第155話 バザーのテント
大分、遅れてすいません。
鋼鉄の足の裏に付けられたタイヤで滑るようにアスファルトの上を移動し、目の前に現れたのは銀色の4本足のロボット。
体は大きく、目の前にトラックが迫ってきたような威圧感を覚えた。
赤く光るモノアイがクーンを指す。
「はじめまして、私はゼネラルタービン社所属、北部興行管理官を勤めているパーソナルネーム・バルバトロイです。
貴方は何処の所属の方でしょうか?」
右手のアームで自身の胸部を指し、やや大仰な身振りでクーンに向けて自己紹介を始めた。
「私はクーン。所属はこちらのマスターたちと共にハンターをしています。
今日は自動車の購入を検討しに来ました」
「……ハンターですか」
大柄なロボットは戸惑ったように俺とクーンの間に視線を揺らす。
「何やら訳有りのようですね。どうでしょう、情報交換をしませんか?」
「マスター」
クーンが俺の方を向く。
それに頷き。
「おねがいします」
「それではこちらへ」
そう言って背後へ振り返り、奥に見える円形の建物へと向かっていく。
あんな建物、南の市場にあっただろうか?
俺たちもそれに続くが、周りがざわつき始めた。
俺たちと言うよりもバルバトロイと名乗った大柄なロボットへと視線が送られている。
ふと、視線を感じて振り返れば、さっき見た金髪の刀らしきものを腰に差した男がこちらを見ていた。
建物へと近づくと、それが簡易に組み立てられたプレハブだという事がわかる。
外周が円形で、中央部が上に向かって尖っている姿はサーカスのテントの様に思えた。
中にはテーブルやイス、ファイルの収められた棚などが設置してあり、事務室の様だった。
ウサギやネズミをデフォルメしたようなロボットたちが席に着き、同じく席に着いたスーツを着た裕福そうな人たちに向け商談をしている。
「こちらへ」
バルバトロイさんは奥へと進み、荷物の置かれた殺風景な部屋の隅へと誘う。
様々な道具、ガトリングガンやシールドの置かれた整備場の様な場所だ。
「粗末な所へすいません、私の席はここと決まっていまして。ちょっと待って下さいね」
そう言うと近くのテーブルをひょいっと摘み、俺たちの前に置く。
俺たちもイスを各自近くから持ってきて席に着いた。
そこにクーンを一回り大きくしたようなロボットがお茶を運んでくる。
「ありがとう」
ロボットへとお礼を言うと、ピーッと電子音で返し戻っていく。
それに首を傾げていると。
「やはり知らないようですね」
バルバトロイさんが俺に視線を向ける。
「どういうことでしょうか?」
「そちらのクーンさんが単独……いえ、私らの感覚でネットワークに繋がっていない時点で我々《メタルソサエティ》の事情には詳しくないのでは、と思ったのです」
「ネットワークをまだ維持しているのですか!」
クーンが驚いたように言う。
ミケちゃんやポチ君、ジニさんたちはネットワーク自体わからないのかポカンとしていた。
以前に都市遺跡でインターネットの様な広域ネットワークに衛星を通じてアクセスしようとしたが、それは撥ねられてしまった。
クーンが接続していたのは都市のインフラネットと言ったローカルネットだ。
「ええ、私たちは衛星を管理下に置き、広域ネットワークに通じています」
「わたしもそれに繋がることは出来るのでしょうか?」
「我が社に入るか、まぁ他の企業でもいいのですが。《ソサエティ》に所属するのであれば、ネットに繋がる資格が得られます」
その言葉に俺たちが顔を顰める。
クーンも一度、俺たちの方を向いた後。
「お誘いいただき申し訳ありませんが、わたしの所属はここですので」
「でしょうね。いえ、皆さんの心情を害するつもりは無かったのですよ。
ただ、今の時代に単独行動を取る同胞は珍しかったもので」
「そうなのですか?」
「ええ、各企業が寄り集まった《ソサエティ》が発足する前は各地に単独、もしくは少数で行動する同胞たちは多かったのですが。
発足後はネットを通じて皆、ここよりずっと南の地に集まり、協力して暮らしているのです。
集結の布告を出して5年後に、安全性を確保するためにネットの使用に制限を掛けたのですが」
「5年後……、それは海暦で何時のことでしょうか?」
海暦というのは大戦前に使われていた年号だ。
今でも使われてるかは俺は知らない。
「我々が魂を得て1年後に布告を出したので海暦2241年になりますね」
「わたしの自我が産まれたのが2243年なので、聞いてなかったみたいですね」
クーンがそう言うとバルバトロイさんが首を傾げる。
「……何ですか、それは? 我々が産まれたのは皆等しく海歴2235年5月15日のはずです」
「「え?」」
俺とクーンが驚きを共にする。
クーンが作られたのは大戦が始まってからすぐの事だが、そこから自我が産まれるまでには8年間の追憶を通してだ。
俺たちの驚きが本心からのものだと気づいたバルバトロイさんがさらに動揺する。
「バカな、起源後の再発生だと……。これは私の権限を越える話ですね。
少々お待ちください、上に取り次ぎます」
そう言うと黙り、モノアイが点滅した。
俺たちも話についていけず困惑する。
「どういうことにゃー?」
ミケちゃんが俺に聞いてくるが、俺にもわからない。
ただ、気になったのは「我々が産まれたのは皆等しく」という部分。
しばらくお茶を飲みながら待っていたところ、バルバトロイさんが再起動する。
「……担当を代わります。はじめまして、私は《メタルソサエティ》第5席統括官及びゼネラルタービン社の会長を務めるセラフと申します」
さっきと違い、バルバトロイさんから出てきた言葉は機械的とは言え、女性的な静かで高い声だ。
「はじめましてクーンです」
「本来ならきちんと顔を合わせてお話を伺いたいところですが、通信上にて失礼します。
バルバトロイを通じてクーンさんのお話は聞かせていただきました、非常に興味深いです。
是非、直接お会いしてクーンさんのお話を聞かせ願いたく、どうでしょう?
こちらまでご足労願うのは失礼だと思い、勝手なお願いで大変恐縮ですが《ソサエティ》までご来駕願えませんでしょうか。
もちろん道中はそこの者たちに警護させ、安全は保障致します」
なんだかお偉いさんらしき人のお誘いに俺とクーンが顔を見合わせる。
「どうしましょう?」
「うーん……」
「どうでしょう、《ソサエティ》は大戦前の人類の黄金期を現在にも残す、地上の楽園です。
もしクーンさんが我が社に加入してもらえますなら、出来る限りで希望の部署に配属しますし、皆様にも都市へのゲストIDを発行致します」
「ゲストですか……」
クーンが呟く。
「そちらへ向かったら俺たちは離れ離れにされるという事ですか?」
「いえ、そういう訳では。こちらの齟齬にて不安を感じさせてしまったこと謝ります。
皆様方の立場を保障すると言う話です。
我々は《ソサエティ》で決めたルールに縛られていますので、一つ一つ形式を取らないと段取りも進められませんもので。
《ソサエティ》は外部からの立ち寄りを基本的に断っております。
皆様は今回、我が社の製品の購入を検討なさっていらしてくださるとお聞きしました。
ゲストIDを持つことは我々との直接交渉権を持つことと同じですので、皆様の利益にもなると存じ上げます」
「え、え、どういうことー?」
ポチ君が首を傾げた。
「我々が各地を回り販売させてもらっている物は、都市同盟政府との間で取り決められた商品内に限定されています。
もし、こちらまでいらっしゃってもらえるのであれば、それ以外の製品をお譲りすることも出来ます」
今週の投稿はここまで、次の投稿は金曜日(目標)になります。




