第140話 崖上の戦い・後編
崖をよじ登ろうとしたところ、それを待ち構えていたサソリが尾を振るってきた!
目の前に迫る毒針をとっさに片手で捕まえる。
毒針の先から透明な液体が一滴垂れた。
サソリが無機質な目でこちらを覗きこみ、その尾をぐいっと押し込んでくる。
すごい力だ、体勢が悪いのもあるが押さえつける腕が震え、少しずつ押し込まれてきた。
濡れた毒針が目の前へと迫る。
顔を背け、震える腕を酷使しながら少しずつ横へと逸らし、首の横を通過したところで腕の力を抜き、逆に引っ張り降ろす!
突然の力の半転につんのめったサソリが真っ逆さまに落ちていく。
片腕で崖にぶら下がりながら、それを見下ろした。
と、こんなことをしている場合じゃない。
早く登ってと、両腕に力を入れる。
一気に引き上げ、飛び込むように上半身を地面へと放る。
前を向いた時に見えたのは、大サソリが手に挟んだ硬鞭をねじ折る瞬間だった。
ギィンッ!……と軋む音が辺りに響く。
「ああ! あちきの剣が!」
ミケちゃんが無残に折れた相棒を見て、大きく口を開く。
二つに分かれた硬鞭が、鋏から零れ落ちるのを目で追い。
それが地面に落ち、軽く跳ね、動きを止めた瞬間、ミケちゃんの尻尾が膨らみ、ピンっと立った。
背を丸め、まるでハリネズミのように毛を逆立てさせる。
「お前は、あちきを怒らせた!」
涙目で大サソリを睨みあげる。
それに対するサソリの返礼は、腕を思い切り振り下ろした!
迫る岩のような腕に対し、ミケちゃんが弾かれたように後ろへと飛び退る。
腕は地面へと落とされ、粉塵の舞う中に放たれた矢の様にミケちゃんが突っこんだ。
土煙の煙る中、サソリの腕を伝って胴体へと着地。
「死ぬにゃ」
頭に向かってハンドガンを連射!
大サソリが煩わしそうに腕を振るう。
「にゃっ、と!」
大きく跳び、くるりと回転しながら着地。
大サソリの様子はと見るが、変化は無い。
やはり9mm弾では軽すぎるか。
ならば、
「ミケちゃん!」
腰のリボルバーを放り投げる。
ミケちゃんが受け取り、ハンドガンを仕舞う。
そこにまたもや大サソリが腕を振るうが、さっとかわし、逆に動きの止まった腕の上に飛び乗った。
「喰らうにゃ!」
腰を僅かに落とし、両手で構えたリボルバーの引き金を引く。
ダンッ!と空気の爆ぜる銃声に遅れて、ミケちゃんの両手が跳ね上がる。
「ジッ!」
大サソリが僅かに悲鳴を上げ、嫌がるように腕を振る。
ミケちゃんは軽やかにそこから飛び退った。
マグナム弾なら流石に効いたみたいだな。
と、そんなことをしている場合じゃない、俺も参戦しなければ。
立ち上がり、ライフルは、と探すと……あった。
さっき殴られた時に取り落としたようだ。
俺がライフルを拾いに行く間にも銃声が続く。
大サソリの頭のひび割れはさらに広がり、そこから絶え間なく血が流れ落ちる。
大サソリの腕を掻い潜り、眼前へと迫ったミケちゃんがマグナムを撃ちつける!
空気の震える音と共に石のような欠片が飛び散った。
遂に甲殻を断ち割ったのだ。
「お終いにゃ」
ミケちゃんが引き金を引くが、カチリと軽い音を返す。
「あれ?」
ミケちゃんが目をまん丸にしてリボルバーを見つめる。
そこに背後から大きく開いた鋏が迫ってきた。
「ミケちゃん!」
「にゃ!」
声を掛けるとハッとしすぐに跳び去り、危機を脱する。
掴み損ねた大サソリは穴の開いた甲殻を守るように、頭の前に鋏を掲げた。
そのままじりじりとミケちゃんに寄って行く。
空のリボルバーを手に、攻め手が無く、仕方なくミケちゃんも後ずさる。
あと一歩という所で、ならば!
「ミケちゃん!」
今度はライフルをミケちゃんに放る。
ミケちゃんがそれを受け取るのと、俺が大サソリの腕に飛びつくのは同時だった。
ドラム缶の様に太いサソリの腕に、腕ひしぎ十字固めを掛ける。
なんとか少しでも隙間が開けば、そこから撃ち込んでと考えてだが、岩のような腕はピクリとも動かない。
「ぐぬぬぅ!」
それでも、こなくそーと力を入れ続けたところ、体がカッと熱くなり始めた。
体のリミッターが外れたように力が入る。
背筋がぎゅっと引き絞り、固く閉ざした腕を徐々にこじ開け始める。
それと同時期に腰から光が零れ始めた。
青い光を見て、おそらくスパークトルマリンだと思うが、いつもより光が強い。
そのせいか体が燃え上がるように熱く、力が入る。
その割りに頭は冷え、感覚が冴え渡る。
何故かトルマリンはまだ力を出し切っていない、もっと出力を上げられるとわかった。
もっとだ、と念じると腰の光がさらに強まる。
そのまま一気にこじ開けた!
ミケちゃんが胴体に飛び乗る。
ライフルを逆手に持つと、そのまま頭部の穴に銃口を差し込む。
「これでお終いにゃ」
引き金を親指でピンッと弾くと、くぐもった銃声が抜け。
サソリの体がびくりと跳ねる。
サソリの腕から力が抜けると、痙攣しながらそのまま横たわった。