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第三話 世界が異世界だったようです。

第二章 終末の世界を旅して


 町を出て、僕は十数キロはあろう荷物を背負って歩く。

 隣には、小さな体の女の子が僕に遅れまいとせっせとついて来ていた。


「荷物、重たくないか、もしきついなら僕が持ってもかまわない」


 正直に言うと、それは少し億劫な気持ちもあったが、それ以上にこの小さな女の子に持たせたくないという思いが強かった。


「むー……私が、男性だけに荷物を持たせて、自分は楽をしようなんていう、性根の腐った女に見えるの?」


 生意気な口を挨拶代わりに叩く頼もしい相棒の頭をなでて、先に進む。


「また子ども扱いしてる!」


 口元が緩んでるぞ、だから子どもなんだよ……とは言わない。


「あ、今なんか私に嫌なこと思った」


 ご名答鋭いな、とはやはり言わない。


「ぐぬぬ、なんかやりにくい……」


 なかなか扱いを心得てきたせいか、主導権は僕が持っていた。わかったような顔をしてわかったようにうなづいてやれば、大体向こうが折れる。納得のいかない天狐はあの手、この手で主導権を奪い返そうとするが、僕の手が大体それを阻止してしまう。頭をなでてしまえばいいのだ。


 1時間半ほど荒れ果てた道を歩いただろうか。足取りが少し鈍くなってきたのを感じて、少し休憩をすることにした。今日の目標は隣町の北広島まで歩くこと。今はまだ正午、時間はたっぷり余っている。順調にいけば、後1時間半ほどで着くだろう。


 車なら、15分程度で着くというのに、車といわないから、せめて自転車があれば……などと無い物ねだりをしても仕方が無いので、諦めて腰を下ろした。


 天狐が座って、僕がペットボトルの水を出してやった。川の水をろ過したやつで、紅茶葉を入れて煮沸してある。これはあまり日持ちがしないだろうから、優先的に飲む手はずだ。


「はぁ……生き返る! お水ちょっと変な味するけど、美味しいね」

「あまり沢山飲むと動けなくなるぞ、少しずつにしておいた方がいい」


 疲れているのか、天狐が思ったより一気に飲み続けるのでそれを制止して言った。


「はーい、ろくお兄ちゃんはやっぱり物知りだね」

「長く生きてるだけだ、さて後5分くらい休んだらまた出発だ」


 防風林が風をさえぎってくれるせいか、それなりに居心地が良い。町の方を見ると遥か遠くにかすかに見える程度に小さくなっていた。


「順調に進んでるのかな」

「ああ、問題ないと思う。このまま行けば日が落ちる前につけるさ、今日は野宿になるかもしれないから、なるべく早く北広島に入って休めるところを見つけたいね」


 休憩もそこそこにして、立ち上がるとすぐそばの防風林の草むらが激しくざわめいた。


 ――――一瞬にして緊張が走る。


 何かあった時は、まず槍を出すというのを忘れていた僕は、その場に硬直するしかなかった。何も起きない、何も起きないでくれと祈りながら。心臓の音が高鳴り、手は緊張で震えていた。しかし、そんな甘い期待は一瞬にして打ち砕かれる。


 ――――草むらから突然中型犬のような生き物が飛び出した!


 その中型犬のような生き物は、僕を標的にしていたらしく、草むらから飛び出してすぐに飛び掛ってきた。


 僕はその犬のような生き物が、腕に噛み付くその瞬間まで微動だにできなかった。

 何とか動いていたのは眼球だけで、腕に牙が食い込む瞬間までじっと凝視していることくらいだった。大きな犬のような物が、口をぱっくりと開け、牙をむき出しにして僕の右腕に襲い掛かる。


 その時だった、横から飛んできたカバンが犬のような生き物の顔に直撃する。

 かなしばりの解けた僕は、あわてて背中にくくりつけた槍をするすると抜いて、態勢を立て直した犬のような生き物をじっと見た。


 ――それは犬ではなかった。


 目が6つあり、牙は犬のそれの比では無いほどに尖っている。それに爪は恐ろしく伸びており、あれに引っ掻かれてしまっては、深手になることは間違いなかった。


 戦力の分析を済ませると、こちらの強みを確かめる。槍は頑丈に作られており、リーチでは大きく勝っていた。それを生かすしかない、そう思って槍をきつく握り締めた。


 6つ目犬が戦意を取り戻し、また僕へ向かって駆けてくる。物凄い速度だ、6つ目犬が僕にむき出しの牙を食いつかせようと大きく跳んだ。隣で天狐が叫ぶ声がその刹那、頭のどこかに入ってくる。


 しかし、6つ目犬の牙が届くことは無く、逆に僕の牙が6つ目犬の喉元に突き刺さっていた。ガッチリと突き刺さった槍は、抜けること無く6つ目犬を地面に叩き付けた。赤黒い体液が辺りに飛び散る。6つ目犬はそれでも戦意を喪失することなく、6つ目全てをこちらに向け、この世の呪いを全て唱えそうな視線を僕に送り続け、ついに荒い呼吸を終えて事切れた。


 しばらくその場に二人で呆然と立ち尽くしていた。あまりの恐怖に二人とも動けなくなってしまった。


 ――先に動けるようになったのは、僕だった。


「天狐、大丈夫か」


 一番最初に浮かんだ言葉がこれだった。


「だ、大丈夫、お兄ちゃんは?」

「僕ならなんとも無い、これは何だ?」


 息絶えた6つ目犬に突き刺さった槍を引き抜いてみる。すると喉元から赤黒い体液がドっと流れ出した。


「やだ、怖い……」


 天狐は、目を覆ってそれを見ようとはしなかった。しかし、泣いてはいない。必死に我慢しているのだろう、僕はあふれ出しそうになった涙を引っ込めて、6つ目犬をじっと見た。


 鋭い牙がガタガタに生えそろっており、舌は体液で赤黒く染まっている。槍で突いた感覚だとそれほど硬い皮膚や筋肉というわけでもなく、スルリと入っていった。手にその感触が戻ってきて、思わず身震いしてしまう。


 一匹いたのだから、2匹目もいるかもしれないとすぐに警戒をするべきだった。

 しかし、気付いた時には遅すぎた。

 僕の横から飛び出した2匹目の6つ目犬が、飛び掛ってくる寸前だった。


 何とか身を切り返して、鋭い爪が肉に食い込むのを避けたが、リュックの左の肩紐が引きちぎられてしまった。途端に十数キロの荷物が右肩だけに重くのしかかり、バランスを崩して、そのままよろめいてしまった。咄嗟に槍を落とし、腕をついて倒れることはしなかった。しかし、目の前に獰猛な6つ目犬がいるというのに、丸腰で片ひざをついてしまった。


 すぐに切り返してきた6つ目犬が、むき出しの牙を僕に向け、飛び掛ってきた。僕は渾身の力を込めて右肩のリュックを片ひざのまま振り回した。


 中身は缶詰と水だ! 食らえ!


 リュックが6つ目犬に直撃し、その体を跳ね飛ばした。リュックの中から、缶詰が飛び散って大きな音を立てて辺りに飛び散った。この犬、跳躍力は凄いけど、体もそれほど大きくないし、これならいける!


 槍を持って6つ目犬を待ち構える、もう逆転はさせない。


「さあ、来い! そこに転がってる同胞の元に送ってやる!」


 自分を奮い立たせるために自然と口に出していた。


 6つ目犬が飛び掛ってきたところを今度は槍で叩き落し、頭を思い切り突いた。槍の穂先が6つある目玉のうち、1つに突き刺さって、6つ目犬は激しく痙攣した後、すぐに動かなくなった。


 今度は同じミスをしない、死亡が確認出来次第、周囲の警戒を始めた。


 天狐を手の届く範囲に寄せて、防風林から遠ざけてから、僕が間に立った。これならいきなり天狐が襲われる様な事は無いだろう。


 激しく波打っていた鼓動の音がやがて、少しずつ静かになり、辺りにもう6つ目犬はいないことを確認するとほっと一息ついた。


「すぐに缶詰を集めて出るよ」

「わかった、私が集めるからその間、お兄ちゃんが見張ってて」


 思いがけない申し出だった。先ほどまで怯えきっていた天狐は、勇気を取り戻し、赤黒い体液と6つ目犬の死体のそばで缶詰を手早く拾い始めた。頼りになる相棒に感謝すると僕は再び防風林に向けて、神経を尖らせた。


 しかし、先ほど、僕と天狐の位置が逆だったら……。

 僕が防風林に遠くて、天狐が防風林に近い位置で休んでいたら……。

 恐らく、天狐は今頃、五体満足では無かったのかもしれない。


 そして最悪のことが頭をよぎる、そう考えると余りに自分が情けなく思った。何が自分で考えて、自分で生きるだよ! 危うく、天狐を死なせてしまうところだったんだぞ! 


「集め終わったよ、リュックお願い」

「ありがとう、よし、ここは危険だ。早く行こう」


 その不気味な防風林から足早に遠ざかる。槍は常に手に持って行動しよう、よく考えれば杖代わりにして歩けば、それほど邪魔にもならない。


 僕と天狐は緊張状態のまま、歩き一言もしゃべらずに歩き続けた。僕は左の肩紐が千切れて、かなり歩きにくくなっていたが、そんなことを気にしている余裕は無かった。あの恐ろしい防風林から一歩でも離れたいと思う気持ちで一杯になっていた。


 その防風林が見えなくなるころ、天狐の息遣いが酷く荒くなっていたことにようやく気がついた。


「大丈夫か?」

「何とか大丈夫、でもちょっと休みたい」


 黒髪が汗でびっしょりと濡れていた。僕の歩幅に合わせていたら、そうなることは明白だった。なのに僕ときたら、全く気がついてやれなかった。またミスを犯したと自分で自分を殴りたくなってくる。


「気がつけなくてごめん、そこの木陰で少し休もう。見晴らしも良いし」

「ごめん、私がどんくさくて……」


 すっかり意気消沈してしまった。僕がもう少し気がついてやれればこんな気まずい雰囲気にはならなかったはずなのに。くそっ!


 木に二人で背を預け、呼吸を整えた。それから、水を飲んだ後にこの重い空気を何とかしたくて、僕から口を開いた。


「さっきは助かったよ、最初のカバン、投げてくれなかったら危なかった」

「う、うん」


 あまり反応が良くない、何故だろう。


「ほんとにあれに噛まれてたら、大変なことになってただろうし、危なかったな。次は僕ももっとしっかりするからさ」

「違うの……」


 天狐は思いつめたように口を開く。


「ろくお兄ちゃんが戦ってるのに、私何も出来なかった……もし、ろくお兄ちゃんに何かあったら私……私……っ!」


 そう言うと天狐が僕の肩に顔を押し付けて、泣き始めてしまった。しばらく天狐は泣いていた。僕が大丈夫だと頭を撫でてやると天狐はくしゃくしゃになった顔でじっと見つめてきた。


「ごめんね、お兄ちゃん、もし邪魔になるようなことがあったら、天狐は見捨てていいからね」


 本心のようだった。まだ短い付き合いだったが天狐は、こういう卑怯な嘘をつく子ではない。僕はそれが途方も無く悲しい。


「見捨てたりしない、絶対に」


 それが僕がひねり出してようやく見つけ出した言葉だった。

 天狐が落ち着くまで頭を撫でてやる。天狐の綺麗な顔が、涙で台無しになっているのを悲しく思った。笑っていて欲しい、そう思いながら頭を撫でていると天狐はようやく落ち着いたのか、僕の手を取ってもう大丈夫と一言だけそえた。


 僕と天狐はまた出発し、ついに見えてきた北広島の町を遠くに眺めながら歩いた。

 見えているとは言え、それでもかなりの距離を歩いた。ようやくへとへとになってついたそこは僕の知っている北広島とはかけ離れていた。


 やはり建物は崩れ落ちているか、焼け落ちているか、まともな原型を保った建物は何一つ残っていなかった。これじゃ泊まる所なんて見つかるわけも無いと思った。

 せめて、風をしのげるところでも……そう思って町の中を歩いたが、なかなか見つからなかった。


「ひどいね」


 天狐はぽつりとつぶやいた。


「ああ、全くだ」


 僕もそれにあわせて言う。

 諦めて、その辺にうずくまって一夜を過ごそうかと思い始めたころ、一つの無事なコンテナを見つけた。天狐と僕は期待に胸を躍らせて、そこまでかけていった。

 コンテナは外側に鍵がかけられており、それを渾身の力を込めて外した。開けた瞬間、酷い匂いが僕らの鼻をついた、あまりに酷い匂いに僕と天狐が思わず顔をしかめたほどだった。


 そして、それから僕らは思いがけないものを見た。


 中にはなんと先客がいて、いつから閉じられたのかわからないコンテナの中で、ぐったりとはしていたが呼吸音が聞こえており、それが生きていることを証明していた。


 僕と天狐は思わず顔を見あせてから、その先客に目線を戻す。


「だ、大丈夫ですか?」


 僕と天狐は用心深く近寄った。

 最初は人間だと思ったその先客は、人間ではなかった。

 顔立ちは人間でいうと均整の取れた美人といった感じで、歳は二十歳すぎくらいのように見える、しかし、その風貌は人間というにはあまりにも遠い。


 背中からは黒い羽が生えて、尻尾と狼の耳のようなものが頭にはついていた。日本人の平均身長程度の僕くらいに身長があり、胸は少しだけ主張していたが、全身やせ細っていたため、あまり特徴的ではなかった。


 僕らにようやく気がついたその異形の者は、目だけを動かすので精一杯というほどに衰弱しきっていた。僕は天狐を見る、天狐も僕を見た。


「た、助けてあげられないかな?」


 天狐がおもむろにこう切り出した、僕の答えもこれで決まった。


「水と少しの食料を置いていこう、僕らが食料にならない程度に」


 天狐はそんな僕を見て、嬉しそうに微笑んでくれた。

 衰弱しきった異形の女性に少しづつ水を与えると最初は警戒して飲もうとはしなかったその羽根付きの女性も、僕が飲んでから与えなおすと理解してくれたのか、やがてゆっくりと口に含んで、喉を通してくれた。


 僕と天狐はそれに嬉しくなって、少しだけ奮発して缶詰を開けた。鯖の味噌煮が口に合うのかわからなかったけど、ちょっとづつちぎって食べさせる。ゆっくりと羽根付きの女性は腕を上げて缶詰を掴んだ。その腕に力は無く、ようやく缶詰を持てる程度しか残されいなかった。


「大丈夫、ゆっくり食べてね」


 天狐が優しそうな笑みで羽根付きの女性と接している。僕はそれを少し危ういと思ったけど、今のところ害は無さそうなので特に言及はしなかった。


 しかし、あまりあげすぎて元気になられても困ると思った僕は、乾パンの袋をあけて、先ほどあけた缶詰の缶に入れ、これで最後だと天狐に言った。天狐は首をたてに振って納得してくれたようだ。野良猫にえさをあげるような、少しの喜びのために貴重な食料を消費するなんて、と思ったが、天狐の嬉しそうな顔を見ているとそんなことは、どうだってよくなった。


 僕らは一本のペットボトルと少しの乾パンを残して、その場を後にした。その女性はついに一言もしゃべることは無かった。そもそも日本語を理解していないようだった。


 風を防げるコンテナで眠りたかったのは山々だったが、先客がいてはどうしようも無い。


 すっかり暗くなったころにようやく、公園の跡地を見つけて、木で出来た遊具がちょうど良く風を防げるように崩れており、そこで持ってきたタオルケットに二人で包まった。乾パンと缶詰を一つあけて、それを二等分して口に運んだ。思えば、朝ご飯を食べてから何も食べてない。缶詰はずいぶん美味しく感じたし、乾パンもそれほど悪くないように思えるから不思議だ。


「あったかい、もっとくっついていい?」

「ダメというと思ったか?」


 そうやって僕が笑いかけると、天狐がぴったりとくっついてきた。天狐からぬくもりが伝わってきて、あまり良い寝床とは言えない所だったが、僕には十分だと思った。


「あの人、助けてくれてありがとね」

「次があれば、だけど……次は見捨てる」

「うん、ありがとう」


 天狐が僕の肩に頭を乗っけて、優しい声でそう言うとすやすやと寝息を立て始めた。


 僕は満天の星を見上げて、終わってしまったのかわからない世界の中、少しだけこの状況を楽しく思う。槍の穂先が月明かりに照らされて、鈍く光っていた。

 

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