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第三話 どうして?と聞かないで。

不浄の大地(ディス・エンガッド)は、生命の育たない死の荒野。

僕は詳しく知らないけど、ヒロちゃんの話では、その昔長い戦争を続ける人間たちに怒った神様が、人間に罰を下すために天使を送り込んで、こんな大地にしてしまったらしい。

まあ、あんまりに昔の話すぎて、いまいちピンとこないんだけど、人間が悪いんだってヒロちゃんは言う。

でも、そんな昔の話なんだから、もう許してくれたっていいと思わない?

別に僕達が何かしたわけじゃないんだして、言ったらヒロちゃんは苦笑した。

その顔は普段あんまり見ないような、ちょっとだけ疲れた顔で僕はあんまり好きくなかった。


まあ、僕はヒロちゃんと一緒にいられれば良いのだから、別にどっちでもいいんだけどね。



第三話 どうして?と聞かないで。



まさか、死の世界と呼ばれる不浄の大地(ディス・エンガッド)を子連れで旅することになるなんて、思ってもみなかったけど、やろうと思えば何とかなる。

僕達はカイと出会って3日、やっと人が集まる街にたどり着くことができたのだ。


正直、子供の歩幅じゃ到底3日で歩ける距離じゃなかったけど、幸いカイは空が飛べた。

その力を使えば、大人も子供も違いはしない。

それに、確かにカイは子供だけれど、僕が想像していた子供とは全然違って、我儘も言わないし、だだもこねなかった。(ヒロちゃんは、僕よりカイの方が大人だと言った)



「じゃあ、ガキ共。私は情報収集に出てくるから、大人しく寝てろよ。」


街に入ると、太陽はすでに不浄の大地ディス・エンガッドの地平線に沈みかけていた。

街の名は、チューダスの街。

街の規模は、人口にして100人近くは下らない、不浄の大地ディス・エンガッドの街にしては大きい部類に入る。


街は狭い渓谷けいこくに造られており、岩を掘り進めた洞窟に人が住んでいるというのが特徴的だった。

まあ、さびれた街には違いないけど、それでもこれだけの人間が生きていけるだけのものが、この街にはそろっているわけで、僕らみたいな旅人もちらほらと見ることができた。

なので、普通の集落や街なんかには、旅人なんて来るはずもないから、宿屋や食べ物やなんてものがないのが、当たり前だけどこの街にはそういった旅人の需要がある以上、供給もきちんとされていた。


そんな街に、ヒロちゃんは以前来たことがあるらしく、街に入ると慣れた様子で洞窟どうくつの中の宿屋を探し当て、店主に薬を差し出すと今日の宿を確保したのであった。(薬といっても、動物の臓物から作ったものだけど、これがなかなか重宝するし、物々交換で喜ばれる商品なのだ)


それで、さっきのヒロちゃんの発言は、宿屋で街で調達した久々のパサパサしていない保存食以外のものを口にして、一息ついた時の発言だ。

「何、ガキっていうのに、僕も含まれているわけ?」

「そういう物言いがガキだって言っているんだ。」

思わず突っかかった僕のおでこをヒロちゃんが小突こづく。


「何処かに行くの?ヒロちゃん」

そんなやり取りに、カイがヒロを子犬のように見上げて尋ねる。

気がつくと、僕の呼び方を真似てかカイは『ヒロちゃん』と呼ぶようになっていた。(ちなみに僕のことは小生意気に『エヴァ』と呼び捨てる)

僕には事あるごとに呼ぶなとか言ってどついてくるヒロちゃんだが、カイには何も言わないのが腹立たしい。


「情報収集って言ったろ?カイが言っていた『呪われた街』の情報が無いかどうか、調べてくるんだ。」

ヒロちゃんがそういえば、カイは嬉しそうに顔をほころばす。

でもね、カイ。

喜びに水を差すようで悪いんだけど、大人っていうのは、ズルイのよ。


「情報収集にかこつけて、お・さ・け。飲みに行く気なんでしょ?」


僕の言葉にヒロちゃんの肩が、びくりと飛び上がる。

日が暮れてからの情報収集なんて、酒場か盛り場くらいしか考えられない。

街にもよるけど、この規模の街ならお酒があっても可笑しくない。(きっと、以前この街にきているヒロちゃんは、その辺もよく知っているはずだし)

ヒロちゃんは、女性には潔癖なところがあるから、盛り場ってことはないだろうけど、これで結構お酒好きなんだよね、この大人・・は。


「・・・。」

案の定、図星らしく、カイに笑い返したままヒロちゃんは表情を強張こわばらせている。

自分だけ楽しもうなんて、そうはいかないからね。

そう思いながら、一歩近づいたら、ヒロちゃんは口元だけ笑って、眼もとが泳ぐという器用な笑みを浮かべると、

「・・・ま、じゃあ、そういうことで。子どもは先に寝てなさいっ。」

身をひるがえすとさっさと走って逃げて行った。


・・・逃げ足はえーな、おい。(はっ!ヒロちゃんの口調がつい移ってしまった)


「エヴァ?」

多分、僕とヒロちゃんのやり取りの意味などよく分かっていないのだろうカイが、ヒロちゃんの逃げ足の速さに目を丸くして、僕を呼ぶ。

まあ、追いかけてもいいけど、カイを一人で置いとくわけにもいかない・・・か。

ヒロちゃんは帰ってきたら、みっちり問い詰めてやるとする。


「何でもないよ、カイ。さ、疲れただろ、夕飯も食べたことだし、僕らは早く寝よう。」

何で、僕が面倒みなきゃならないか分からないけど、カイをないがしろにしたら、あとでヒロちゃんに何を言われるか分かったもんじゃないしね。

「うん!」

僕の言葉に、鬱陶うっとうしいほどに元気のいい返事が返ってきて、僕は苦笑い。

そんな訳で、駄目な父親を大人しく待つ子供の如く(この場合ヒロちゃんが駄目父なのは間違いない)僕とカイは、宿のくせに洞窟だし、寒い上に、どうにも硬い石のベッドの上に横になったのだ。


「・・・硬いね。」

ヒロちゃんはベッドがあるというだけで喜んでいたけど、僕とカイは不満半分だった。

正直屋根があるだけで、この寝心地は野宿と大して違わない気がする。

「まあ、ぼろ宿屋だからな。でも宿屋があるだけ、良い街だよ。不浄の大地ディス・エンガッドの集落は普通民家しかないのが普通だからな。」

「・・・そうなの?」

なんとも不思議そうなカイの言葉に、僅かな違和感を覚える。

不浄の大地ディス・エンガッドに生きてたら、普通分かるでしょ。


「カイは今までどんな街で暮らしてたんだ?」

確か、『ヤイウリーア』とかいう聞いたことのない街だったけど、不浄の大地ディス・エンガッドで知らない街や集落の街なんて五万とあるから気にしてなかった。

でも、今のカイの発言から考えて、なかなか豊かな街そうじゃないか?と思った。

そもそも、カイもアーシアンの子供にしてはプクプクして、子供らしい丸みがある。(普通のアーシアンの子供の多くは皆、栄養不足でガリガリの場合がほとんどなのに)


「う・・んとね、あんまし大きくなくて、灰色で冷たくて、色々ぎゅって詰まってるの。」


カイの物言いは、いまいち要領を得ない部分が多い。

子供だから仕方ないのかも知れないけど、そこから何も僕が分かることはない。

思わず、イラっとした。

それにしても、大きくなくて、灰色で、冷たくて、詰まってる・・・・どんな街だよ。

しかし、僕がその街を頭の中で想像するより先に、今度はカイが口を開いた。


「ヒロちゃんとエヴァは、ずっと旅をしてるの?」

「あ、うん。そうだよ。ずっと旅をしている。」

二年前から、ずっと僕らは一緒なんだ。


「どっか僕みたいに、行かないといけない場所があるの?」

『行かないといけない場所?』・・・ねえ。

「ないよ。僕たちの旅は目的地がないんだ。」

カイの質問は、かつて僕がヒロちゃんに向かって聞いた質問でもあった。

あの時、ヒロちゃんは僕に向かってこう言い放った。


『何処に行くか?そんなもん私が知るか、流離人さすらいびとは旅をする生き物だから、旅をしているだけで目的なんぞ、初めからないもんだからな。』


何の説明にもなってないんだけど、こんな風に自信満々に言い切られると、言い返しようがないよね。

そう言って笑うと、隣のベッドからこちらを不思議そうな瞳でカイはこちらを見ていた。

吸い込まれそうな深い黒に交る、緑の光。

カイの瞳は、珍しい色使いで彩られていることに、岩をくりぬいて造られた窓から注がれる月の光の中で初めて気がついた。

その大きな、つぶらな瞳に見入っていると、カイがこちらを向いたまま、ぽつりと言葉を落とした。


「じゃあ、どうしてエヴァはヒロちゃんと一緒にいるの?」


「え?」

思いもしなかったカイの言葉に、声が詰まった。


「目的もないのに、一緒にいるのは意味がないよ。」


更に続けられた言葉に、ガン!と、鈍器どんきで頭を殴られるような衝撃を感じた。

だって、僕にとってヒロちゃんと一緒にいることに、理由なんて求めたことがなかった。

一緒にいることに、意味なんて必要ないと思っていたんだ。


『あなたはだあれ?』


ヒロちゃんと会う前の記憶を全て失っている僕。

僕の初めての記憶は、見上げた傷だらけで、血だらけの怖い男の人。

それがヒロちゃんだ。


『・・・・一緒にくるか?』


何もわからない、僕にヒロちゃんは手を差し出し、僕はその血で赤く染まった手をとった。

それが誰の血なのか、僕には分からない。

でも、それから、僕は何の疑問を抱くことなく、ただずっとその手に身をゆだねていただけなんだ。

それで、何の問題もなかったし、僕はそれで幸せだった。

なのに・・・・


「どうして旅をするの?」


僕に理由を、意味を問うの?

今まで、誰もそんなこと聞かなかったのに。


「どうして一緒にいるの?」


でも、それは今まで僕とヒロちゃんしかいなかったから。

カイに問われて初めて、そのことに気がつく。

カイは、僕とヒロちゃんの間に、初めて現れた『他人』。

僕とヒロちゃんの関係性を問う人物。


それは、僕にとってーーーーーーー


「エヴァ?」


カイが僕を呼ぶ声に、僕は思考を止めた。

でも、その声に耳をふさぎたくなるような気持ちに襲われる。

僕はヒロちゃんさえ、一緒にいてくれればそれでいいのに、何で『どうして?』なんて聞くんだよ。


お前に関係ないだろ!


カイはたった一言、疑問を口にしただけなのに、彼に怒鳴りつけてしまいそうなほどの凶暴な僕がいた。


そんなこと、おかしいって分かっているのに。

カイが悪い訳じゃないって分かっているのに。


だから、僕は沈黙した。

「寝ちゃったのかな?」

どうして、こんな気持ちになるのか分からないまま、カイが僕の返事を諦めた様子にほっとした。

ただただ、カイの一言にこれほど気持ちを揺らしている自分を持て余して、早くヒロちゃんが帰ってくればいいと願った。


きっと、ヒロちゃんの顔を見れれば、こんな気持ちはなくなるはずだと・・・。

ものすごっく久々な更新、第三話をお送りします。

一・二話とは少し雰囲気が違いますが、時間が空いていたからではなく、導入部から話の中心に近づいているだけですので、あしからず(笑)

番外編は十話前後くらいの予定で、カイや呪われた街が話の中心ですが、今回で少し察していただけたかと思いますが、ヒロとエヴァのかかわりについても触れる予定です。

一応、これは『東方の天使 西方の旅人』の番外編としていますが、本編を読まなくても大丈夫な風にしてあります。しかし、分かりにくい部分があるかもしれません。こちらだけ読んでいらっしゃる方がいましたら、大変申し訳ありません。興味がありましたら本編も読んで頂けたら幸いです。

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