎ではないかと考えるのも無理はありません。
しかし、ノアは判断に迷っているメトシェラに言います。
「私は大丈夫。コンサートはやろう! 待ってるファンがいるんだから!」
メトシェラはノアの頭を撫でて、
「ほんと、貴女って子は……でももし、まだ狙われてるのだとしたら、危険なコンサートになるわよ」
と、優しく言いました。
「そんなの分かってる。でも、命懸けで戦ってるブレイバーや王国兵士の人達がいるのに、私だけ怯えて隠れてるなんてできない」
そう言いながら、ノアはドエムに視線を送ってきました。
視線に気付いたドエムが言います。
「僕が守るよ」
その言葉を聞いて、ノアは少しホッとした表情を見せましたが、すぐにこんな事を言ってきます。
「べ、別に貴方でも、いないよりはマシね。頼りないけど」
「頼りないは余計だ!」
と、思わずドエムは言い返してしまいました。
そんなドエムとノアのやり取りを、周囲にいたサダハルやシスターアイドルの面々が微笑ましく眺めてる中、エンキドは我関せずといった様子で何処かに行ってしまいました。
この日はこれで解散となり、ドエムもノアと一緒に宿屋エスポワールでお世話になる事になります。サダハルがそうする様に強く勧めて来ました。
その日の夜、ドエム達が知らない所で『闇』が動きます。
ミラジスタを一望できる時計台の天辺で、三人の人物が町の夜景を眺めていました。
「この町で十三番がやられたというのは、本当か?」
と言う筋肉質の大男。その頬には、十一番の記号があります。
横に立つ目隠しをした十番の女が言いました。
「銀の姫がこの町にいるようね」
と。
「まさか実在していたとはな。十三番め、大方一人で手柄を取ろうとして、ブレイバーにでもやられたんだろう」
「ふふ。所詮は十三番。そこまでの男だったのよ」
そんな会話をする二人の後ろに立っている男が、言いました。
「面白いねぇ。面白いねぇ」
愉快そうにしているその男は、ピエロメイクで顔を真っ白に染め、頬には五番の記号があります。
五番は十番と十一番の周りで軽く踊って、そして笑顔で次の台詞を吐きました。
「銀の姫はこの町で歌手をやっているらしい」
「歌手?」
と、十一番の男。
「そう、歌さ。あーいしーてーるー、あなたをー、会いたいけど会わなーい。そんな言葉遊びさ。愉快だねぇ。惨めだねぇ」
「音痴ね」
と、十番が呆れた様に言います。
すると、五番の男はナイフを取り出して、十番の首に刃を突き付けました。
あまりにも速い動きに、十番は反応できず、硬直します。
「口の利き方に気を付けろよ十番」
そう言って五番が十番の首筋を舌で舐めたので、堪らず十番も反撃。鮮やかな曲刀を取り出して、五番を斬りました。
斬られた五番はふらふらとよろけて、大袈裟に転倒。そのまま時計台の屋根から下へと落ちて行った……と思わせて、ひょいと何事も無かったかの様に戻ってきました。
斬られたはずの傷口は何処にもなく、ケロッとした表情で舌を出しておちゃらける五番。
十番の女は目隠しをしていてそんな姿も見えていないはずですが、チッと舌打ちをしました。
「こんな所で仲間割れはやめろ」
と、十一番が注意します。
すると五番の男が無駄に動き回り、時には片手で逆立ちしながら言いました。
「明日、大聖堂で姫がいるシスターアイドルのコンサートがある。派手に狙ってみようじゃないか。なあ? 二人に任せちゃってもいいよね?」
「お前は戦わないのか?」
と、十一番。
「ボクは頭脳派だからねぇ。肉体労働は下っ端の仕事」
「私と十一番で事足りるわ」
と、十番。
その言葉を聞いた五番は、
「心眼の使い手ちゃんと、筋肉馬鹿男くん、君達ならできるさー。それじゃ、あとはよろしくねーん」
と、時計台から飛び降りて見えなくなりました。
五番が去った事で、十一番の男はボヤきます。
「道化師め。何しにここに来たんだ」
「あれでもヴァルキリー様に五番と認められた男。何か考えがあるのでしょう」
と、十番が意見を述べました。
翌日。
この日行われるシスターアイドルのコンサートは、夜間公演でした。大聖堂に多くの民衆が集まり、六人のアイドルの登場をまだかまだかと待ちわびている者達ばかりです。
ドエムとメトシェラは、昼間のうちにブレイバーズギルドへ足を運び、一緒にコンサートの警備をしてくれるブレイバーを募りました。
今となってはシスターアイドルのリーダー格ともいえるメトシェラの人徳もあって、多くのブレイバーが名乗りを上げてくれました。
その数、八名。王都で起きている戦争にほとんどのブレイバーが駆り出され、理由があってこの町に残っていたブレイバーの数を考えると、充分に多いといえる人数です。
コンサートの時間になると、ドエムも含め九名のブレイバーが大聖堂の警備に当たりました。王国兵士も今回の事情を受けて、いつもより多い人数を配置してくれています。
怪しい者は誰も通さない。そんな意気込みで警備をしている中、ついに公演時刻となり、大聖堂の巨大ステージの上にシスターアイドル達が出てきました。
お洒落な衣装を着たノアが、
「みんなー! お待たせー!」
と、元気な笑顔で観客席に挨拶します。
すぐに音楽隊が演奏を始め、一曲目の音楽が始まりました。
その際、ノアは遠くで見守っているドエムと目が合ったので、彼にウィンクで挨拶をしていました。普段はドエムに厳しい態度を取るノアでも、いざアイドルにスイッチが入れば、全員に分け隔てなく笑顔を振る舞う歌姫になります。ドエムはそんな彼女に感心を覚えました。
同時にドエムは思い出します。かつてこのシスターアイドルのコンサートを、サイカ達と一緒に客席から見た事があった事を。
シスターアイドル達の元気な歌声が大聖堂から響き渡る中、宿屋エスポワールに残っていたエンキドとサダハルは、ロビーで会話をしています。
骸骨の仮面を外し、素顔を晒して書物を読んでいるエンキドに、カウンターから話し掛けるサダハル。
「本当にいいの?」
「…………」
「私は心配だけどな」
「…………」
エンキドは何も言い返して来ませんが、本を読むその手は止まったように見えました。サダハルは続けます。
「そりゃあさ、大聖堂には沢山ブレイバーもいるだろうし、何も起きないかもしれないけど。もし何かあったら、後悔するんじゃない?」
「……後悔など、腐るほどしてきた」
「怖いの?」
「そうなのかもしれない。戦い続けた結果、俺の手に何か残ったかと問われれば、何も残らなかったと答える。仲間は誰一人として、俺の側に残らなかった。思い出は全て燃えた」
「だから目の前でピンチの人がいても、助けないの?」
「……俺の目には、宝物が一つ、あるだけだ」
そう言って、エンキドはサダハルを見ました。
サダハルは嬉しそうに微笑んだ後、こんな事を言います。
「夢世界からの不思議な縁ってやつなのかな。貴方の宝物はここにいて、私の宝物もここにいる。幸せだなぁ……ブレイバーが、こんなに幸せでいいのかなって思うよ」
サダハルはおもむろに毎日記録してる業務日誌を取り出して、それを開いて読み返しながら続けて言います。
「私ね。長いことこの宿で働かせてもらって、色んな人と出会って、助けて貰った事だってある。やっぱりね、身体能力や魔法の力が使えても、知恵とか経験とか、人間には叶わない部分っていっぱいある。そうゆうこと、嫌ってほど沢山経験しちゃったのよね。辛い事もあれば、嬉しい事もあって……私ね、たぶん世界で一番幸せなブレイバーなんだと思うの」
「いい事じゃないか」
「だから……私はこの町が好き。このミラジスタは私の生まれ故郷で、私はきっとここで、ブレイバーとしての生涯を全うする。そんな町を、元気にしてくれたのがシスターアイドルだったのよ。私に大切な経験をさせてくれたのが、ドエムちゃん達だった」
サダハルが何を言いたいのか察したエンキドは、
「もういい」
と、言いながら立ち上がりました。
そしてエンキドは、テーブルの上に置いていた骸骨の仮面を手に取って、顔に掛けながらサダハルに言います。
「その台詞は卑怯だろうサダハル」
「ふふ。さて、何のことかしら」
と、サダハルは微笑いました。
その頃、ミラジスタの大聖堂で行われているコンサートは、人気の歌が連続で行われ、大盛況の真っ只中でした。熱狂的なファンが最前列で踊り狂い、曲の間奏でコールの叫びがありました。
舞台の上で踊るシスターアイドル達は、汗を輝かせ、洗練された動きで腕を振り、足を動かし、息の合ったステップやジャンプで観客を魅了します。
ヴァリエレニヒトというバラード曲で、一度しんみりした空気になったところで、今度は一気に盛り上がる曲で空気を変えました。
テンポの速い音楽に合わせ、ノアとメトシェラが中心となって歌い、他の四人が後方で激しく踊ります。
その時、大聖堂の正面入り口、大門前で動きがありました。
怪しい大男が近寄ってきた為、王国兵士とブレイバーが包囲します。
立ち止まった筋肉質の大男は、顔に十一番の記号。
それを見たブレイバーの一人が言いました。
「顔に数字がある。少年が言っていた奴だ! 気を付けろ!」
そういった矢先、大男が迂闊な動きをした王国兵士を殴り飛ばした事で戦闘が開始されました。
ブレイバー達が一斉にそれぞれの夢世界スキルを発動させ攻撃してくる中、十一番の大男は言いました。
「ブレイバーよ! 貴様らにヴァルキリー様の計画を邪魔させる訳にはいかん!」
十一番は全身の肌を黒く染め、鋼鉄の硬さでブレイバー達の攻撃を弾きながら、怪力で次々とブレイバーを殴り飛ばす。
大男は最初から全力を出す事で、相手を圧倒していきます。
シスターアイドルが奏でる音色の隙間から、外の戦闘音が微かに聞こえたドエム。
(来た!)
敵が一人とは限りません。そう考えるドエムは、外に出て加勢したいという気持ちを押し殺し、中に侵入している怪しい奴がいないかと注意深く観察します。
その時でした。大聖堂の高い天井、そこにある大きなステンドガラスを蹴り破って、一人の女が飛び込んできました。
空中で華麗に回転して、舞台の上に堂々と着地した女は、黒い目隠しをしていて、左手には曲刀を持ち、頬に十番の記号があります。
天井から落ちてくるガラスの破片に、観客は逃げ惑いました。十番の女の乱入によって、急遽音楽が中断され、シスターアイドル達はノアを守る様に一箇所へ固まります。
「こんばんは。銀の姫さん」
と、十番の女は曲刀を軽い玩具みたいに手の上で回しながら言います。
目隠しをしていて何も見えていないはずなのに、彼女は真っ直ぐノアの方に顔を向けていました。
直ぐ様、ドエムが舞台の上に駆け上がり、そして相手が振り向く暇も与えず、手に持った杖で殴り掛かります。
しかし十番の女はひらりとドエムの杖を回避して、回転しながらドエムに一太刀入れ、ついでに膝で蹴り飛ばしました。
血を流しながら床を転がるドエムでしたが、すぐに立ち上がって杖を構えます。
その姿を見て、十番の女は言いました。
「おやおや、もしかして十三番をやったのは坊やなんて言わないわよね?」
「ノアには指一本触れさせないぞ!」
「私達は銀の姫をお迎えに来たの。邪魔はしないで頂戴」
「銀の姫?」
すると、十番の女の背後から銃声と共に一発の銃弾が飛んできました。それは女の頭部を的確に狙った弾でしたが、十番の女は首を傾けてそれを避けます。
銃を撃ったのはいつの間にか舞台に上がって来ていた男、スウェンでした。彼もまた、ノアの危機を救う為、民衆に紛れてこの場に来ていたのです。
十番の女は二人に挟まれた状況になったというのに、特に焦る様子も見せず、曲刀を構えます。
スウェンはそんな彼女に問いを投げます。
「女、銀の姫とはなんだ。ゼノビアに関係している事か?」
「教える義理は無い」
スウェンは手に持っている小型火縄銃をもう一度発砲。今度は胴体を狙った弾でしたが、それも十番の女は身を仰け反らせて回避しました。
その姿を見て、ドエムは考えます。
(この人、目隠しをしてるのに何で分かるんだ……)
すると十番の女は、まるでドエムの心を読んだかの様に言いました。
「私は心眼の使い手。完全なる感覚を追求し、あらゆる動きが読み取れる。音、匂い、空気、その全てが私の味方」
それを聞いて、スウェンは言います。
「解説どうも。少年! 俺が援護してやる!」
ドエムはスウェンと共闘。二人掛かりで十番の女との戦闘を開始しました。
外でも十一番の男とブレイバーの戦闘が激化していて、逃げ場の無い観客達は恐怖に怯えながら、舞台上での戦闘を見守るしかありません。
大聖堂の外で起きている戦闘は、八名いたブレイバーが、十一番の男によって壊滅。そのほとんどが消滅させられ、生き残ってるのはあと二人となっていました。
傷だらけで大剣を構える男にブレイバーが言います。
「なんなんだこいつは! 強すぎる!」
十一番の男は、ゆっくりと歩き、ブレイバーの二人に近寄いて来ます。
「さぁ来い。もっと来い。俺に傷を付けてみろ」
もう一人の女ブレイバーが、夢世界スキルで弓矢を放ち、銃弾の如き鋭く速い矢を男に命中させます。が、一切効いていません。
なので女ブレイバーは、次に八本の矢を同時に放ち、それを十一番の男に集中射撃しましたが、それすらも擦り傷一つ付けられませんでした。
十一番の男の能力は、全身の硬化。そして自らが持つ強靭な肉体を使った格闘戦を得意としています。
その姿は鉄巨人とも言え、彼の存在そのものが動く鋼鉄の殺人鬼です。
十一番の男は言いました。
「もう終わりか」
次の瞬間には、一瞬で詰め寄ってきた十一番の男によって近接戦となり、あっと言う間にブレイバーの一人が地面に叩き付けられ、もう一人が大聖堂の外壁にのめり込む事となりました。
地面に叩きつけられた剣使いの男ブレイバーは、そこから男の乱打を浴びせられ、コアを損傷。消滅する事となります。
それを見た弓の女ブレイバーは勝てないと悟り、恐怖心に襲われ、顔面蒼白となりました。
(こんなの勝てるわけがない! に、逃げなきゃ!)
そう考えたのも束の間で、十一番の男は見かけによらない素早い動きで接近してきて、腰を抜かしてしまってる女ブレイバーに拳を振るおうとしました。
「おい」
背後から声が聞こえた事で、十一番の男の手が止まります。
振り返ると、そこには骸骨仮面に黒フードの男ブレイバー、エンキドがいました。
「なんだ、まだいたのか」
と、十一番の男はエンキドに向かって構えます。
エンキドは手始めに適当な片手剣を手に召喚しながら言いました。
「その顔の数字、ヴァルキリーバグの手下ということか?」
「ヴァルキリー様の名を軽々しく口にするなブレイバー」
「そうか。それだけ聞ければ十分だ」
と、エンキドも剣を構えます。
それを見て、十一番の男の後ろで倒れてる女ブレイバーが言いました。
「ダメよ! このバグ人間、硬すぎて攻撃が通らない!」
そんな助言を貰いながらも、エンキドが先に動きました。
夢世界スキル《ソードクイッケン》で攻撃速度を速めながら、十一番の男と近接戦。激しい攻防。しかしエンキドの剣も、硬い皮膚に弾かれてしまいます。
まるで鉄の塊を斬っているかの様な感触に、エンキドは片手剣から両手持ちの大剣に武装変更。
重たい一撃を喰らわせますが、十一番の男に片手で防がれてしまいます。
十一番の男は言いました。
「なかなかやるな。だが俺には効かん!」
凄まじい怪力のパンチがエンキドを襲い、彼は殴り飛ばされ、受け身を取って着地。地面を滑りながら、武器を刀に変更しました。
夢世界ではソードマスターで、マルチウェポンのエンキド。彼の多彩な武装変更を見て、十三の男は笑います。
「妙な戦い方をするな。だがいくら武器を変えたところで、俺の絶対防御に敵うはずも無し」
エンキドは言い返します。
「絶対防御? その程度の硬さ、レベル五のバグと比べれば緩いな」
「だったら俺に傷を付けてみろ。さあ!」
余裕の態度を見せる男に、エンキドは再び急速接近。迎え撃とうとしてきた男の片腕を、刀で斬り上げました。
十一番の男の腕が切断され、宙を舞います。
「なにっ!?」
斬られた事に戸惑いをみせた男を前にして、エンキドは畳み掛けました。
目にも留まらぬ剣速で、スパスパと斬り刻み、そして刀を鞘に戻すその姿は、まるでサムライの様でした。
勝ちを確信したエンキドは、崩れ行く十一番の男に向かってこう言います。
「この刀はキクイチモンジ。防御力無視の斬鉄剣」
「そんな……もの……が……」
――――十一番の男は、思い出します。
「こちらも生活がありますので、これ以上の治療には金貨を頂かなければなりません。それにもう……薬剤を投与したところで、苦しませてしまうだけでしょう」
と、最愛の妻を診てくれていた医者が言いました。
「そんな! うちは貧乏で……金貨なんてとても……」
「貴方、剣闘士をされていたんでしょう? しかもかなり活躍していたとか」
「それは……引退を妻と約束したので……」
「手取り早く稼ぐのであれば、復帰されてみてはどうですか」
彼は、難病で寝たきりの妻の治療費を稼ぐ為、アリーヤ共和国の首都キロザヴィルにある円形闘技場へと足を運びました。
元々剣闘士として活躍していた事もあり、復帰から大活躍。勝って勝って勝って、己の肉体に鞭を打って勝ち続け、その拳で何人もの剣闘士を再起不能にします。
そうやって稼いだ金貨を、全て妻の治療の為に使いました。
しかし、バグ襲来の大混乱が起きた際、闘技場から慌てて家に戻った時には、部屋は荒らされ、妻が寝ていたベッドは血で染まっていたのです。
「ああ………ああああああッ!!!」
彼は泣きました。神を恨みました。
どうして中立として平和を保ってきた国で、こんな事が起きてしまうのか。どうして化け物が蔓延ってしまっているのか。
その怒りを全て、人を捕食するバグに向け、彼は暴れました。
しかし、奮闘虚しく、人間がバグに敵う訳もなく、彼は敗れます。
大きなバグに喰われそうになった時、羽の生えた女が空から舞い降りて来て言いました。
「人間でありながらバグとここまで戦ったのは見事。お前は……世界を恨むか?」
と。
彼は答えます。
「憎い……何もかも憎い」
「では、お前に力を与えよう。抗う力だ。その鍛え上げられた肉体を、我の為に使ってみせよ」
藁にもすがる思いで、男は手を伸ばします。
与えられたのはバグの力。目覚めた才能は、皮膚を硬化させる絶対防御の力――――
「絶対防御が聞いて呆れる」
と、エンキドは言い放ちました。
お気付きになりましたでしょうか。
鉄の様に硬い十一番の男を相手に、エンキドが選んだ武器、キクイチモンジは英雄サイカが使用していた物と同じです。
エンキドが背中を向ける頃には、十一番の男は全身から大量の血を吹き出し、その場に倒れました。心臓部まで刃が届いている為、男の命は消えていきます。
(ブレイバー、お前たちさえいなければ……俺は……)
と、十一番の男は事切れました。
幾多の戦場を駆けたエンキドによる圧倒的な強さ。ブレイバー最強とまでサダハルが言うその実力は、本物でした。
「立てるか」
と、エンキドは倒れている女ブレイバーに手を差し伸べます。
その頃、大聖堂の中では、ドエムとスウェンが十番の女と激闘を繰り広げてました。
ドエムが風の刃を飛ばし、スウェンが銃弾を放つ。しかし、十番の女はその全てを避けてきます。
それどころか、十番の女は瞬間移動にも見える高速のステップで接近し、スウェンの背中を取って曲刀を振り上げました。
「貴方からは心臓の鼓動が聴こえる。死になさい人間」
「しまっ――!」
スウェンは反応が追いつかず、動けません。
そこへドエムが飛び込んで、スウェンを庇いました。ドエムは斬られながら、杖を振るいます。が、十番の女の素早い斬り返しによって、片腕が切断されました。
「あああああッ!!」
激しい痛みに耐え切れず、叫び声を上げます。
「少年! ちっ!」
身を挺してドエムが守ってくれた事に驚いたスウェンでしたが、咄嗟に小型火縄銃を発砲して守ります。
十番の女は宙返りでそれを避けながら、一旦距離を取りました。
「五月蝿い武器ね!」
と、苛ついた表情を見せる十番の女。
斬られた腕や胸からおびただしい出血をしているドエムは、それでも残った手で杖を構えていました。痛みで叫びたい気持ちをぐっと堪えて、立っています。
「そんな体ではもう無理だ。女達と逃げろ少年」
「できないッ! 僕はまだ戦える!」
外の戦闘が終わった知らせが入り、王国兵士の避難誘導で観客達が退避を始めます。
そんな中、戦う彼らの姿をすぐ近くで見ていたシスターアイドル。メトシェラが言いました。
「私達も逃げましょう」
しかし、ノアはこの時、彼らの戦闘を見ていて気付いた事がありました。
(あの目隠しの人、音に敏感なのかも……なら、もしかしたら!)
「歌おうメトシェラ!」
「は? ちょ、ちょっと待ってそんな場合じゃ――」
「応援の歌! 今、私達にしか出来ないこと!」
ノアの発言に困惑していたシスターアイドル達は、その金色の強い眼差しを前に、それが冗談でも気の迷いでも無いと悟りました。
「音楽隊のみんな!」
と、ノアが大声を出すと、舞台裏で隠れていた音楽隊が一斉に演奏を始めます。
《君を―― 君を―― 守りたい―― 光る希望を解き放つ―― 君を照らす光となれ―― それは勇気―― 今―― 交差するデザイア――》
それはシスターアイドル達が最も得意とする曲でした。
激しい音色と楽器の演奏に、十番の女の澄ましていた表情が歪みます。
「鬱陶しい!」
苛立ちを見せる女の姿を見て、ドエムは気付きます。
(そうか! あいつは耳が良すぎるんだ! シスターアイドルはそれに気付いて歌で援護してくれてる! 今しかない! 今がチャンスだ!)
ドエムはスウェンに言います。
「スウェン! 僕が前に出る! 援護してほしい!」
「言われなくたって分かってる!」
十番の女はドエムとスウェンを無視して、歌っているシスターアイドル達に向かいました。雑音の元凶として、先に始末するつもりです。
すると、大聖堂の入り口から飛んできた一本の矢がありました。それは見事に十番の女の背中に刺さります。エンキドと弓の女ブレイバーが加勢しに来たのです。
「あぐぁっ!」
と、怯む十番の女。
更にそこへ、横からスウェンの放った弾丸が肩に命中。十番の女はシスターアイドル達まであと少しの所で、倒れました。
そしてドエムが前に出ます。起き上がろうとする十番の女に、トドメの一撃を与える為に、片手に杖を握り締め、全力疾走。
シスターアイドル達は歌い続けました。
《もっと感情を前に―― もっと叫んで―― エスプリに心傾け―― このまま突き抜ける―― 君を―― 君を―― 守りたい――》
迫るドエムを前に、十番の女は目隠しを外します。
黒い眼球、真っ赤に光る角膜、目尻に浮き出る黒い血管。悍ましい形相を晒して、彼女は腕の肌を黒く染めて、曲刀を構えます。
「私に眼を使わせるか!」
十番の女の眼は、バグの力によって神掛かった超動体視力。ドエムの動きがスローモーションにも見え、彼の振るう杖の軌道が安易に予測できます。彼女には、その杖の予測軌道が描く線が見えていました。
杖を避けながら、ドエムの胸を貫こうとする十番の女。曲刀がドエムに迫る一瞬――――
横から回転しながら飛び掛かって来たエンキドが、女の曲刀を持つ腕を斬り落としました。
「なっ――!?」
杖の振り下ろしを避けられたドエムは、すぐに薙ぎ払って横から殴ろうとしてきます。
(避けきれない!)
女はドエムが振るう杖の予測軌道に絶望します。それは回避不可能な攻撃であり、十番の女は咄嗟に片手で防御態勢を取ります。
「やああああああああッ!!」
と、叫びながら片手で振るった杖が、十番の女に命中。
空気を震わせる衝撃音と共に、十番の女の腕は折れ、そして吹き飛ばされました。大聖堂の壁に穴を開け、女は外へと叩き出される事となりました。
――――十番の女は、死を悟りました。
思い出すのは……盲目であった故に、周りの人間から虐げられる日々。生活もままならず、家族に迷惑をかけてばかりだったあの頃。
「あんたなんて産まなきゃ良かった」
実の母親にそんな事を言われ、奴隷商人に売られてしまうのもすぐの事でした。
しかし、目の見えない女を買い取る者などおらず、値段は下げに下げられ、やがて下衆な男に性欲処理の道具として買われる事となりました。
それからの日々など、地獄でしかありません。
人間を恨むのは必然。地獄の日々の中で、彼女は少しずつ聴覚と嗅覚を磨き上げ、察知能力を極めました。
そして、後に視力を与えてくれるヴァルキリーバグと出会います。
それが彼女にとって生涯最大の転機となります――――
その間、ドエムは全ての力を使い果たし、大量失血によって失神。舞台の上で倒れてしまいます。なので、エンキドが代わりに女を追いかけ、開いた穴から外に出ました。
十番の女が飛んで行った方向に、素早く駆け寄るエンキド。彼の狙いは弱った相手が復帰する前に、トドメの一撃を浴びせる事でした。
しかし大聖堂前の広間を通り越して、向かい側の建物にまで食い込むその威力を前に、十番の女は気絶していて石壁に埋まったまま動きません。
エンキドがそんな女に近付いて脈を確認すると、まだ生きている事が分かりました。
エンキドは持っていた片手剣を消滅させ戦闘態勢を解除すると共に、集まって来ていた王国兵士を呼び、十番の女を捕える様に指示します。
その頃、大聖堂の舞台上では倒れて気絶しているドエムにノアが駆け寄っていました。
「エム! エム!」
必死に名を呼ぶノア。
そこに歩み寄ったスウェンが言います。
「少年はブレイバーだ。コアが壊されてなければ死ぬ事はない」
「でも、こんなに傷付いて……痛いはずなのに……なんで私なんかの為に……こんな……」
「それは少年が選んだ選択だ。嬢ちゃんを守る為に、命懸けてくれたって事だ。これで二度目になる」
「だから嫌なのよ……私の為に誰かが傷付くのなんて見たくない……」
「こんな危ないコンサートをやろうって決めた時に、それぐらい覚悟しておけよ」
「それは……そうだけど……」
俯くノアの周りにシスターアイドル達が集まって来て、ケナンがスウェンに言いました。
「ちょっとちょっと! それ今言う必要なくない? 全員無事だったんだから、まずはそれを喜ばなきゃ」
「……これで無事と言えるのかよ」
ノアはドエムの血で汚れながら静かに涙を流していて、シスターアイドル達が寄り添ってそれを慰めます。
こうして、十一番、そして十番との戦いは幕を閉じました。
コンサートは中止。十一番の男は死亡。十番の女は王国兵士によって捕まり、捕虜となります。
その様子を、遠くの建物の上から眺めていた五番のピエロは、エンキドの姿を見て笑顔になっていました。
「ブレイバーエンキド。こんな所にいたとは……面白いねぇ。面白いねぇ」
視線を感じたエンキドが、振り返った時には、そこには誰もいませんでした。
【解説】
◆ブレイバーエンキド
夢世界『ワールドオブアドベンチャー(MMORPG)』出身のブレイバーで、職業はソードマスター。様々な武器を瞬時に切り替えて戦うマルチウェポンスタイル。
夢世界ではサダハルの相方として活動しており、そのプレイヤースキルの高さから、黒の剣士の通り名で有名だったりもする。
異世界でもワタアメ達と行動を共にして、アリーヤ共和国の危機に立ち向かい、強大なバグを相手に戦った経験が豊富。金色のプロジェクトサイカスーツを使い熟し、自在に空を飛ぶ姿から、黄金鎧のブレイバーとも呼ばれていた。又の名を、バグスレイヤー。
◆シスターアイドル
エルドラド王国、ミラジスタの町で名物となっている歌姫達。メンバーは、ノア、メトシェラ、ケナン、イエレド、セト、ラルエルの六名。
強い絆で結ばれている彼女達は今回、危険である事が分かっていながらコンサートを開いてしまった。
◆十一番の男
ヴァルキリー十三槍の一人で、鍛え上げられた肉体を持つ大男。
全身をバグの力で硬化させる絶対防御を武器に、怪力でブレイバーを寄せ付けない強さを誇っていたが、ブレイバーエンキドにあっさりと敗北した。
◆十番の女
ヴァルキリー十三槍の一人。元々は生まれ付き盲目で、辛い人生を歩んでいた人間の女性。
バグの力を与えられ、人間離れした視力を得ても尚、目隠しで己の感覚を磨いていた。
その中でも、音に敏感だった事を見抜かれ、シスターアイドルの音楽で感覚を狂わされた結果、ドエム達に敗北する事となった。
◆五番の男
ヴァルキリー十三槍の一人。ピエロメイクで神出鬼没な男で、何を考えているのか分からない道化師。




