第5話 初めての狩り
ハンター登録を済ませた俺はギルドを出て、左の道をまっすぐ進んでいく。
オートMAPを起動して現在地を見たところ、どうやら俺はこのチェルシーの町の北門から入って、今は西門へと向かってるようだ。
西門のゲートをハンター証を掲げながら通過し、西のスラム街へと入る。
西のスラム街も北のと変わらず嫌な臭いがし、ごく平然と道端に寝転がってる人たちがいる。
北のスラム街との違いは、こん棒や鉄パイプで武装した住人をよく見かけることだろうか。
こん棒を持った少年がこちらを睨みつけている・・・・、いや、正確には俺が右腰に下げた拳銃を見ているようだ。
不穏な気配を感じたので拳銃のホルダーに軽く右手を合わせる。
そしたら、慌てて少年は路地裏へと走り去っていった。
スリや強盗には気を付けた方がいいかもしれない。
右手を軽く銃に当てながら、警戒してスラム街の道を進む。
5分ほど歩いたところで、道のずっと先に湾曲した川が見えてきた。
さらに5分も歩けば、左側に川辺と膝ぐらいまでの雑草の生い茂った草原が見える。
「ここが仕事場所かな?」
見渡せば、草原にぽつぽつと人影がある。
草原でこん棒を振り回す大人たちに、川辺で何かを獲っている子供たちがいる。
子供たちを見やれば、その近くに座り込む二人連れに大人も見える。
保護者かな?と見てると、彼らは何かに気づいたのか、立ち上がり駆けていった。
見れば、少し離れた川辺に、赤茶色の動物が川面に頭を突っ込んでまさぐっている。
おそらく、この川辺はハゲネズミの餌場でもあるのだろう。
座り込んでいた彼らは、ハゲネズミが餌取りに川辺へ近づいてくるのを待ち構えていたのか。
思案から戻って川辺を見れば、彼らの片割れがハゲネズミに向かって、こん棒を振り上げたところだった。
だが、その動きはハゲネズミに感づかれ避けられてしまう。
バックステップで避けたハゲネズミは逆に襲撃者の足に纏わりつき、噛み付いた!
ぎゃぁ!という悲鳴がここまで聞こえてくる。
噛まれた男は痛みに耐えられなかったのか、こん棒を手放して転び、両手でハゲネズミを引きはがそうとするが、深く噛み合ったのか剥がれない。
ハゲネズミが果敢な戦意を見せ、男の悲鳴が広がるところにもう一人の相方が到着した。
相方はすぐさまハゲネズミにこん棒を振り下ろす!
2発叩き込んだところで、ハゲネズミはふらつきながら噛まれた男から離れた。
相方は逃がすまいと執拗に叩き続け、見事ハゲネズミをしとめたようだ。
その後はハゲネズミを背負い、怪我した男に肩を貸しながら二人は町へと戻っていった。
うーむ、戦闘を見ていた感想だが。
ハゲネズミ結構強いな。
動きは犬や猫に比べれば遅いが、噛む力が強そうに見えた。
まともに噛まれれば大怪我をしそうだな。
自分の服装を見るが、これで大丈夫だろうか?
この戦闘服は、手足や胸にプラスチックのプレートが埋め込まれているが、内モモやふくらはぎの体の内側部分には付いていない。
攻撃を受けるなら正面側で、出来れば蹴っ飛ばして近づけさせないようにした方がいいか。
武器は銃を当てる自信が無いから、ナイフの方がいいかな。
さて、心構えも出来たことだしハゲネズミを探すか!
その後、川辺をうろついてみたり、草原をかき分けながら探すがハゲネズミは見つからない。
30分ほどして喉の渇きを覚えたところで、この世界に来てからまだ食事を取ってなかったことに気づく。
川辺の大きな石に腰掛けながら食事にする。
水筒に入ってた水は普通の水だった、水の補充方法も考えないとな。
この川の水は飲めるのだろうか?
丸パンも普通だ、香ばしい小麦の香りが口に広がり、その味に夢中になることでこの異常な状況を一瞬だが忘れさせてくれる。
ドライソーセージも包装を剥ぎ取り、犬歯で噛み千切るようにして口に放り込めば塩気と大目の脂の甘みと肉の旨みが広がり、衛兵にこれをやったのはもったいなかったなと感じる。
自分の利益を守るという一点でケチなのは、この世界では美徳なのかもしれないと考える。
そんな食事のひと時に癒されていたところ、近づいてくる影に気づく。
ハゲネズミだ。
こちらを伺いながら、のそり、のそりと歩み寄ってきた。
体毛の無い、赤茶けた皮膚の50cmぐらいの大きなネズミ。
しわだらけの顔面にまん丸の黒目がついてて、なかなか愛嬌のある顔立ちじゃないか。
俺は食事をして気が緩んでいたのだろう。
公園の鳩に餌をやるようにちぎったパンを放り投げる。
目の前に落ちたパンくずに、ハゲネズミは鼻を近づけてスンスンと嗅いだ後、そのまま食べ始めた。
すぐに食べ終え、そのままゆっくりと俺に近づいてくる。
「なんだ、もう食べ終えたのか?ちょっと待ってろ。」
ふふふ・・、可愛いやつめ。
パンをちぎろうとしていると、俺の足元まで来ていたハゲネズミが俺の腕に噛み付いた!
「ぎゃぁ!!」
慌てて腕を振るう!
ハゲネズミの前歯がまだ深く刺さっていなかったのか、簡単に振り払えた。
「痛ぇぇ・・、こ、この糞ねずみがぁ!!」
ハゲネズミはこちらへキーキー鳴きながら威嚇している。
恩を仇で返す畜生めが!許すまじ!
戦意が満タンになった俺は右手でナイフを抜き、構える。
そこにこちらを舐め腐っているのか、正面からハゲネズミが飛び掛ってきた!
すかさず前蹴りで牽制!予想外につま先に重い手ごたえ。
ミシッと、つま先がめり込むような手ごたえにハゲネズミの動きが止まる。
ハゲネズミはそのまま横に倒れて痙攣していた。
チャンス到来とばかりに気合を入れて「キェーッ!!」と雄叫びを上げながらハゲネズミに飛び掛る!
左手で頭を地面に押し付けるようにしてナイフを首に差し込む!
肉に食い込む刃の感触にゾクリとし、すぐに抜いて距離を取り、観察をする。
ハゲネズミは30秒ほど痙攣したのち、動かなくなった。
命を奪ったんだなぁ、と感傷に浸る。
心に浮かぶのは自分が命を奪ったという気持ちと腹に溜まる少しの重み、それ以上は感じなかった。
もう少し、何かあるかとも考えたが、ただ殺したという事実を心と体が簡素に受け止め、そのまま消化にはいってるような感じがした。
命は軽い。
消えるときは一瞬だ。
よく言われることだが、その事実は殺される当事者にだけ当てはまるのではなく、殺した相手もそのように受け止め、消化できるものなのかと思い悩む。
命の軽い世界。
これまでの常識がまるで通用しない世界。
異世界に来たのだ、とようやく理解した。