シナモン
朝日が眩しくて、目を細めながら返信を作成した。
04/07 09:38
「優しいお言葉ありがとうございます。
木曜日にお会いできるのを楽しみにしています。」
もうこれ以上の言葉はなかった。
返信ももう来ないだろう。
……と思っていたのに。
04/07 13:58
「私もお会いできるのを楽しみにしています。
過去の作品で何か読んでいただいたものはありますか?」
この時、いや基本的に、恒常的に、私は山のような仕事に追われている。
だから五月先生のこのメールを見た時は思わず、
「このかまってちゃんめ!!!」
と思わずにはいられなかった。
だって私、読書感想文は昔から大の苦手で。
でもこれも大事な仕事のうち。
04/07 15:16
「五月先生の作品は今まで全て拝読させていただいております。
どの作品もユーモアに溢れ、先生の優しい人柄が伝わり、いつも新作を楽しみにしておりました。
今度の作品で、微力ながら先生のお力になれることを光栄に思っております。
よろしくお願いします。」
少し硬くなってしまったが事実だ。
五月先生の作品は売れているだけあって、本当に面白い。
この想いをもっとしっかり伝えたいのに、私の言葉ではただの社交辞令にしか見えない。
我ながら情けない。
もし次のメールで1つ1つの作品の感想を求められたらどうしよう。
私だって丁寧に語りたいけど、なにしろ抱えている仕事には〆切が沢山ついている。
この日は返信はこなかったが、私は何度も何度も受信箱の確認ばかりしていた。
きっと明日の朝、出勤したら来ているだろう。
でもやっぱり翌朝確認してもメールは来ていなかった。
見落としたり、間違えてゴミ箱に入れたりしてないか確認までしてしまった。
夕方、忘れた頃に他の用件でメールをしていたついでに、五月先生からのメールに気がついた。
返信はもう来ないとちょっと思っていた。
04/08 16:20
「自分には十分過ぎるお言葉です。
ありがとうございます。
小川さんは東京の人ですか?」
えーっと、
五月先生はどこに住んでてご出身はどちらだったっけ。確か本名とか引き継いだ書類のどっかにあったな。
お会いする前に確認すればいいから、今は質問にだけ答えておこう。
04/08 17:55
「現在は東京に住んでいますが、出身は横浜です。」
返事はすぐに来た。
やっぱり。
すぐに来るような気がした。
04/08 18:02
「横浜いいですね。ベイブリッジから見える夜景が好きです。」
私も!
ちょっと嬉しい。
04/08 18:05
「私もです。海外旅行から帰ってきた時にあの景色を見ると、帰ってきたなぁ、と思うんです。
でも港の見える丘公園が一番お勧めです。」
04/08 18:08
「素敵ですね。
港の見える丘公園は好きでよく行きますよ。」
04/08 18:12
「本当ですか!
もうすぐバラが見頃で綺麗な季節ですよね。」
私は軽食を取りながら五月先生とメールを何通か交わした。
今日は遅くまで残業になりそうだ。
残業代なんてついてないに等しい。
でも気分は不思議と下がらない。
五月先生とのメールは、何てことない毎日に突然降ってきたスパイスのようだ。
スパイスといっても、ターメリックとかガラムマサラとかじゃなくて……
そう、シナモンのような。