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花ときどき雨  作者: 三日月 夕
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キラキラ


海から吹く風はさっきより冷たくなってきた。


「それ…本屋さんの袋だよね。何買ったか見たい。」


「え!やだよ、恥ずかしい。」


かがんだ凛ちゃんの前髪が私の前髪に触れた。


凛ちゃんは袋の隙間に手をかける。


「なんで?見せて。」


「……はい。」


凛ちゃんから一歩離れて袋を差し出した。


キスされるかと思っちゃった。


こんなことで私の心臓はいちいちドキドキしてしまう。


「ありがとう。」


凛ちゃんはその場にしゃがみこんで、袋から本を取り出した。


本の表紙、裏の紹介文、作者紹介、一つ一つじっくり見ている。


今日買った3冊のうち、1冊だけ読みかけでしおりが挟んである。


凛ちゃんはそのしおりを確認すると、最初のページからパラパラとめくった。



私がどんな本を買って、さらにどれから読み始めて、買った日にどれくらい読んだか、全部見透かされているようで悶えたいくらいだった。



「ななちゃんは今でも居場所を探してるの?」


「え⁈うーん…どうだろう…。今は彼氏はいなくても毎日充実してるし、現実逃避したい訳でもないんだけど…。でもふと思っちゃうんだよね。

彼氏と別れたら彼氏には新しい彼女が出来る。アパートの部屋から引っ越したら新しい人が引っ越してくる。仕事を辞めたら、他の人が私の仕事をする。

私の代わりなんていくらでもいるんじゃないか、って。」


「私がいなくても世界は廻る、か………。」



「そう思うと、今私が自分の居場所だと思っている所って……。」


「儚いよね。」


「うん。本当の意味で自分の居場所じゃないんじゃないかって思うの。」


「なるほどね。」



「あれ?なんか私、自分の話ばっかり…!ごめんね。」


もはや私語どころではない。



「ううん。私が聞いたんだし。」


凛ちゃんは袋に本を戻し、立ち上がった。



「はい。ありがとう。」


「ううん。」


日が沈み、途端に夜がやってきた。



「また……木曜日打ち合わせだよ。」


「そうだね…。」


辺りには人が疎らになった。


みんな帰るところに帰ったんだ。



「またあのおっさん来るの?」


「ちょっと!おっさんて!」


「あはは、あの人邪魔だよね。」


「もーう!そういう本当のことは言っちゃいけないの!」


笹山さんには悪いがちょっと嬉しい。


「ほら、ななちゃんだって思ってるくせに〜。」


「私は大人だから思ってても言いません。」


「え〜!今言ってたよ〜!あの人話長いしさ〜。」



「それはっ………!笹山さんなりに凛ちゃんの力になろうとしているんだよ。」


「……あぁ、そうだね。」


「……私も凛ちゃんの力になりたい。」



何が出来るだろうと思い、今までの五月暁の作品の登場人物や舞台を書き出して分析してみたが、どれも全然違っていて少しも参考になりそうになかった。



「心配しなくても大丈夫だよ。」


凛ちゃんの笑顔が自信に満ちている。


「え?……もう考えてあるの?」


「まぁ一応…なんとなく…。」


「えー!!私横浜まで来ちゃったじゃん!!意味なかったの?!!」


恥ずかしい。



凛ちゃんは天才作家と言われるだけあって、私なんかが心配しなくてもネタなんかいっぱいなんだろうな。



「そんなことないよ。」


「早く言ってよ!もー!!」


凛ちゃんを何度も叩いた。


さっきよりも強く。



「痛い痛い!スタバ奢ってあげるから。ね?」


凛ちゃんが私の手を取った。


「私キャラメルスチーマーね。」


スタバごときじゃ誤魔化されないんだから。


触れている凛ちゃんの指に私の指を絡めた。


「いいよ。なんでもトッピングして。」


交差する指から凛ちゃんの体温が伝わる。



私達はみなとみらいの夜景に向かって歩き出した。


ビルと遊園地がキラキラしていて星空が落ちてきたみたい。



「ねぇ知ってる?凛ちゃんの書いた合唱譜、誰かの妹だか後輩だかが歌いたいって引き継いだんだって。」


「えっ?!そうなの?!やべー!!」


「ふふふ。めぐちゃん達が何年か前に合唱コンクールの日に遊びに行ったら、歌ってるクラスがあったんだって。」


「うっそ?!本当に?!」


「うん、めぐちゃん達号泣したって言ってた。」


「うわー!!」


「なんかいいよね、こういうの。そういえばうちらが歌った時も三年生泣いてたしね。」


「えー?そうだっけー?全然覚えてないや〜。」


「凛ちゃんは伴奏だったからね〜。」



私達は歌いながら横浜の夜を歩いた。



『♪なんでもない毎日が記念日だったって

今頃気付いたんだ』




景色がこんなにキラキラしているのは、きっと凛ちゃんに触れてるせい。



まるで宝石箱の中みたいで、私は出来るならこの時をずっと大事にしまっておきたかった。





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