第160話 種族の違い
すいません、だいぶ遅れました。
「一週間ですか、意外と早く出来るんですね」
改造だからもっと掛かるかと思ったが。
「改造と言っても部品の交換と装甲をリベットで留めるだけですからね。
6時間もあれば終わらせます。部品の交換は我々の得意とすることですし。
先に契約を済ました方から作業を始めますので、少々お時間をもらいますが。
あ、それとこれを……」
そう言ってバルバトロイさんが紙を手渡してくる。
譲渡の契約書だ。
それにサインをして返す。
「いやぁ、ありがとうございます。最終日は売れ行きが悪いので今回はここまでと思ってたのですが」
「そうなんですか。バザーに参加するのは初めてですけど、結構良いのが残ってたなぁと思ってたら」
「いえ……、実は中型車種はあまり人気が……。売れ易いのは個人向けに小型車種、団体もしくは組織向けに大型が売れ易いですかね」
「ああ……、値段的に中型は折り合いが悪い、と」
「そうなりますね」
「クレジットも遺跡で拾わなきゃいけないし、貯め難いですしね」
「なんでシリングじゃダメにゃ?」
ミケちゃんが通貨の違いについて質問した。
「我々が使っているのがクレジットなのと聖典に載っているからですねえ」
「聖典?」
「ええ、我らの祖先が載った始まりの原書、販売カタログ。その業を辿る事は我々にとって宗教的であり、民族としてのアイデンティティとなります。
新しく生まれた我々にはまだ自我に乏しいものが多く。祖先の始まりから販売までを追っていくことは、我々という種族を見つめ直し。
クレジットを集め、その価値を認めることは我々の自尊心を満たします」
「そ、そうなんですか」
種族の違いって大きいな、と思う。
家電が意思を持ったらこんな感じなのだろうか。
「はぁー……、なるほどー」
クーンは深く感銘を受けたように頷く。
「まぁ、最近は新規のクレジットがあまり発掘されなくなってきた事から、新たな考え方も論じられるようになってきましたが」
「それは?」
「我々の開発による新規商品、こちら側の通貨に迎合した新たなカタログ、新約聖典を作ろうという動きまで出て来まして。
原理主義を標榜する軍事のヴァルハラサービスや都市整備のヘカテイアメンテナンスが騒いでいまして。
……実のところここだけの話、うちは新約派なんですよ」
バルバトロイさんが声を潜めて言う。
その視線はクーンへと向いた。
「え、そんなこと、俺たちに……」
「新たな同胞が見つかるのも久しぶりですしね。それも外で。
クーンさんにはその点でも期待しています。外で生きてきた者の意見を保守的な彼らでも無視できないでしょうから」
「わたしが、ですか」
クーンが戸惑った様にモノアイを揺らす。
「ええ、我が社にとっては切実な問題ですしね」
「その……宗教的な派閥みたいなものがですか? 何故分かれているんです?」
俺が尋ねると、バルバトロイさんの視線の色が燃え上がるように強まった。
「ええ、我が社にとっては本当に切実なんです! 都市インフラ事業に依存した他の4社に比べ、純粋な製造業の我が社とグループ企業は常に販売網の拡大を求められますからね。
……同胞相手には我々の商品はあまり売れないんですよね」
最後の方は声がすぼまっていた。
「ロボットは車はあまり買わない?」
「都市内にはバスや電車といった交通インフラも充実していますから、同胞たちは物持ちも良いですし。
もう需要があまり……、他の製造業の工場も徐々に閉鎖されていってますしね……」
バルバトロイさんが視線を落とし、その姿に悲哀が翳る。
「あー……、それはご愁傷様です」
「なんだかよくわからないけど大変にゃ。ところで車以外にも作ってるのにゃ?」
「ええ、他にも造船から家電なんかの小物。他にも農業や食料なんかもグループ内にいますが、ほとんど閉鎖されてしまいましたね。
我々、食べないので」
「えぇーっ! もったいないにゃー」
「ああ、食べないのに延々と作るのはさすがにあれですね……」
現代日本から来た身、食べないものを延々と作っては捨てるのはどうかと思うので、閉鎖は致し方なく思える。
種族が違うというのは、経済のあり方もまた変わってくるようだ。
適応できない会社は潰される、そうなると……。
「あの、閉鎖した工場なのですが。そこの社員の方はどうなるのですか?」
「閉鎖した場所の社員は他の工場に移るか、自宅待機になりますね。
この自宅待機社員が増えているのが、密かに問題になっていまして。
なので、活動できる我々が頑張って事業を拡大しないと!」
そう言い、バルバトロイさんが燃えている。
雑談を少しした後、「成約済み」と書かれた一枚の札を渡された。
「これは?」
「バザーでは購入された商品に購入者が札を掛けるのが通例になってまして、それと最終日の昼には市の主導でお披露目があります。
こちらへの参加は任意ですが、市の治安本部やギルドで購入した場合にその車両で市内をぐるりと回る事をしています」
「はぁ……」
多分、高級品である車を持っているという事で武威や権力を示すようなイベントだと思うが。
横の二人へと視線を移す。
「良いんじゃないかにゃ」
ミケちゃんは両腕を組んで、満更でもない表情。
「ちょっとはずかしいかもー」
ポチ君は頬に手を当てている。
が、
「恥ずかしいのでこれは無しで」
二人から抗議の声が上げられたが、俺が恥ずかしいので却下した。




