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第九十話 夫婦達の挽歌

第九十話です。コレ、あれです。本編が綾乃とソニアだとしたら、こっちはRPGとかの『お使いクエスト』みたいな位置づけです。何が言いたいかというと、肩の力を抜いて読んで頂ければ。

「フレイム王国は、没落したと言えどオルケナ大陸の盟主だ。かつては大陸全土を支配する帝都であった事もあり、歴史も古いし、格式だってある」

「それが?」

「アレックス帝の遷都以来、帝都はラルキアより移動した事はないし、王城だってずっと此処だ。当然、建物自体も古いし、時代の変遷の中で数えきれない程の増築・改築を繰り返してきた。その時代、その時代の要望に合わせる形でな。言ってみれば迷路の様なものだ」

 カツカツと靴音を鳴らして歩くシオンの後ろを歩きながら、浩太は小さく首を捻る。

「えっと……つまり、どういう事でしょうか?」

「勘の鈍い奴だな。この王城自体が迷路の様になっており……増築を繰り返し過ぎて、バカみたいに部屋数が多いんだ」

 此処まで言っても分からないか? と目だけで問うシオンにポンと手を打ってみせる。

「つまり……近衛騎士団も知らない『秘密の部屋』に二人は居る、と?」

 その浩太の言葉に、シオンはにこやかに笑んで見せて。


「はずれ」


「……は?」

「半分外れだ。如何に近衛が『フレイム最弱の軍隊』とか『実戦経験の無いおもちゃの兵隊』とか『お飾り集団』とか『軍事費の無駄遣い』とか言われていたとしても」

「……酷くないです、流石に?」

「文官と武官は何時だって反目し合うものだ。話を戻すぞ? 幾ら近衛が役立たずと言えど、自らが守る陛下の居城だ。陛下を守る為に王城の内部は隅から隅まで熟知する程度の勤勉さは持ち合わせているさ。尤も、彼らぐらいの暇が無いと出来んだろうがな」

「一々小さい毒を吐きますね、貴方。まあそれはともかく……それじゃ、何の説明なんですか、今の?」

 じとーっとした目を向ける浩太に肩を竦めたまま、シオンは歩く。やがて槍を構えた衛士が立つ廊下の前まで来ると右手を挙げて見せた。

「ご苦労。通して貰っても良いか?」

「シオン・バウムガルデン様ですね? 貴方だけなら構いませんが……」

 ちらり、と視線をシオンの後ろの浩太に向ける衛士。その視線を遮る様に、シオンが言葉を続けた。

「彼は私の友人だ」

「許可の方は?」

「頂いてはいないが……そうだな。それでは『中の方』に伺いを立ててくれるか? シオン・バウムガルデンと」

 そこまで喋り、チラリと後ろの浩太に視線をやって口の端をニヤリと歪めて見せる。

「ロンド・デ・テラの『魔王』様が訪ねて来た、とな?」

 頭に疑問符を浮かべる衛士を『早く行け』と急かす。廊下の向こうに広がる空間に走って向かった衛士だが、数分後、狐につままれた様な表情を浮かべて戻って来た。

「……お進みください。歓待する、と」

「手間をかけたな。それでは行こうか、コータ」

 衛士の横を何でもない様に歩くシオン。その背を慌てた様にコータは追い掛け、追いついた所で声を掛けた。

「し、シオンさん? え、えっと……はい?」

「先程も言ったがこの城は古く、そして造り自体も複雑で、何より部屋数もバカみたいに多いんだ」

「えっと……それが?」

「部屋数が多いから、『こういう場所』も生まれるという訳だ」

 幾つかの部屋を越えながらそこまで喋り、シオンは歩みを止めて目の前のドアをコンコンコン、と三度ノック。室内から『ど~ぞ~』という間延びした声が聞こえ、その声を聞いたシオンはドアをゆっくりと開けた。


「いや~、よう来てくれたの~、シオン! それにコータも夜会以来じゃろうか? そんなに大したもてなしも出来んけど、ゆっくりして行ってくれたらええけん!」


「……は?」

 中から顔を出した人物――ウェストリア王国国王第三子、クリスティアン・ウェストリア殿下のにこやかな顔と対照的に、浩太はポカンとした顔を浮かべて見せた。


◆◇◆◇◆


「ロート商会は王都商業連盟の中でもビッグネームだ。九人委員会に名を連ねる以上、当たり前と言えば当たり前だがな」

「……はあ」

「対してファーバー伯爵も王家の御連枝に当たる名門貴族だ。幾ら九人委員会を務める程の大商会だからと言って、無碍にする訳にもいかん」

 そこまで喋り、シオンはゆっくりと口に紅茶を含んで見せる。

「……ロッテ翁も陛下も困りに困った。ロート商会に厳罰を下す訳にも行かず、だからと言ってファーバー家に我慢しろ、とも言えん。あちらを立てればこちらが立たず。『知らぬ存ぜぬ』で通せる程の小さな衝突でも無い。家柄的にも、事案的にもな」

「まあ……そうですね」

「そこで、陛下は勅命を出された。『双方の言い分は至極尤も。だが、どちらにせよ当事者が居ないと話にはなりません。まずは二人を連れて来なさい。裁可はその後に下します』とな」

「問題の先送りですか」

「その通りで、だからこそ巧い方法でもある。時間が解決する事もあるしな。だが……まあ、ファーバー家は近衛の副団長、ロート商会は九人委員会だ。ニーザは優秀な商人だが、それでも海千山千の商会の人間を相手に逃げ切れるほどの才覚は無いし、アイリスに至っては箱入りのお嬢様だ。足を引っ張る事はあっても、ニーザの手助けをするには至らん」

「それじゃ、直ぐに捕まってしまうのでは?」

「普通なら、そうじゃの」

 二人の会話に割り込むよう、声が後ろから聞こえて来る。その声の主を確かめる様、浩太は後ろを振り返り――そして、愕然とした。

「で、殿下!」

「ん? どーしたん、コータ?」

「いえ、どーしたん、ではなく……」

 浩太の眼に映るのはクリスティアン殿下と――その右手の上に乗るお盆。その上にはクッキーが山の様に積まれたお皿が一つ乗っていた。

「変なコータじゃな? ほれ、びーどろ亭のクッキーじゃ。凄いで、これ。ニワトリが鳴く前からならばんと買えんのじゃ。お陰で私、今日はぶち眠とうて、眠とうて……ふわぁ」

 欠伸をしながら『喰うてみ?』と差し出すクリスティアン殿下。王族直々の給仕という突飛な事態と、クッキーを買うためにわざわざ王族が行列に並ぶという異様さに言葉を失いながら、浩太は勧められるままにクッキーを一つ口に含んだ。

「美味いじゃろ?」

「え、ええ」

 味なんて分かりはしないが。

「ん? どうした、コータ? そんな眠たそうな顔をして」

「この顔は生まれつきです。ですが……」

「……ああ。王族自らの給仕に驚いたか?」

 何でもない様にそういうシオンに、首を縦に振ってみせる浩太。

「こういう人だからな、殿下は。なあ、殿下?」

「シオンの言う通りじゃ。この場所では私がホストじゃけ、あんまり気にせず寛いでくれたらエエんよ?」

 そう言ってシオンと浩太が向かい合って座る丸テーブルに自身も腰を落し、机の上に置いたお皿からクッキーを一枚。

「……んんん! ほっぺた落ちるか思うの、コレ。相変わらず美味いわ~」

「幸せそうに食べるのは結構だが、殿下? 話に割り込んだんだ。きちんとコータに説明してやれ」

 シオンの言葉にきょとんとした後、ポンっと手を打ってみせるクリスティアン殿下。そのまま自分用のカップに紅茶を注ぎ、口の中のクッキーの欠片ごと流し込むと口を開いた。

「すまんすまん。えっと……ああ、そうじゃそうじゃ。普通やったらニーザとアイリスの駆け落ちやこ、直ぐに見つかるもんじゃ。シオンも言うとった様に、ロート商会もファーバー家も情報網自体は凄いけん」

「……はあ」

「ほんで、リズ――じゃない、陛下は考えたんじゃ。このまま二人を放って置いたら直ぐに見つかってしまう。ほいじゃ絶対、見つからんとこに隠したらえんじゃないか、って」

「絶対に見つからない所?」

 疑問符を浮かべながら首を傾げる浩太。その姿に、ニヤっと笑んで見せクリスティアン殿下は口を開いた。


「『此処』じゃ」


「……は?」

「廊下に衛士が立っとったじゃろ?」

「は、はあ」

「あの衛士が立っとった場所からこっちのこのスペースは、王城内に『私』の為に用意された場所じゃ。此処じゃったら私と私の許可した人間以外、絶対入って来れんからな」

 治外法権、という概念がある。

 一国内に他国の――例えば、大使館や『租界』と呼ばれる地区がある場合、そこを自国内ではない他国として扱う、という考え方である。浮世離れした浦安にある夢と魔法の『王国』は法制度上は立派な『日本』だが、がっつり日常生活に溶け込んだ、星条旗の翻る霊南坂の建物は日本ではなく『アメリカ』だ、と考えて貰えば良い。

「……なるほど。『広い』から出来る訳ですね、王城内にこれ程のスペースを取る事も」

「クリスティアン殿下は『フレイム・ウェストリア両国友好の使者』だからな。せせこましい場所に押し込む訳にも行かないという事情もある」

「友好の使者なんて、建前だけじゃけどな。実際は人質じゃ」

「建前が通れば本音は引っ込むさ。まあ、如何に近衛が陛下の御身を守る為の組織であり、ほぼフリーパスに王城内を歩けると言えど、勝手に他国の『友好の使者』の部屋を漁る訳にはいかんだろう?」

「……巧い方法ではありますね、確かに」

「だろう?」

 イメージは他国の大使館に逃げ込む移民だ。一度そこに入ってしまえば、『そこに居る』事が分かっていても手出しは出来ない。

「私とリズ、それにエリカもじゃけど……まあ、幼馴染じゃしな。リズに『助けて下さい、クリス殿下!』とか涙目で言われたら、助けんわけにはいかんじゃろ? そりゃ、自国にあんまり不利益になる事は出来んけど……まあ、若い二人を匿うぐらいはしてもええわ」

 言外に、『なぜ殿下が?』という視線を向ける浩太に肩を竦めてクリスティアン殿下はそう答えて見せる。ちょっとだけ自慢げなその姿に、浩太が溜息を吐いて見せた。

「招き入れないと入れない、ですか」

 吸血鬼みたいな話ではある。

「それで? シオンさんは『招かれる人』という訳ですか?」

「陛下と殿下は幼馴染だ。そして、私は陛下の教育指南役だったんだぞ?」

「殿下とも面識がある、と?」

「面識どころの話ではない。一応、フレイム王国内での殿下の指南役だ」

 何でも無い様なシオンの言葉に、思わず浩太は息を呑み視線をクリスティアン殿下に向けた。

「……えっと……コータ? なんじゃろ? そんな憐憫の籠った眼差しで見られる理由が思い浮かばんのんじゃけど……?」

 可哀想なモノを見る目を向ける浩太に、向けられたクリスティアン殿下も首を捻る。そんな殿下に、ポツリ、と。

「……お可哀想に」

 口に出すつもりはなく、それでも漏れたその言葉。それに敏感に反応したシオンが浩太にくってかかった。

「どういう意味だ、コータ! 私に教えて貰うのは可哀想という事か!」

「いや……だって、シオンさんですよ? どうせ、ロクでも無い事しか教えて無いに決まってるじゃないですか」

「失礼な! そんな事はないぞ!」

「そうじゃで、コータ。シオンには随分色んな事教えて貰ったんじゃけ」

 がーっとがなるシオンにフォローが入る。その言葉に力を得たか、心持胸を張ってシオンがふふんと鼻を鳴らした。

「……本当ですか?」

「本当じゃって。シオンに教えて貰った事、ぶち役に立っとるんじゃけん」

「そうだろう、そうだろう! 殿下、もっと――」

「特に……そうじゃな? 『人に笑顔で仕事をなすり付ける方法』とかは今でも凄い利用させて貰っとるで? 『殿下。貴方はなまじ顔がイイんだから、それを利用しない手は無い』って――」

「――よし、殿下。少し黙ろう」

 じとーっとした浩太の視線に、シオンの顔を一筋の汗が伝う。そんな二人のやりとりを面白そうに見やり、クリスティアン殿下は口を開いた。

「ははは! あのシオンが押されとる姿やこ、生きてる内に見れるとは思わんかったわ!」

「いや、殿下? それは言い過ぎだろう? ロッテ翁やカール閣下には結構下手に出ている自覚はあるが?」

「同年代に、って意味じゃで?」

 そこまで喋り、クリスティアン殿下は視線を浩太に向けた。

「私は『才能』の有る人間が好きなんじゃ。優秀な、って言い換えてもええけど……まあ、そういう意味じゃシオンは優秀じゃけん」

「まあ……それは否定しませんが」

 能力は高いのである、能力は。残念なだけで。

「それに、シオンは私の友人じゃと思っとるし、『師』であるとも思うとるんじゃ。あんまりわるぅ言わんといてやってくれんかの?」

 なあ、頼むわ~と頭を下げるクリスティアン殿下に、慌てた様に浩太は口を開いた。

「で、殿下! 頭を上げてください! 分かりました! 分かりましたから!」

 浩太の言葉に顔を上げる。仮にも一国の王族に――まあ、エリカだって王族だが、良く知らない王族に頭を下げられれば流石に心臓に悪い。

「分かってくれたかいの?」

「……分かりましたよ。それで? シオンさんは殿下の『友人』だからこの……ニーザさんとアイリスさんの『雲隠れ』もお聞きしていたと?」

 浩太の言葉に、シオンは首を振って見せた。

「いいや」

 横に。

「……え?」

「むしろ、逆だな。リズ様に、クリス殿下の所を使わせて貰おうと言ったのは私だ」

「そうなんです?」

「ニーザはラルキア大学出身で私の後輩でもあったし、アイリスの方も社交界で何度か逢っていたしな。二人から相談を受けた立場でもある」

「……シオンさんに恋愛相談……ですか?」

 最悪の結果しか見えない。浩太のその言葉にならない声を正確に読み取り、シオンは苦々しげに口を開いた。

「……お前の言いたい事も分からんでもない。恋愛経験の無い私によく相談したな、とも思ったさ。藁にも縋る思いでもあったのだろうとも思う」

「自分で言いますか、藁って」

「それぐらい、見ていられなかったからな。そうは言ってもニーザもアイリスもまだ二十歳になったばかりで若いし……こういう言い方はあまり好きではないが、身分差もある。恋愛は熱病とも言うし、もう少し冷静になれと言ったのだが」

「……言う事を聞かずに駆け落ち、ですか?」

「……」

「シオンさん?」

 浩太の言葉に、シオンがつつーっと視線を逸らす。その視線を追うよう、追いかける浩太。逃げるシオン。追いかける浩太。逃げる――


「ニーザとアイリスに『そんなに言うのなら駆け落ちでもしろ!』って言ったの、シオンじゃで?」


 ――追いかけっこは終わりを迎える。『ちょ、で、殿下!』と慌てた様に止めるシオンに、浩太はギギギっと油の切れたロボットの様なぎこちない動きで視線をやった。

「……シオンさん?」

「……ち、違うんだ! 私は言ったんだぞ? 身分差もあるし、ニーザだって……そりゃ、一端の商人ではあったがそれはロート商会の力に依る所も多いし、アイリスに至っては箱入り娘だぞ? そもそも二人はまだ二十歳と若いし、止めとけって言ったんだ!」

「……」

「そ、そしたらニーザもアイリスもだな? 『どんな障害があっても大丈夫です! 私達には愛がありますから! 仕事だって、何とかなります! 若いからって、そんなの理由になりません!』なんて言うんだぞ? 愛があるから大丈夫! なんて……なんだ? 愛は万能か? そんな訳無いだろう! そんな眠たい事言っているから、まだまだ『若い』って忠告しているんだろうが!」

「……」

「こ、こう……その、な? そんな風にあんまりにも二人がアホみたいな事を言うから、つ、つい、『カチン』と来てだな? 『ほう、面白い。それじゃその『愛の力』とやらで、困難を乗り越えてみせてくれ。そうだな? 駆け落ちなんてどうだ?』……って……その……言ってしまいました」

 消え入りそうな声でそう告白するシオン。浩太の視線の冷たさが半端ない。

「あの時のシオンは最高じゃったで? いきなり私の部屋を訪ねて来て『殿下、この二人を匿ってくれ!』じゃもんな?」

「し、仕方なかったんだ! 二人で訪ねて来て『駆け落ちしました、シオンさん。その……これから、どうしましょう?』って! こっちこそどうしましょう、だ!」

「……陛下に殿下にお願いしようと言ったのは嘘ですか? 今のお話では、シオンさんが煽ったようにしか聞こえませんが?」

「う、嘘ではない! 嘘ではないぞ!」

「……殿下?」

「まあ、嘘ではないで? リズ様には『二人が駆け落ちした。両家とも力を持っているし、このままでは不味いと思う』とは言ってたしの」

「煽ったのは?」

「そんな話は聞いとらんの~」

「……シオンさん?」

「う、嘘は言ってない! 全部言ってないだけで!」

「その方が性質が悪いと思うんですが?」

「ぐぅ! だ、だがな! 今更言えるか? 『済みません、私が煽りました。許してにゃん』とか、私に言えとでも言うのか!」

「にゃんって何ですか、にゃんって。そうは言いませんが……」

「ふ、ふふふ! コータ、お前もこの王城のトップシークレットの一つを知ったんだ! タダで帰れると思うなよ!」

 やおら胸を張り、ビシッと浩太を指差すシオン。その姿を面倒臭そうに眺め、浩太は口を開いた。

「……どうしたんですか? 急に悪役みたいな事を言いだして」

「追い詰められているんだ、私も! 頼む、知恵を貸してくれ!」

 一転、縋りつかんばかりに懇願するシオン。恥も外聞もないその姿に思わず浩太も言葉に詰まる。

「知恵をって……」

「何でも良いから! ほ、ほら! この事件を鮮やかに解決してみろ? コータの評価は鰻上りになるし! 目的にも一歩近づくと思わないか!」

『目的?』と興味深げに問いかけるクリスティアン殿下に『何でもない!』と手を振り、シオンが浩太に救いを求める視線を向ける。その視線を受けて、浩太は腕を組みしばし黙考。確かに、シオンの言う事も一理ある。ファーバー卿はともかく、もう一方は九人委員会の一つだ。巧く纏めれば、これをダシに説得する事も可能ではある。そう思い、浩太は閉じていた目を開けて。


「――突きだしましょうか、二人」


 後、口も開く。一瞬、ポカンとした後、シオンは恐る恐る口を開いた。

「――は? つ、突きだす? 突きだすって……」

「両家のご両親に」

「鬼か、お前は!」

「鬼では……まあ、魔王とか呼ばれていますけど……と、言うかですね? そもそも、『駆け落ち』なんて駄目ですよ。結婚は家と家とも申しますし、育てて頂いた恩もあるでしょう。本当にお互いがお互いを必要と思っているのであれば言葉を尽くして説得するべきではないですか? 駆け落ちは安易な逃げ道でしょう?」

「ぐ……び、微妙に正論臭い事を……」

「目の前の問題から逃げてばかりでは成長もありませんしね? 努力は大事ですよ、努力は」

「出た! コータの努力至上主義! 言っとくけどな、コータ! 努力だけで乗り越えれる事の方が少ないんだぞ! 身分差もあるし、そもそもファーバー卿! 彼をどう説得するつもりだ!」

「否定はしませんよ。ですが、まあ……ほら、今回は事情が違いますし」

「……事情だと?」

「ええ。まず、ファーバーさんは今回の件ですっかり参ってしまっているんでしょ? でしたら、少なくとも今までよりは話を聞いてくれ易いと思いませんか?」

「……まあ……頭ごなしに反対したら、また出て行くかも知れんとは思うだろうな」

「『身分差』と仰られますが、平民と貴族自体の結婚が無い訳でも無い様ですし、後はファーバーさんの気持ち一つでしょ?」

「……」

「加えて……あまり良い言い方では無いのでしょうが、アイリスさんには既に『悪評』も立っていますしね」

「悪評?」

「『駆け落ち』したなんて悪評以外の何物でもないですよ」

 お忘れかも知れないが、そもそも浩太が王城を追い出された理由の一つがこの『リズに悪評が立たない為』だ。

「まあ、しっぽりやってるって思うわの~、普通」

「です。ですが……殿下? その……」

「言い方が下品じゃったかな?」

「ええ……まあ、イイです。そうなるとですね? 如何にアイリスさんが王家の血を引く貴族のお家柄であっても、中々……こう……」

「ま、敢えて奥さんに貰おうと思う人間はおらんじゃろうな」

 言い淀む浩太の言葉をクリスティアン殿下が引き継いだ。

「そう言う事です。ニーザさんは『責任』を取るべきでしょ? 男として。ファーバーさんだってそうは言っても人の親ですし……結婚は女の幸せとも言いますし。娘の幸せの為に折れてくれる可能性は高いんじゃないです?」

「おお! そりゃそうじゃな! ロート商会はフレイムでも指折りの商会じゃし、縁談自体はそんなにわるぅないじゃろ!」

 納得した様に声を上げるクリスティアン殿下に、浩太も優しげな笑みを浮かべて見せる。その姿は答えを導き出した生徒を見守る師の様で、何とも微笑ましく――

「ちょ、ちょっと待て!」

 ――映る光景をぶち壊す女性。言わずもがな、シオンだ。

「なんですか?」

「その『作戦』自体は理解出来る! だ、だがな? そうは言っても駆け落ちだぞ? 自分の娘をキズモノにされたんだぞ? 流石にファーバー卿だって――」

「それはアレです。全部『シオンさんが煽った』せいにすればいいでしょう?」

「――そう言うと思ったさ! 鬼か! いや、魔王だ!」

「ですから、魔王ですが……でもですね? 流石に今回はシオンさんが悪いと思いますよ、私?」

「駆け落ちしたのは二人だぞ!」

「自分で言ってたじゃないですか、『若い』って。若者を正しい道に導くのも先達の仕事でしょう?」

 時に正論は人をこの上なく傷つける。がっくりと膝を付くシオンと、論破しきった浩太を面白そうに見やり、クリスティアン殿下が言葉を紡いだ。

「まあ、コータの言う事が正論じゃな。でもな、コータ? そのアイデア、一個だけ問題があるんじゃ」

「問題、ですか?」

「そうじゃ」

「問題って、何が――」

 浩太の言葉と同時。

 パリーン、という陶器か何かが割れる音と怒鳴り声、次いでドタバタという足音と、バーンというドアの壊れそうな音。


「――壊れそうな音?」


 音のした方向、先程自身が潜ったドアの方向に目を向けて。

「クリスティアン殿下!」

「クリス様!」

 目に入ったのは一組の男女。愛くるしい顔立ちの女性と、凛々しい男性の姿が目に入った。お互いに笑顔の一つでも浮かべていれば、さぞ美男美女カップルと称賛されるだろう二人だが、肩で息をしながらお互いに『親の敵!』と言わんばかりに睨み付けるその姿は、美男美女どころか……或いは美男美女だからこそか、鬼も裸足で逃げ出しそうな程に……まあ、ぶっちゃけ、ちょっと怖い。少しだけ怯えた様に二人を見つめる浩太など視界に入って無いのだろう、二人は人差し指をお互いに向けあって。


「「こんな奴と同室なんて、絶対イヤです! 今すぐ部屋を変えて下さい!」」


「……紹介しよう、コータ」

 先程まで膝を付いていたシオンがゆらりと立ち上がる。まるで幽鬼の様なその姿に、思わず浩太は息を呑み。

「こちらの二人が、ニーザとアイリスだ」

「……は?」

 変な声が漏れた。

「ふ……ふふふ。なあ、コータ? 結婚は女の幸せって言ったよな? ああ、確かにそういう言葉もあるし、否定はしないさ。でもな? この二人、どこからどう見ても幸せには見えないよな?」

「えっと……え?」

「なあ? 説明できるか? 『駆け落ちさせてみました。でも、なんか二人で暮らしてみたら相性あんまり良くなかったみたいなんで、娘さんお返しますね?』って、本気で言えると思うか?」

「……い、言えないと思います」

「ああ、そうだよ? 娘の幸せを親なら願うだろう。私だって娘はいないが妹は居る。アリアが幸せなら、少しぐらいは涙を呑もうかという気持ちも分かる。でもな? それは『幸せ』な事が前提だろう? 今のこの二人を見て、お前、本当に幸せだと思うか?」

「……」

 言葉もない。そんな浩太を見やり、シオンは大きく息を吸い込んで。



「――だから私は言ったんだ! 愛があればなんて眠たい事言ってるって!」



 絶叫が、室内に木霊した。


※その頃の綾乃とソニア


「――は! 今、なんかすごく面白い事が起こってる気がする!」

「はいはい、そうですか。ほら、アヤノさん。手が止まっていますわよ?」

「ちょっと待って、ソニアちゃん! 本当だって! なんか私の第六感が告げてるの! 具体的には『シオン、涙目w』って感じの――」

「シオンさんはどうでもいいです。それより、ほら。後二十通ですわよ? 頑張って各商会に『テラの船を使ってくださいまし』って書かないと」

「……地味じゃない、この作業? 大体、これって私達がやらなきゃダメ?」

「どんなに目立つ案件でも、やる事自体は地味なモノですわ。それに、わたくし達が手書きをした方が誠意が伝わります。さ、アヤノさん? 頑張りましょう!」

「……キラキラした容姿の割には結構堅実よね、ソニアちゃんって」


綾乃とソニアは一生懸命お手紙をしたためています。

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