summer
「もう忘れちゃったよ」
「嘘おっしゃい!」
右手でスマホの時刻を確認する。
10時30分か……
今から帰ればシャワー浴びてアメトーークに間に合う。
「ほら、プリンにする?シャーベット?」
山ちゃんはデザート表を見せてくる。
「う〜ん……」
凛ちゃんのことをふと思い出したり、夢に見たりすることはあっても、こうして口に出すと自分の想いが生々しく感じる。
でも気持ちの整理にもなるし、誰かに聞いてもらいたい気持ちもある。
そして聞いてもらうならゲイのオカマ以上に最適な人間はいない。
山ちゃんには全部お見通しなのだろう。
「小説にしないでよね……?」
「もちろん!」
「……じゃあこれ!スペシャルパフェ!」
福笑いのスペシャルパフェは団体客向けで、かなりでかい。
そして花火がついて運ばれてくる。
今までに何回か運ばれているのを目にしたことはあるが、自分で頼もうと思ったことは一度もない。
「あらやだ!そんなに食べられるの?!残したら怒るからね!」
ちなみに一杯3千円もする。
「はーい」
私も山ちゃんも甘党だ。いくらお腹一杯とはいえ、きっと食べられる。……きっと。
「夢は毎回違うし、いろんな人が出てきて現実の今と混ざったりするんだけど、今日は違ったんだ。
高校二年生の五月、本当にあった場面……」
写真部に入っていた私は、土曜日に部活仲間と学校で待ち合わせをしていた。
校内や学校周辺の写真を撮るための集まりだったけど、正直なところ、ただみんなでダベりたいだけだった。
いつもなら真っ直ぐ部室に行くのだが、ノートだか何かを取りに一人で教室に寄った。
誰もいないと思ってドアを開けたら、そこには凛ちゃんがいた。
「あれ!凛ちゃん!何してるの?」
「びっくりした〜!今、部活の休憩中。ななちゃんは?部活?」
「うん。これから校内写真撮ったらみんなで公園行くんだ〜」
「いいね〜、楽しそう。今日天気いいから」
「もう部活っていうかピクニックだけどね」
私と凛ちゃんは教室から同じ空を見ていた。
「スペシャルパフェお待たせ致しました〜!」
「わ〜〜〜!!!」
「きゃ〜〜!!!」
花火が!!
パフェが!!
すごい!!!!
私達はすかさず写メを撮りまくった。
自撮りもして、満足したところで花火が消えた。
こんなにはしゃいだのはいつぶりだろう。
「ん〜!!美味し〜い!!
で?なんか話でもしたの?」
パフェを突っつく手が止まらない。
このペースで食べても、底に到達するのはかなり先だ。
「うん……」
凛ちゃんの手にはバイオリンが握られていた。
私は、凛ちゃんがバイオリンを持っているのを見るのは初めてだった。
正確には初めてじゃないんだけど、仲良くなってからは初めてだ。
「自主練してたの?凛ちゃんのバイオリン聴いてみたい!なんでもいいからお願い!」
「え〜〜!無理無理、困ったなぁ……」
凛ちゃんは照れながら笑う。
弾いてくれないか〜、としょんぼりした私を見て、
「え〜……何にしよう……」
窓の外を見ながら適当な曲を考えてくれる。
ワクワク。
青い空が広がり、どこからか生徒達の笑い声が聞こえた。
スッとバイオリンを構える。
凛ちゃんの細い指がしなやかに動く。
どこかで聴いたことのある懐かしいメロディー。
開いていた窓から風が入り、カーテンが大きく揺れた。
この時、私は深く深く落ちたんだ。