10.初心者サポート
その日、世界の歯車が少しずつ狂い始めた。
明月琢磨が出勤をする朝、立ち寄ったコンビニにてATMやレジでシステム障害が起き店員が大慌てしている所に遭遇した後、駅に行けばそこでもシステム障害により改札前で大勢の人が立ち往生していた。どうやら復旧の目処は立っていないらしい。
スマートフォンでツイグラムの情報を見ると、世界中でシステム障害が頻発している事がわかった。
新型のコンピューターウイルスのサマエルは、インターネット上を徘徊する生き物の様にあちらこちらへとシステムに介入して暴れている。
これはサイバーテロではないかと言う説や、政府が極秘に開発したAIが知能を持ち暴走している説など、様々な憶測や噂も飛び交っていた。
テレビ番組でも大々的にこの件に関して情報発信される様になっており、琢磨もここに来て只事ではない事が起きていると気付き始めた。
電車が使えないので、タクシーを使おうと考えたが案の定タクシー乗り場には長蛇の列が出来ている。
台風が来た時に同じ様な状況になり、会社に電話をして有給休暇を取った事を思い出した琢磨はスマートフォンを操作して会社に電話をする事にした。
「明月です……はい、そうです……電車が動いてないのでお休み頂こうかと……はい、すみません」
電話に出た上司の様子からすると、どうやら交通機関の麻痺で休む人が多発しているらしい。
飯村彩乃はどうしているのかと彼女の顔を思い浮かべた琢磨が再びスマートフォンを手に取ると、彩乃からメッセージが届いた。
【なんか電車動かないみたいなんで、会社休みました!】
メッセージのすぐ後にテヘペロと舌を出した可愛いスタンプ。
琢磨は返信を入力する。
【WOAやる?】
勿論と言ったスタンプがすぐに返ってきた。
駅から自宅のアパートまで帰る間、ツイグラムでWOAに問題が起きていないか情報を調べたが、特に何も起きていない様だ。
念の為、WOAのアプリも起動できる事を確認する琢磨。
すると、シノビセブンの仲間の一人であるオリガミからメッセージが来ていた。
【サイカ! 今日から首都対抗戦だよ! 早く会いたーい】
メッセージの内容はともかく、今日から首都対抗戦が始まる事をすっかり忘れていた琢磨は、彩乃と遊ぶと言う約束をしてしまった事に後悔の念が押し寄せる。
*
首都ゼネティア、職業紹介所前。
盗賊に転職したアヤノが嬉しそうに出てくると、ベンチに座りメッセージを入力しているサイカに駆け寄り、
「じゃーん! どうでしょうか!」
と新しい服装を見せびらかす様にくるりと回転した。
「げっ、盗賊にしたのか。ちゃんと調べた?」
亜人族に続き、又しても扱いが難しい盗賊を選んだアヤノにサイカは呆れ顔になる。
「直感で決めました! かっこよくないですか?」
「ちょっと待ってね。このメッセージ送信したらステとスキルの上げ方調べるから」
サイカはメッセージの続きを入力して送信した。
「なんか今日はずっとメッセージ入力してますけど、なにかあったんですか?」
「ちょっと今日からイベントがあってね。その会議みたいなもの」
「イベント!? お祭りですか!?」
目をキラキラさせて食い付いてくるアヤノ。
「そんな綺麗なもんじゃないよ。わかりやすく言えば戦争みたいなものかな」
「おお!なんかかっこいいですね!」
「僕も多分参加する事になるけど、集合は夕方からの予定だから。それまでアヤノ……さんに付き合うよ」
「先輩年上なんですから、呼び捨てでいいですよ!」
メッセージを送信したサイカは立ち上がり、
「さ、とりあえず行こうか」
と言うと、待ってましたと言わんばかりにアヤノは先に歩き出した。
「さぁ! 今度こそあのコボルトをケチョンケチョンにしてやりますよー!」
「転職するとレベル一に戻ってるからね」
「あ、そうだった……」
「でも見習いよりはステも高くなってるはずだから、戦いやすくなってると思うよ」
こうしてニ人は町の外に出ると、再びスライム狩りから始めた。
かなり戦い方に慣れたアヤノは、次々とスライムを倒しあっと言う間にレベル三となる。
岩の上に座り、そんなアヤノを見守りながらも、亜人族の盗賊について調べるサイカ。
亜人族。この種族のステータスの上がり方はかなり極端で、STRとVITがとにかく高くなるが、他のステータスがかなり上がり辛い。盗賊はAGIとDEX、少しのLUKが上がっていく職業。
「ふむふむ。案外バランス良いのかも知れないな」
とアヤノの直感に感心するサイカ。
「先輩たすえてぇぇーー!」
アヤノがまたコボルトに追われている為、サイカはナイフを投擲してコボルトを倒した。
「た、助かったぁ」
HPが一割を切ったアヤノは、ポーションを飲もうとする。
そこで自分の身体と角が赤く輝いている事に、
「なんですかこれ」
と自身の身体の変化を不思議そうに見回すアヤノを見てサイカが説明する。
「それは亜人の狂気モードってやつだね。亜人族はHPが低くなるほど防御力が下がり、攻撃力が上がる特徴があるけど、一割を切るとその効果が倍増するんだ」
「なるほど」
アヤノはHPを回復せずに、近くのスライムを短剣で切ると、今まで三回斬らないと倒せなかったスライムを一撃で倒した。
これが亜人族の扱い難さを際立てている理由だが、使い方次第では悪くないかも知れないと、サイカはその姿を見て感じた。
アヤノはあえてHPを回復せずに、次々とスライムを斬る。アヤノは亜人にしかできない効率を編み出したのだ。
着々と経験値を稼ぎ、レベルも五になろうかと言う所で、アヤノは死角からスライムに攻撃され、
「あっ……」
と倒れた。
安心して見ていたサイカは唖然とした後、やれやれと言った素振りを見せ立ち上がり、復活地点であるゼネティアの教会に向けて歩き出す。
初心者のレベル上げの手伝いには、いくつか方法がある。上級者がモンスターのターゲットを持ち、安全に倒すやり方。そして、パーティーを組んで経験値分配システムを利用した強制的にレベルを上げるやり方。だが、どのやり方もMMORPGの楽しみを奪ってしまうとサイカは考える。だからこうして、アドバイスはするが、自分で倒して貰うと言う方法を取っているのだ。それが正解かどうかはサイカにもわからない。
教会に行くとアヤノがよたよたと中から出てきた。
「先輩〜。なんか走れないんですけど〜」
「衰退効果だよ。一時間は解除されないし、たぶんその状態だとスライムにすら勝てない」
「え〜なんですかそれ〜」
「それだけこのゲームでの死は重く設定されてるって事さ。まぁ、一時間休憩だね。とりあえず市場にでも行こう。何か掘り出し物があるかもしれない」
ニ人は市場通りに向かい歩き出す。
その時、サイカの画面にノイズの様な物が走った。
『ミ……ティア……どう……して……』
ハッキリとは聞き取れないが、女性の声がした。
サイカは慌てて周りを見渡す。
「どうしました?」
とアヤノ。
「今、声が聞こえなかった?」
「声? なにも聞こえなかったけど」
「何かのイベントフラグかな。まあいっか」
サイカは気にしない事にして、歩みを進めた。
それから市場で初心者用の盗賊装備を調達して、訓練所でアヤノのステータスとスキル振りを行い、あとは小一時間ゼネティアの町を散策して楽しんだ。
まるでデートの様で、途中でそれに気付いたサイカは少し恥ずかしい気持ちになる。
やがてアヤノの衰退効果は切れ、意気揚々と外へ飛び出すアヤノ。新しい短剣を振り回し、スライムを次々と倒していく。
覚えたばかりのスキル、《スティール》を使いスライムからアイテムを盗む事も覚え、あっと言う間にレベル五となった。
満面の笑みでサイカにピースをするアヤノ。
サイカは親指を立てて良くやったと返す。
アヤノはポーションを飲んでHPを回復すると、今度こそコボルトに勝つためコボルトと戦い始める。
避けるのも達者になり、コボルトの攻撃を避け、一度も攻撃を受ける事なく倒して見せた。
「ほうほう、あの子なかなか見込みがありますなぁ」
いつの間にかサイカの横に座っていたワタアメの発言にサイカは、
「うわっ! なんだワタアメさんか」
と驚くサイカ。
「やっほー。初心者サポートとは珍しいね」
「なんでこんな所にいるの。ウエスト砦の防衛リーダーなのに」
「それはこっちの台詞。シノビセブンのエースがこんな所でサボっちゃってさ」
「ギルドってわけじゃないんだから、いいんだよ」
そんな会話をしていると、人が増えた事に気付いたアヤノがモンスター退治を中断して近づいてきた。
「こんにちはー。先輩の知り合いですか?」
「あーうん。こちらワタアメさん」
「はじめまして! アヤノです!」
そう挨拶するアヤノを見たワタアメは、額から生える二本の角や褐色肌を見て、
「おー! 亜人ちゃんか! 珍しいね!」
と獣人族特有の尻尾を振りながら喜んだ。
「亜人で盗賊って僕にはサッパリなんだけど、どう思う?」
「んー、いいんじゃないかな。ねえアヤノちゃん。良い短剣あるんだけど、あげよっか?」
初々しいアヤノを見て嬉しそうにそう言うワタアメに、サイカは慌てて止めに入る。
「ダメダメ。身の丈に合わない装備あげるのは無し」
「えー、どうしてぇ? 早くレベル上げて一緒に遊ぼうよ」
「そう言う考えも有りだと思うけどさ。極端な話、最初から伝説の剣持ってスタートするRPGなんて、多くの楽しみを失ってる様なものじゃん」
上級者特有の会話に首を傾げるアヤノであった。
するとサイカとワタアメへ同時にメッセージが届き、通知音が鳴った。ニ人はそのメッセージを確認すると、揃って目を丸くした後、ワタアメが立ち上がる。
「こりゃ、サボってる暇なくなっちゃったね」
続けてサイカも腰を上げる。
「ごめんアヤノさん。ちょっと予定が早まっちゃって、行かないといけなくなった。あとは一人で大丈夫?」
「そうなんですか。私は大丈夫です! 頑張って来てください!」
アヤノがそう言うと、サイカは頷きワタアメに顔を向ける。
「ワタアメさんは急ぎウエスト砦へ。僕はシノビセブンの所に行きます」
「わかった。サイカちゃんも気を付けて。アヤノちゃんごめんね!」
そう言うと、アヤノに手を振りながらもワタアメは走り出して行ってしまった。
「アヤノさん。その、今危ないイベントやってるから、マップの赤いエリアにだけは近づかない様に気をつけて」
サイカも行ってしまい、一人取り残される形となったアヤノ。
「なんか物々しい雰囲気」
そう呟き、ポーションを飲んで再びコボルトと戦い始めた。
首都対抗戦。
三ヶ月に一度、一週間と言う期間で開催されるこのイベントは、プレイヤー同士の大規模な戦争である。
世界五十箇所の首都周辺にそれぞれ四つの砦、イースト砦、ウエスト砦、サウス砦、ノース砦が出現。その砦を落とし合い、プレイヤー同士が戦い競うイベントだ。
一つ砦を落とす事で、その砦を落としたギルドとそのギルドが所属する首都のプレイヤー全員にも、貢献度に応じた多額のゲーム内通貨とアイテムが配布される。又、期間終了時に残っていた砦の数だけ、防衛に成功した首都に所属するプレイヤー全員を対象に、貢献度に応じた報酬が配られる仕組みだ。
とは言え、首都と首都の間には現実的な距離がある為、攻め側は遠征と言った形になる。それもあり基本的には隣同士の首都が争う事になるが、遠い首都の砦を攻め落とすとその分貰える報酬も上がる仕組みもある為、一概には言えない。
こう言った事から、特に防衛側は首都に所属するほとんどのプレイヤーが協力し合って一週間二十四時間体制で砦の防衛に励む。これらは流行っているゲームだからこそ成り立つ仕組みだ。
イベントの期間中、砦の周辺は半径五キロがレッドエリアとされ、プレイヤーキルのペナルティが無くなる。そして五十人以上の攻撃側ギルドに限り、レッドエリア内と陥落させた砦に拠点を築く事ができる。その拠点は、領主となったギルドマスターがいる時に限り、ギルドメンバー達の復活地点となる。それは期間中は各首都で所属登録ができない為、攻撃側プレイヤーは拠点が無ければ死んだ時に一気に自分たちの首都に戻されてしまうデメリットを防ぐためにある。
ただし一度拠点を作れば、戦を始めた際にギルドマスターは領主としてその拠点に居座っている事が必要とされ、領主が倒されると復活地点を失い敗北は確定的となる。
これらの仕組みから、この首都対抗戦において定石とされているのは、まず首都に所属する大手ギルドがイベントの開催に合わせて他首都に遠征して拠点を作り、そして砦に攻める事と。中小ギルド及びギルド未所属プレイヤー達は、自分たちの首都周辺の四つの砦の防衛を手分けしてやる事。
全ての砦の中央に位置する首都では、プレイヤー達に現在の戦況をアナウンスする伝令役を担うプレイヤーもいるくらい、緊迫した一週間となる。
今日はそんなイベントの初日。首都ゼネティアでも参加するプレイヤー達が慌ただしく動いていた。
既にゼネティア所属の百人を超える大手ギルドが五つ、それぞれ数日前から他の首都に向けて遠征に出ており、そちらはそちらで勝利する事を祈るばかりである。
そんな中、ゼネティアのウエスト砦では、プレイヤー達とNPC兵士による物々しい警備が行われ、作戦司令室に中小ギルドのギルドマスターが五人集まっていた。
扉が開き、ワタアメが六人目として入室してくる。
「やっほー。待たせたね」
とピリピリした雰囲気に反して陽気なワタアメ。
「こん」「こんちゃ」「こんばんは」
などとギルドマスター達は律儀に挨拶を返す。
ワタアメはゼネティア周辺の作戦地図が広げられたテーブルまでくると、両手を着いた。
「んで、状況は?」
隠し職業、アークビショップの男が説明を始める。
「中部のマリエラ、関西のローアル、それぞれの大手が四つの合わさった大連合ギルドによってサウス砦が陥落しました。拠点を作らず、奇襲だった様です」
「スタートダッシュやられちゃったか」
平日の昼間、しかもイベント初日の一番手薄になる時間帯を集中して狙い砦を落とすと言うのはよくある戦法である。
「マリエラとローアルのギルドは、そのままサウス砦に拠点を築いた様です」
「毎度攻めてくる東北と北海道の首都シノンは?」
「シノンのギルドはイースト砦からかなり離れた所に拠点をニつほど築いていますが、目立った動きは無しとのこと」
「ふむふむ。これは?」
とワタアメは地図のノース砦近くにある印を指差す。
「メゾン大陸の首都ゾーニャのギルドがそこに拠点を一つ作ったとの報告です」
「あちゃー、韓国さん海渡って来ちゃったのね」
「ノース砦なら、今回遠征に出なかった大手ギルドが防衛に入っているので、大丈夫かと思われますが……」
「あっちは怖いよー。レベル百二十クラスがごろごろ、伝説級のレベル百三十も出たって話だしね」
「そんなの、ただの噂ですよ。とりあえずこちらとしては、サウス砦側を警戒ですね。追加でNPC兵士を百体、ガーディアンドラゴンを一体、召喚しておきましょう」
「そうね。クールダウンの管理気を付けてね。あー、でもガーディアンドラゴンの召喚はまだやらないで」
防衛側を有利にするシステムとして、ゲーム内通貨を消費してNPC兵士を始め、ガーディアンドラゴンと言った強力なモンスターを召喚できる。ただしクールダウンも長く、多用はできない。
「あとは、今回もシノビセブンの働き次第ですね」
そう言いながらアークビショップの男は、ゼネティアに赤い丸を記した。
「こらこら、他力本願はダメだぞ。敵の拠点を攻めるくらいやらなきゃ」
「すみません」
アークビショップの頬を人差し指でツンツンしながら注意するワタアメに、アークビショップの男は素直にもすぐに謝罪の言葉を向けた。その言葉を聞いたワタアメはニコッと微笑んだ。
「三ヶ月に一度の一週間戦争!こんな本格的な戦が体験できるのはWOAの醍醐味!長い一週間が始まるよ」
期待と喜びの感情を表情に出すワタアメであった。
ゼネティアの居住エリアの一角にある一軒の建物。外観こそは洋風ではあるが、入り口には忍と書かれた提灯、屋根の上にはシャチホコが飾られ、無理矢理に和風へ仕立て上げた家があった。
その扉は施錠がされていたが、サイカは扉に手をかざして解錠すると、両手で扉を開けた。
「サイカーー!!」
いきなり一人のクノイチがサイカに抱きついて来る。
「うわっ! こら離れろオリガミ!」
オリガミと呼ばれたクノイチは、サイカの両手に押され離れる。
「もうサイカったら恥ずかしがり屋さんなんだからー」
桃色の編み込まれた髪、黄色と赤の露出が多い忍び装束のクノイチ。名はオリガミ。彼女はゼネティアに四人しかいないと言われるクノイチの一人だ。レベルは百九。
「久しいなサイカ」
と部屋の奥から男の声がする。
そこには顔を覆面で隠した、如何にもニンジャの男が胡座をかいて座っていた。名はアマツカミ。レベルは百二十。
「お久しぶりです。前回の首都対抗戦以来ですね頭領。ニ人だけですか?」
「リアルで事件があったからとは言え、平日の昼間だからな。俺は自営業だから良いが、皆、仕事や学業で忙しいのだろう。集まるのは夜になるな」
「僕は有休取っちゃいましたけどね」
「休める時に休むのも大事な事だ」
そんな会話をしていると、オリガミが口を開く。
「あたしはニートだからいつでもいるよ」
そんな事を言うので、サイカが指摘する。
「ニートは自慢しちゃダメでしょ」
「にししし」
そんな風に笑うオリガミは、ニートである事を何とも思っていない。
サイカ含む彼らはシノビセブンと呼ばれ、隠し職業であるニンジャとクノイチのみで結成された集まりである。主な活動は首都対抗戦での特殊工作活動で、ゼネティアの砦防衛において少人数による敵の暗殺、後方攪乱、破壊工作、戦略的攻撃、偵察などを自由に行なっている。周りからはシノビセブンなどと言われているが、実はギルドと言う訳でもなく、皆各々違うギルドに所属しており、サイカの様な未所属もいる。
頭領と呼ばれる男ニンジャのアマツカミは、この集まりのリーダー的存在だ。
「それで、いきなり砦が落とされたって本当ですか?」
とサイカ。
「ああ、暇だったのでオリガミとノース砦近くの韓国ギルド拠点を偵察に行っていたんだが、サウス砦が関西と中部に攻められているのに気付くのが遅れてしまった」
「そうですか。でも開幕砦落としは定石と言えば定石ですね。それに、今回は韓国からの遠征も来てるとなると、厄介な戦いになりそう」
「そうだな。とりあえずサイカが来たのであれば安心だ。今からサウス砦の偵察に行くとしよう。作戦を練って、隙あらば俺たちが落とす」
「わかりました。準備します」
サイカがそう言って、一度持ち物整理の為に家を出ようとするとオリガミが、
「ちょっと待った!」
と道を塞いだ。
「なに?」
「さっき、アヤノとか言う女亜人と仲良さげに歩いてたの見たんだけど!あれはどう言う関係!?」
「なんだ声掛けてくれればよかったのに」
「まさか彼女!? 彼女なの!?」
「違うって。最近始めた初心者さん。サポートしてあげてたんだ」
オリガミはどうにもサイカにご執心であり、その嫉妬の眼差しに身の危険を感じたサイカは、あえてリアルでも知り合いと言うのは伏せて説明した。
「ふーん。なんか怪しい」
そんな事を言いながら、道を空けようとしないオリガミに頭領のアマツカミが注意する。
「オリガミ、そういう詮索はやめろと何度も言ってるだろ」
しかしそんなアマツカミの言葉も無視してオリガミは、
「じゃあ今度、あたしのサポートもしてよ」
とサイカに抱きついた。
「分かった分かった。今度一緒にダンジョン行こう」
「やったー! 約束だかんね!」
上機嫌になったオリガミは、鼻歌交じりに扉を開けて先に出て行った。
それを見届けたアマツカミは、サイカに話しかける。
「そうか。メッセージで言っていた用事と言うのはその初心者サポートだったんだな。いいのか?こっちに来てしまって」
「いつまでも付きっきりってのも、初心者にはよくないからね」
「ふむ。お主、MMORPGの悟りを開いておるな」
「その言い方、気持ち悪いでござるよ」
アマツカミがふざけたのでサイカもふざけた口調で答えると、二人に笑いが生まれた。
【解説】
◆ステ
ステータスの略称で、キャラクターの能力などの状態を表すデータ。
◆デスペナルティ
キャラクターが死亡した際に受ける罰。ワールドオブアドベンチャーでは、所持金の半分と経験値の五十%を失う事になる。又、経験値を失った際にレベルダウンもある。更に衰退と言う状態異常が一時間の間、強制付与されてしまう。
◆衰退
デスペナルティの一つで、全てのステータスが三分の一になり、スキルも使用禁止となってしまう。走る事もできなくなるので、この状態異常になっている間はモンスター狩りができなくなる。ワールドオブアドベンチャーでの廃人防止策。
◆首都対抗戦
ワールドオブアドベンチャーにおける対人戦イベント。三ヶ月に一度開催され、各地域に出現する砦を取り合い、プレイヤーの集団と集団が戦う大規模戦争をする。ギルドや上級プレイヤー向けのコンテンツであり、別名サーバー対抗戦、国際戦などと呼ばれる。
プレイヤーは参加した時間や活躍に応じて得られる貢献ポイントを狙って参加し、貢献度に応じて貰えるレアアイテムを目標とする。このイベント期間中は、首都から砦への物資搬入と言ったクエストも発生する。
◆レッドエリア(赤エリア)
首都対抗戦のイベント期間中は、砦周辺にレッドエリアが出来る。その中でPK行為をしてもPKペナルティが無い為、初級者や中級者プレイヤーが足を踏み入れるのは危険なエリアとされる。
又、このエリアの中にいるだけで、首都対抗戦への貢献ポイントが時間に応じて得られる。
◆作中に登場するWOAの主な地域と運営会社
⇒ ヨリック大陸ジパネール地方(首都ゼネティア):日本の関東地方在住のプレイヤーの始まりの地で、運営管理会社はスペースゲームズ社。
⇒ ヨリック大陸ガルム地方(首都マリエラ):日本の中部地方、運営管理会社はGMW社。
⇒ ヨリック大陸アクレイル地方(首都シノン):日本の東北地方、運営管理会社はテクノイージス社。
⇒ ヨリック大陸ナルサイク地方(首都ローアル):日本の関西地方。
⇒ サクア島(首都アジェス):日本の九州地方。
⇒ メゾン大陸(首都ゾーニャ):韓国南西部。




