食後のくつろぎ
多美子は叔父さんと食後にのんびりします。読んでいただけるとうれしいです。
和夫がインスタントコーヒーが入ったコーヒーカップをテーブルに運ぶ。
和夫はキッチンで、やかんに水を入れて、火にかける。
二人で、テーブルの前で待つ。
ピーという音がして、お湯が沸くと、和夫はキッチンに行って、
やかんを右手に持ち、テーブルに戻ってくる。二つのコップにお湯を注ぐ。
コーヒーのいい香りが部屋中に広がる。
和夫はキッチンに戻ると、やかんを置き、
砂糖の袋と小さなスプーンを持ってテーブルに戻ってくる。
「多美ちゃんは、砂糖要る?」
「うん。要る」
「いくつ?」
「二つ」
和夫はスプーンで砂糖を2回掬うと、多美子のカップに入れた。自分のカップにも
二杯いれる。和夫はキッチンに砂糖の袋を戻して、多美子の隣に座った。
「今日は、セーラー服と下着、どうしようもない。明日は仕事だから、クリーニングにも
持っていけない。セーラー服は洗濯機で洗える?」
「丸洗いできるよ。でも、セーラー服は要らない。洋服も要らない」
「どうして?」
「ずっとここにいる。どこにも行かない」
「そういうわけには行かないだろう。学校にも行かないといけないし。
叔母さんが心配しているよ」
「叔母さんは心配していない。厄介者がいなくなってせいせいしている。
学校も行かない。2ヶ月も行っていないから、退学扱いになっているかも」
「僕は平日は遅くまで働いているから、動けないんだよ。明日なら洗濯できる。
洗濯機があるからね。セーラー服と下着は明日洗濯して、
コインランドリーで乾かしてくる。
洋服は土曜日か日曜日に買いに行こう」
「叔父さんは仕事は何しているの?」
「市役所で働いている。福祉課で働いているんだよ。
毎日9時頃まで働いている」
「市役所ってそんなに忙しいんだ」
「結構、忙しいんだよ」
「土曜日か日曜日に買い物って、週末は忙しいんじゃないの?独身貴族だし、
恋人やお友達と遊びに行ったり」
「お友達なんていないよ。一週間働いて、土日は家でゆっくりしている。
そういう人生だよ」
「ちょっと寂しいね」
「寂しくはないよ。そういうものだよ、人生なんて」
「これからは私がいるよ」
「多美ちゃんは家に帰るんだ」
「家はもうないの。私を放り出したら、私、どこかで野垂れ死しちゃうよ。
叔父さんは、私を放り出したことを絶対、一生後悔する。絶対に、絶対に」
「その話は、もうやめよう。時間がある土曜日にしよう。
明日は仕事に行かなければいけない。
僕はこれからお風呂に入ってくる」
二人はテーブルの前で、少し緩くなったコーヒーを飲み干した。
「ところで、多美ちゃんはお布団は僕と一緒で平気?残念ながら
これしかないんだ」
「全然、平気だよ。叔父さんはお父さんの匂いがする。
私が三歳の頃に死んじゃったから
匂いなんか覚えていないのかもしれないけれど、
叔父さんの隣にいるとお父さんの
匂いがするような気がするんだ」
「やっぱり、ちょっと臭いかな?」
「そういう意味じゃない。私には幸せな匂い。叔父さんの隣で眠る」
「僕はいびきをかくかもしれないよ。自分ではわからないからね」
「その時には、教えてあげる。いびきがひどい時には病気の可能性があるんだって。
病院に行ったほうがいいよ」
「歯ブラシは一つしかないんだ」
「歯ブラシは自分のはあるよ。歯磨き粉はなくなっちゃったけれど」
「歯磨き粉なら貸してあげるよ」
「叔父さんはお風呂に入ってきて」
和夫はシャツとトランクスとバスタオル、
それに体を洗う小さなタオルを用意すると浴室の前で裸になり、
小さなタオルを持って、浴室に姿を消した。
多美子は和夫が裸になるのをじっとみていた。痩せているけれども
やっぱりお腹がでている。やっぱりおじさんだ。多美子はクスッと笑った。
多美子はテーブルの上の空のコーヒーカップをキッチンに持って行って洗った。
乾かすために逆さまにして脇においた。浴室からはお湯の音が聞こえる。
浴室のガラスは、湯気で曇っている。多美子はテーブルの前に戻ると、お湯の
音を聞きながら、叔父さんが出てくるのを待った。叔父さんの部屋を見回した。
英語で書かれた本がたくさんある。叔父さんは男の人だから、やっぱりエッチな
本も持っているかもしれない。
しばらくして、和夫はお風呂から出てきた。シャツとトランクスという格好だ。
「こういう格好でごめんね。パジャマがないんだ。一人暮らしだから
シャツとトランクスで夏は過ごしているんだ。目のやり場に困るよね」
「平気。私と同じ格好。気にしないよ」
多美子は和夫ににこりと微笑んだ。
和夫はさっき多美子の髪を乾かしたドライヤーで
自分の短い髪をさっさと乾かした。
「これから、ちょっとNHKの英会話を聞いてから眠るから。
いつもの習慣なんだ。
多美ちゃんはそこいらの本でも読んでいてね」
「叔父さんは英語が好きなんだね」
「うん。これぐらいが趣味なんだよ」
叔父さんはパソコンを開くと、NHKの英会話を聞き始めた。
なんか、これってパパと一緒にいる時みたいと多美子は思った。
「多美子、おとなしくしていなさい。パパはお仕事を片付けちゃうから」
昔、そうパパに言われたことがある気がする。遥か昔のことだから、
本当はそんなことはなかったのかもしれない。
でも、そんなことを言われた気がする。
今は、叔父さんが娘にいうように多美子に言っている。
多美子は、部屋にぞんざいに置かれた本を物色した。
大きな音を出して、叔父さんを困らせないように、
そっといろいろな本を取り出してはページを開いた。
多美子は今まで、英語など真面目に勉強したことはなかった。
中学校の英語は落ちこぼれていた。叔父さんの部屋は英語の本で溢れていた。
多美子はもう少し、英語を勉強しておけばよかったと思った。そうすれば
叔父さんがどんな本を読んでいるのかわかったのに。多美子にわかったのは
それらが英語で書かれているということだけだった。
でも、こうして本に囲まれているとなんか幸せな気がした。
そのうちに、和夫は英会話を聞き終えて、パソコンを閉じた。
和夫が後ろを振り向くと多美子が体育すわりをして犬のように
嬉しそうに待っている。
「さあ、歯磨きをしよう」
「うん」
多美子はリュックを漁って、歯ブラシを取り出した。
一緒にキッチンに向かった。
和夫が歯磨き粉を取り出すと、二人は並んで歯を磨いた。
歯磨きが終わると、
シンクの脇に逆さまになっているコップで口をすすいだ。
その後、二人は交代でトイレに行った。
和夫の部屋はユニットバスで、トイレは浴室の中にある。
床はびしょ濡れになっている。二人とも、気にしなかった。
バスマットで足を拭いた。
読んでいただき、ありがとうございます。ご意見ご感想を聞かせてください。