第126話 依頼
「よう、待たせたかい?」
片手を上げ、ジニが席に着き、その口元を隠す布を下げる。
出てきたのは褐色で緑の瞳を持った女性の顔。
目鼻立ちは整っているのだが、その視線は力強く男性的で、意志の強さを感じさせる。
失礼な話だが、キレイというよりもケンカ強そうと思ってしまった。
「いえ、俺たちもさっき来たばかりですから」
「そうにゃよー」
「待っているのは私だけですよー、お二方とも遅いです」
ランが頬を膨らませた。
「ハッハッハ! 悪いな」
「ごめんね」
「ごめんにゃー」
ランはあの後、ずっとここで待っていたのだろうか。
悪いことをした気になり、正直に詫びる。
「まぁ、いいですけど。それでジニさん、話は聞いたんですか」
「ああ、隊長から聞いたよ。あんたたちラクダを借りたいんだって? ラン、水な」
ランが厨房へと立ち上がった。
「はい、なるべく早く帰りたいので借してもらえれば、と。今は手持ちが少ないのですが街にまで帰れればきちんとお礼をできます。どうでしょう」
「いや、生き物なんでな。基本的に貸すということはできないんだ。悪いな」
「そうですか」
言われてみれば確かに、生き物だからそう簡単に貸し借りなんてできないよな。
俺もミケちゃんたちを貸してくれなんていわれたら、腰のリボルバーを抜くかどうか考えるだろうし。
「だが、売ることならできる。それもあたしらの生業だからな。代金は指で作った輪っか程度の大きさの宝石か、ちゃんと動く機械なら応じる。
機械はなるべく役に立つやつがいい。浄水機や脱穀、耕運機なんかだとありがたい。用意できるかい?」
かなり厳しい条件を突きつけられた。
どちらも用意できそうにない。
諦めるしかないか、と思ったところに。
「その顔を見ると厳しそうだね、別に吹っかけてるわけじゃない。あたしらにとってはそれだけ大事なもんなのさ、値もそれなりにつく。
普段なら話はここでお仕舞いなんだが、最近ちょっと困ったことになっていてね。それをあんたらが解消してくれるなら、譲るのもやぶさかではないよ」
ジニさんが俺へと視線を合わせる。
そこにランが水を運んできた。
「その条件とは」
「あんたらはオアシスを見たか」
「ええ、ずいぶん深い泉ですよね」
「冷たくて気持ちよかったにゃ」
「だねー」
「前はあそこまで下りないと汲めないような所じゃなかったらしいが、最近水量が減っている。
理由は単純に使いすぎだ。西から来るやつらは数が多い上に歩みが遅い。砂漠への滞在が伸びるほどに水を多く消費する。
だからと言ってやつらに来るなとは言えん。そういう商売なんでな」
一息に喋り、目の前に置かれた水を呷った。
「それで我らは新たな水源を探している。そんな最中、北で異常を見つけた」
「それはなんだにゃー」
ミケちゃんも話が気になったか、入ってきた。
「北に古い鉱山跡があるのだが、岩だらけのその場所に緑が増えている。昔はそんなものなかったはずだが、最近になって確認した。
ここ1ヶ月ほどの話だ。鉱山のでかい穴を囲むように草や木が生え、底の方に細い水の流れを発見したそうだ」
「オアシスみたいなものですか?」
「わからん、がここのオアシスも地下水の溜まりを利用したものだ。向こうの穴も地下水の流れにぶつかったのかもしれん。
それで詳しく調査したいのだが一つ問題がある。」
「それは?」
「あの鉱山跡には昔からサソリが住み着いていてな。やつらを排除しなければならんのだが、厄介なことにでかいのが居る。
小さいのはなんとでもなるんだが、でかいのは殻が硬く、銃弾を跳ね返すんでな。どうにもならん。そこでお前のそれの出番だ」
ジニさんが俺のバックパックに吊るされた青銅砲へと視線を向けた。
「あ……」
と、クーンが声を上げる。
「クーン?」
「いえ、なんでもないです」
「それならやつらの殻を砕けるかもしれん。でかいやつは3匹確認している、1匹につきラクダを1頭譲ろう。どうだ?」
お金の無い今、狩りで譲ってもらえるなら良さそうな条件だ。
一応、リスクがあるか訊いておくか。
「失敗した場合にペナルティはありますか」
「無い、駄目なら駄目で別の方法を考える」
それを聞き、3人と顔を合わせる。
「いいんじゃないかにゃ」
「ぼくもいいと思うよー」
「……リスクが無いならとりあえず受けてみてはどうでしょう」
3人から反対意見が無かったので、受けることにした。
「それでそのサソリはどれくらいの大きさなんです」
「でかいのは胴体の部分が2mぐらいか、尻尾はその倍だ。テント1つぶんぐらいの大きさがある。
小さいのは50cmぐらい。まぁ、たいした大きさではないが鋏の力は簡単に人の肉を千切る。
尻尾に毒も持っているから近寄らん方がいいな」
小さい方は中型犬ぐらいだろうか、それでも虫としては異常な大きさだが。
大きい方は象並だな、それが硬い殻に覆われているとは……。
青銅砲でも効くかどうか心配になり、それを見る。
背のクーンが何故か困ったような気配を出していた。
「大きい方には銃が効かないんですよね」
「ああ、ライフル弾では弾かれるだけだけだった。西のやつらにももっと強力なのを売ってくれと打診してみたのだが、断られてな。
お前たちはそれを何処で手に入れたんだ?」
青銅砲へと目を向けられた。
「これはチェルシーの街のガンショップですね。作ったのは亜人の人で……何処に住んでるかは知りませんが」
「ほう、普通に売られてはいるのだな」
「職人さんの手作り品みたいだから、そこらで売られているわけでもないですけどね」
「いや、物が有るということがわかっただけでも新しい発見だ。ここに来るやつらは規則、規則で決まったものしか売ってくれないからな。
最近は弾ばっかし持ってくるしな。ふむ……」
ジニさんは下を向き、考え込んでしまっている。
「それじゃとりあえず受けますね。ありがとうございます。ランも……って、あれ?」
「ランちゃんならさっき厨房の方へ行ったにゃ」
「ああ、それなら皿洗いじゃないか。多分、裏の方に居るはずだ」
お礼を言い、席を離れる。
店の裏側へと回るとランが砂を食器に掛けていた。
砂遊びか、と思ったがあれで洗っているようだ。
細かい乾いた砂を振り掛け、たわしで擦ると汚れが落ちる。
キレイになるまで何度も振りかけては擦っていた。
「あ、話終わりました?」
ランがこちらに気づく。
「ああ、君のお陰でなんとか目処がついたよ。ありがとう」
「ありがとにゃー」
「ありがとねー」
「いえいえー」
お礼にバックパックの中に残っていたソーセージ、5本を渡す。
その時に水を入れていた、空のペットボトルが零れ落ち、それを物欲しそうに見ていたのでそれもあげた。
「え、これもいいんですか。助かります」
空のペットボトルを抱えて、微笑む。
ボトルは15本あった。
捨てるのもなんだからちょっと取っておいただけだが、喜んでもらえたようでなによりだ。
テントへと戻り、明日の準備を考える。
荷物を降ろすとクーンが言いずらそうに声を掛けてきた。
「あの、マスター。青銅砲なんですが、火薬の方がもう空です。球の方は8つ残っていますが」
「え」
そう言えば火薬の方ばかり使っていたが……、どうしよう。




