第128話 緑に覆われた穴
昨日はすいませんでした。
北の鉱山址と呼ばれている場所へとやって来た。
目の前に見えるのは少し盛り上がった土に生える、低木の林だ。
驚くことに、この砂漠の中にあって黒っぽく湿った土が広がっている。
黄褐色のサラサラとした砂地とは大違いだ。
リボルバーを抜いて、その林へと分け入っていく。
木は細く、その背も俺と同じくらいの高さで若木だとわかる。
足元には葉の厚い草が生い茂っていた。
アロエから棘を無くした様な多肉草だ。
踏むと雫が弾け、透明な果肉がその断面から現れる。
水分が豊富そうだ、土といいそんなに水の豊かな土地なのだろうか。
短い林を抜けると目の前に、断崖の如き光景が広がる。
巨大なすり鉢上の大穴がぽっかりと開いている。
対岸までは500mはあろうか、きれいな円を描き、その縁は段々になっている。
側面が道として出っ張り、螺旋状に底まで続いている。
まるでネジ穴のようだ。
底の方には日光を反射し、光の帯の様な小川とその近くに黒光りする工作機械が見える。
底の方までは100mはありそうだが、ここからでもその形がハッキリ見えるあたりかなりの大きさがありそうだ。
足元はキャタピラでその上にパイプが無数に走った工場の様なものが乗っている。
見た目はクレーン車の様にも見えるのだが、アームは2つある。
1つのアームは変わっていて、先が電動の丸ノコみたいに見えた。
おそらく掘削機械だと思うのだが、あれで岩を削り取るのだろうか。
もう一方のアームには何も付いておらず水平に伸びているだけなのだが、先の方がキラキラと光っているような。
底の方は全面的に緑に覆われ、掘削機械にも緑がまばらに張り付いている。
側面の道も逆流するように緑が途中まで進んでいる。
思った以上に緑が多い、ジャングルの様だ。
「どうなってんだ?」
「よくわかんにゃいけど、とりあえず進むにゃ。とうっ!」
ミケちゃんがバックパックから飛び降りる。
ポチ君も這い出てきて、俺の体を伝い降りる。
とりあえずもう少し近くまで行ってみるか。
依頼では大きなサソリを3体始末しないといけない。
これまでにまだサソリと出くわしてもいないからな。
まずは偵察からだ。
側面を螺旋状に伸びる坂道を下っていく。
この坂道を下っていて気づいたのだが、ところどころに坑道らしき穴が開いている。
下の巨大な機械以外でも掘っていたみたいだ。
その坑道穴をミケちゃんとポチ君がそっと覗くが、今のところ異常は無いらしい。
ただミケちゃんが言うには、
「なーんか穴の方からも水のにおいがするにゃ」
「ぼくもヒゲがぴくぴくするよー」
二人が言うからにはそちらにも水があるのだろう。
いくつかの坑道前を通り過ぎたところでサソリと鉢合わせになった。
暗がりから黄褐色の殻に覆われたサソリが出てきて、こちらと同じように驚いているような仕草だ。
大きさは胴体が50cmほど、尾の長さも加えれば1mを超えるだろう。
サソリは2本のハサミをカチカチと鳴らした後、やる気を出したのか8本の足を小刻みに動かし向かってきた。
リボルバーを握る手に力が入る。
が、この坑道がこいつらの巣穴としたら、ここで大きな音を立てるのはマズイか?
すぐに腰のホルダーに戻し。
「クーン」
「はい」
背のクーンが手早くハンマーを渡してくれた。
受け取った頃には横のポチ君がサイレンサー付きハンドガンを撃ち込む!
パシュッと空気の抜ける音と共にサソリの動きが一瞬止まる。
背の辺りの甲殻が割れ、小さな穴が開いていた。
だが、サソリは動きを鈍らせながらも果敢にこちらへと迫ってくる。
俺の前へと滑り込むようにやってくると、8本の足をスパイクの様に一斉に地面に突き立て急制動。
止まった反動で振れた尻尾が鞭の様にしなり、俺に向かって突き進んでくる!
尻尾が危険だとは前以て予測していたから、冷静にハンマーを押し当てガード。
止まったと思った尻尾の針の先から、液体が飛んできた!
「うおっ!」
慌てて片足を軸に回転、半身になり避ける。
透明な液体、おそらく毒が俺の横を通り過ぎた。
「にゃー!」
ミケちゃんが動きの止まった尻尾に向かって硬鞭を振るう。
鉄の棘が尻尾の節に引っ掛かり、易々と引き千切った。
そこに更にポチ君の追撃。
今度は小さな頭へと着弾、顔半分が吹き飛び、動きを止めた。
「結構しぶといにゃ」
「そうだね、頭を潰すぐらいじゃないと駄目か」
「ここからはぼくが先に行くよー」
ポチ君が銃を片手に先を行く。
索敵に優れたポチ君を先頭に坂道の半分ほどまでやってきた。
途中三度サソリに出くわしたが、気づかれないうちにポチ君とミケちゃんが頭を狙い撃ち、倒す。
サソリはどうも感覚が鋭い方ではないらしく、足音に気をつければ簡単に先制が取れた。
ここから底の方を見れば、より詳しくわかる。
下にある機械は思った以上に大きく、2本のアームをめいっぱい広げれば200mぐらいありそうだ。
上から見る分には移動式の橋の様にも見えた。
ここで1つ不可思議なことを発見する。
機械の何も付いてない方の、アームの先から水が滴り落ちているのだ。
その水が小川の源泉となっているようで。
アームの下を始点に、一番底の坑道へと向かって流れていく。
ここから見ていても水が途切れることは無い。
どうやってあれだけの水が出ているんだ?
皆で首を傾げながらさらに下りたところ。
…ピコーン……--……--
腰のアーティファクト探知機から反応があった。
探知機の画面にも水の出ている付近でマークが表示される。
あの水が関係しているみたいだが。
「……水の関係するアーティファクトなんてあったかなあ?」
思い当たるものが無い。
だが、この緑が生い茂る光景には既視観があるような……。
ゲームのどのシーンだったか。
……
…………
底へと着いた。
地上よりも緑が色濃く、上にあった多肉草の他にもシダのような草が腰の辺りにまで伸びている。
とりあえずアーティファクトの反応があった巨大な掘削機械のほうから調べてみるか。
藪を手で掻き分けながら進む。
背の低い二人にはさらに大変らしく、また俺のバックパックへと戻ってきた。
「いいですかにゃ?」
「あ、どうぞどうぞ」
「ぼくも失礼しますねー」
等と3人で場所を譲り合っている。
機械の足元までやって来た。
機械を支えるキャタピラは大きく、高さだけでも3m程ある。
それが横へと何十メートルと続き、壁のようだ。
「さて、何処から登るか」
アームへと行くには、まず中心の工場の様なユニット部分へ行かなければならないが。
そこはキャタピラよりもずっと上、地上…8mぐらいだろうか。
10mはないと思うのだが。
ジャンプでは届きそうに無い。
何処か登るところはないかと、側面に回ったところ。
この機械の影となっている部分は草が生えておらず、灰色の土がむき出しになっているのに気づく。
平らに均された地面が広がる。
だが、左右のキャタピラの間、何も無いはずの場所で無数の影が俺たちに気づき、その影を揺らした。




