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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
102/128

102.少年は出会う

 ドエムは夢を見ました。

 ボスモンスターを探し歩いて、見つけたら杖で殴り殺す。ドエムの攻撃に耐えるモンスターなど存在せず、一人で殴り殺してはドロップアイテムを見て一喜一憂してから、街へと帰ります。


 かつては多くのプレイヤーで賑わっていた街は、閑散としていて、行き交う人は疎らです。

 そんな中で、ドエムはちょっとした有名人でした。


 後衛職とされるウィザードなのに、超レア装備の杖でボスを殴り殺してしまうというそのスタイルは極めて珍しいからです。

 杖だけでなく、彼が身に付けてる装備全てが、ガチ廃人と揶揄されるほどの高レアリティ装備なのも、ドエムの注目度を上げる要因となっています。


「ドエムさん、今度一緒にパーティー組みませんか?」


 そんなお誘いを度々受けても、ドエムは断っています。

 三十年以上サービスを続けているこのラグナレクオンラインというゲームにおいて、装備やレベルのインフレが進んでしまった結果、ドエムはもう誰かと一緒に遊ぶ事自体が無駄になってしまっているのです。


 今日も一人で戦利品を整理していると、ギルドメンバーのヒフミが後ろから話しかけてきました。


「ドエムさん、こんちゃー」

「こん」

「ちょうど良いところで会えましたね」

「ん? 何か用?」


 ヒフミは少し言い難そうに言葉を詰まらせながらも、口を開きます。


「えっと、今日で課金も切れるんで、引退しようかなと思ってまして」

「引退と言う名の休止?」

「それは分かりません。知り合いにワールドオブアドベンチャーに誘われてて、ちょっとやってみようかなと思ってまして」

「WOAか……それは帰って来れないかもね」


 今まで、ドエムは何度もワールドオブアドベンチャーに行ってしまったプレイヤーを見てきましたが、ラグナレクオンラインに戻ってきた者は誰もいませんでした。


「あ、ドエムさんもどうです? 一緒にやりませんか?」

「んー……僕はいいや。今からMMOを一から始める時間も気力も無いし」

「それは残念です。とにかくそういう訳なんで、お別れの挨拶しときたかったんですよね。あ、何か欲しい装備とかあります?」

「ボス装備一式、無期限で預かっておくよ」

「あはは。預けておきますね。ドエムさんなら使い熟してくれそうだ」


 そう言って、ヒフミはレア装備一式をドエムに預けて、ログアウトして行ってしまいました。

 ウイルス騒動や、ネットワークショックが起きて以降、プレイヤー人口は減る一方のラグナレクオンライン。一時期はサイカやシノビセブンとのコラボで盛り上がった事もありましたが、それも長くは続きませんでした。


 もうすぐサービス終了するのではと噂されてしまうほど、今このゲームの過疎化は深刻となっています。

 それについてはドエムも危機感を覚えていますが、だからといって特に何か行動を起こせている訳でもありませんでした。


 そんな時、ドエムの目の前をウロチョロしてる初心者装備の女キャラが目に入りました。

 頭上に表示されてる名前は、ミドリン。レベルは三。道に迷ってる様子だったので、ドエムは声を掛けます。


「こん」


 ドエムよりも濃い緑色をしたサイドテールの彼女、ミドリンは突然話しかけられて、そして固まって動かなくなってしまいました。


(し、知らない人に話しかけられたーッ!? え、えっと、文字はどうやって打てば……)

 と、ミドリンは慌ててキーボードを打った様でした。


「あ」


 それが、ミドリンにとってはこのゲームで初めての発言でした。

 あまりの初々しさに、ドエムはぷふっと笑ってしまいます。


「あーごめんごめん。初心者なんて珍しくてさ」

「こにちは」

「その装備。今日始めた感じかな?」

「はい」

「何を探してるの?」

「道具屋」

「道具屋か。それなら、この道を真っ直ぐ行って、広間があるから、そこの角に……」


 そこまで言い掛けたドエムはハッと気付き、言い直しました。


「僕が案内するよ。付いてきて」


 それから、ドエムは案内ついでにミドリンと行動を共にしました。今のラグナレクオンラインでは珍しい新規プレイヤーの為に、一肌脱ぐ事にしたのです。

 初心者クエストの手伝いで、モンスター退治を進める中で、ドエムはミドリンに聞きました。


「どうしてこのゲーム始めようと思ったの?」

「あ、えと……パパとママが、このゲームで知り合ったって聞いて……」

「ラグ婚ね」

「ラグ婚?」

「昔、このゲームで流行ったんだよ。ゲームで知り合って、そのままリアルでもカップルになって、結婚するってのがさ」

「なるほど……」


 そんな会話をしながらも、一通りのクエストを終わらせました。

 わずか数時間でレベルも四十まで上がったミドリンは、お礼を言ってきました。


「何から何まで、ありがとうございました」

「いいっていいって。どうせ僕はボス狩りしかやる事無くて、いつも暇してるし」

「あの、ドエムさん。また一緒に遊んでくれませんか?」

「もちろん。フレンド登録は……あ、ごめんいっぱいだった。ちょっと待ってね」


 そう言って、フレンド一覧から最終ログイン日が最も遠いプレイヤーの名前を選んで削除しました。


「え? え?」

 と、何をしてるのか理解が追いつかないミドリンに、ドエムからフレンド申請が届きます。


「よろしく、ミドリンさん」


 この時、ミドリンが出会ってしまったドエムは、このゲーム世界で最強のプレイヤーであると知るのは、もっと後の話になります。

 懐かしいですね。こうやってこの二人のやり取りを見ていると、かつてのサイカとアヤノを思い出します。



 ※



 目覚めたドエムは、何処かの研究室のソファの上でした。

 ミラジスタの最北部にあるホープストーン採掘地区、その最深部にひっそりとあるその部屋は、かつてシュレンダー博士と呼ばれる人間が所有していた場所。


 ドエムは上体を起こし、まずは自分の身体を触って確認。もうすっかり傷は癒えていて、痛みもありません。

 周りを見渡すと、そこは物音一つない静けさと、やたらと物が散らかってる部屋でした。


 ドエムはこの場所に見覚えがありました。

 そう、かつてこの町に初めて訪れた際、サイカ達と共にここを訪れた事があったからです。


 ドエムは立ち上がり、少しその部屋を散策してみると、奥で毛布に包まって寝ているノアの姿を見つけます。

 その瞬間、ドエムのぼんやりとしていた頭に、十三の男との戦いや、目の前で消滅してしまったオールスカイの姿が過ぎります。


 すると、部屋の扉が開き、カウボーイハットの男が鼻歌を歌いながら中に入って来ました。

 ドエムは咄嗟に杖を手に召喚して、それを構えます。が、男は林檎の入った紙袋を片手に言いました。


「目覚めたか少年」

 と、スウェンは帽子を取って顔を見せます。


「貴方は……ッ!」


 ドエムはその男に見覚えがありました。キャシーとの戦いの末、採掘場で捕まえるに至ったテロリストの男。

 なのでドエムは、反射的に緩めそうになった杖を再度強く握ります。スウェンは両手を上げて戦う意志が無いことを彼に示しました。


「そう怖い顔するなよ少年。今は敵じゃない」

「捕まってたんじゃないのか!」

「逃げ出した」

「に、逃げたって!?」

「落ち着け。俺だって理由も無くお前に接してる訳じゃない」

「理由?」


 二人の会話が聞こえてきたせいか、目覚めたノアが顔を出したので、ドエムは杖を引きます。

 スウェンは手を下ろし、紙袋から買ってきた林檎を取り出して、ドエムとノアに投げ渡しながら言いました。


「食いながら話そうや。大事な話になる」


 スウェンは林檎をかじり、近くの机に腰掛けながら語り始めます。


 彼は元々、次元の向こう側、現実世界に行く事を目標としてキャシーと共に活動していました。

 それがなぜかと問うと、半分は未知の世界への憧れ。もう半分はキャシーからレクスが計画している次元支配の話を聞き、それを止めるには現実世界側にも協力者が必要だったからと言います。


 その現実世界への足掛かりを志願したのが、スウェンの元恋人でもあるシュレンダー博士でした。

 普通のやり方では、採掘場の巨大ホープストーンには辿り着けず、サイカの血も手に入らない。そして時間も無かったから、手荒な真似をしたとスウェンは言います。


「だからって、貴方は多くの人を殺した事に変わりない」

 と、ドエムはスウェンに指摘しました。


「悪いとは思ってない。計画の邪魔となる人間を、何人か殺したところで、それは世界を救う為に必要な犠牲だ」

「もっと違うやり方だって――」

「有ったかもしれないし、無かったかもしれない。そんな事で迷ってる余裕はなかった」

「……僕には分からないよ」


 すると、ノアが前に出てきました。


「私も歌手である前に、ミラジスタの民。今の話を聞いて、貴方があの騒動を起こした張本人である事は理解したわ。町にバグを解き放ち、多くの犠牲者を出した。正直言って、軽蔑する。今すぐにでも王国兵士を呼んで、貴方を再度捕まえたいとも思ってる」

「俺はもう捕まる訳にはいかない」

「それはなぜ?」

「お前たちを襲った人間。奴らが動き出したからだ」


 その言葉を聞いて、ドエムは思わず口を開きます。


「ちょっと待って。人間? あれはブレイバーだったはず!」

「少年。この世で、最も恐ろしいモノは何か……分かるか?」

「え? それは……バグ。バグだ。バグ化するブレイバーもそう。あの十三の男は、バグ化するブレイバーだった」

「いいや違う。そうじゃない。バグは知能がいかれちまってるし、ブレイバーは何より寿命が短すぎる。どちらも世界を征服する事に向いてない」

「どういうこと?」

「ここまで言って分からねぇか? この世で最も怖いのは人間だよ。そんな人間にバグの力を融合させた存在は、バグより知能があり、ブレイバーよりも寿命が長く、知識も技術も上回る可能性を秘めている」

「そんなの聞いたことがない」

「経緯は違うが、キャシーがそうだった」


 ドエムは言葉を失いました。突然、ブレイバーやバグとは違う、新たな人間兵器の存在を突き付けられ、絶句しました。

 スウェンは続けます。


「アリーヤにいるヴァルキリーバグは、バグでありながら言葉を喋り、そして人間にバグを融合させる能力

を持っている。その中で、傑作として認められたのが十三槍。お前が殺してしまったあの男は、その中で十三番目に強さだったって訳だ」

「……じゃ、じゃあ、僕は人を殺してしまった……?」

「……そうだ」


 ドエムは十三の男を殴り、地面に叩き付けたあの瞬間を思い出し、手が震えました。人を殺してしまったという事実を聞いて、ドエムは動揺を隠せません。

 するとノアが疑問を口にしました。


「あれが人間だったとか、それ以前に、なぜあの男は私を狙ってたの? 私は家族を殺されて……偽りの家族だったから、涙なんて出ないけど、それでも悔しさは胸に残ってる。何か知ってるなら教えてよ」

「……それは俺も考えていた。こうやって間近で見て、思うところはある」

「何?」

「……ノア・サリア。その銀髪、その顔、その金色の瞳……似てるんだよ」

「誰に?」

「エルドラド王国の英雄。ブレイバーゼノビア」


 彼が言うゼノビアとは、まだ人間と人間が争い、ブレイバーが人間兵器として戦争利用されていた時代に『一本角の悪魔』として恐れられた伝説のブレイバーの名です。

 ゼノビアはバグ実験の被験体となって、マザーバグへとその身を落とし、研究施設そのものをバグの巣と化した忌々しい存在とされています。


「――それが、ブレイバーゼノビア」

 と、一通りの説明を終えるスウェン。


 するとマザーバグと戦った経験のあるドエムが尋ねました。


「ゼノビアを知ってるの?」

「俺はその実験の研究員だったからな。話した事だってある。この娘は、ゼノビアよりも若く見えるが、特徴と顔立ちがよく似てる」


 そう言われ、ドエムは改めてノアの顔を見ました。

 ドエムはゼノビアを見た事がありません。あるとすれば、マザーバグから剥き出しになっていた女性。しかし、あの時どんな女性かなんて、その特徴まで覚えていません。


 ノアは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、

「な、なに? 私がブレイバーの生まれ変わりとでも言いたいの? 有り得ない。他人の空似よ」

 と言って、林檎を一口食べました。


 するとスウェンが言います。


「確かに年代的にも有り得ない事ではある。だけどな、この世界において、銀髪の人間は存在しない。ましてやその金色の瞳、それこそ有り得ないんだよ。もしかしたら世界の何処かにいるかもしれないが、少なくともエルドラド王国で産まれる人種じゃない」


 ノアは思い当たる節がある様で、目を丸くして、そして黙ってしまいました。

 スウェンは続けます。


「幼い頃の記憶はあるか? 具体的には六年前、今は亡き義理の家族に預けられるもっと前の記憶だ」


 そう問われ、ノアは首を横に振りました。

 つまりなぜ自分が養子となったのか、なぜミラジスタにいるのか、それすらも彼女の記憶には無い事となります。


 自分は何者なのか……それは、彼女自身が一番気にしている事でもありました。

 悔しそうに俯く彼女に、スウェンは言います。


「もし、ノアがゼノビアに関係する何かであれば、ヴァルキリーバグが欲しがるのも納得できる。どういう訳か、俺は最近までキミの存在を知らなかった。ノア・サリア、あんたいったい何処から来た?」

「そんな事言われたって……私にも分からないわ」

「確定だ。やはりこのお嬢ちゃんは、バグに狙われる理由がある」


 ノアは少し動揺した素ぶりを見せながら、言い返します。


「くだらないくだらない。私がブレイバーの生まれ変わりとでも言いたいの? 無い。絶対無い。私は親に捨てられて、サリア家に拾われた。そう聞いてる。私は普通の人間よ。付き合い切れないわ」


 そう言い残し、部屋を出ようとするノア。


「待てよ。もう帰る家は無いぞ」

 と、スウェンが止めようとしました。


「私に指図しないで」


 ノアは出て行ってしまいました。

 なのでドエムをその後を追いかける為に部屋を出ようとした時、スウェンは付け加える様に助言してきました。


「ノアはまた狙われるぞ。今の実力で、十三槍から守りきれると思ってるのか?」


 ドエムは振り返り、一口も食べてない林檎を投げ返しながら言いました。


「貴方の手は借りない」


 スウェンは林檎を投げ返します。


「お前じゃ無理だ」

「そんな事ない!」

 と、ドエムは林檎を更に投げ返します。


 そこからなぜか林檎の投げ合い、押し付けあいをしばらく繰り返した二人でしたが、先に折れたのはスウェンでした。


「困ったらここに来い。解決策が俺にはある」


 ドエムはその言葉を聞きながら、部屋を出て、ノアを追いかけて走りました。





 採掘場を出て、早足で歩くノアを追いかけるドエムでしたが、ノアは顔を向ける事なく言います。


「来ないで!」


 しかしドエムはその言葉を無視して、背中を追いかけます。

 いつまでも後ろを付いてくるドエムに、我慢できなくなったノアは立ち止まって振り返りました。


「貴方、仲間が死んで、自分も死にかけたのを忘れてるの? それとも馬鹿なの?」

「僕の任務は、まだ終わってない」

「……私はもう大丈夫よ」


 十三の男に襲われた際、あれだけ助けを求めてきたノアでしたが、なぜかもう守らなくて良いと言ってきます。

 ドエムにはなぜ自分が狙われていると知っておきながら、彼女がそんな事をいうのか、理解できませんでした。


 嫌がるノアと、それでも一緒に行くドエム。二人はやがてノアの屋敷に辿り着きます。

 焼け焦げた建物を見て、ノアの顔が青ざめました。


「そんな……」

 と、その場に座り込んでしまうノア。


 彼女は心の何処かで、あの夜の出来事は夢だったのではないかと、そう思いたかったのかもしれません。

 しかし、悲惨な現実が、悲劇の現場が、そこにありました。


 ドエムも改めて自分が戦った現場を目前として、十三の男との決死の戦いがあった事を、改めて思い出します。


(僕は本当に……人を殺してしまったのか?)


 十三の男を強く叩き付けたその場所は、地面が窪んでいて、生々しい血痕まで残っています。

 いくら悪人だったとは言え、正当防衛だったとは言え、その人を殺してしまった事実と感触が彼の胸に重く伸し掛かっていました。


 その気持ちを悟ってくれたのか、ノアは言います。


「貴方は悪くないわ」


 その場で現場の片付けを進めていた王国兵士達が二人の存在に気付いて歩み寄って来る中、何処からともなく音が聞こえてきます。

 それは周囲の茂みに隠れていた音楽隊による笛と弦楽器の音色と、聴き覚えのある女性の歌声でした。


 シスターアイドルの一人、最年長でもあるメトシェラが顔を歌いながら顔を出します。

 続けて他のメンバーも顔を出し、複数の音が混ざり合って、心地よい響きになって美しく響きわたっていきます。


《愛されたくて、夢ばかり見てた、君の瞳、どうしたらいいの、何を見ているの、大好きな瞳、今この手で触れたい、夢ばかり見てた、涙の瞳、今この手で触れたい、渚の瞳》


 その歌は慰めの歌。シスターアイドルの十八番、ドエムも聞き覚えがある歌でした。

 橙色の長い髪で大人っぽいメトシェラが、歌いながらノアに近付いて、彼女の頬を優しく触り、見つめ合い、音楽はそこで止まります。


「メトシェラ……」

「ノア。話は聞いたわ。辛かったね」

「メトシェラ!」


 ノアは思わずメトシェラの胸に飛び込んでいました。

 それはまるで母親の様に、メトシェラはノアを抱擁して頭を撫でてあげました。その温かさに、ノアは今まで我慢していた涙が、溢れ出します。


 殺されてしまった両親と、姉と妹。彼らの笑顔が、ノアの脳裏に浮かびます。

 例え義理の家族だったとしても、優しくして貰えたという思い出は、胸にしっかり残っているのです。


 声を出してメトシェラの胸で泣くノアを前に、集まって来ていた王国兵士達も空気を読んで距離を取りました。

 そしてシスターアイドルのメンバー達が優しい眼差しを二人に向けていましたが、その内の一人、ケナンがドエムに話しかけます。


「やあやあ、ノアの王子様。危ない男からノアを守ってくれたらしいじゃん」


 そう言うケナンは、ピンク色のセミロングヘアーに大きな瞳、小柄だが活発な少女で、ファンからの人気も高い。


「任務だから……」

 と、ドエムが答えます。


「いくら任務ったってさ、一人の人間を守る為に、命張るなんて、なかなか出来ることじゃないっしょ」


 ケナンの後ろから、もう一人、黒髮の少女が顔を出します。


「あの……その……ブレイバーさん、ノアのこと……守ってくれて……その……あり、ありがとうございます……」

 と、緊張した面持ちで小さな声を出すのはイエレドといいます。


 ドエムは暗い表情のままそれぞれに軽くお辞儀をしましたが、その背中をもう一人の背の高い女性が背中を叩いてきました。


「しゃんとしな。あんたはノアを守ったんだ。もっと自信持って、これからも守ってやるって意気込みを態度に見せろや」


 そんな男らしい事を言ってくるのは、シスターアイドルで一番の男勝り、セトです。

 するともう一人の少女が、横から言いました。


「やめなさいセト。ブレイバーは気安く話し掛ける者ではありませんよ。敬わなくてはなりません」

「堅い事言うなよラルエル。あたしなりに激励してやってんだからさ」


 メトシェラ、ケナン、イエレド、セト、ラルエル。彼女達はノアと苦楽を共にした仲間で、シスターアイドル達です。

 ノアの感情も収まり落ち着いた事を感じ取ったメトシェラが、ドエムに向かって言いました。


「ブレイバーさん。ノアを守ってくれた事、感謝するわ。今日からは私達がノアを預かるから」

「え? そんなの危険だよ!」

「私達なら大丈夫。当てがあるの。貴方はブレイバーとして、責務を全うして、一人でも多くの悪を倒してくれればそれでいい」

「その子は危険な奴に狙われてるんだ」

「貴方達ブレイバーがいる限り、この世界に安全な所なんてない。危険な奴なんてごまんといる。そうじゃなくて?」

「それは……」

「私達だって、民衆の注目を集める仕事をしてるから、ストーカーがいたりして大変だったりするの。今回ノアの家族を襲った奴も、どうせ行き過ぎた奴の仕業。ノアは私達の家族なの。これ以上、この子に悲しい思いはさせたくない。私達がさせない」

「…………」


 その言葉に、彼女達の絆の強さを感じ取ってしまったドエムは何も言い返す事ができませんでした。

 すると、ノアが言います。


「もう私は大丈夫だから、貴方はブレイバーとして、平和の為に戦って」


 悔しそうに俯いてしまったドエムを置いて、シスターアイドルの六人はその場を去ります。茂みで隠れて演奏していた音楽隊も、人知れずその場を後にしました。


「キミはよく頑張った。またね」

 と、ケナンがフォローの言葉を掛けてくれました。


 ドエムは去り行く彼女達の背中を見送りながら思います。


(オスカ……僕は本当に……あの男に勝ったのだろうか……どうしたらいいか分からないよ)




 それからドエムはブレイバーズギルドに足を運び、そこでもう依頼主のいなくなってしまったノアの護衛任務をキャンセルしました。

 そしてドエムは次の任務を探しましたが、気力が起きず、結局何も受けずにギルドを出ます。


 そこからは、まるで職を失ってしまった人間の様に、ただ当てもなくフラフラと、ミラジスタの町を彷徨うドエム。

 彼は再び独りになってしまいました。振り返っても、そこにオールスカイはいません。サイカの姿も、マーベルやクロード、ルビーの姿もありません。


(サイカ。僕はどうしたらいいの?)


 そんな事を考え、空を見上げながら歩いていると、見覚えのある建物が目に入りました。

 宿屋エスポワール。かつてサイカ達と共に宿泊した事がある宿屋です。


 この時、彼は不思議な感覚に包まれました。

 あの時と変わらぬ建物。中に行けばサイカ達が居るのではないかも思えるほど、懐かしく思える建物を前にして、不安と孤独の中に差した温かな思いが芽生えたのです。


 ドエムは足が勝手に前へ進んで、そして宿屋の入り口のドアをゆっくりと手で押します。

 カランコロンと、入り口のドアベルが鳴った瞬間、ドエムを待ってたサイカ達の姿が見えた気がしました。


 しかし、そこにいたのは着物と割烹着を着た女性でした。


「いらっしゃいま……って、えええええっ!?」


 ドエムを見てなぜか驚く割烹着の女性は、よく見るとシスターアイドルのケナンでした。

 思わぬ少年の登場にケナンが大声を出してしまった為、カウンターの奥からもう一人の女性が顔を出します。


「なによケナン。いらっしゃいませも言えないの?」


 長い青髪に白ローブの女性は、ブレイバーサダハル。この宿で働いてるブレイバーです。


「ど、ども」


 ドエムはとりあえずお辞儀をして挨拶しました。


「貴方は……」

 と、サダハルは少し驚いた様子でしたが、すぐにカウンターから出て来ます。


「エムちゃん! なによ久しぶりじゃない!」


 気が付けば、サダハルに抱きしめられてるドエムでした。

 そんな展開に、更に驚かされる事になったケナンは聞きます。


「え、えっと……知り合い……なんですか?」

「そうよ。昔、お世話になった事があってね。エムちゃん、マーベルやルビーは元気にしてるかしら?」


 ドエムは答えます。


「あの王都での戦いの後、会ってなくて」


 それを聞いたサダハルは、途端に悲しい表情を浮かべました。


「そう。またみんなで来てくれるって信じてたのに、少し残念」

「戦争が始まって、サイカが目覚めなくなって、もう前みたいな旅はできないよ」

「……それもそうね。でも、エムちゃんが元気で良かったわ。今日は宿を探してここに?」

「え? あ、はい」


 思わず話を合わせてしまったドエム。

 今度は二人の会話を聞いていたケナンが、目をキラキラさせてドエムに食いついて来ました。


「サイカって、あの英雄サイカ!? キミ知り合いだったの!? マジ!?」

「えっと……それは……」


 サイカと知り合いだったというだけで、こうやって特別な目で見られてしまう事を嫌ったドエムは、その事をずっと隠して来ました。

 だからこそ、自分から「はい、そうです」なんて言えないドエムでしたが、サダハルが代わりに話を始めてしまいます。


「この子はね、サイカと一緒に旅をして、この宿にもしばらく泊まってた事があるのよ」

「マジか! ちょーすごい! イエレドがサイカの大ファンなんだよね! 教えてあげなくちゃ!」

「それはダメ!」

 と、ドエムは声を大にして言います。


「僕とサイカが一緒に旅してた事は……内緒にして欲しい。だって、サイカはもういなくて、サイカの栄光だけに照らされてる自分なんて、嫌だから」


 そう言って俯いてしまったドエムを見て、彼の気持ちを悟ったサダハルは、そっと彼の緑の髪を撫でました。


「分かったわ。ごめんね。この事はエムの気持ちが落ち着くまで、内緒にしましょ。いいわね、ケナン」

「えええっ!?」

 と、納得してない様子のケナンでした。




 それから詳しい話を聞いたところ、シスターアイドルの全員がこの宿屋でお世話になっている事が分かりました。

 ここは彼女達の『避難場所』でもあるそうです。その中、ケナンが率先して宿で働いていて、今日も働きに来ていた所、偶然にもドエムがやって来たのです。


 しばらくして、メトシェラに連れられてノアも宿にやって来ました。

 ドエムが先に居た事で、二人とも驚いた様子でしたが、偶然である事や、ドエムがサダハルと知り合いだった事などがケナンによって説明されました。


 事情を知ったサダハルが、ノアに部屋を提供し、案内しました。

 そしてサダハルがロビーに戻ってきた時、待っていたドエムは彼女に聞いてみました。


「どうして、彼女達がここへ?」

 と。


 サダハルはニコッと笑って答えます。


「なぜって、ここはエルドラドで一番安全な場所だからよ」

「一番安全?」

「用心棒がいるの。誰よりも強く、私の大好きな男がね」


 そう言われ、宿の中庭に足を運んだドエムは出会います。

 中庭を見下ろす様に、屋根で座る男。ドエムから見ると逆光で影になってしまっていますが、そこにいるのは黒フードと顔を隠す骸骨の仮面、フードの隙間から見える金色の鎧、ブレイバーエンキドでした。


(雰囲気で分かる。この人は強い。歴戦の勇者って感じがする)


 エンキドはドエムが来た事に気付き、目線を送ってきましたが、何も言ってきません。

 すると、ドエムの後ろを付いてきていたサダハルが言いました。


「彼は、世界中を飛び回って沢山のバグを倒して、沢山の人とブレイバーを救って、今ここで羽を休めてるの。私は、彼こそが世界最強のブレイバーだと思ってるわ」


 ブレイバーエンキド。彼との出会いも又、ドエムをまた一つ成長させるに至る大きな鍵となります。






【解説】

◆ノアの謎

 スウェンによれば、ノアは普通の人間ではないとのこと。

 彼女自身も自分が何処から来たのか、ミラジスタに来る前の記憶が無い事から、ヴァルキリーの十三槍に狙われる何らかの理由がある可能性が高い。


◆宿屋エスポワール

 かつてサイカ達と旅をしていた際に、長いことお世話になった事のあるミラジスタの宿屋。

 店主亡き今でも、ブレイバーサダハルが引き継いでおり、ブレイバーエンキドを用心棒として、経営を続けていた。


◆ブレイバーサダハル

 夢世界『ワールドオブアドベンチャー(MMORPG)』出身のブレイバーで、職業はアークビショップ。

 夢世界ではエンキドの相方として活動しており、半年前にあったデュスノミアバグとの戦いの末、ブレイバーエンキドと出会う事が叶っていた。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 長らく校正の真似事をして、申し訳ありませんでした。 すでに謝って済む量ではないことはわかっております。 ただただ、頭を低くしてご寛恕を願うばかりです。 以前、蛇=くちなわ、とTwitter…
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