第136話 《オアシス》起動
地下を掘り進めて一気に巣ごとサソリ退治だと勢い込んでいたところ、予想以上に巣が深い事が判明。
ここは元々銅の鉱山で小規模に掘っていたところ、プラチナが出ることが判明して別の会社が大規模に巨大な穴を掘り始めたようだが。
その元々の銅の坑道が地下200mまで進んでいる。
さらには地底湖まで。
「そこまで掘り進めるのが無理だとしたら、なんとかサソリたちを巣穴から追い出さないとなぁ」
その方法……
「そうなると、まぁ、アレですよね……」
《オアシス》で水攻めだ。
アリの巣に水を垂らす様に上から流し込めば、そのまま溺死するか、這い出て来そうなものだが。
「そうなるとどれだけの水を流し込めばいいものか。地底湖とやらもあると言うし」
「地底湖に関して現状どれだけの水が溜まっているのかわからないのですが、もし空だとしたら1500万トン相当。
他の坑道部分も合わせれば2000万トンほど必要かと」
「そんなにか……。にしてもずいぶん詳しいな」
「ここのデータサーバーに地質の情報が詳細にありましたから。ここ、すごいですよ。
この辺一帯のデータだけでなく、世界中での工事情報や地質探査データが揃っていました」
「へー」
確かにこのサーバールームはずいぶん充実している気がする。
教室二つ分の広さにぎっしりとデータサーバーが詰められているしな。
正直、こういった工事用重機には不似合いなほどだ。
「ただ、ここちょっと変なんですよね」
「何が?」
「これだけの規模の機械ですと制御もその分複雑になりますし、人工知能に制御の大部分を任せるのが普通かと思われるのですが。
ここにはそのAIがまったく無いんですよね」
「AIが無いのってそんなに変なのか?」
「昔は大抵の工業、工作機械にはAIを組み込んで作業させるのが当たり前でしたから。
一人のオペレーターが10、20の機械に指示を出してさせたり。
高度な操作を必要とするもの、戦闘機や人型戦車などの軍事兵器には高度なサポートAIが搭載されていたそうですし」
「へー、AIに制御させるのが当たり前だったのか。やっぱマニュアルだとそういうの難しいのか?」
「私も軍事面はネットに残っていた情報程度で余り詳しくは無いのですが。
戦闘機は一機の有人機をリーダーに、何機かのAIを搭載した無人機を率いてチームとして動くのが主流だったみたいです。
人型戦車は単純に操作が難しすぎて、AIが補助しないと動かせなかったみたいですね」
「ほほぅ」
人型戦車というのはおそらくでかいロボットの事だろうが、それを動かすとしたら相当難しいのだろうな。
姿勢制御、視界移動、腕や足の動きといった基本行動をさせるだけでも、人の指の動きだけでは追いつかないだろう。
俺もゲームでそういうのをやったことがあるが、視界移動とダッシュを連動させて操作するとか出来ないし。
そういった事はある程度自律的に出来ないといけないと思う。
人が素早く反応したり俊敏に体を動かせるのは、それだけ体の細胞一つ一つを神経を介して脳が管理しているからだ。
普段気づかなくても、大脳の本能下にそういう機能があるらしい。
例えば、鯨は人の7倍以上の大きさの脳を持っているが、人ほどの知性は無い。
それでは鯨の脳は飾りかと言うと、それもまた違う。
鯨の脳の大部分はその巨体を制御するために使われているのだ。
体が大きくなればその分だけ、脳の容量も比例して求められる。
おそらく昔のこの世界では、AIがそう言った役割をしていたんだろうなあ。
機械を自在に操ろうとしたら本能的な内側の制御が必要になる。
体を動かすのはそれだけ大変なものだが、それを出来るAIを作れるとは凄い技術だな。
クーンも元AIだが、人のように自由に振舞っている。
ん?
「クーン、ロボットの商人たちは元AIが自律行動…というか魂を持ったものだよな」
「すいません、彼らに対する情報は無くて」
「そうか」
何か怖いことに気づいてしまったような気がする。
この巨大掘削機の仕様の謎については、クーンが後でサーバーを調べることになった。
それよりも今は《オアシス》をどう使うかだ。
「それに関しては前にも申したように私が使ってみます」
クーンは体が機械で出来ている故に、記憶の書き換えが出来る。
それならあの津波のような強制記憶にも対抗出来るかも知れない。
「無理だと思ったら俺が代わるからな」
「ご心配ありがとうございます。でも、なんとかしてみます。
まずはテストをしてみてどの様なものか試すのと、その前に……」
「ああ、アップグレードだな」
使うのは記憶域、大容量記憶ドライブやメモリーだ。
クーンは機械故に改造ができ、その材料がここにはごまんとある。
だが、サーバーから直接抜くのはマズイかな?
……
…………
一度コントロールルームに戻り、そこにあったパソコンをバラした。
取り出したメモリーや記憶ドライブをクーンの中に組み込んでいくが、クーンの体格的にもこれ1台で一杯になりそうだ。
「記憶容量が10倍になりました!」
クーンが両手を突き上げ、うれしそうにしている。
「よし、それじゃ外に出て試してみるか」
「はい!」
外に出てクーンに《オアシス》を持ってもらう。
それを神妙な面持ちで見つめ、そして……。
「アクセス」
クーンが《オアシス》を起動させた。
クーンの体に手を掛けながら、その時をじっと待つ。
《オアシス》が水を生成し始めた瞬間に体を離させなければ、クーンが致命的なダメージを受けてしまう。
……
《オアシス》にまだ反応は無い。
……
まだ反応は無し、焦れる。
ミケちゃんたちの話では、しばらくしてから光り始めたとの事だが……。
……
まだ……っ!
青い水晶玉の中で蛍の様なほのかな光が灯った。
「クーン!」
すぐに体ごと抱えて引き離した。
クーンはその円筒形のボディに付いた、単眼のモノアイを瞬きをするようにシャッターを小刻みに動かしている。
「クーン、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか」
「そうか……、良かった」
「……思っていた以上に素晴らしい体験でした。世界の、原始の成り立ちを見ているかのようで。
思わず引き込まれそうになりました」
「そうか……、一応言っておくが危険だぞ」
「はい、メモリーも……あの一瞬で空き領域が8%持っていかれたようです。
一部が無意味なデータで埋まっていますね。再フォーマットしないと」
それを起こした《オアシス》をと見ると、空中に浮いたままその光をどんどん強くしている。
やがて幅50cmほどの水を吐き出し始めた。
幅は太いが勢いはそれほどでもないな。
《オアシス》の下の方、突然空中から湧いたかのように水の柱が立つ。
「クーン、中での数字はどれくらいにしたんだ?」
「とりあえずマスターと同じ1では危なそうに思えたので、0.1で設定してみました」
「0.1だと……これで秒速100リットルの放水か」
目の前には風呂桶を2秒で満杯にしそうな勢いで水が落ち、床と俺たちの足元を濡らしていく。
「そうみたいですね。ただ……」
「うん、これでは……」
サソリの巣穴を埋めるには放水量が足りな過ぎる。
もっと放水量を上げないといけないが……。