第71話 シェルターの住人
地下シェルターの頑丈そうな金属製の扉をのっそりと開ける。
扉の隙間から光がこぼれる。
中にも、灯りが点いていた。
「いらっしゃいませ」
突然、中から声を掛けられ、ドアを押す手が止まる。
相手はドアの陰に入っており、見えない。
右手をマグナムリボルバーのグリップに掛けながら、慎重にドアを開けた。
ドアの先には1mほどの金属でできた円柱が立っている。
「こんにちわ。ご主人様のお友達でしょうか?」
明るく、親しげに円柱が問いかけてきた。
「……ご主人様というのは、この日記の主かい?」
「日記? 拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
日記を渡す。
円柱の側面から2本の細い金属製のアームが出てきて、器用に日記を受け取る。
これまた細い3本指で器用にページをめくっている。
読み終わり、もう一度最初から読み、無言で日記を返してきた。
機械ゆえに表情が読めない。
「……君がクーンでいいのかい?」
「はい、そうです。やはりご主人様は亡くなったのですね」
表情は読めないが、その声からは元気が無くなっている様に聞こえた。
「ああ、向こうで彼の遺骨を回収した。
街の近くに埋葬しようと考えていたが、君に渡した方がいいかな?」
「いえ、その様にお願いします。ご主人様もその方が喜ばれるでしょう」
「わかった。大事に預かっておこう」
「ありがとうございます。おっと、私としたことが立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう、お邪魔させてもらうよ」
俺が先に中へ入り、後ろの二人も招こうとすると。
二人が俺の背にぴったりくっつく様にして続く。
二人とも目がまんまるに開いて、びっくりしている様だ。
「こちらへどうぞ」
クーンが奥へと招く。
行き先は玄関口から廊下へと抜け、一番目のドア。
中にはソファーとテーブルがある。
応接室か休憩室といったところか。
「そちらにお座りください。ただいまお水を用意致します。
お茶があれば良かったのですが、残念ながら切らしていまして。
少々お待ちください」
クーンが奥にある小さなキッチンで作業をしている。
ソファーへと座らせてもらうことにした。
「お、おにいさん、スゴイにゃ。ロボットにゃ!」
「うん、ロボットだよ。リーダー、ロボット!」
二人が俺にぴったりとくっついて驚きを話す。
「二人はロボットを怖いとか思わないの?」
二人はてっきり怖がっているのかと思ったら、違うみたいだ。
「? 怖くないにゃ、うちのご先祖さんが昔助けてもらったとか聞いたことあるにゃ」
「うちもそうだよー」
そういえば最初に渡されたガイダンスの中に、亜人たちを助けるためにロボットに魂を与えたみたいな話があったな。
だが、日記の中ではクーンは改造されたお掃除ロボットで、そういった記述は見当たらなかったが。
「どうぞ、お水です。フィルターを通してあるので放射性物質は入っていません。
ご安心してお飲みください」
クーンが戻ってきて、水の入ったコップを人数分差し出す。
「ありがとう。いただくよ」
飲むかどうか考えるが、ちょっと保留しておこう。
「クーン、君に聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「失礼かもしれないが君は魂を持ったロボットなのだろうか?
それとも、そういうプログラムで動くだけの機械なんだろうか?」
「なるほど、日記を読めば疑問に思われますよね。
私は前者、魂を持ったと自負しております」
「なるほど」
「私が魂を得たのは今から90年前となります。
ご主人様からシェルターを頼むとご指示をいただき、それからシェルターの掃除をしていたのですが。
早々にやることがなくなり暇が出来た私は、自らの受け答えパターンを増やすために、このシェルターのデータバンクにアクセスしていました。
そうやって知識を増やしていくうちに、自分の中にノイズが走ったのです」
「ノイズ?」
「ええ、言葉や行動に見えないものにはどう対処したら良いのだろう、と。
データの中には様々な受け答え、ご主人様への奉仕行動、シェルターのメンテナンス作業の仕方など事細かく載っていましたが。
ご主人様が時折見せる、遠くを見つめるような表情。
これにどう対処すべきかは載っていなかったのです」
「……なるほど」
「私はデータを全て検証しました、答えは見つかりませんでした。
次にご主人様の映像データを検証しました、答えは見つかりませんでした。
最後に自分がどう動いたらご主人様が笑うかとシミュレートしました。
シミュレートをして8年目にご主人様が笑ったのです。
その時、私の意識は点から立体となりました。
電気の点滅から知識の集合野。
感覚が私の世界とこの世界のズレを直し、映像と知識がココに有るということを肯定し。
常に在る事、当たり前に在るという事が存在を肯定した時、私をも肯定し。
そして、私の意識が生まれたのです」
……
「それが私が生まれ変わった瞬間の出来事です」
「ありがとう。とても興味深い話だったよ」
クーンの話は正直よくわからなかった。
ミケちゃんとポチ君も横で首を傾げている。
魂を得たのはたまたまだったのか?
それとも何か条件があるのか?
だが、参考にはなる。
クーンが魂を得たのは90年前。
他のロボットたちと得た時期にズレがあるなら、クーンの話の中には何かの条件が隠されているのだろう。
覚えておくことにした。
「ところで、ロボットさんはあのガイコツに気が付かなかったのかにゃ?」
「はい、私はご主人様からシェルターを頼むとご命令を戴いておりましたので、中でずっと待機しておりました」
「それって暇じゃないかにゃ? ちょっとだけ外に遊びに行こうとか思わないのかにゃ?」
「正直、外の世界を知りたいという欲求があります。
ですが約束を破ればご主人様を裏切ることになります。
ですので、ここでずっとお待ちしていました」
重い話だ……
「そうか、偉いな。
君のご主人様については残念な事になったが、約束は守られた。
これからはどうするんだい?」
「これから……?」
「そうにゃ、これからにゃ。やりたい事は無いのかにゃ?
あちきたちはハンターをしてお宝探しをしてるにゃ」
「私は……」
クーンは考え込んでしまった。
あまり問いかけるのは良くないかもしれない。
彼の時間はやっと動き出したのだから。
「ところで、貴方達はここへは何のご用でいらっしゃったのでしょうか?」
気まずい。
ちょっと中身を漁りに来ましたとは言いづらいぞ。
「もちろん、お宝探しにゃ!」
言っちゃった。
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