第四話 呪われた街・・・かもしれない場所。
不浄の大地の夜は静かだ。
まるで、何もかも死に絶えてしまったかのように、静寂が夜を支配する。
そんな夜に慣れてしまうと、人の気配がそこらかしこにある街の夜は、何となくソワソワする。
でも、別にだからって、寝れないほどそれが気になるわけでもないし、夜は十分に街は静かになる。
それに、そろそそ月が空の天辺にやってくる時刻。
人々が寝静まる時刻だ。
なのに、そうっと、そうっと、僕に近寄る気配が一つ。
「・・・・ヒロちゃん。」
僕はその名を呼んだ。
一瞬だけ、驚く気配がする。
「起こしたか?」
窓から注がれる月光に浮かび上がるヒロちゃんは、いつもと同じ。
「・・・ううん、起きてた。」
カイはもうぐっすり眠りについている。
僕らの会話は自然と小声になった。
僕はカイが起きないように静かにベッドから起き上がると、ヒロちゃんに無言で抱きついた。
「・・・エヴァ?」
「・・・。」
抱きついたヒロちゃんからは、僕の想像通り少しだけお酒の匂いがした。
それでも、僕の様子が変なことに気がついたヒロちゃんは、僕の好きなようにさせてくれる。
これじゃあ、子供って言われても仕方がない。
ーーーーーどーーーーーーーれ。
夜の闇から、僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。
第四話 呪われた街・・・かもしれない場所。
結局、僕が落ちつくまでヒロちゃんは、背中をぽんぽんと叩きながら、僕をあやしてくれた。
でも、僕は最後までヒロちゃんに抱きついた理由を話すことができなかった。
だって、どうしてこんなに自分が不安になったか、よく分からないんだ。
ヒロちゃんに何といって説明していいか、分からなかった。
ヒロちゃんと一緒にいられなくなったら、どうしよう。
カイの問いに答えられなかったら、一緒にいることに理由や意味を見つけだすことができなかったら、もうヒロちゃんとは一緒いられないんじゃないか。
意味もなく、僕はそんな強迫観念みたいな感情に囚われていた。
でも、ヒロちゃんの顔を見たら冷静な自分を取り戻して、そんなことを考えた自分が馬鹿馬鹿しく思えて恥ずかしくなった。(だから、ヒロちゃんに何も言えなかったっていうのもあるんだけど)
そして、それぞれのベッドに入り一寝入りして、朝が来た。
「本当に、呪われた街の場所が分かったの?!」
カイが嬉しそうな声をあげる。
一番遅くに寝たくせに、一番早起きしたヒロちゃんはカイが起き出すと、さっそく昨日の情報収集の成果を報告したんだ。
どうやら、お酒を飲みつつもちゃんと情報も収集してきたようだ。(エライ、エライ)
それにしても、広い不浄の大地で、そんなピンポイントな情報を集めてくることができたものだよ。
そう思ったことを喜ぶカイの横で、嫌み半分で言ったらヒロちゃんは苦笑した。
「まあ、カイの話を聞いた時から、なんとなく目星は付いていたからな。」
「どういう意味?」
ヒロちゃんは、元々『呪われた街』を知っていたってことなのかな?
僕のそんな思考を読んだように、ヒロちゃんは言葉を続ける。
「『呪われた街』ていう名称に聞き覚えはないが、ある街に行くと呪い殺される・・・という話は聞いたことがある。不浄の大地では、有名な話の一つだ。」
・・・なんだ、じゃあ昨日の夜はやっぱり、何も情報収集をしてきた訳じゃないんじゃん。
ていうか、『呪い殺される』てちょっと物騒な話じゃない?(『呪われた街』ていうのも、たいがい怖い話だけどね)
「実際に私も行ったことがある街じゃないが、概ね位置は把握している。こっから、歩いて一週間という所だな。」
いやいや、僕が聞きたいのはそこじゃなくて。
「ただ、言っておくがカイの言っている『呪われた街』ではないかもしれない。これは一つの可能性にすぎないからな。」
「うん!ありがとう!」
そう言ってカイはヒロちゃんに抱きつく。(言っておくけど、まだ、『呪われた街』か確定した訳じゃないんだよ)
・・・だから、僕が聞きたいのは
「『呪い殺される』って、どういう意味なの?」
普通、今の話を聞いたら聞くべきは、そこでしょ。
ヒロちゃんもカイも、何でそこをスルーしているの。
だって、『呪われる』上に、『殺される』って・・・、何でそんな恐ろしい街の話を聞いて喜ぶかなぁ?
「ああ、やっぱり気になるか?」
「当たり前だよ。言っとくけど、僕は呪い殺されるのはまっぴらだよ?」
僕の言葉にあっけらかんとしているヒロちゃん。
全く変な所で臆病で小心者のくせに、こんなところで鈍感なの。
「心配しなくても『呪い殺される』なんて、くだらない噂だ。ただの人が少しだけ多く死んだという記録が残っている亡国の廃墟ってだけだ。」
いやいやいや、その『人が少しだけ多く死んだ』ていうのが、大問題と僕は思うのですよ。
でも、僕のそんな思いなど無視して、ヒロちゃんは『呪われた街』・・かもしれない場所の説明をカイに始める。
それを大体要約すると、こんな感じになる。
まず、亡国の廃墟っていうのが何かといえば、それは千年以上前に滅びた人間の街の廃墟のことなんだ。
話すと長くなるんだけど、そもそも千年前、この大地は不浄の大地の面影なんか見当たらないくらい、東方の楽園という名に、相応しい豊かで、美しい人間たちの大地だった。
人間たちの文明も栄華を極め、今では考えられないくらい巨大な国々がたくさんあった。
でも、たくさんの大国があれば、自然とこの大地の覇権をめぐって戦争がおこるのは必然だったのかもしれない。
そして、永遠ともとれるくらい長く続き、終わりの気配を見せない戦争が白き神・イヌア・ニルヴァーナの怒りに触れたんだ。
白き神は人間たちに戦いをやめるよう、天使を遣わしたんだけど、人間たちはそれに反発して、神と天使の言うことを聞こうとはしなかった。
そして、神は人間たちに罰を下したんだ。
終焉の宣告。
僕はヒロちゃんの話を聞いただけだけど、万象の天使っていう天使で一番偉い人が人間たちに与えたその罰によって、楽園だった大地は今の死の荒地に変わって、たくさんの人間が死んでしまい、栄華を誇った人間の文明は崩壊した。
それで、楽園の名残は最後の楽園天使の領域に残すのみとなった・・・らしい。(正直、僕にはあんまり関係ない話だと思うんだけど、ヒロちゃんがそれくらい覚えとけって五月蠅いんだ)
えっと、長い前置きになったけど、要は亡国の廃墟っていうのは、終焉の宣告によって滅んだ人間の街の跡ってこと。
もっとも、過去の栄光の影は微塵もなくて、ただ廃墟があるだけなんだけど、不浄の大地には、そんな過去の残骸みたいな場所が点在しているんだ。
だけど、アーシアンたちは逞しいもので、そんな廃墟を利用して、自分たちの街を作ったりすることもあって、そういった街は荒地を一から街にするよりも簡単だから大きな街だったりするから面白い。(あ、これもヒロちゃんが言ってただけなんだけどね)
でも、その『呪われた街』かもしれない街というのは、どうもそういう雰囲気じゃないらしいんだ。
街の名前は、ファシジュの都。
アーシアン達に発見された亡国の廃墟のほとんどは、さっき言ったように新たな街として再利用されることが多いんだけど、この街は多くのアーシアンの目に触れているのに、まだ無人の廃墟のままらしい。
もちろん、街を発見したアーシアンたちは、過去にそこを自分たちの新しい居場所にしようとしたらしいんだけど、その街に向かったアーシアンたちの殆どは死に、命からがら帰ってきた人々もいるんだけど、精神異常を起こし、始終何かに脅え、ぶつぶつと言葉を呟くらしい。
『あいつが、あいつが・・・・・来るっ!』
そして、帰ってきた人々の首筋には、必ず紫色をした花の刻印が押されているというのだ。
以上の事柄から、アーシアンたちはファシジュの都を怖れ、いつのまにかあの街に近づくと呪い殺されると噂し、街に近づかなくなったらしい。
ただ、これは数百年前の話であり、何の確証も証拠もない。
確かに街自体は存在しているらしいんだけど(ヒロちゃんは、旅の途中で遠くから見たことはあるらしい)、そういった迷信めいたものを信じやすいアーシアンたちは、街に近づきもしないらしい。
こんな事から、ヒロちゃんのさっきの『くだらない噂』っていう発言につながるんだろうけど、やっぱり怖くないなんて、僕には言えないよ。
本当に、そんな恐ろしい街に行かないといけないのかな?
「・・・という訳なんだが、カイ。お前の行きたい街だと思うか?」
ヒロちゃんはそういって、カイを見下ろす。
ヒロちゃんは、僕に対してもそうだけど、子供だからって本当の意味で子供扱いはしない。
ちゃんと、一人の人間として意見を尊重してくれる。
でも、カイはヒロちゃんの言葉に瞳を揺らす。
「分からないよ。僕、名前しかしらないし・・・、でもその街のような気がする。」
「はあっ?!」
そんな訳のわからない物言いに、僕がきれた。(せっかく、ヒロちゃんが聞いてくれているのに、その物言いはなにさっ)
「分からないって、自分が行きたいんでしょ?!そんな危なそうな町に行くんだ、ある程度確証がないといけやしないよっ!!」
僕は勢いのままカイの肩を掴んだ。
カイの目が、驚きから怯えに変わる。
「やめろ、エヴァ。子ども相手に何をむきになっている?」
ヒロが突然興奮した僕を引き離して、取り成すように言った。
「・・・・・あ。」
その声に我に返る。
・・・僕は何を言った?
さっきの僕の興奮は、覚えのない衝動だった。
何であんなことを言ったんだろう?
夜といい、今といい、僕は自分で自分が分からなくなった。
僕はヒロちゃんに支えられながら、手で前髪をかきあげた。
「ごめん・・・。」
カイの目は見られなかった。
僕には、それにしか言えなかった。
ともあれ、こうして僕らはその呪われた街・・・かもしれない場所・ファシジュの都に向かうこととなったんだ。
こうして、エヴァたち一行は本題の『呪われた街』へ向かうことになりましたが、その前にエヴァの癇癪について、少し補足を。
本編がないと分かりにくいのかもしれないのですが、ヒロと出会う前の記憶を持たないエヴァにとって、ヒロとは彼の中で大きな部分を占める存在です。
加えて、ヒロがエヴァを子供だと称しているように、実際のところ2年前からの記憶しか持たないエヴァは、実のところそのまま『二歳児』とそう変わらないのです(笑)
だから、この一連のエヴァの癇癪は、大好きな親の関心が突如として現れた『弟』にとられてしまったような、でも自我がはっきりしてきたから素直にそれを表現できないような子供なんです。
エヴァ視点になっているし、なまじ知識はあるので、何だか深刻そうに見えるんですが、要はたんなる焼餅です。それもたわいもない子供の(笑)




