第119話 砂漠
俺たちは風に流され砂漠へと不時着した。
ここが何処かわからないがとにかく戻らないと、と流されてきた方を向くが。
一面の砂の海が広がり、地平線の向こうに都市の影は見えない。
確か、西から東に向かって風が吹いていたはずだ、だが何の目印も無く、正確な方向すらわからなかった。
「ここ何処にゃ?」
ミケちゃんが背負ったカバンの紐をぎゅっと握りながら、誰となく尋ねる。
「すいません、衛星とリンクできれば正確な位置情報がわかったのですが。ネットが断絶されている今は……」
クーンが申し訳なさそうに答える。
位置情報か……、あっ。
ポケットからスマホを取り出し、MAPアプリを起動。
今まで通ってきた道が表示される。
こちらに飛ばされてきた最初の頃に一回使った限りだから忘れてたな。
画面にはシューストカ都市址から南東、やや東寄りに線が伸びているのが表示されている。
これが通ってきた道か。
現在位置を指先で押し、次にシューストカ都市址を押すと距離が表示される。
302.5kmか、ずいぶん飛ばされたな。
なかなか風が止まず、長いこと飛んでいたからなぁ。
「都市遺跡から東南東に300kmくらいらしい」
「にゃ! そんなににゃ? こんなに移動したの、故郷の村を出たとき以来にゃ」
「僕は父さんとあちこち出歩いていたから珍しくないけど、その距離だと歩いて2週間。
急ぎでも10日はかかるよ。ただ……」
ポチ君が砂漠へと視線を向ける。
ポチ君が言っているのは普通の道のことだろう。
だが、ここは砂漠。
ここを踏破するとしたらもっと時間がかかる。
誰が示し合わせたわけでもなく皆、地平線の向こうに視線を送り、唖然とした表情をした。
空が赤く染まる。
地平線の向こうに、焼けた石炭の様に煌々と燃える夕日が沈んでいく。
透き通った空気の中、夕日がギラギラとした熱線を放ち、砂の海が真っ赤に染まった。
陽炎が見渡す限りに立ち昇り、肌を焼く熱線が痛い、まるでオーブントースターの中に放り込まれたようだ。
熱線から顔を腕で隠し、肺が焼けるような熱風を吸い、陽炎を掻き分けるように歩む。
きついのは俺だけではなく、毛皮が自前の二人も腕で顔を隠しながら夕日に向かって歩くが、その足元がおぼつかない。
ミケちゃんがふらりと前に倒れ、膝を突き、その手を砂へと当てる。
「熱っちゃあ!」
すぐに飛び上がり、その手をふーふーしている。
砂も相当熱くなっているようだ。
「みんな頑張れ。向こうの日陰まで行ったら休もう」
進む先には横に長い何か、建物か?
赤く染まる視界の中、マジックで線を引いたような黒い影が逆光の中、遠めに見えた。
「うー、頑張るにゃー」
「ぼ、僕も……」
「私も頑張りますが、そろそろオーバーヒートしそうです……」
3人とも限界が近いらしい。
砂漠でもクーンは足元のキャタピラで動けるみたいだが、背負った方が良いかな?
俺の影に入るようにして一直線に並び、歩いていく。
建物へと近づき、その影に入る。
影へと入った瞬間に肌の痛みが消え、呼吸が楽になる。
日陰のありがたみに感謝しながら、建物に背を当て座り込んだ。
3人もそれぞれ座り込み、荒く息を吐く。
クーンは建物にぴたりと体を当て、熱を移しているみたいだが。
ミケちゃんとポチ君は胸が大きく上下し、その目がぼんやりと遠くを見つめる。
まずい! 熱射病かもしれない。
水筒を出し、二人に飲ませた。
すぐに空になる。
飲み終えても二人の容態は変わらない。
「大丈夫ですか?」
クーンがこちらに気づいたようだ。
「熱射病かもしれない」
「それは大変です。熱射病には水をたくさん飲ませて、安静にさせるしかありません」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
SHOPアプリを開く。
確か、アイテムの方に水や食料の欄もあったはずだ。
画面をスクロールさせると。
『
アイテム一覧
■ツール
・コンパス型アーティファクト探知機 1000
・レーダー型アーティファクト探知機 3000
・プログラムハッカーアップグレード 500
・複合型ハッキングツール 2000
■食料
・パン 2
・ソーセージ 3
・缶詰 10
・水1L 1
』
あった、とりあえず水を10個だ。
操作すると光と共にペットボトルが現れ、ばらばらっと砂の上に落ちた。
すぐに拾い、クーンにも手渡す。
「ポチ君を頼む」
「わかりました!」
クーンもペットボトルを拾い、アームで器用にふたを捻っていく。
「ミケちゃん、ほら。水だよ」
口元へと当てると少し開き、そこへゆっくりと水を流し込んでいく。
入りきらなかった分を零しながら、喉を上下させた。
ボトルを半分ほど傾けたところで、ミケちゃんの手が俺をぽんぽんと叩く。
ボトルを離し、様子を見る。
「ありがとうにゃ。ちょっと楽になったにゃ……」
目を瞑り、まだだるそうだが、さっきよりは呼吸が楽になっているみたいだ。
ポチ君の方を見ると、ポチ君も同じ状態のようだ。
二人のポケットから光が零れているのが、影の中でわかる。
スパークトルマリンの体力を回復させる力で、これ以上は悪化しないと思いたい。
とにかく二人を休ませないと。
日陰の元となっている建物を触る。
ほんのり温かいが、その感触が金属だと知らせる。
これは何だろう?
「クーン、二人を頼む」
「はい」
クーンにこの場を任せ、俺は建物らしき何かを探る。
二人を休ませられる場所だと良いのだが。
とりあえず陰になってる側に入り口は見えなかったので、反対側に回る。
横へと回ると同時に中が見え、コレが何なのかわかった。
潰れた楕円の空洞の中に、座席が立ち並んでいる。
飛行機だ。
ジャンボジェットのようなでかい旅客機が真ん中で折れ、その機体を砂の上に横たわらせていたのだ。
「これも戦前のか?」
この飛行機も砂漠に不時着したのだろうか。
横幅は10mぐらい、横一列の座席数は10。
その先に8列と扉。
腰から銃を抜き、胸で構えながら中へと入っていく。
座席の陰になにかが潜んでいないか、慎重に覗き、調べていく。
「……ふぅ。生き物は居ないみたいだな」
座席を調べ終え、次は扉だ。
棒状のドアノブを捻り、動くのを確認し、銃口を向けながら片手でゆっくりと開いていく。
ドアのすき間から中を覗き込む。
真っ暗だ。
銃のレーザーサイトが色濃く、赤い軌跡を泳がせる。
ライトを片手に中へ。
丸い照明が映し出すのは細い通路、左右にドアが2つずつ並び、突き当りにもドアが。
左右のドアを調べたが、中は狭い個室とキッチンだった。
共に中には何も居なかった。
奥のドアを開くと、隙間から光が押し入ってきた。
眩い中、正面へと目を向けると。
割れた、大きく丸みを帯びたフロントガラスが目に入った。
そこから赤い日差しが入り込む、
日差しが強い分、その影もまた色濃い。
暗い所をライトで照らすと、フロントガラスの手前に操縦席があり、座席は横に倒されている。
倒れた座席の上に枯れた花が一輪載っていた。
手に取るが、元は切り花の様だ。
茎の部分の切り口が鋭い。
「誰か、ココに来たのか?」
他にも何か無いか探ると、操縦桿らしきものにネックレスが引っ掛けてある。
皮紐で作った手製のものらしく、様々な色の丸い石が通してある。
数珠みたいだな。
忘れ物には見えないが何かの宗教儀式か、何かだろうか。
念の為、触れずにおき、花も元に戻す。
とりあえず危険なものは居ないみたいだし、今夜はここで休むことにしよう。
二人を中へ運ばないとな。