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ログアウトブレイバーズ  作者: 阿古しのぶ
エピソード5
101/128

101.マイヒーローサイカ

 ブレイバーの絆は、本当に素晴らしいと私は思います。

 私も多くのブレイバー達の最期を見送り、時にはこの手で介錯する事もありましたが、それは自然の摂理と思っていました。しかし、彼女達は違った。理から外れ、自らの力で多くの困難を乗り越え、戦い続けた結果として、最悪の事態に遭遇した……と言うべきでしょうか。


 ブレイバーサイカは、本当に面白い子です。

 私は彼女を見込んで、僅かな希望を託しました。


 私ですか? 私は……失われた者。今はもう名乗る名前は無くなりましたので、好きにお呼びください。

 まずは此度、彼らにいったい何があったのかを貴方達に伝える為、語り部を務めさせて頂きます。


 手始めに、貴方達が異世界と認識している世界で起きた事件から、一つずつお話していきましょう。



 ※



 エルドラド王国、王都シヴァイ。

 融合群体デュスノミアバグとの大戦に勝利してから数日、人とブレイバーによる復興作業が進んでいました。


 千三百人に及ぶ戦死者を慰める慰霊碑の前で、一人の少年がいました。

 草木の若葉の様に美しい緑髪を風に揺らし、両手に大きな杖を持って、ただじっとそこに立っています。


 彼は沢山の名前の中から、刻まれたミーティアの名前を見つけて、彼女との記憶を思い返すと、一緒にサイカの事も思い出してしまう。

 彼はこの戦いにおいて、自分の弱さを痛感したことで、その表情は険しく、その瞳は悲しみに染まっていました。


(僕がもっと、もっと強ければ。みんなを守れた)


 彼は決意しました。

 慰霊碑に背中を向け、その場を去るその足は、王都の外へ向かいます。


 彼の名はドエム。

 これからお話するのは、一人の少年がブレイバーとして奮闘する物語になります。お聞きください。




 ■ ■ ■ ■




 ドエムが王都を出て、半年の月日が流れました。

 アリーヤ共和国から迫るバグの軍勢により、いくつかの国が滅ぼされ、強固な国だけが残り、そして世は冷戦状態となっています。


 そんな中で、エルドラド王国の隣国、オズロニア帝国は機械ブレイバーの軍勢でアリーヤを攻めましたが、あと少しで首都キロザヴィルに到達する所で、クロギツネと遭遇。

 プロジェクトサイカスーツの機動力とバグ化による驚異的なパワーを前にして、オズロニア帝国が誇る主力ブレイバー部隊は全滅してしまいました。

 ブレイバーロウセン数十体に匹敵すると思えたブレイバー部隊が全滅した知らせは、全世界の戦う国々に衝撃を走らせました。それほどバグの巣となったアリーヤは、圧倒的な戦力をまだ抱えているという事になります。




 オズロニア帝国のブレイバー部隊がアリーヤ攻略に失敗したと、そんな噂がミラジスタの町に出回り始めた頃。

 少年ドエムは、この町のブレイバーズギルドから依頼を受け、多くの人で賑わう大聖堂にやって来ていました。


 そこではミラジスタの名物でもあるシスターアイドルのコンサートが行われていて、大聖堂に設けられた巨大な舞台の上で、少女達がお洒落な修道服を纏って、歌って踊っています。

 鳴っているのは打楽器と弦楽器、鍵盤楽器や管楽器による色取り取りな音色。響くのは美しい少女達の歌声。人々はそれを観て聴いて、時には自分達も踊って、楽しんでいます。中にはブレイバーの姿もありました。


 不思議な光景だと思いますか。

 そうですね。戦乱の世にこんな娯楽が流行っているのは、可笑しな事なのかもしれません。私が生きていた時代には、この様な行事は行われていませんでした。


 始まりは、一人の見習いシスターである少女が、大聖堂で歌を披露して人々を惹きつけ、それが町の活性化に繋がった事でした。

 今では六人に増えたシスターアイドルの中心で、一際輝く銀髪の小柄な少女がその張本人です。


 美しく元気な歌声を披露する彼女の名はノア。民衆の心を掴み、シスターアイドル誕生の切っ掛けを作った少女になります。


 彼女はバグを引き付ける不思議な体質があり、何度かバグに襲われたそうです。そんな彼女の護衛任務が、今回のドエムに与えられていました。

 今日の公演が終わり、ファンに手を振りながら舞台の裏へと去っていくノアと、観客スペースの隅にいるドエムは目が合い、互いに少し微笑みます。


 退場する民衆の流れに逆らって、一人の青年ブレイバーがやって来ました。


「エムさん!」


 彼の名はオールスカイ。ドエムとは一ヶ月ほど前に知り合い、行動を共にしている新米ブレイバーです。

 ドエムは彼の事をオスカという愛称で呼ぶ事にしてます。


「オスカ。ダメじゃないか、君は外の見張りをしてくれないと」

「問題無しっすよ。大体、ノアちゃんが狙われるのは夜なんすから、そんなに警戒しなくても良いじゃないっすか」

「それはそうなんだけど……」


 大聖堂の控え室に向かって歩くドエムに、オールスカイは付いていきながら言います。


「エムさん。あの英雄サイカと一緒に旅してたってマジっすか?」

「何処でそれを?」

「さっき王国警備が教えてくれたんすよ」

「……僕じゃないよ。たぶん人違いじゃないかな」

「ええー!? なんだよ期待させやがって」

「眠りの英雄は、一人でずっと強かったって聞いてるよ」

「そうそう。その、サイカはずっと眠ったままって本当なんすかね」

「うん。僕も聞いた話だけど、サイカの身体は何処かで大切に保管されているらしい」

「へぇ。でも、いつかサイカが眠りから目覚めたら、バグとの戦争もあっと言う間に解決するんじゃないっすか」

「そんな簡単なものじゃないよ。この戦争は」


 大聖堂の見張りをしているブレイバーや修道女に挨拶をされながら、ドエムとオールスカイは奥にある部屋の前まで足を運ぶと、中から先ほどまで舞台の上で踊っていたノアが出てきました。

 舞台衣装から私服に着替えたノアは、ドエムの顔を見るなりこんな事を言います。


「護衛はいらないって言ったのに、なんでこんなとこまで入ってくるの?」

「ギルドからの依頼だから」

 と、ドエムは答えました。


 先ほど舞台上から笑顔を送ってきたのは、彼女にとってアイドルとしての建前の様な物だったのです。本当は、ドエムがこの場にいる事を嫌がっていました。

 ノアはドエム達を置いていくつもりで早足を進めながら言います。


「心配性のお父さんが勝手に依頼しただけで、迷惑なのよ。ブレイバーは嫌い」


 ドエムはノアを追いかけながら説明します。


「キミがバグに何度も襲われてるから、ご両親は心配してるんだよ」


 ノアは振り返り、

「バグに人が襲われる事は当たり前! 貴方達ブレイバーは、みんなを守るべきで! 私だけ特別なんていらないって言ってるの! 分かってよ!」

 と、厳しい口調で言い放ちました。


 そしてまた一人で先に歩いて大聖堂を出て行ってじうノアの背中を見て、オールスカイは言います。


「もうやめた方がいいんじゃないっすか。ギルドに行ってキャンセルしちゃいましょうよ」

「いいや、それはダメだよオスカ」

 と、ドエムはノアを追いかけ、オールスカイも不本意ながら付いて行きました。




 バグと呼ばれる化け物は、人間を襲います。

 バグはブレイバーしか倒す術がありません。

 バグはブレイバーの成れの果てとされて来ました。




 ノアの言う通り、彼女は人間だから偶然にもバグに襲われたのでしょうか。人間よりも圧倒的に強い力を持つバグに襲われて、奇跡的に何度も逃れる術が、彼女にあったのでしょうか。

 それだけが、ドエムの気掛かりでした。


(何か嫌な予感がする)


 ドエムはそう思いながら、護衛を嫌がるノアの護衛を続けます。




 来る日も来る日も、何も起きなくても、ドエムとオールスカイはノアの側を離れませんでした。シスターアイドル達の十八番とされる歌の歌詞を全て覚えてしまうほど、ドエムとオールスカイは大聖堂に通いました。そんな日々がしばらく続いたある日の夜。

 王都の方でバグの大群が現れ、また戦いが始まったという知らせを受け、ミラジスタからも多くのブレイバーが部隊を結成して慌ただしく出発していました。


 少しでも民衆の不安を取り除こうと行われたシスターアイドル達の夜間公演。

 ドエムとオールスカイは大聖堂の外で、町の外に向かって歩くブレイバー達を見送っていると、オールスカイはドエムに言います。


「エムさん。ほんとに俺達、こんな事してていいんすかね」

「…………」

「あれから何も起きてないっすよ。こんなの無駄じゃないっすか? こんなんだったら、お国の為に戦地に出向いた方が……」

「戦場に行ったって、僕達に出来る事なんて限られてるよ。弱いブレイバーは足手まといだから、強いブレイバーに任せるしか無いんだ」

「……何かあったんすか?」

「自分の無力さを、誰よりも知ってるってだけさ」




 夜間公演が終わり、大聖堂から出てきたノアは、ドエムの顔を見るなりしかめっ面になりました。

 それは民衆の為に、笑顔で歌ってる彼女らしからぬ顔であり、ドエム達にしか見せない表情です。


「まだいたの? ブレイバーはみんな戦争に出てるのに、この臆病者!」


 そんな事を言いながら、さっさと歩みを進めるノアに二人のブレイバーは静かに付いて行きます。

 ノアもノアで、その状況に慣れて来ているのか、呆れて物も言えないのか、それ以上小言を言う様な事はありませんでした。


 大聖堂から歩いてノアの家に向かう途中、ノアは独り言の様に言いました。


「私は養子なの。私は拾われて……貴方達に依頼した両親も、家にいる姉も弟も、みんな本当の家族じゃないんだから」


 それを聞いたドエムはノアに質問します。


「キミは何の為に歌ってるの?」

「歌うのが好きだからよ」

「キミの親は、キミの事を心配してた。本当はあまり外を出歩いて欲しくないって。それでも、キミが好きな歌を少しでも守ってやりたくて、僕達に護衛を頼んで来たんだ」

「知った様な口を言わないで!」

「本当だよ。ギルドで話したんだ。キミのご両親と。キミは愛されてる。大切にされてる」

「そう言って、今まで私の護衛をしたブレイバーはみんな消えたのよ!」


 ノアはドエムを睨み付け、そして何も言い返さずに背中を向けて歩いて行ってしまいます。

 前にもブレイバーが護衛についた事があるというのは、ドエムにとって初耳の情報でした。


「エムさん。そんなこと言っても無駄じゃないっすか。あの子、たぶん人間の反抗期ってやつっすよ」

「……行こう」


 それでもドエム達は、ノアを追いかけました。




 やがてノアの住む大きな屋敷に到着すると、敷地に入る大きな門をノアに閉められてしまいます。

 これもいつもの事で、ドエムとオールスカイは門の前で待つ事にしました。


 オールスカイは大きな欠伸をして、座り込み、そのまま眠りにつこうとします。

 ドエムも少し眠気に襲われてはいましたが、ここはぐっと我慢して、周囲の警戒を怠りません。


 そんな時でした。


「きゃああああああ!!」


 中に入ったノアの叫び声が聞こえ、オールスカイは慌てて起き上がる事となります。

 ドエムとオールスカイは顔を合わせ頷くと、塀を飛び越えて中に入り、広い敷地の奥にある屋敷へと向かいました。




 その先で二人を待っていたのは、惨劇の現場。

 壊れた玄関扉、割れた窓、建物内で火災が発生しているのを見ました。中では家具が破壊され何かが暴れる物音が聞こえ、手と顔に血が付着したノアが外に駆け出して来ました。


「助けて! 助けてぇ!」


 先ほどまで敵対的であったノアが、ドエムに駆け寄ってきて助けを請いて来ました。それほど、中で酷い目にあったのでしょう。

 何があったのか、それを聞く暇も無く、元凶が現れます。中から漆黒の剣を持った男が、返り血を浴びた状態で出てきたのです。


 男は細身で黒髮、瞳は赤く光り、手には少し変わった形をしてる黒い剣。

 手についた血を舐めながら、そして笑っていました。その顔には、この世界で十三を意味する数字記号が記されているのが分かります。


 その男に酷く怯えたノアは、ドエムの背中に隠れました。

 刻一刻と炎が燃え広がっていく屋敷を背中にした剣の男は、ドエムに向かって言います。


「その娘を渡せブレイバー」


 ピリピリと肌に伝わってくる威圧感。風に乗って漂ってくる焦げ臭さと、血の臭い。肌を刺激する火災の熱風。

 ドエムは全身が恐怖で震えながらも、杖を構え、そして聞きました。


「中にいた人達はどうしたんだ!」

 と。


「全員殺したよ。その方が手っ取り早いと思ったからな」


 その残酷な言葉に、ドエムは更なる恐怖感に襲われながら、同時に考えます。


(人間か……それともブレイバーなのか……)


 見た目だけでは判断できませんでした。

 男で武器を持っているという特徴だけでは、どちらの可能性も有り得ます。ただ、眼が青く光っているその様は、かつて見た事のあるキャシーの姿がドエムの脳裏に浮かび、なぜか彼と重なります。


 怖気付くドエムを横目に、オールスカイが手に剣と盾を召喚しながら前に出ました。


「人間だろうがブレイバーだろうが、殺人の罪に優劣は無いっすよ。何者かは関係無い。悪なら倒す。それがブレイバーのお役目っす」


 オールスカイが戦闘態勢に入ったので、男も剣を構えます。


「俺はヴァルキリーに選ばれた十三槍の一人。ブレイバー如きが、この俺に勝てると思うなよ」


 自信満々でそんな事を言う男を前に、ドエムは嫌な予感がしました。


「オスカ、逃げよう」

「何言ってんすか。楽勝っすよ、こんな奴」


 オールスカイはそう言い残し、ドエムの心配を無視して前に走り出しました。

 それを見てドエムは咄嗟に夢世界スキル《風の加護》をオールスカイに付与した事で、オールスカイの速度が一気に増します。


 オールスカイは盾で体当たりをかましてから、片手剣で斬る。十三の男は体当たりを耐えて、剣で剣を弾く。それからオールスカイは風に乗って周囲を飛び回りながら波状攻撃を仕掛け、十三の男を翻弄します。

 しかし、十三の男はオールスカイの攻撃全てを軽々と弾き、言い放ちます。


「勝てる相手かどうかくらい見極めろよアホが」


 十三の男は再び構えました。

 それを見てオールスカイは、夢世界スキル《ダブルスマッシュ》で強烈な二連撃を叩き込みます。


 その瞬間、十三の男によるカウンター攻撃で、オールスカイの剣を持つ右腕が宙を舞い、そして背中から斬られていました。

 オールスカイが驚く間も無く、そのまま胸部を刺されてしまいます。


 そうなると黙って見ていられないドエムも、十三の男に後ろから杖で殴り掛かっていました。


 十三の男はすぐに反応して、その杖を避けつつ、膝蹴りをドエムの鳩尾(みぞおち)部分に衝撃を与え、彼を吹き飛ばします。

 唾を撒き散らし地面を転がるドエムは、立ち上がって夢世界スキル《ウインドカッター》を発動。自分の周囲を守る風の刃を生成させながら、更に夢世界スキル《ブラスト》で大きな風の刃を飛ばしました。が、十三の男はそれを斬る事で相殺。


「どっちもへなちょこブレイバーだな!」

 と、十三の男は消滅には至っていなかったオールスカイの胸部をもう一度刺してコアを破壊。


「オスカッ!!!」


 ドエムは彼の名を叫びましたが、その声も虚しく、オールスカイは消滅してしまいます。

 そして十三の男はドエムの方を向き、剣を構えます。


(オスカがやられた!? ……この身体能力、間違いなくブレイバーじゃないか! しかも強い! 僕に勝てる相手じゃない!)


 ドエムの頭には逃げの一手が思い浮かびます。ですが、先ほど逃したはずのノアがその場に戻って来てしまった事で状況が変わります。


「ブレイバーさんも逃げて!」

 と、ノアが言ってくるので、ドエムは怒ります。


「なんで戻ってきた! 逃げて!」

「だ、だって!」


(嫌われてると思ってたけど、僕の事を心配して戻って来てくれたのか)


 ノアが戻って来たのを見て、十三の男は言いました。


「逃げても無駄だ。俺からは逃げられない。邪魔する奴は全員殺すだけのこと。でもまあ、今日は気分がいいから、少し遊んでやるよ」

 と、男は身体の周りで剣を手回しして、持ち直します。


(なんなんだこの男! ヴァルキリーに選ばれた十三の槍? そんなの聞いた事がない。こんな危険な奴がこの町に紛れ込んでたのか!)


 ドエムの心の動揺など置いてけぼりで、戦闘はすぐに再開されました。

 十三の男はドエムの事を格下と見ており、まるでカカシを斬って遊ぶかの様に、素早い剣撃を繰り出して来ました。


 ドエムを守護する夢世界スキル《ウインドカッター》の刃は、男に擦り傷程度しか与えられません。そして相手の攻撃が速く、ドエムの目では十三の男の動きを目で追えませんでした。それでも彼は、必死に手に持っている杖を振るいます。

 もちろんそんな攻撃はしっかりと避ける十三の男は、ドエムを斬り刻み、最後はもう一度腹部に蹴りをかましていきます。


 ドエムは傷だらけで地面を転がり、両腕を斬られた事で、上手く杖が持てなくなりました。それどころか立つ事もできず、傷口から流れる血が止まりません。


「く……そ……」


 十三の男は動けなくなったドエムの顔を蹴り飛ばし、一言。


「雑魚が」


 そして十三の男はドエムにトドメを刺そうとはせず、少し離れたところで腰を抜かして動けずにいるノアに向かって歩こうとしました。

 ドエムは手を伸ばしてその片足を掴み、十三の動きを止めます。


「行か……せないッ!」


 十三の男はその手を踏みつけ、ついでにドエムの腕に剣を突き刺しました。その痛みにドエムは泣き叫び、手を離してしまいます。

 更にドエムの顔をもう一度蹴った十三の男は、言いました。


「お前みたいな弱者は、バグに喰われて野垂れ死ぬのがお似合いだ」


 十三の男はそう言い残し、ノアの元に行くと、抵抗する彼女を無理やり肩に担ぎ上げました。

 ドエムは身体中に激痛が走って動けず、痛みと悔しさで涙が止まらず、ノアが連れ去られる所を見ている事しかできません。


(誰か……誰か……助けて……あの子を、誰か……)


 騒ぎを聞きつけて、誰かブレイバーが駆け付けて来てくれていないかと、ドエムは考えます。ですが、その気配も感じられません。

 ノアは十三の男に抱えられながらもその小さな体で抵抗しながら、ドエムに向かって届かない手を必死に伸ばして叫びました。


「軟弱者ぉ!」

(体が痛くて動かない)

「助けてよ! 助けて!」

(また僕は何もできないのか……また失うのか……)

「助けて! エム!」


 ドエムは初めて、ノアに名前を呼ばれました。その時、彼女から目に見えない風が吹いて来た気がして、ドエムの全身を蝕んでいた痛みが消えた感覚がドエムにはありました。

 ノアの声はしっかりとドエムの耳に残り、彼の勇気と根性の灯火となりました。


(……しっかりしろ僕……僕の英雄なら、こんな時どうする……痛みなんて関係無い! 困ってる人を助ける為に、最後の最後まで、諦めない! 絶対に! サイカなら! 諦めないッ!)


 彼の頭に浮かぶのは、どんな強敵を前にしても屈せず前に出る忍び少女の姿でした。


 ドエムは悲鳴を上げる腕を、足を、無理矢理動かして、立ち上がります。杖をもう一度持って、立ち上がります。

 十三の男は、振り向き少し驚いた表情を見せました。絶対に動けないほどズタズタに斬って、心を折ったはずなのに、少年ブレイバーが立ち上がってきたからです。


 それは男にとって予想外であり、そして腹立たしいとさえ思える行為でした。

 十三の男は担いでいたノアを乱暴に地面に放り投げ、剣を構えます。


「そんなに死にてぇなら、殺してやんよ。かかってこい雑魚ブレイバー」


 この時、十三の男はドエムから放たれる白いオーラが見えていました。


(なんだ……あの少年から妙な気配が……夢世界スキルか……? それにあの杖、なぜ奴は杖で殴ろうとして来た。そんな武器には見えない。あれで殴る事に意味があったのなら、杖に何か仕掛けがあるという事か)


 十三の男は勘が鋭い男でした。彼はこの少しの間に、ドエムの行動から杖の秘密に勘付いていました。

 ドエムも自分よりも戦闘力の高い相手を前に、どうやって勝つか思考を巡らせます。


(あいつは僕の攻撃動作を見て、先読みして回避してた。動きは速いけど、サイカほどじゃない。落ち着け。冷静に相手の裏をかけ。僕は今まで、もっと強いブレイバーを見てきた。もっと強いバグを見てきた。相手が何者だろうと関係ない。この杖で殴る事さえ出来れば勝てる!)


 先に動いたのはドエムでした。

 自身に夢世界スキル《風の加護》を付与して、前に走る。同時に夢世界スキル《ブラスト》で風の刃を飛ばして、十三の男がそれを剣で斬った瞬間に飛び込みます。


 十三の男が振るった剣と、ドエムの杖が衝突しました。

 尋常ではない衝撃が、剣を弾き飛ばし、十三の男の片腕がそれに持っていかれそうになります。男は体勢が崩れ、大きな隙が生まれました。


(ここに! 捻じ込むッ!)


 ドエムは体を回転させながら、杖を両手に十三の男の脇腹を思いっきり殴りました。

 周囲の空気を震わす衝撃波と共に、男は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、何度か跳ねて、そして転げ回りました。


「ぐはぁっ!?」


 ドエムは今が好機と見て追撃。大きく跳んで、倒れてる男に真上から攻撃を仕掛けます。

 ですが、十三の男は肌を黒く染めてバグ化。その杖を左腕で受け止めようとしますが、強烈な打撃でその腕が地面に落とされます。


「こいつッ!」

 と、男は右腕でドエムを殴り飛ばす。


 ドエムは受け身を取って着地。もう一度杖を構えました。

 今の攻撃を受けて、十三の男は姿をバグに変貌させながら言います。


「その杖! どうなってやがる!」


 しかしドエムは何も答えません。それどころか、バグ化した相手に怯む事なく、再び前に走り出しました。

 十三の男バグは落としてしまっていた剣を拾い上げつつ迎撃。ドエムとバグ男の壮絶な攻防が繰り返される事となりましたが、ドエムは再び殴り飛ばされる結果となりました。


 今度は十三の男バグが追撃。男はドエムを確実に倒すつもりで技を放ちます。


「この技を避けた奴はいない! 黒龍の一閃! 黒炎!」


 十三の男バグの黒い剣に、黒い炎が纏い、ドエムに迫る。

 その時、ドエムの耳にノアの声が聞こえました。


「負けないでぇー!!!!!」


 再びドエムに力が湧き上がります。

 十三の男バグによる必殺の一撃が、スローモーションになった様に見え、そしてドエムの頭に夢世界スキルでは無い新たな技が思い浮かびました。


「グランドテンペスト!」


 ドエムは相手の斬撃をその身で受け止めながら、本能に従って杖で地面を叩きました。

 すると地面から巨大で鋭い岩が飛び出して、十三の男バグを襲います。咄嗟に避けようとする男を、周囲に同時発生した風圧が動きを封じ、尖った岩が突き刺さります。


(こいつ……ッ! さっきと動きが違う!)

 と、男は宙に持ち上げられたと思えば、ドエムは高々と飛躍します。


「僕が憧れたあの人は! もっとずっと、強かった!」


 両手でしっかり持った杖で、岩が刺さって動けなくなった十三の男バグを、頭上から地面に叩き付ける様に殴る。ドエムの渾身の一撃。

 岩が砕け、男バグは巨大な鉄槌に潰されるかの如く、地面へ衝突。その攻撃によってバグ化が解けた十三の男は、白目をむいて動かなくなりました――――




 ――――十三の男は、思い出します。

 彼は、バグの力を手に入れる前、名の知れた剣士でした。黒龍剣の使い手で、戦争時代に活躍していましたが、恐るべき力を持つブレイバーを前に敗北。


(悔しい……悔しい……まだ死にたくない……まだ俺は戦える……)


 屈辱に苛まれ、地を這いつくばり、生死の境を彷徨った挙句、彼の目の前に現れたのは……それはそれは美しいバグでした――――




 地面に着地したドエムは、

「勝て……た……?」

 と、力尽きてその場に倒れてしまいました。


 限界を超えて、自分よりも強い相手に一撃を浴びせたドエム。

 真っ暗になっていく意識の中で、着々と集まってくる王国警備隊の兵士達と、駆け寄ってくるノアの姿を見ました。


(良かった……ごめん、オスカ……僕がもっと……強……ければ……助け……)




 気絶してしまったドエムを抱えて泣いているノアの横で、いつの間にかその場に現れた男が一人いました。

 カウボーイハットを深く被り、赤いストールで口元を隠した男は、倒れている十三の男の脈を調べ、そして独り言を言いました。


「死んでる……か」


 少し残念そうにそう言いながら立ち上がり、ノアの所に歩み寄って来たので、ノアは怖がって泣きながら睨み付けます。


「おおっと。そんなに怖がらなくていいよお嬢ちゃん。俺は君達の味方だ。まだ奴の仲間がいるかもしれない。この近くに知り合いの空き家があるから、まずはそこに逃げよう」

「だ、誰ですか貴方!」

「俺か? 俺はスウェン。その少年ブレイバーの……まあ、顔見知りだ。君がノア・サリアで間違い無いな?」

「どうして私を?」

「話は後にしよう。騒ぎで人が集まってくる。後始末は王国兵士に任せて、ここを離れよう。少年は俺が運ぶ。いいな?」


 ノアは混乱する頭で、ドエムの顔と、スウェンと名乗る男の顔を交互に見て、少し悩んだ後、コクリと頷きました。




 今日この時、一人の少年ブレイバーと、銀髪の歌姫と、元テロリストの男が出会いました。

 不思議な因果で結ばれたこの三人の出会いは、新たな物語の始まりとなります。







【解説】

◆ブレイバードエム

 夢世界『ラグナレクオンライン(MMORPG)』出身のドエムは、三十年以上も夢主と共にゲーム世界にいた記憶を持つ少年ブレイバー。

 眠りの英雄サイカと旅をした経験もあり、彼の心の原動力は、あの日見た彼女の勇姿だった。

 ドエムの杖は、強敵を殴る事に特化されている特殊武器で、魔法使いの職でありながら魔法攻撃力は弱め。そんな彼は風による補助魔法を得意としている。


◆ノア・サリア

 美しい銀髪の少女は、ミラジスタが誇るシスターアイドルグループの大人気歌姫。彼女がシスターアイドルと言う文化を作った張本人であり、ミラジスタの民から愛されていた。

 彼女はバグに度々襲われていた為、ブレイバーに護衛の任が与えられていた。


◆ブレイバーオールスカイ

 ドエムと同じ夢世界『ラグナレクオンライン(MMORPG)』出身のブレイバーで、ドエムがミラジスタを訪れた際に知り合った。

 お互いに同じ夢世界出身な事から、すぐに意気投合し、彼はドエムをブレイバーの先輩として慕っていた。

 剣と盾を使う堅実な戦闘スタイルを得意としていたが、十三の男を前に敗北。消滅してしまった。


◆十三の男

 黒龍剣の使い手として、戦争時代に活躍していた名のある剣士だった。

 ブレイバーに敗北後、美しいバグに命を救われ、十三槍として活動していたが、ドエムに負け『死亡』した。


◆スウェン

 かつてミラジスタでテロ事件を起こし、騒ぎを起こした事のある男。王都の牢獄から脱獄し、その後は行方不明となっていた。


挿絵(By みてみん)

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