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花ときどき雨  作者: 三日月 夕
12/26

♦︎打ち合わせ

翌日以降も、私と五月先生の雑談メールは続いた。


大抵、二、三行程度で、いつ終わってもおかしくないようなメールだった。



短時間で何通もやり取りすることはほとんどなくて、数時間あいたり、中には丸一日メールがこない日だってあった。



正直、上司にバレたら怒られるんじゃないか、と内心ヒヤヒヤしていた。


それでも、少しずつ距離が近づいていくメールのやり取りが楽しみだったんだ。



打ち合わせの日なんて来なくていいのに。



学生時代、友人の紹介で会ったこともない人とメル友になったことが何回かあった。

そんな感じに似ているのかな。


でもちょっと違う。



大人だからこそある、仕事上の距離感がすごく心地良い。



五月先生の理想が勝手ながらどんどん膨らんでいく。


歳は私と同じか、少し上。

もちろん私より背が高くて、その辺の俳優よりかっこいい。

髪は黒髪でパーマもしてないサラサラヘアー。

そしてきちんとした百貨店で売っているような私服。

黒縁眼鏡がよく似合う色白で…

泣きぼくろがあってもいいかも。



うん、いいの。勝手な想像だから。


絶対違うのは分かっている。



だから余計に五月先生のプロフィールの確認から逃げていた。



だって会うまで夢見たっていいじゃない。





でも、五月先生について事前にきちんと確認しておけばよかった、って私は後々本当に後悔する。









打ち合わせの日。



当日、同席する予定だった上司は、担当の作家さんが突然来社されて来れなくなってしまった。


メールのことがバレずにすむし、一人でも打ち合わせくらいなんとかやり切れる。




五月先生が出す作品は次から次へと売れ、新作会議でも一度もボツになった事がない。



今は、五月先生とお会いする以上に、どんな新作を用意されているのかドキドキしている。


間違いなく次の新作も売れる。






予定時間より30分も早く着いてしまった。


プリンスホテルのロビーは他の先生との打ち合わせで同席したことがある。



案内されたテーブルの番号を確認し、五月先生にメールしておいた。



「これでよしっ。」



さっきから何度も時計を確認してしまう。




「ご注文はお決まりでしょうか。」


「えっと……アイスティーを。」


「かしこまりました。」




木漏れ日から穏やかな春の日差しが溢れている。



ふと窓の外を見ると小鳥が二羽いた。


スズメじゃないな、なんだろう。



ホテルのロビーは閑散としていて、小さくクラッシックが流れている。



私は横浜の山手の景色を思い出していた。


中学、高校と山手にある女子校に6年間通った。


きっとこの前、五月先生とメールで横浜の話なんかしたからだな。



こんな風な穏やかな午後の授業は全部寝ていたっけ。














トントン、トントン。



指先で机を叩く音。


「小川さんですよね?」



しまった!私寝ちゃってた!


「はっ、はい!私っ……」


急いで立ち上がり、カバンの中の名刺入れを探しながら顔を上げた。





驚いた。








「……凛ちゃん……?」






私はまだ夢の中にいるみたいだった。






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