召喚と私
すいません、荒ぶった勢いで…。
それは突然の出来事だった。
待ち合わせていたとあるファッションビルの前。
夜でビルの壁面に設置されていたショーウィンドウのガラスは、イルミネーションを鮮やかに映し出していた。
輝くイルミネーションの光をボーッと眺めていたのが悪かったのか。
突然右腕を強く引かれ、大きく体制を崩した私はガラスに頭を強打した。
目から出た花火のようなきらめきは、イルミネーションの様には美しくなかったように思う。
強打したガッ!と言う音以外、あまりよく覚えていない、と言うのが事実だったけど。
クラクラする頭をなんとか持ち上げ、あたりを見渡すも、何もない。
すれ違いざまに心配気に振り返って行く人達にえへへ、と笑って誤魔化すとぶつけた頭を摩りながらショーウィンドのガラスに保たれかかった。
引っ張られた気がしたけど…、と。
そう思った瞬間、一気に鳥肌が立ち、体が震え出した。
まてよ…。
今日だけで3回目だ。
1度目は洗面台の鏡で。
2度目は会社の窓ガラス。
そして今、ショーウインドのガラス。
全部、自分の姿が写っていたのでは…?
慌ててもたれていた体を起こし、ショーウインドから距離をとる。
いやだ…、なんだこれ。
怖い。
気持ち悪い。
ガラスに映り込んだ私の顔は強張っていた。
だから気付くのが遅れた。
今日は朝から雨だった事を。
歩道が濡れていた事を。
自分が水溜りを踏んでいた事を。
黒い水面にイルミネーションが綺麗に映り込んでいる事を。
次の瞬間、全身の血が引いた。
ーーー 何かが、私の足を掴んでいる。
グラリ、体が揺れた。
足を強く引かれた瞬間、現実にはありえない浮遊感に包まれた。
私は絶叫した。
「やっと……!やっと成功した!!」
あははははは!
気が狂ったように笑い叫ぶローブの男。
「…ようこそ、我が世界へ。あぁ、なんと美しき召喚獣だ。よもや、人型などとは!」
コツコツコツ…。
「見えぬ壁に遮られ、幾度も失敗したがやっと手に入れたぞ…!ふふふ、なんと素晴らしい魔量だ。これでこの国も安泰だな!」
…固い床を鳴らし、男が近づいてくる。
「ー 我が名はアウレリオ・ディアス・グルド」
ピタリ。
立ち止まった男は私の前でゆっくり跼みこんだ。
「…私はこの世界で一番と謳われる天才魔導師。我に召喚された事、光栄に思え。さぁ、お前の名を我に捧げよ…、そして我に服従せよ!」
ゆっくりと伸ばされた指先が私の震える顎を持ち上げて行く。
ローブの影に男のやけに美しい形の顎が見えた。
私は仰け反り、頭を引いた。
そして…。
ガッ!!
「ふぐっ……!?!?」
私は奥歯を噛み締め、渾身の頭突きを喰らわせた。
膝立ちから立ち上がる拍子に、更に顎下を狙って左膝でニーキックを入れる。
掠める様に入ったひざ蹴りに、グラグラと男の体が揺れた。
軽い脳震盪を起こしたようだ。
その拍子にローブがズレて男の顔があらわになった。
おぉ。
イケメンだ。
美形だ。
が。
許さん。
私の怒りはMaxなのである。
『ただしイケメンに限る』は怒りMaxな私には適用されないのだ。
相手は誘拐犯、つまり犯罪者だ。
手加減は無用だ。
直ぐさま立ち上がりつつ、軸足を入れ替え右足で鳩尾を狙ってヤクザキックを食らわせる。
効果は抜群だろう。
なぜなら私の足回りの装備は耐熱耐冷耐油、ゴム底で通電を防げ踏み抜き防止の鉄板と先芯入り、足のスネにもプロテクター入りという、スペシャルでカッコイイ、ナイスなショートブーツだ。
…またの名を、安全靴とも言うが…。
「ぐへぁ!」
横倒しにぶっ倒れた男に更に蹴りを入れ、仰向けに転がった所で私は男の股間を踏み付けた。
「ギャァァァァ!そこはヤメテェっ!」
「……つ、喧しいわこのクソ誘拐犯が!あぁ?おいコラ、さっきからベラベラベラベラ1人で喋っとったの聞いとったけどお前か、犯人は。こっちは朝から何回頭撃ったと思っとんねん。周りがどんだけ白い目で見とったかお前知らんやろ!ゴンゴンゴンゴン頭打って、これ以上アホになってもうたらどないしてくれんねん。あぁ?しかもなんやここは?これから大事な大事な仕事やってんぞ?この現場廻りの仕事手に入れるのにあのアホで気色悪いハゲオヤジと何回酒呑みに行ったかお前知らんやろ!何回ケツ触られたと思っとんねん!何回グーパン入れたろかぁって拳握り締めて我慢したと思っとんねん!腹立つわ!ほんま腹立つ!ぜんぶパーやんけ!お前のケツに手ぇ突っ込んで内蔵引き摺り出してお前の首飾りでも作ったろか?それともって…、なぁ、聞いてんのかぁ?………って、ちょ、アホかぁ!白目向いて泡吹いてる場合かこのクソガキがぁ!起きぃ!起きんかぃ!…だぁっ!もぉ!コラお前ぇ、勝手に意識手放すなぁ〜!!」
胸元を掴みユッサユッサと揺さぶるが、男が起きる気配は無かった。
仕方がないので誘拐犯である男は裸にひん剥いてベルトで海老反り型に手足を縛っておき、人を呼んだ。
ドアの外にわりと沢山の人が居たので助かった。
ふぅ。
イイ汗かいた。
ー その後。
武器や魔術を使わない空手と柔道をベースにした護身術は異世界の一般女性達の間で大人気となり、女性の地位を大きく向上させた。
…そして何故か安全靴は異世界で女の武器という地位を手に入れていた。
女性の為のカッコ可愛い安全靴が沢山作られるようになったのは非常に喜ばしい。
……が。
「…用も無いのに呼び出さないで。直ぐに私を帰しまさい。まだデータ入力終わって無いのよ」
「あぁっ!久しぶりの逢瀬なのに、ご主人様が冷たいっ!」
「あんたのご主人様になった覚えはない!」
「くっ……でーたにゅうりょく……、それがご主人様を煩わせるのですか?そいつがわたくしとご主人様の逢瀬を邪魔するのか…!ならば、わたくしでーたにゅうりょくとやらを何時でも破かい……、へぶしっ!」
「おい…。3日費やした苦労を台無しにする気かコラ?データ壊すやと?そんなアホな事しやがってみぃ、どタマカチ割るぞ」
「あぁっ!……ご主人様からの、久々の愛っ…!」
「愛じゃねぇっ!グーパンだぁ!……つーか服を着ろぉぉぉ!!!なんやねん!このロープはぁ!…アホかぁ!このっ!変態がぁ!」
こいつ、どうしたら良い?