第118話 飛行中
ミケちゃんの操るグライダーに全員で掴まり、無事中央区を脱出した。
ただ、都市遺跡の内壁を越えた所で上昇気流に捕まり、どんどん高度が上がっていく。
高くなればなるほど、風も強まっているように感じた。
飛ぶのが初めてというのもあるが、ロープ一本でグライダーに掴まり宙ぶらりんな体勢が実に怖い。
下を見ればビルの屋上が整然と並べられ、それが小さな庭の様にすら見える。
高度が上がることにつれ、眼下のビル郡はより小さく見え、まるで映画のセットのジオラマかミニチュアのおもちゃの様に見えた。
さらに上がれば航空写真の様に、地上の風景がただの模様の様に見えるのかもしれない。
それにしても高い……高度100mは優にある。その倍、いや3倍くらいか?
廃墟となったビル群の上を飛び続け、遠くに緑色の草原が顔を出し始めた。
緑だけではなく、まばらに赤茶の土が露出している。
街や川、都市遺跡の近くは割りと緑が多い、逆に離れるにつれ赤茶の部分が増え、平原へと変わるが。
遠めにも木は少なく、地面も平らに見える。この辺なら着地できるかな。
「ミケちゃん、そろそろ降りない?」
バタバタッ……
「うーん、それがにゃー」
バタバタッ……
ミケちゃんの返事がハッキリしない。もう少し飛びたいのかな?
「もうちょっと飛びたい?」
バタバタッ……
さっきからこの音なんだ?
上を見上げるとグライダーの右の翼から布が剥がれそうになってるのが見えた。
端の部分が風に煽られ、音を上げている。
その事に驚き、ミケちゃんへと視線を返すと。
「舵が効かないにゃ。バランス取るだけでいっぱいにゃ。無理をすると……」
ミケちゃんがチラリと上を見る。
「さらに壊れそうにゃ」
おそらく、グライダーが傷ついた原因はさっきの青銅砲の噴射を利用して急上昇した事だろうと思う。
壁を飛び越える為に仕方なかったとはいえ、これはマズイ。
下を見る、すっごく高い、放置された自動車とおもしきものが石粒程度にしか見えない。
アーティファクトの力で完全に体重を消せる3人と違って、重いために消しきれずにいる俺は落ちたら最後だろう。
頭から血の気が引き、ロープを握る手に力が篭る。
右足はロープの端のわっかに引っ掛けてあるから姿勢は保持できるが、体に結び付けているわけではない。
この姿勢から結びつけるのも難しいぞ……
ポチ君はどうしてるんだろう、と俺の上の方でロープにしがみついている姿を見るが。
腰のガンベルトにしっかりと結び付けてあった。
やばい、安定してないの俺だけかと不安に感じたとき、肩越しに銀色のアームが伸びる。
「私も掴まるので任せてください」
背のバックパックに収まったクーンが両手のアームでしっかりとロープを握る。
「ありがとう、クーン」
機械なだけにうっかり外すことも無さそうだ。
少し安心する。
グライダーは都市遺跡を離れ、草原地帯を飛んでいく。
「もうちょっと風が弱まったら少しずつ降りれると思うにゃー」
ミケちゃんがなんでもない風に言う。
ポチ君ももう慣れたのか、わぁーと言いながら遠くを見渡していた。
相変わらずこの二人は高いところに強いな。
怖がってるのは俺だけなんだろうか。
「それにしても風がなかなか止まないにゃー。暇だからお話してにゃ」
「うーん、あ、そう言えばグライダーで助けに来てくれたことにお礼を言ってなかったね。ありがとう」
グライダーはミケちゃんのお気に入りでカバンに括りつけてあったとはいえ、使うことは俺も想定してなかった。
「にゃー、構わないにゃ。元はといえばお兄さんとクーンがあのギガントを離してくれたから用意が出来たにゃ。
お兄さんたちが遠くに行った後、下に降りてグライダーを組んで、ポチに引っ張ってもらったにゃ。
あそこは風が弱くて高さを出すのに時間が掛かったにゃ」
「大変だったよー。ロープを持って、ずっとぐるぐる走り回ってたんだよー」
「探すのは簡単だったにゃ。ギガントが目印だったからにゃ。あの変なビルに逃げ込んだってすぐわかったにゃ」
「ああ、あのビル。そう言えばあのビルって結局何だったんだ?」
屋上に巨大なパラボナアンテナが置かれたビルのことだ。
クーンに尋ねる。
「あそこはマイクロウェーブ送信塔です。下部は市役所として使われていますが。
電力をマイクロウェーブに変換して、頂上の送信機から衛星に向かって発射する施設ですよ」
「何の為にそんなことをするんだ?」
「エネルギーを売るためですよ、他国に。戦前の記録上だとレーザー核融合発電と熱イオン発電、量子ドット電池の開発に成功したのはカナン合衆国のみとされており、他国はエネルギー問題を常に抱えていたそうですから」
カナン合衆国とは元々ここにあった国の名だ。
「ここからエネルギーを打ち出して、衛星を経由し外国へ、と?」
なんだか効率が悪くないか?
それなら、その国に発電施設を建てた方が良いような。
「効率は悪くてもエネルギーだけを売りたかったみたいですね。高度技術は全て国外への持ち出し禁止で、外で発電施設を作るなんてもっての外だったようです」
「へー、技術の独占か。それで安くエネルギーを売るのか」
なかなか良さそうな商売である。
「いえ、安くは無かったみたいですよ」
「え」
「その頃は人口の増加により二酸化炭素の増加が問題になっていたので、火力発電がどんどん下火になっていたのですよ。
大気中の酸素濃度が下がり始め、世界中がパニックになりまして。
それぞれの国に二酸化炭素排出権などというのも割り当て、互いに過剰な量の二酸化炭素を放出していないか見張ったり。
それを破った国には全ての国の加盟する始海同盟から経済制裁が与えられたりして、技術の無い国にはかなり厳しかったそうです」
「それで高く売れたのか」
「ええ、それだけでなく。途上国の余らせた排出権を買い占めることで、世界全体に余裕を無くし。
発展しようと頑張る後進国にプレッシャーを与えたりもしていたそうですね」
んん?
「……もしかしてカナンって国嫌われてない?」
「外国からはこの星の癌細胞とか呼ばれてたそうですよ。同盟国ですら大統領同士の握手の後、ハンカチで手を拭ってたのが新聞記者にスッパ抜かれ、ニュースになったりしていたそうですから」
酷い呼ばれ方だ。
「あはは、よくわかんないけど酷いにゃー」
「笑うところなのかなー?」
「そんなことがあった為にエディプスを始め、いくつかの国が始海同盟を抜け、独自の連邦を築いたそうですね。
まぁ、結局のところ話はこじれ、戦争になったみたいですが」
ああ、なるほどよくわかった。
戦争が起きた元凶、この国だな。
デュプリケイターの機能に気づいた時に、薄々ヤバそうな気配は感じていたが。
やっぱしヤバい国だったみたいだ。
数時間ほど、そんな事を話している内に俺たちを乗せたグライダーは草原を超え、眼下は赤茶色の平原。
それをさらに超えると徐々に灰色っぽい、岩と砂の地帯。
その先には明るい黄褐色の砂地が広がり、そこまで来てようやく風が弱まってきた。
「みんな、ちゃんと掴まるにゃ」
ミケちゃんがグライダーの舳先をゆっくりと下げる。
それにつられて少しずつ高度が下がっていった。
明るい褐色の地上が近づき、俺から先に着地を決める。
踏み下ろした足が砂を掻き分けていく。
グライダーを止めるためにここでしっかりとブレーキを掛けなければ。
重心を落とし体重を掛け、重石となる。
10mほどグライダーに引きずられ、止まった。
皆、着地して辺りを見渡す。
視界の限りに砂地が広がり、遠めに砂丘のような盛り上がりも見えた。
二人もここまで来たのは初めてのようで、興味津々に遠くを見つめたり、砂を手に取る。
思わず呟く。
「ここ何処だ?」
問いに答える者は居ない。
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