夕日
私、もう何も言えないじゃない…。
凛ちゃんの横顔を黙って見つめていると、凛ちゃんは紅く染まった空を見つめ、ふっと笑って歌い出した。
『♪きっといつの日か 笑い話になるのかな
あの頃は青くさかったなんてね』
私も凛ちゃんに合わせて歌う。
『♪水平線に消えていく太陽みたいに
僕らの青春もサラバなのだね 』
私達が高校一年生で同じクラスだった時、合唱コンクールで歌った曲だ。
合唱コンクールは中学生の部、高校生の部をそれぞれ合同で行う。
どちらも三年生が本気で難しい曲を歌って入賞するのが定番だが、私達のクラスは入賞こそしなかったものの人気投票で3位になった。
これはすごい快挙だった。
「私、メゾだった。」
「私、伴奏。」
「あ!そうだったよね!合唱譜なくてさ、凛ちゃんが作ってきてくれたんだよね。」
「そうそう、メー子が凛ちゃんなら出来るよ!って言ってさ。」
「そうだった、そうだった!でも一晩で作ってきた凛ちゃんは本当にかっこよかったよ。」
「ふふふ。みんなさ〜、そうやって煽てればいいと思って。」
「そんなことないよ〜。本気で思ってたって。」
「懐かしいな…。」
「うん、懐かしい……。」
凛ちゃんはまた歌い出した。
『♪真っ暗闇に僕一人ぼっち
ピンク色の風も薄紫の香りも音楽室のピアノの上』
私もまた凛ちゃんに合わせて歌う。
『♪大人になればお酒も ぐいぐい飲めちゃうけれど
もう空は 飛べなくなっちゃうの』
日はだいぶ落ちてきて、東の空に月が淡く輝いている。
「私さ、あの頃は大人になればお酒も飲めるようになるし、空だって自由に飛べるようになるんじゃないかって思ってた。」
凛ちゃんは遠くのみなとみらいを細目で見つめている。
「でもやっぱさ、空を飛べてたのはあの頃だったんだよね。」
「それって……今自由に、…好きなように小説を書けないってこと?」
「あ、ううん。そうじゃなくてさ…。なんか小説を書くだけじゃなくて、生きれば生きるほど自由じゃなくなっていく感じ。」
「うん……。分かるような気がする。」
私もこれまで転職を繰り返す度、どんどん自分の選択肢が狭まっていくのを感じた。
「そもそも私、小説家になりたくてなった訳じゃないし。」
「そうだったんだ……。」
「ねぇ、ななちゃんはなんで編集者になったの?」
「うーん、そうだなぁ…。
小さい頃から本を読むのが好きだったんだけど、2年前にね、普通の事務の仕事してて、会社で人間関係がうまくいってなくて、彼氏には二股されて…散々な時期があったの。
その頃は何も考えたくなくて、本の虫になってた。ひたすら本屋通って。
でね、本を選んでる時に中学生くらいの女の子がいたの。一生懸命本を選んでて。
そしたらその子、私が中学生の時に読んだ本を手にとって…。
なんか嬉しくなっちゃった。
それで思い出したの。
中1の頃、私全然クラスに馴染めなかったんだ。ほら、うち中学受験だから一から友達作らなきゃでしょ?私すごい人見知りで…。その頃、教室でずっと本ばかり読んでた。
本を開けばちっとも寂しくなんかなかったし、一人じゃなかった。
それで、あ、私本に携わる仕事がしたい、って思った。
彼氏と別れてね。」
こんな話、山ちゃんにはもちろん、付き合いの長い友達にすら話したことがない。
「そうだったんだ……。」
「あ、でも中2のクラス替えでめぐちゃんとか仲良い子いっぱいできたし、中1の時も別に虐められてた訳じゃないから。」
「あぁ…うん。」
「中1の時、本がなかったら本当に辛かったと思う。
学校では話す人いないし、家に帰れば両親は喧嘩してるし。
私の居場所なんてどこにもないってずっと思ってた。」
「…うん。」
「でも本を開けば、私は私じゃないし、学校は学校じゃなくなる。ほら、笹山さんも言ってたよね。凛ちゃんの作品には救いがあるって。」
「あー、言ってたね。」
「例えば経済的だったり、病気だったり理由があってワーキングホリデーとか山村留学とか行けない人でも、凛ちゃんの本を開けば行けちゃうの。すごいことだよね。」
「ふふふふ。」
「え⁈なんで⁈」
「やっぱななちゃんすごいや。」
凛ちゃんのこの笑顔、久しぶりに見た気がした。
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いつもありがとうございます。
あと4話で一章が終わります。もう少々お付き合い下さい。
今回、話中に出てきた歌はこちらです↓。
©︎チャットモンチー『サラバ青春』
https://m.youtube.com/watch?v=OmZUfQWBEzc#action=share
すごい名曲。
10代の人に、合唱コンクールや卒業式で是非歌ってほしいです。
※著作権法第32条に基づき歌詞の引用を行いました。
※いろいろ面倒なようなので改稿の際にオリジナルに換えるかも