叔父さんの出勤
叔父さんが多美子を残して市役所に出勤します。多美子に鍵を渡さず、外から鍵を閉めます。読んでこの物語を好きになってくれたら嬉しいです。
「さあ、寝よう。明日は7時に起きるから目覚ましをかけておく」
和夫は、目覚まし時計をセットして、テーブルの上に置いた。
和夫と多美子は煎餅布団の上に寝転がった。多美子は和夫の隣で横向きになり、
丸くなった。和夫が照明を消した。雨が屋根や窓を激しく叩く音が聞こえる。
真っ暗な部屋で多美子は隣に寝ている和夫の匂いを嗅いだ。
叔父さんは眠ってしまったようだ。いびきなんかかいていない。
すやすやと寝息がする。
多美子はとても幸せな気分だった。
多美子を買ったたくさんの男たちと眠ったラブホテルのどんなふかふかの
豪華なベッドよりもこの煎餅布団は寝心地がよかった。
多美子は叔父さんの体に寄り添って、
また、その匂いを嗅いだ。とても、いい匂い。
叔父さんにひっついて、匂いを嗅いでいるうちに、
いつのまにか深い深い眠りに落ちていった。
朝7時の目覚まし時計のアラームで多美子は目を覚ました。
一瞬、自分はどこにいるのかわからなかった。あたりを見回した。
寝ているのは煎餅布団。テーブルがあり、
多美子の視線の先にはキッチンがある。
キッチンでは叔父さんがシャツにトランクスで髭を剃っている。
和夫と視線があった。
「おはようございます」
「おはよう。多美ちゃんを起こしちゃったね。
いつもアラームより少し早く起きるんだ。
アラーム止めておけばよかったね。
いつもの癖でそのままにしてた。ごめん」
多美子の頭上の窓からは朝の光が差し込んでいる。
昨日は、窓にカーテンがかかっていないことに気がつかなかった。
叔父さんの部屋の窓にはカーテンがかかっていないのだ。
どうやら、今朝は昨日とは打って変わっていい天気のようだ。
多美子は起き上がると、窓を開けた。晴れて暑いくらいのすごくいい天気だ。
多美子は自分がシャツとトランクスだけだということを忘れて、
外の景色を眺めていた。
すぐ前は細い路地になっていて、目の前には大きな家が建っている。
窓ガラスでこのアパートに向いているものはなく、
外から覗き込まれる心配はないようだ。
「ちょっと、お弁当を買ってくる。僕は朝は食べないんだ。多美ちゃんの分、
買ってくるから待っててね」
和夫はそういうと、アロハのシャツを着て、
ジーパンを履いて、玄関のドアから出て行ってしまった。
多美子は自分の隣の、くぼんだところを触った。
ここに叔父さんが眠っていたのだ。
そこに転がって匂いを嗅いだ。伯父さんの匂い。大好きな匂い。
しばらく、多美子は目を閉じていた。
しばらくして、和夫が戻ってきた。
テーブルの上にコンビニのお弁当が入っていると思われる
ビニール袋を置いた。
「お弁当が朝食分。一緒に入っているカップラーメンはお昼の分。
キッチンでお湯を沸かして注いでね。今日も帰りは9時頃になるから、
夕飯はちょっと我慢してね」
そういうと、和夫はワイシャツとスラックスに着替え、ネクタイを締めた。
多美子は和夫のことをかっこいいと思った。
「多美ちゃん、鍵はどうしようかな?
その格好じゃどこへもいけないだろうけど。
鍵のコピーはあるんだけれど、どこにあるかすぐに思い出せないんだ。
僕の鍵を置いていったほうがいいかな?」
「叔父さんは、鍵を置いていく必要はないわ。
私はどこへもいかない。ここにいる。
だから、外から鍵を閉めて、私を閉じ込めて」
「多美ちゃんを閉じ込めるつもりなんてないよ。
でも、そういうなら、鍵を閉めて、鍵は持っていくね」
和夫は、出勤の支度を終えた。時間は7時半。和夫は玄関で皮靴を履いた。
多美子は煎餅布団から起き上がると、玄関へ走って、
和夫に抱きついた。
「いってらっしゃい。必ず、必ず、戻ってきてね。一人ぼっちにしないでね」
「そりゃあ、戻ってくるよ。だって、ここは僕のアパートなんだから」
多美子は抱きついて、和夫の匂いを嗅いだ。
この時、和夫は多美子がどんな気持ちでいるかなど想像も出来なかった。
和夫は、多美子の両肩に手を置いて、多美子を離した。
「大丈夫。ここに帰ってくる。行ってくるから」
「いってらっしゃい」
和夫はドアを開けた。外は昨日の土砂降りとは打って変わっていい天気で、
ムッとする蒸し暑い熱気が部屋の中に入ってくる。
今日は暑い一日になりそうだった。
和夫は部屋の中に多美子を残して、外から鍵をかけた。
『カチッ』という音がする。
和夫は職場である市役所へ向かった。
多美子は、和夫がドアを閉めると、ドアの内側で、
息を潜めて鍵が閉まるのを待った。
『カチッ』という音が聞こえる。
多美子は閉じ込められたのだ。
大切な宝石を、盗まれないように宝石箱に仕舞って鍵をかけるように、
自分も叔父さんに、大切な宝石のように仕舞われたのだ。
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