打ち合わせ②
私と笹山さんは予定より10分早くホテルのロビーに着いた。
朝から降り続く雨で、外は通行人が一人もいない。
凛ちゃんが来るまでの5分間、沈黙の時間が続いた。
「お待たせしました。」
凛ちゃんは前と同じ、白いシャツとベージュのチノパン、ショルダーバッグを肩から提げ、手には書類ケースを持っていた。
私は笹山さんに合わせて席を立った。
「お久しぶりです。」
笹山さんは人が変わったかのような笑顔だ。
凛ちゃんが手を差し出した。
「お久しぶりです。またお会い出来て光栄です。」
笹山さんは満面の笑顔でそれに応える。
「こちらこそ本田が大変お世話になりまして、えぇ、今度からこちらの小川が担当なんですけども、はい。」
笹山さんがペコペコするもんだから、私も一緒になって頭を下げた。
凛ちゃんは笑った。
「えぇ、存じています。」
凛ちゃんが腰をおろすのに合わせて、私達も座った。
「先週は私も同席出来ず、失礼致しました。会社で急な来客があったものですから。」
「いえいえ、こちらこそ新作のご用意が出来ずご迷惑をお掛けしました。」
「それでなんですね、担当が変わりまして何か不都合でもございましたかね。」
「あ!全然大丈夫です。今日は持ってきました。」
凛ちゃんが書類ケースから紙を取り出し、笹山さんと私の前にそれぞれ差し出した。
「お願いします。」
「では早速ですが拝見させていただきます。」
笹山さんに合わせて、私も小さく一礼した。
二枚あり、一枚はパソコンでタイプされた文章。もう一枚は手書きで登場人物の名前や関係性、舞台となる場所の概略図がササッと書かれていた。
私達はそれを左右に並べた。
【滝】
村の一番奥に轟々と流れ続ける大きな滝。
私は滝の下の水辺で幼馴染と水遊びをして育った。
小さな村の小さな世界。
17歳、母が何者かに殺された。
私は絶対に犯人を見つけて復讐すると誓う。
母は隣に住む幼馴染の父親と以前から仲が悪く、事件の前日にも揉めたばかりだった。
静かな村に沢山のマスコミ。
村人の誰かから聞いたらしく、幼馴染の父親に容疑がかかる。
任意で事情聴取を受けるがすぐに釈放されてしまう。
私は学校も行けず、誰にも会わず、家に引きこもっていた。
父親から引っ越しをしようと言われるが断固拒否。
しかし隣の家はさっさと引っ越してしまった。
あとに残され、悔しさと虚しさと絶望の淵に立つ。
しばらくして、幼馴染の父親が自殺したことを聞く。名前と写真がネット上に出回ってしまっていたそうだ。
結局、彼が犯人だったのか事件の日に何があったのかは全て闇のまま17歳の秋が終わる。