第141話 崖上の休息
大サソリの頭蓋を割り、さらにそこにライフルの銃口を刺し入れトドメを刺した。
大サソリから力が抜け、その腕が落ちる。
それに掴まっていた俺ごと。
「あでっ」
地面とドラム缶のように太い腕に挟まれ、そこから這うようにして抜け出す。
そのまま立ち上がろうとしたが、それ以上体に力が入らず動けなかった。
限界まで力を出した反動だろうか。
体がまだ熱い、この火照りが冷めないと動けなさそうだ。
見上げる空は青く、近くの崖からは水気を帯びた風が吹き上がるように出、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
それにしてもなんだったんだろう。
アーティファクトを使う時は発動すると共に、頭にその姿が浮かぶものだが、今までよりもずっと鮮明に思い浮かんだ。
力も集中すればするほど引き出せるような気がした。
と、考え事をしている場合じゃない。
「ミケちゃん! 大丈夫?」
首しか動かせないが、居るだろうと思われるサソリの腕の反対側に声を掛ける。
小さく「んっ」と聞こえると、腕を大回りするようにして姿を現した。
「あちきは大丈夫だけど……」
そう言って見せてくるのは、無残にも二つに折れた硬鞭だ。
俺を助けようとして、俺の代わりに挟まれ折られてしまった。
ミケちゃんの顔も眉が下がり、しっぽもしゅん…と落ちてしまっている。
「ごめんね、街に戻ったら新しいの買おうね」
もちろん代金は俺持ちのつもりだ。
「これ、直せないにゃ?」
「接着は出来ると思うけど強度が落ちるから、武器としてはもう……」
「そうかにゃ」
ミケちゃんはもう一度手の中の硬鞭に目を落とすと、大事そうに鞘に押し込んでいく。
「それでおにいさんは何してるにゃ?」
腰を下ろすと俺の頬を突っついてきた。
「疲れちゃってしばらく動けそうにない」
「そうかにゃ。あ、ちょっと待つにゃ」
そう言うとミケちゃんは崖に近づき、顎を出すように首を伸ばし、下を覗く。
ちらっと見て、すぐに戻ってきた。
「下はまだゴシゴシしてたにゃ。しばらく休憩にするにゃ」
そう言って俺の側に腰を下ろすとハンドガン片手に、辺りへと視線を配る。
見張りをやってくれるようだ。
ありがたく休ませてもらうことにした。
……
…………
頬を突っつかれる。
柔らかな指の感触……、両頬からだ。
ハッとして目を開けると。
「やっと起きたにゃー」
「おはよー」
ミケちゃんとポチ君が上から覗いていた。
「あれ……、どれくらい寝てた?」
「3時間といったところでしょうか」
クーンもいる。
「サソリたちは?」
「目に付いたのは全部倒したよー」
「逃げてった奴らも戻ってこないにゃ」
「それで次の指示をと」
3人がそれぞれ矢継ぎ早に喋る。
討伐は完全に終わった、ってことだな。
「それじゃ次は…」
「その事でご相談が」
そう言ってクーンが崖に寄っていく。
俺もそれに倣い、崖から下を覗く。
崖の中腹辺りから《オアシス》が水を滝の様に吐き出し、底には水が溜まり始め、ビッグクーンのキャタピラを沈め始めていた。
「水が溜まり始めたな。ビッグクーンは大丈夫なのか?」
「劣悪な自然環境を想定した完全防水型なので、水に沈んでも大丈夫なのですが。チタン製で錆びないですし。ただ……」
「ただ?」
「アレを引き上げる手段が無くて」
クーンが困った様に目を点滅させた。
「普通に登ってくるんじゃ……、無理か」
ビッグクーンのサイズに対して坂道が細すぎる。
「アレの運用設計ですと、掘るだけ掘ったら底で解体してパーツに分け、部分ごとにクレーンで引き上げるようにしていたそうです」
「そうかぁ……」
もう一度、下を見る。
なんとか横に掘って、少しずつ上を目指せないかと考えるが、そういう風に出来ているようには見えなかった。
下手に掘ろうとしたら崖を崩して生き埋めになりそうだな。
底の方では水位が少しずつ上がり、ビッグクーンを沈めようとしている。
「水も問題か」
大サソリの討伐依頼も元はと言えば、新たな水源を求めてのことだ。
水源であった《オアシス》を取った今、はい、それじゃという訳にはいかない。
「《オアシス》内のエーテル残量は……」
「最後に確認したときは6000万。水に変換して6000万トン、この大穴を満タンにして余りありますね」
「満タンにすればしばらく持つよな?」
「数百年は余裕かと。思っていたよりも水位の上がりが早いですから、地底湖の方も枯れてはいなかったみたいです。
おそらく地下深くにですが、地下水の流れが通っているかと」
「それなら半分でも大丈夫そうだな」
「はい、それでも100年ぐらいは持ちそうです」
「半分までどれくらい掛かりそうだ?」
「経過時間で計算して、これまでに放出された水量が暫定で約1400万トン。中間点、底から高さ50mの位置までに必要だと思われる量が残り940万トン。
《オアシス》の在る位置がそれよりも下で高さ30m程なので、そこまでですと540万トン。現在の水位は3m程と見ます」
思ったよりも《オアシス》の位置が下だったな。
「それなら《オアシス》の位置まででいいかな?」
俺たちの寄った村の泉の水位は底が薄っすらと見えるほど。
何よりここは直径が大きい。
対岸まで500mほどある大穴だ。
比べれば水量は桁が2つ以上違うだろう。
「それですと後1時間半で埋まります」
思ったより早い。
後ろの二人とも顔を見合わせると。
「「「すぐに獲れるものは運ばないと!」」」
にゃ。
みんなで坂道を駆け下り、てけてけと橋を渡ってビッグクーン内へ。
まずは居住区画で手に入れた拳銃などを確保する。
ミケちゃんたちは見落としが無かったか再度、各部屋を見回っていた。
そんな中、クーンは名残惜しそうにコントロールユニットを撫でる。
「クーン……」
「ようやくこっちの体にも馴染めそうだったのですが……」
出来るならコレも持っていきたいが。
「しょうがないです。行きましょう」
引き上げる手段が無い、だが。
「いつか取りに戻って来よう。約束する」
「すいません、ありがとうございます」
落ち込んだクーンを見ていられず、咄嗟に約束したが。
コレを引き上げるには大型クレーン……と解体したり、組み立てる技術も要るのか?
ギルドでそんな事出来るわけないよな……、シャーロットさんにでも相談してみようか。
いや、街で権力を持ってそうなシャーロットさんでも厳しいか?
あの街自体にそこまでの設備が残っているかどうかわからないしな。
うーむ、とりあえず街に戻ってから考えるか。
あらかた見回り、後残った場所はということで工作区画へ。
ここは掻き揚げた土砂を圧縮、整形して運びやすくする為の場所だ。
ざっと見て回るが。
「思ったよりもきれいにゃ」
土だらけかと思ったら、埃が床にうっすらと乗っている程度だ。
「土の加工はこの壁の向こうでやるみたいだな」
区画の中心を幅広く横断する壁を叩く。
壁にあった図を見たところ、トンネル上の加工場の中にベルトコンベアのラインを伸ばして加工しているようだ。
俺たちのいる場所はそれを制御、監視する場所なので思ったほど汚くなかった。
ざっと見たところ、特に金目の物は無い。
早々に諦め、最後に資材置き場に。
ここも……。
「うーん、実はこれプラチニャ?だったりしないかにゃ?」
ミケちゃんが置かれていた黒光りする金属パイプを拾い上げる。
「どう見ても違いますよ」
クーンも困ったように体を傾けた。
辺りを探るが、ここも余り金目の物が……、お?
端の方に置かれた鉄筋の横に細い金属の棒を見つけた。
鉄筋で枠を作ったときに、それを補強する筋交いのようだ。
細いといっても親指ほどの太さがある。
色も黒光りしていて、持ってみると思ったよりも軽い。
これもチタン合金製か?
近くのダンボールを漁ると中から黒光りするボルトや、それに嵌め込むナットも出てきた。
おやおや……?
いつも読んでいただきありがとうございます。
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