第138話 ビッグクーン無双
画面上では盛大な水しぶきが立ち、それから逃げるようにポチ君がアームの上を滑り落ちてくる。
だが、その画面が突然ぶつりっと暗転、足元から伝わる振動も止んだ。
「あれ? システムが落ちましたかね。私のコントロールから離れるだけで落ちるとは思えないのですが」
そう言ってクーンが再度、制御パネルにプラグを差し込み、再接続を試みる。
そのまま待つ事、数秒……。
「ああ!……」
クーンが声を上げる。
「どうした!」
「サーバーの記憶領域が8割ほどアレに食われているのですが、その中にシステムの一部も巻き込まれました」
どうやら急にシステムダウンを起こしたのはそのせいのようだ。
「壊れちゃったのにゃ?」
ミケちゃんも心配そうに首を傾げる。
「いえ、念の為にシステム部はバックアップを取ってあるので、壊れた部分は私が代替処理します。
ちょっと待って下さい……」
クーンがその目に当たる、モノアイのシャッターを下ろし意識を集中させると、パチッとまた画面が映り始めた。
足元からも一際大きな振動が伝わってきた後、断続的な振動が続いていく。
「お、映ったにゃ」
「……はい、現在情報処理だけでいっぱいっぱいなのでコントロールの方お願いできますか?」
「任せるにゃ!」
ミケちゃんがコントロールユニットに着く。
「ミケちゃん、ポチ君がどうなったか映せる?」
「えーっと、カメラはコレかにゃ?」
クーンから左の球体ですよと助言が入り、半分デスクに埋め込まれた球体にもふもふな手を置く。
球をぐりぐり動かすとそれに合わせてカメラが動いた。
「んー、見える範囲には居ないみたいにゃ。もう中に入ったんじゃないかにゃ?
その内、来るにゃ」
「そうか。それじゃ水の方に向けてくれる」
「わかったにゃ」
カメラが再度、《オアシス》の方に向く。
《オアシス》自体はアームの陰に隠れて見えないが、その下からは滝の様に水が流れる。
流れる水へとカメラが向くが……太すぎる。
画面いっぱいに青い水影が映り、カメラを引いてもらってようやく全景を映したところ。
「これ、幅が30mぐらいないか?」
「川みたいにゃ」
ミケちゃんの言う通り、滝と言うよりも川が垂直に流れ落ちているみたいだ。
「毎秒1000トンの水流ですからね」
クーンがそう教えてくれるが、中の数字を1000にしたって事か。
「無茶するなぁ」
「地下を埋めようとしたらそれぐらいが、ビッグクーンの限界まで引っ張ってみました」
当たり前のように言ってくるが、アーティファクトとの接続を切るのが後一瞬でも遅れていたら、クーンにまで影響が及んでいたかもしれない。
「次からはもっと相談しようね」
「はい!」
「それはそうとコレ、下もえらいことになってるにゃ」
ミケちゃんがカメラを下に向ける。
直下の大きな坑道は水に隠れ、入りきらない水が崖際で波打ち、別の坑道へと流れていった。
その流れを追っていくと……。
「うわ! いっぱい出てきたにゃ!」
別の坑道からは逃げようとするサソリたちがわっと出てきた。
その密集具合は足の踏み場も無いほどで、まるでアリの列みたいで何百といる。
中には大きなのも……3匹。
依頼で受けていた大サソリを確認した。
「出たにゃ!」
「よし、クーン。右のアームの掘削ホイールを始動させてくれ」
「わかりました、……動力確保、サーボモーター起動。ギア入ります」
クーンが言うのと同時に画面上では、右のアームの先に付けられた巨大な電ノコのような掘削ホイールがゆっくりと回り始めた。
画面越しにギィ…ィィッ……と鉄の軋む音が響く。
「……大丈夫か?」
「……多分、100年放置されていたものですからね。でもチタン製ですから錆とかは無いはずですよ」
ホイールの動きが徐々に早くなってきて、それに連れて音も甲高くなったが徐々に小さくなっていく。
「それでコレどうすればいいにゃ?」
「右のコントローラーをボタン押しながら動かしてみてください」
「わかったにゃ」
ミケちゃんがスティック上のコントローラーを掴むと、それに合わせてアームが動く。
コントローラーを前に倒し、ホイールを濡れた地面に落とす。
回転するホイールが泥を巻き上げ、それを左に向けて一気に振った!
その先にはここから脱出しようと坂道に向かうサソリの大群が。
電ノコの様なホイールが土と水を跳ね上げながら、サソリたちを粉砕していく。
振り切った後にはサソリの影は無く、ただ抉れた土の跡だけが残った。
「おお! すごいにゃ!」
興奮したミケちゃんが左右にアームを振り続ける。
操作に慣れてきたか、足元のペダルも使ってキャタピラも操作。
サソリの群れに向かってこちらから近づき、ホイールを一閃!
吹き上げる泥と共に群れを消し飛ばしていく。
自棄になったからこちらに突っ込んできて攻撃してくるサソリもいるが、それをものともせずキャタピラで踏み潰す。
さっきまで底を埋め尽くす勢いで蠢いていたサソリたちがあっという間に半減した。
俺はそっとスマホを見る。
ルーブルの残高は……2232ルーブル。
確か前に確認した時は1400弱だったから、ここに来て800以上稼いでいた。
「でかいの発見! やっちまうにゃー!」
小さいのを粗方消し飛ばし、今度は大物へ。
大サソリも目の前に迫り来る掘削ホイールに対して身を沈め、耐えようとするが。
霜柱を踏み割るかの如く、簡単に打ち砕いていく。
それを見て、残りの2匹が逃げ出した。
「逃がさないにゃ」
当然、追いかける。
ビッグクーンのメインモーターが唸りを上げ、床から伝わる振動がビリビリと足元を震わせる。
大サソリに追いつき、後ろからホイールで一撃。
バラバラに砕き、残り1匹。
後ろから掘削ホイールが追いかける。
追いつき、砕くぞと思った瞬間、サソリの尻尾が絡んだか。
ホイールの回転に合わせてサソリが振り回された!
「あれ?」
ミケちゃんも思わなかった事態に首を傾げる。
おそらくホイールの側面に付いたスコップ上の突起に引っかかったのだろう。
そのまま振り回されたサソリは、ブチッと尻尾が千切れるのに合わせて上空へと飛んでいく。
「「「あ……」」」
飛ばされたサソリはこの大穴の側面に当たり、螺旋状に伸びる坂道へと落ちる。
尻尾と片腕を失いながらも、よろよろ……と上を目指して逃げていく。
「やばい! 追わなきゃ」
サソリが落ちた場所は上の方に近く、ビッグクーンのアームも届かない場所だ。
「待ってにゃ、あちきも行くにゃ」
ミケちゃんが席を立ち上がった時。
「ただいまー」
ポチ君がタオルを被って帰ってきた。
見たことの無いタオルだから、別の部屋で拾ってきたのだろう。
「いやー、外すごい水だったよー」
「ポチ、良い所に来たにゃ! コントローラー頼むにゃ」
「え? え?」
状況がわからず、ポチ君がきょとんとする。
「俺たちは外に出て大サソリにトドメを刺してくる」
「あ、うん。あ! それじゃコレ持って行って」
ポチ君がコントロール席に向かうが、途中で背負っていたライフルを投げ渡してきた。
「ありがとう!」
それを受け取り、ミケちゃんと共に部屋を出る。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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