再会
驚きのあまりカバンを落としてしまい、中の荷物が散らばってしまった。
「え⁈えー!ななちゃんだよね⁇なんでなんで⁇」
凛ちゃんは笑いながら一緒に荷物を拾ってくれる。
「えー!!凛ちゃんだぁ〜。びびびっくりしたぁ〜!」
もう頭の中が真っ白。
全然変わっていない、いや大人に、綺麗になった凛ちゃん。
凛ちゃんがいる。
凛ちゃんだ……。
髪は少し伸びたかな。
ベージュのチノパンに白いシャツ。
まくっている袖からスラリと伸びる細い腕。
左腕には銀のゴツいシルバーの時計。
やっぱり凛ちゃんはかっこいい。
名刺は名刺入れから豪快に飛び散ってしまっている。
突然大きな声を出した私達に、まわりの人達の視線が痛い。
「ごめんねごめんね、ありがとう。あ、はい、名刺です。」
荷物を受け取り、名刺を差し出した。
「ありがとう…。本当だ〜。小川……、えっ七瀬だったよね⁈……あっ、結婚か!」
凛ちゃんは座りながら名刺をまじまじと見る。
「ううん、大学の時に両親が離婚して…。結婚なんか私はまだまだ。」
「あ、そっか……。大変だったんだね……。」
「いや、もう全然大丈夫…。」
私のせいで一気に暗くなってしまったな…。
私達が席についたのを見て、店員さんが凛ちゃんの前に水の入ったグラスを置く。
「失礼致します。ご注文はお決まりでしょうか。」
「あっ、はい、じゃあアイスコーヒーを。」
「かしこまりました。」
さっきも来た感じのいい綺麗な店員さんだ。
ニコッと優しく凛ちゃんに微笑む。
凛ちゃんは店員さんのことは見ずに、置かれたばかりの水に口をつけた。
それでも私はなんだかこの店員さんが嫌だった。
「あ〜。やばい!もう恥ずかしくて死ぬ、死ねる!」
凛ちゃんが両手で顔を覆う。
「全然知らなかったよ…。すごいよ凛ちゃん、作家だなんて。」
「ななちゃん読んだんだよね?あーもうやばい!」
「なんで⁈すごいじゃん!みんな知らないと思うよ。私だったら絶対自慢しちゃうよ。」
「いやだよ〜、誰にも知られたくなかったのに。私なんて所詮“沢村凛”のくせに“五月暁”なんて。」
凛ちゃんの顔が紅い。
「そう!私、“サツキアキラ”っててっきり男性かと思ってたよ。」
「えっ、そうなの⁈なんで⁈」
なんでだっけ?
あっ、本田さん!凛ちゃん女だし!どういうことだ⁈
もう頭の中があれもこれもパニックだ。
「あー……。今までの全部適当に書いたやつだし。やばいよ〜!」
「えっ!全然適当なんかじゃないし!いや、むしろ適当に書いてあれだけ売れるなんて凄いことだよ!」
「いやいやいやいや…!」
凛ちゃんの大袈裟な照れ方、変わらないな。
「ふふふふ、高校生の時も凛ちゃんのバイオリン褒めたらすっごい照れてたよね。」
「え!!!!そうだっけ⁈何それ!」
凛ちゃんは益々照れる。
バイオリンも勉強もスポーツも、何でも出来てみんなから褒められるなんて慣れているはずなのに、まるで滅多に褒められたことないような反応をしてくれる。
高校生の時、そんな凛ちゃんの反応が可愛くて私は凛ちゃんのことをすごくすごく褒めたっけ。
「アイスコーヒーお待たせ致しました。」
さっきと同じ店員さんだ。
でも凛ちゃんは照れていてそれどころではない。
店員さんはそんな凛ちゃんに優しく微笑んで戻って行った。
やっぱり凛ちゃんには人を惹きつける雰囲気がある。
「大丈夫!私、絶対誰にも言わないから!約束する!それで新作のことなんだけど…」
この流れで断られたらどうしよう。
「んー……ん、ん、ん。」
アイスコーヒーを飲みながら凛ちゃんが数回頷く。
「うーん……、いや、ちょっと待って。」
え?
凛ちゃんは手元の書類ケースに目を落とした。
「ちょっと……辞めよう。」