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第一話 フライングベイビー、現る。

僕の目の前には子供がいた。


「僕の名前は、カイって言うの。」


そういって笑った顔は、やんちゃな男の子の顔だが愛らしい。

ぷくぷくの頬、大きな瞳、微笑む唇、どこをどうみても普通の子供に見えるのだが、この子供は一つだけ、大きな謎があったりする。


その謎とは・・・。

「えっと、カイ?今、君どうやって、ここに来た?」

戸惑いながら聞く僕に、カイは元気よく答えたものだ。

「うんとね、お空を飛んできたの!」

そう言って、晴れ渡る空を指差した子供を前に、何となく眩暈めまいを感じた僕。


普通、人間は空を飛べないものじゃなかったっけ?



第一話 フライングベイビー、現る。



初めまして、僕の名前はエヴァ。

天使たちに支配された死の荒地、不浄の大地ディス・エンガッドを旅し続けるしがない旅人。

この世界には、変な常識があって人間は生まれつき罪人で、この不浄の大地ディス・エンガッドで苦しんで生きることが贖罪しょくざいであり、天使たちに支配されることが当然なんだって。

まあ、天使に支配されているっていっても、罪深い僕らが入ることの許されない楽園天使の領域フィリアラディアスに、天使たちは閉じこもっているから見たこともないし、実際はあんまり支配されているという自覚はないけどね。


「エヴァ、水をくれ。」

そう言って横を歩く僕に、憮然ぶぜんとした顔を向けて手を伸ばすのは旅の同行者、流離人さすらいびとという放浪を続ける種族のヒロ。

僕にとっては、世界で一番の理解者だ。

「はい、ヒロちゃん。」

ヒロちゃんに、にっこり笑って僕が持っていた水筒すいとうを渡してあげると、ヒロちゃんはピクリと、口元を引きつらせた。

「・・・『ちゃん』は、やめろと言ったはずだ。お前は私が『ちゃん』付けの似合う愛らしい女性に見えるのか。」

低い声、据わる目元。

一見すごい怖そうなヒロちゃんだけど、そんな表情すら慣れ親しんだ僕には全く怖さを感じられない。

「ううん。全然見えないよ。すっごい、怖そうな男の人に見える。」

「それは良かったな。目がわるいわけじゃないらしい・・・、じゃあ、『ちゃん』付けで名前を呼ぶのを止められるな?」

僕が躊躇ためらいもなく首を横に振ると、ヒロちゃんは怒ったまま笑うという器用なことをやってのけて、僕に詰め寄った。

そんなこと、決まってるじゃないか。

僕は飛び切りの笑顔をヒロちゃんに送って言った。


「やだ。」


ガン。


「イダ!」


僕が一言ばっさり拒否すると、ヒロちゃんが僕の頭に躊躇ためらうことなく拳骨げんこつを落とし、僕は叫びを上げた。

「ぼ・・、暴力反対!いきなり殴るなんて、ひどいよー。」

「じゃかあしい。どうせ、何度言ってもお前は止める気はないんだから、気を晴らすために殴らせるくらいさせろ。」

確かに、僕は『ちゃん』付けを止める気は毛頭ないけど、だからってこんな風に殴られるのは釈然しゃくぜんとしないものがあるよ。

恨みがましい目でヒロちゃんを見上げれば、ヒロちゃんがにやりと僕に人の悪そうな笑みを浮かべた。

「・・・。」

これ以上言うと、もっと強い拳骨げんこつがくる。

その笑みを見て、直感的にそう思った僕はそれ以上の言葉を言うことはしない。

ヒロちゃんに口で負ける気はしないけど、こうして力で訴えられると泣き寝入りするしかない僕である。

ヒロちゃんは、僕より大人の癖にまったくもって子供なんだ。



そんな風に今までヒロちゃんとの間に、何度となく繰り返されてきた会話をしてヒロちゃんとじゃれ合ったりと、いつもと変わらない旅を続けていた僕たちであった。

しかし、特に会話もなくなって黙々と不浄の大地ディス・エンガッドの乾いた大地を歩き続けていた僕の目に、きらりと光る何かが入ってきたのだ。


「?」


眩しいと感じると同時に何だろうと視線を上げると、晴れ渡る青い空に光る何かがあった。

一瞬太陽かと思ったけど、僕らをじりじりと焼くように照らす太陽は今は僕らの真上にある。

光は僕らの前方にあって、見間違いじゃなきゃ、段々と大きくなって、こちらに近づいてくるように見える。

「ね・・・ねえ。ヒロちゃん、あれ何?」

僕は横を歩くヒロちゃんの服のすそを引っ張った。

「あれ?」

ヒロちゃんはあの光に気がついてないらしい、面倒くさそうに僕を振り返った。

僕はやっぱり段々近づいてきている光から目を放せずに、ヒロちゃんを掴んでいる手とは逆の手で光を指差して、ヒロちゃんに示した。

「?・・・・・なんだ、あれ。」

ヒロちゃんは僕が聞いたのと同じ言葉を発した。


そして、二人で呆然と空を馬鹿みたいに見上げていた僕とヒロちゃんだったけど、その光が次第に肉眼で何者か確認できる距離になったとき、更なる驚きが僕らを襲った。

光に包まれ空を飛んでいる未確認飛行物体は、なんだか見たことのあるような姿形をしていた。

僕の目が正しければ、あれは・・・


「子供?」


そう、光に包まれているのは間違いなく人影、それも大人の片鱗へんりんさえ見せない、小さくて丸い子供の人影だ。


「フライングベイビー?」


それを見てヒロちゃんが妙な命名をしたが、僕は無視した。

ヒロちゃんにネーミングセンスは皆無かいむといっていい。

しかし、どんなにありえないものが僕らの目の前に現れようとも、それが何事もなく通り過ぎてくれれば、この後、僕とヒロちゃんの間で笑い話になるだけで終るはずなんだけど・・・。


なんと、ヒロちゃん命名・フライングベイビーは僕らの頭上で、ゆっくりと高度を下げてきたのだ。

(大体、ベイビーって赤ん坊だろ?あの子は精々5,6歳くらいだし、この場合はフライングチルドレンじゃなかろうか。)


「天使じゃないよな?」

空を飛ぶ人間なんて、今まで見たことはない。

確かにヒロちゃんの言うとおり、翼のある天使なら空を飛べる可能性はあるかもしれないけど。

「でも、羽なんて生えてないよ?」

天使といえば見たことはないけど、翼があるというのが常識だよ。

「・・・じゃあ、やっぱりフライングベイビー?」

・・・だから、それ何?


そんな風に僕らが馬鹿馬鹿しい会話をしている間にも、子供はどんどん僕らに近づいてきて、そして、僕までの距離3メートルという所に降り立ったのだ。

地上に足をつけた途端、子供を包んでいた青い強い光が霧散むさんする。


「こんにちわ。」

愛らしい声が乾いた空気に響いた。

『・・・こ、こんにちわ。』

僕とヒロちゃんは、どもりながら挨拶あいさつを返した。

こんなに近くで見ても、彼の背中に翼は見えない。

どう見ても、何処にでもいそうな子供に見えた。

ただ、不浄の大地ディス・エンガッドの子供にしては血色いいし、ぷくぷくしている。

生きるだけで精一杯のこの世界じゃ、子供は皆がりがりで疲れた顔をしているけど、この子供には、そんな様子はうかがえない。

一体何者なんだ、この子供。


僕のそう思ったことが、顔に出ていたのか分からないけど、黙り込む大人二人に子供は元気に自己紹介をした。


「僕の名前は、カイって言うの。」


そう言って、笑顔を見せるこのフライングベイビー・カイという名の少年との出会いが、最近マンネリ化していた僕とヒロちゃんの旅に刺激を与えることになるのだが、その時の僕はただただ、空を飛んできたという事実に驚いていて、彼がどんな目的をもって僕らの前に降り立ったかなど考える余裕もなかったのである。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

この話は、連載している『東方の天使 西方の旅人』に登場している同主人公エヴァとヒロ(こちらはヒロ視点が主軸です)の一年前を描いた番外編となっています。これだけでも独立して楽しんでいただけますが、もし興味がありましたらそちらも呼んでいただけると嬉しいです。

番外編なので、本編とは違い、不定期でほのぼのと、のんびりと物語は展開する予定です。フライングベイビー(笑)カイをめぐる、エヴァとヒロの物語をお楽しみください。

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