メール
社に戻ったら、本田さんと引き継ぎを行なった。
担当が代わると決まった時は大騒ぎだったが、今では坦々としている。
受け入れたというか、吹っ切れたというか……。
もしかしたら私の知らないところで告白して振られたのかも?
なんて考えても、編集長に言わせれば深読みし過ぎなんだよなぁ。
二人に何があったか(何もなかったのか)知らないままだし……、正直気になって仕方ない。
「では引き継ぎは大体以上です。……大丈夫ですか?」
「はい、多分……大丈夫だと思います」
本田さんがクシャっと笑った。
「大丈夫ですかねぇ。本当なら変わりたくないんですけど」
「そうですよね、本田さんが担当で次々とヒットしたんですもんね」
「それは私の力じゃなくて五月先生の力ですけど。……ただ、やっぱり五月先生とお仕事するのは本当に楽しかったから……」
本田さんの顔は完全に失恋した乙女だ。
これが恋じゃないなら何だと言うのだ。
「分からないことがあればいつでも聞いて下さい」
「ありがとうございます」
本田さんは年下だが新卒入社だから中途の私には先輩だ。
恋のスイッチが入っていた時はあんなにベタベタしてきたのに、今じゃすっかり落ち着いている。
大人なんだか子供なんだか……。
自分にはないフレッシュさが少し羨ましいとさえ思う。
私は午後に3回、五月先生に電話した。
が、全てコール音だけで通じることはなかった。
7時過ぎに一通メールを送ることにした。
着信履歴だけ残すのは困らせてしまうかな、と少し思い、簡単な挨拶と出来れば新作についての打ち合わせを行いたい、と簡単に述べた。
それだけなのに、日本語がやたら気になり、メールを作成するのに30分もかかってしまった。
一気にクタクタになった。
もう早いところ帰ろう。
早くシャワーを浴びたい。
残ったメールを全力で捌く。
すると10分も経たずに五月先生から返信が来た。
なんだ、電話でれるじゃん!
メールはするんかい!
開封だけして、返信は週明けにしよう。
カチッとクリックする。
最後の一文にほんの少し胸が跳ねた。
小川香様
ご連絡ありがとうございます。電話に出れず、失礼致しました。
引き継ぎの旨、畏まりました。今後ともよろしくお願いします。
新作の打ち合わせはいつでも大丈夫です。
P.S.小川さんは女の人ですか?