第125話 泉
「ん……」
目を開けると布の天井が見えてくる。
ちょっと横になっているうちにウトウトし始め、そのまま寝入ってしまったようだ。
「起きたにゃー」
ミケちゃんが上から覗いてくる。
「あれ、どれくらい寝てた?」
「3時間くらいにゃ、疲れてたんにゃね」
「そっか……。よっ、と」
起き上がろうとするとポチ君が寄ってきた。
「もうちょっと休んでても大丈夫だよー」
「いや、そろそろ食堂でランの報告を聞きに行かないと。ありがとね」
そう言えば村の真ん中にオアシスが有るとか言ってたな。
観光にちょっと見てみようかな。
「それじゃ行くかにゃー」
ミケちゃんがバックパックを持ってきてくれる。
このテント、カギも何も無いしこのまま置いていくには怖いからな。
「またよろしくおねがいします」
クーンがいそいそとバックパックに潜り込む。
返礼代わりにその背を撫で、ちゃんと入り込んだところで背負う。
外へと出ると満面の赤い世界が広がった。
日が落ち始め、空が赤らんできている。
夕日が砂地を赤く染めるのを見て、昨日の事を思い出しウェッとなった。
「にゃぁ……」
「わぁ……」
二人も思い出したか、呻いていた。
乾いた熱気が頬を撫でるが、とにかく行かねば。
オアシスは村の真ん中だったな、日が出てるうちに見に行ってみるか。
そう思い村を見渡すと、出歩く人たちの動きが偏っていることに気づく。
皆、建物の影を選んで歩いている。
俺たちもそれに倣い、外壁代わりの建物の影を通って村の中央を目指す。
影は途切れ途切れにあり、日の中を渡る時は駆け足だ。
「次はあっちにゃ!」
「うん!」
影から影へと二人も渡っていく。
遊びの影踏みをしているようにも見えるが、二人の表情は真剣だ。
建物の影に飛び込み、壁へとピタリと身を寄せる。
影の中から次の影を探して視線をさ迷わせる様は、敵地に潜入したスパイのようだ。
ただ、しっぽがそわそわと揺れている。
やっぱし遊びなのかな?
二人を追いかけるようにしてオアシスまでやって来た。
木立に囲まれるようにして、深い泉がある。
暗く影が落ち、静かで、ここだけ別世界のようだ。
泉は深い、とても。
水面はずっと下で揺らめき、そこに下りるまでに40段ほどの階段がある。
泉の縁は絶壁となっていて、縞々の地層が見えた。
まるでここだけ地盤沈下で数メートル落っこちたみたいだ。
階段を下り、まるで砂浜のような池のふちに立つと、ミケちゃんがふいっと横へ視線を向けた。
「にゃ?」
ミケちゃんの向いた先を見ると日陰の中にテントが張ってあり、その中で男が手を上げ、こちらへと視線を向けている。
「水は一人、水筒一つ分までだよ。それ以上は有料だ」
どうやらオアシスの番をしているようだ。
「どうも、いただきますね」
軽く頭を下げ、水筒を水の中に沈める。
水は透き通っており、断崖の影を帯びて暗ずんだ藍色に染まっていた。
手に伝わる水の冷たさが心地良い。
「ひんやりにゃー……」
「ねぇー……」
二人も水面に手を差し入れ、気持ち良さそうにしている。
ポチ君は手で水を掬い、ミケちゃんは直接水面に顔を突っ込んで水を舐めていた。
「直接飲むのは止めてね」
流石にそれは駄目なようで、監視員に注意されてしまった。
「ごめんにゃー」
「入れ物に掬うだけにしてね」
「すいません、それにしてもずいぶん深いところに湧いてるんですね」
「ああ、昔はもっと上の方に水面があったらしいが、どんどん減っちゃってね。
最近は交易の人がいっぱい来るから」
「このままじゃ無くなるのにゃ?」
「底の方から湧き出しているから、無くなるって事はないだろうが。
このままじゃキャンプ地としては使えなくなるかもなぁ」
「それは大変ですね」
「ああ、それで今レンジャーたちが新たなオアシスを探しているところさ。
北の方で何か見つかったみたいだけどな。もしかしたら近いうちにそっちに引っ越すことになるかもな」
「へー」
お礼を言い、オアシスを離れる。
オアシスを囲む木立の側を通ったときに変わったものを見つけた。
砂に埋もれるようにしてスイカが生っているのだ。
柵があるから畑なのだろうか。
こんな砂漠でも育つとは驚きだ。
それを横目に食堂へと向かう。
扉を開け、近くのテーブルへと目を向けると、1杯の水をちびちびと飲んでいる少女が居た。
「あ、遅いですよー」
ランがこちらへと手招きをする。
「ごめんにゃー」
ミケちゃんが笑いながらテーブルに着き、俺たちも続く。
ランがメニュー表を差し出してくる。
「私、夜はここでお手伝いしてるんです。注文おねがいしますね」
「ああ、わかった。さて……」
メニューを見るがどれも高い。
砂漠だから仕方ないのかもしれないが、高いのは4000シリングもし、一番安いのでも300シリングだ。
二人もわくわくとメニュー表を覗き、眉を顰めさせる。
所持金は1300ちょい、選択肢は一つしかない。
「この一番安いの三人前で……、あ。君も食べる?」
「はい、貰えるものは何でも貰いますよー。もうちょっと高いのでもいいんですよ?」
「ごめん、今はちょっと余裕が……」
「しょうがないですねー。一番安い定食は2つありますけど、どっちにするんです?」
メニューにはスープとパンのセットとサラダとパンのセットが書いてある。
どっちがいいかな。
「おすすめはどちらかな」
「んー、どちらもたいして変わらないかな」
「出来ればここでしか食べれないようなものが。あ、オアシスの近くで見たんだけどスイカは有るの?」
「スイカ? ああ、スナウリのことですね。それじゃスープですね。じゃあ注文出してきますね」
そう言うと席を立ち、カウンター越しに厨房へと話しかけているのだが。
スイカがスープ?
妙な取り合わせだなと首を傾げている所に、お盆を持ったランが戻ってきた。
「はい、スナウリのスープとパンですよー」
テーブルに並べられるのは薄い色をしたスープと大きめのビスケットが一つ。
これだけらしい。
「いただくにゃー」
「いただきまーす」
目の前に並べられるとすぐに二人がスープに手をつけるが、一口で動きが止まり、こちらへと困った顔を向ける。
「あはは、これ初めて飲んだ人は皆、手が止まるんですよね」
ランが笑い、俺もスプーンで掬い飲むが……。
しょっぱい。
塩気だけが舌を刺し、味気ない。
青臭い塩水を温めただけという感じだ。
コレがスイカなのか、と沈んでいる実を口に入れるが。
これもまた味気なかった。
スイカの白い部分を齧っているような、甘みが無く、青臭さだけが口の中に広がる。
「これ、スナウリを塩水で煮ただけだから人気無いんですよねー。
まぁ、慣れればそれなりに」
「これ美味しいって思うのかにゃ?」
「いや、温かい塩水だなぁって。あはは」
マズイマズイ言いながら食事が進む。
パンと呼ばれる、ビスケットの方も塩味が付いただけのもので硬く、石の様だ。
スープに漬け、ふやかしてからなんとか食べるが。
「こっちはまあまあにゃ」
ミケちゃんとポチ君はそのまま口にし、ボリボリと音を立てる。
アゴ強いなぁ。
……
…………
簡素な食事を終え、本題に入る。
「それでラクダの件なんだけど」
「ああ、それなんですけど。隊長さんに訊いたんですけどダメですって」
「そうかぁ……」
「でもジニさんが話があるみたいで、それ次第では……って。ちょうど来ましたね」
ランが入り口の方を向くと、ライフルを背負った人影が入ってくるところだった。
目だけ出して顔を布で隠し、その緑の瞳をこちらへと向けると片手を上げてくる。
スイカの原種って砂漠の方らしいです。
 




