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第八十二話 Best Couple!!!

ちょっと色々やり過ぎた感は否めない。


「……それで、ベッカー貿易商会とはどの様な商会なのですか?」


 王都ラルキアの、人通りの多い大通りで抱きしめ合うという、良く考えたらトンデモなく恥ずかしい行為をし、『おかーさーん。あのおにいちゃんとおねえちゃん、だきあってるよー!』『これ! 見ちゃいけません!』なんてベタな突っ込みを受け、浩太がエミリから慌てて離れ――エミリは不満そうな顔をしていたが――とにかく、それからしばらく。

「下手な貴族よりも力を持った商会、といった所でしょうか」

 一路、ベッカー貿易商会会長、アロイス・ベッカー宅に歩みを進める浩太は照れ隠しの意味を含めて隣のエミリに視線と言葉を送る。ちなみに浩太の顔は少しだけ羞恥の赤に染まっているが、対するエミリの方は平然としたものだ。女は強い。

「ベッカー貿易商会は商聖ユメリアの甥に当たる、ロッツ・ベッカーが設立した商会に当たります。ユメリアの姉の子供、ですね。生涯独り身で過ごしたユメリアはこのロッツ……ベッカー家では『御大』と呼ばれていますが、御大を実の息子の様に可愛がったそうです。それのみならず学聖アレイア、剣聖フレイア、そして建国帝アレックスから非常に可愛がられていた、と伝えられております」

 苦楽を共にした仲間が、『我が子』の様に可愛がった人間。アレイア、フレイア、アレックスことマコトが可愛がったのも頷ける話だ。

「ロッツがベッカー貿易商会を設立した際、資金援助をし、商売の方法を教えたのはユメリアです」

「それによってベッカー貿易商会はメキメキと頭角を現した?」

 ええ、とエミリが頷くの予想していた浩太は、エミリが渋面を作って首を左右に振る姿に顔に疑問符を浮かべて見せた。

「違うのですか?」

「ロッツ自身、商才自体は大した事が無かったそうです。どんな事業をしても失敗、失敗の連続。『ベッカー貿易商会』という商会はロッツ時代に二度、倒産しています」

「……」

 言葉も無い。初代をユメリアと捉えるのなら、ロッツはボンクラの二代目と言っても良いだろう。

「そんな人間を『御大』と呼ぶのですか?」

「『商人』ロッツとしては……非常に失礼ながら、ボンクラに御座います。ですが、『技術者』ロッツ、或いは『冒険家』ロッツとしては超一流に御座いますので」

「技術者? 冒険家?」

「ロッツはユメリアのみならず、アレイア、フレイアにも非常に愛されていました。アレイアからはその智の神髄を、フレイアからはその剣技の全てを受け継いだロッツは商人としては二流でしたが、技術者として、冒険家としては超一流だったのです」

 一息。

「都合、三度目となるベッカー貿易商会の立ち上げの際、ベッカー貿易商会は『造船業』に乗り出しました」

「造船、ですか」

「造船とはお金が掛かるモノにございます。ですが、ロッツには潤沢な資金を供給してくれる身内と、技術を提供してくれる師匠がおります。当時では最新の技術の粋を集めたベッカー貿易商会の船は飛ぶ様に売れました。アレックス帝がフレイム帝国の商船から軍船に至るその全てを、ベッカー貿易商会謹製にした事もそれに拍車をかけたと言われています」

 立て板に水の様なエミリの説明に、思わず浩太も唸る。国家の庇護、というのが如何に強いか良く分かる話だ。

「なるほど。それでベッカー貿易商会はこの国随一の商会としてのし上がった、と?」

 再度、確認を込めた浩太の問いかけに、エミリは首を振る事で応えた。

「……違うんですか?」

 横に。

「ベッカー貿易商会の造船技術は非常に素晴らしかったですし、現在でも研究開発に余念がありません。ありませんがしかし、ベッカー貿易商会を『随一』にのし上げているのはそれのみでは御座いません。先程、私がお話したでしょう?」

「……ああ、冒険者!」

 納得の行った様にポンと手を打つ浩太に満面の笑みを浮かべて見せて。

「その通りに御座います。ロッツは自身の『発明』した船に乗り、大海原に繰り出しました。自身で航路を開拓し、航路に点々とある島々を『開発』していき、そこを占拠しました。通称、『ベッカー航路』と呼ばれるものです」

「ベッカー航路……」

「オルケナ各国家のみならず、余所の大陸や島嶼国家の商船も通る航路です。島々にあるベッカー貿易商会の港の使用料、ベッカー貿易商会の開発した運河の通航料など莫大な資金が今も潤沢にベッカー貿易商会には流れ込んでおります。一年間の収入は……そうですね。恐らくテラの数倍では利かないかと」

 現代日本でも大手企業の年商が、小さな市町村どころか小国の歳入よりも多い事は別段珍しい話ではない。話ではないが。

「……そんな所のトップの身内なんですね、エミリさん」

 目の前にその血筋に連なる人が居れば、これは随分と珍しい話であろう。

「お兄様は確かにベッカー貿易商会の会長に御座いますが、所詮婿養子の『余所者』に御座いますので。権力者、ではあるのですが……それに、お兄様ですし」

 そう言って苦笑をして見せるエミリに倣って、浩太も苦笑。なるほど、仰る通りである。

「……楽しい時間はあっという間に御座いますね」

「え?」

「いえ、話のキリの良い所でした。コータ様、こちらがベッカー貿易商会会長、アロイス・ベッカーの自宅に御座います」

 不意に立ち止まったエミリが右手を斜め右方向に向けて見せる。その手の動きにつられる様、浩太がそちらに視線を向けて。


「……え?」


 目の前の建物に、目が点になる。

「えっと……こちら、ですか?」

 ラルキア王城より北に少し。高級住宅街なのであろう、贅と趣向を凝らした種々様々な家々が立ち並ぶその一角、普通の民家に比べれば大きいが、それでも周りの家々に比べれば『普通』と称して良い、そんな小奇麗な家が一軒目の前にあった。

「驚きましたか?」

「……そうですね、失礼ながら驚きました。先程のエミリさんの説明からだったら、驚くような豪邸が出て来るかと思いましたが」

 仮にも千年続く名門商会だ。『ここから見える塀、全てが敷地です』と漫画みたいな事を言われても驚かないと決めていた浩太だが、別の意味で拍子抜けである。そんな浩太の釈然としない表情に何を思ったか、エミリが小さく喉奥を鳴らす。

「初めて訪れた方は皆様そう言われますね。こちらはベッカー家の『別宅』に御座います。極々親しい――例えば私の様な身内や、気心の知れた友人を招く際に使用する家です」

「と、言う事は本宅はこれとは別にあると?」

「家だけで言いますと王城の側に一軒、商業区に一軒、それにこの近くに本宅がもう一軒御座います」

「家だけで四軒も、ですか」

 田園調布と千代田、それに新橋に家がある様なものである。

「正確にはチタンやローラなどのフレイム国内にも数軒、それにパルセナにもありますが」

 加えて京都と名古屋とラスベガスにも。

「流石の名門商会ですね」

 もう驚かない。溜息と苦笑の混じった吐息を一つ、浩太はエミリを見やり。

「……何ですか、その顔?」

 口の端に彼女にしては珍しく、『にまにま』とした笑みを浮かべるエミリを見た。

「直ぐに分かる事に御座いますので。さあ、コータ様」

 エミリに背中を押される様、浩太は歩みを進め玄関の扉の前に立つ。コンコンコンとノックを三度、やがて家の中からトタトタという軽やかな足音が聞こえて来る。一歩下がり、ドアと自分との間にスペースを作ってネクタイを締め直し、扉が開くのを待つ。屋内から、『トン』という音が聞こえ、外開きの扉が開き。


「――は?」


 年齢はソニアと同じくらいだろうか?


 腰まで届く豊かな金髪。その金髪をツインテールに結び、年の割に――というか、見た目の割には理知的な青い瞳。『美少女』と称して良く――


 ――そして、浩太の見知った顔。



「――エミリ、さん?」



 髪の色と瞳の色を変えた、ミニマムサイズのエミリがそこに立っていた。



「え? あ……え?」

「――どちら様、に御座いましょうか?」

 挙動不審そのもの、入り口でアップアップする浩太の姿に、目の前の美少女の眼がすーっと細められ、不審者を見る時のそれに変わる。敏感にその変化に勘付いた浩太が思わず声を上げようとして。

「久しぶりですね、エリザ。元気にしていましたか?」

 浩太の斜め後方から声がかかる。その声に反応した様に、ピクンと体を一つ震わせ、『エリザ』と呼ばれた少女が浩太を押しのける様、体ごと浩太の後方に身を滑らせた。

「ですが、お客様にその様な不躾な態度は頂けませんよ?」

 エリザの動きに合わせる様、振り返った浩太の眼に入ったのは『にこっ』と微笑む、これまた珍しいエミリの笑顔。エミリのその笑顔に、エリザも満面の笑みで頷いて見せる。美女と美少女、まるで生き写しの様な二人になるほど、これは驚くと場違いな感想を浩太は胸中でこぼした。ある意味、眼福である。

「お久しぶりです! 逢いたかったです!」

 そんなしょうもない事を思う浩太の目の前で、エリザの顔の満面の喜色が更にその色を濃くする。楽しみにしていた来客を迎えいれた事を如実に表す純粋な好意の眼に、先程浮かべた笑みにより一層の喜色をエミリは浮かべて。



「今日はようこそお出で下さいました! 楽しみにしていたんです、エミリ『おばさま』!」



 ――エミリの表情に、『ピシッ』と罅が入った。


「……え、エリザ? その、い、今、な、なんと?」

「え?」

「い、いえ、エリザ。貴方は私の事をエミリ『お姉さま』と呼んでいた筈と記憶しています。で、ですが、今、その……」

「……『おばさま』?」

「ふぐぅ! お、おばさま……私が……お、おばさま?」

「え? え? だ、ダメでしたか? お母様が『エミリはお父様の妹だから、『叔母さん』だよ』って教えて貰ったんですが……」

 なるほど、間違ってはいない。血縁関係上、父親の姉妹は『おばさん』で合ってはいる。合ってはいるが。

「お、お義姉様……いえ、エリザ? その、間違ってはないんです。間違っては無いんですが……」

 二十四の、それも嫁入り前の娘を捕まえて『おばさん』はちょっと酷い。

「ははは! エリザ、本当に言っちゃたんだ! いやー冗談だったんだけどな~」

 愕然とした表情を浮かべるエミリを、こちらは呆然と見やっていた浩太の後ろから不意に声がかかった。声の方向に視線を向けると、階段の中ほどに腰をかけ、両手で顔を支えながら楽しそうな笑顔を浮かべる女性と視線がぶつかった。

「えっと……」

「いやーごめんごめん。それで……君が、コータ・マツシロ君?」

「え……は、はい」

「いらっしゃい! 歓迎するよ! さ、上がって上がって!」

 パンパンとお尻を払った後、ぴょんと階段の中ほどから飛び降りる女性。肩口まで伸ばした髪が風に舞ってふんわりと揺れた。

「エミリも! さあ、何時までもそんな所に突っ立ってないで!」

「お義姉さま……また、その様な子供じみた真似を。エリザが真似をしたらどうするのですか」

「もう、相変わらずエミリは細かいな~。小姑みたいな……ああ、そっか! 小姑か!」

「お義姉さま!」

「はいはい~。ま、そんな事より上がって、上がって! びーどろ亭から美味しいお菓子、取り寄せたんだ! もう私、お腹空いて仕方が無かったんだから!」

 はやく、はやくと言わんばかり、玄関前でパタパタと手を振って見せる女性。『お義姉さま』という言動から、この女性がアロイスの妻であろうとあたりをつけ、慌てて浩太が頭を下げる。

「も、申し遅れました! 私――」

「うん、ダーから聞いてるよ! コータ・マツシロ君でしょ? ま、硬い挨拶は抜きにして、早く上がってよ!」

 浩太の言葉を遮りる目の前の女性。色々言いたい事はあるが、取り敢えず浩太の頭に浮かんだのは。

「……『ダー』?」

 この未確認ワードである。

「……お義姉さま。確かに玄関先ではありますが、まず自己紹介を」

「え~……仕方ないな!」

 ぷうっと頬を膨らませ、不満の意を表すも一瞬。すぐにその表情を笑顔にかえ、目の前の女性は元気に頭を下げた。

「初めまして! 私、アロイス・ベッカーの妻、ビアンカ・ベッカーです! 趣味はダーの観察、特技はダーの行動予定を把握する事、嫌いなモノはダーに言い寄って来る女です!」

「え? え? は?」

「それで、好きなモノは――」

 にっこりと。

 太陽の様な、暖かい笑みを浮かべて。



「――好きなモノはマイ・ダーリン、アロイスです! 宜しくお願いします!」



 ぺこり、と頭を下げる目の前の女性、ビアンカ。

「……ちなみに『ダー』とはダーリンの略称で、お兄様の事です」

 自体の成り行きに付いて行けず、ポカンとしていた浩太にエミリのフォローが入る。

「えっと……」

「……蛇足ですが……来年、三十になられます」

「……マジですか」

 思わず漏れ出でた本音を耳の端で捕え、エミリがくすっと笑みを漏らす。その姿を見るとは無しに見つめていた浩太にもう一度、とても綺麗な笑顔を浮かべて。


「ですから……驚く、と言ったで御座いましょう?」


 こっちかい! と思いながら、今の浩太にはただ頷くという選択肢しか無かった。


◇◆◇◆◇◆


「いやーそれにしても久しぶりだね、エミリ。元気にしてた?」

「はい。お義姉さまもお元気そうで何よりです」

「あはは! まあね~。私の取柄は元気ぐらいのモンだからさ」

 決して豪華ではなく、さして広い訳でもない。それでも黒で統一された調度品の数々は決して安物では有り得ない存在感を与えるリビング。

「ま、今日はゆっくりして行ってよ。何なら泊まって行く?」

 そんな中、唯一の『色彩』を放っているのが浩太の目の前で眩しいばかりの笑顔を見せる女性――ベッカー貿易商会会長夫人にして、娘のエリザと共にベッカー家の『血』を伝える女性、ビアンカ・ベッカーだった。

「……」

 不躾にならない程度、浩太はビアンカを盗み見る。クリクリと良く動くエメラルドグリーンの瞳に、金色の髪。身長は浩太よりも頭一つ低く、彼女自身のその『言動』も相俟って、正直とても九歳になる娘がいる様には見えない。エリザと姉妹、と言っても通じそうである。

「元気なのは宜しいですが……あまり、エリザにおかしな事を教えないで下さい」

「おかしな事? はて? なんのことかな?」

「その……わ、私の事を『おばさん』だなんだと」

「えー! だって叔母さんじゃん、エミリ。違うの?」

「ち、違いませんが……」

 チラリ、チラリ、とエミリが浩太の方を盗み見る。その視線の動きに気付いたか、ビアンカが悪戯っ子の笑みを見せて見せた。

「……あーあー、そう言う事。なるほどね~。想い人の前では若々しくありたい、って事? いやーん、エミリ、乙女!」

「お! ちょ! そ、そういう訳では……な、ない事も無いですが……」

 困った様なエミリの顔。先程の情景を思い浮かべて浩太も少しだけ頬を朱色に染め、それでもエミリ一人の集中砲火からその身をすくうべく、助け船なんぞを出してみる。

「ベッカー夫人」

「ビアンカ、でいいよ。なんなら……『お義姉さん』でもいいケド?」

 からかい半分、そんな茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべて見せるビアンカに助け船浩太号は既に撃沈寸前。それでも体勢を立て直すと、浩太はコホンと咳払いを一つして見せた。

「……では、ビアンカさん。確かに血縁上はエミリさんは立派に……その、『おばさん』ではあるでしょうが、まだ二十四歳の若い女性でもあります。流石におばさんは……身内でも、些か失礼では?」

「ふーん。そんなビミョーな乙女心、コータ君分かるタイプなんだ? そんな感じはしないけど」

 痛い所を突かれ、思わず浩太も口籠る。よくよく……考えなくとも、浩太もやっている事は大概酷い。色んな意味で『魔王』である、現在は。

「……私が乙女心が分かる、分からない以前にマナーの話です。ビアンカさんだって嫌では無いですか? 年齢の話をされるのは」

「ぜーんぜん」

「そうでしょう? 全然――全然?」

「うん。全然嫌じゃないよ。私、二十九歳で来年は三十歳だけど、年齢の話はドンと来い! だよ」

「……」

「大体、年齢よりも若く見られたいって人は、自分の年齢に見合った生き方して無い人なんじゃないかな? 私は二十九年間一生懸命毎日楽しく生きて来たから、二十九歳である事を誇りこそすれ、恥ずかしがったり照れたり、ましてや怒ったりする事、ないよ?」

「……なるほど。そういう考え方ですか」

「ま、別に強制するわけじゃないけどね。取りあえず、エミリが嫌がるんだったらこの話はこれぐらいで止めておきましょうか」

 エミリの嫌がる事をするのは本意じゃないしね、とニシシと笑って見せるビアンカ。そんな彼女の姿に浩太は胸中で溜息を吐いた。

「……なるほど。アロイスさんの奥方だけある」

「え? そう? 似てる? ダーと」

「……喰えない所がそっくりです。それにしてもその『ダー』という呼称ですが」

「イイでしょ、『ダー』。こう、ラブラブな感じがして」

「……ええ、まあ」

 どちらかと言えばバカップルの様だが。だが、その辺りの所を突っ込む程浩太は野暮では無いし、空気も読む。

「……そうですね。仲が宜しいようで羨ましいです。失礼ながら、恋愛結婚で?」

 だから、この質問をして見たのだ。フレイムを代表する名門商会の一人娘と貴族の御曹司。別に見合い結婚だから愛が無いという訳では無いが、それでも此処まで堂々と愛情表現をする人は珍しいとそうも思い――まあ、言わば話のタネ程度に、本当に、極々軽い気持ちで聞いてみて。


「――コータ様っ!」

「あ、貴方! なんて事を――」


 エミリとエリザの激しい叱責の声。『え?』なんて間抜けな声が浩太の口から漏れそうになり――その声が漏れる前、凄まじい勢いでネクタイがぐいっと引っ張られた。

「――ゲホ! ちょ、え!」

 慌てて引っ張られたネクタイの方向にその視線を向けて。



「――よくぞ聞いてくれましたぁーーー!」



 目を爛々と輝かせる、ビアンカの姿が目に移った。

「――はい?」

「もうねっ! 喋りたくて喋りたくて仕方なかったのよぉ! イイ子! コータ君、君はイイ子だよっ!」

「え? ええ? ちょ、え、エミリさん?」

「――遅かったですか」

「――そうですね。諦めて……そして、頑張って下さい」

 エミリとエリザがしばし沈痛な表情で浩太を見守り、その後揃って明後日の方向に視線を向ける。浩太、パニックである。

「ちょ、が、頑張る? なに――」

「私とアロイスが最初に出逢ったのは四歳の頃なんだ! お父様のお仕事の都合でノーツフィルト領訪ねた時に、ちょっと一人で出歩いたら森の中で迷子になっちゃって! 段々辺りは暗くなるわ、足は痛いわ、お腹が空くわでもう、私泣いちゃったんだよね! そしたら! なんとそんな私をアロイスが助けに来てくれたのよ! ねえ、どう? どう思う? 超格好いいと思わない!? きゅんきゅん来るでしょ、きゅんきゅん!」

「ちょ、び、びあん――」

「もうね、ぶっきらぼうに『迷惑かけんなよな』とか言いながら、右手とか差し出して来るのよ! ちょ、イケメン過ぎでしょ! 王子か! ノーツフィルト子爵領に舞い降りた王子か! っておもったわよ!」

「だ、ちょ、ま――」

「それで、足が痛くて歩けない私をおんぶして館まで連れてってくれて! その上、お父様に叱られそうな私を『僕が連れ出したんです』って庇ってくれて! 顔だけじゃなくて心までイケメンかぁ! って、もう、私、メロメロよ!」

「び、びあ――」

「もうね、『この人しかいない!』って思ったわよ! お休みの度にノーツフィルト領を訪ねて、アロイスの後ちょこちょこ付いて回って! アロイス、こう、なんだかんだ文句言いながらもしっかり私の事見てくれるのよね! 正直、たまりません!」

「エミリさんっ!」

 ネクタイを掴まれ、頭を上下左右にブンブン振られてイイ感じに脳味噌がシェイクされた浩太が必死の形相でエミリに助けを求める。そんな浩太の視線に少しだけ憐憫と、同情の籠った視線を向け、エミリは小さく首を横に振った。

「……そうなってしまったお義姉さまは、もう止まりません。そうですね……明日の朝までにはきっと、お話は終わっているかと思います」

「あ、明日の朝っ! ちょ、流石にそれは――」

「でね、でね! ちょっと聞いてる、コータ君! それでアロイスったら、『まあ、お前がどうしても寂しいって言うなら……ラルキア大学、行ってやってもいいぜ』とか言ったんだよ! もうね、惚れ殺す気か、と! しかも、それまで全然勉強なんかしてなかったのにちょろっと受験勉強して楽々パスするんだよ! 顔良し、家柄良し、性格も良しな上に頭もイイんだよ? 今日び、やっすい演劇でも見ない様なそんな人間が目の前にいるんだよ? しかも、選んだ学部が造船って! もうね、コレは絶対私をお嫁さんに貰って、その後ウチを継いでくれるに決まってるって、そう思ったわよ!」

「そ、そうで――」

「でも……そんな私達に、悲劇が舞い降りたのです!」

「語り風!? いや、ビアンカさん、もうけっこ――」

「アロイスはイケメンで性格も良くて頭も良くて、しかも貴族の次男でしょ? まあ、ライバルが多い多い。私もこう、頑張って色々して見たんだけど……こう、なかなかアロイスは私一人を見てくれなくて! まあ、若いって事もあるんだけど……私も、こう、ね?」

 不意にトーンダウンし、しんみりとした喋り口調になるビアンカ。そんなしおらしい態度と――まあ、『ガクンガクン』が無くなったことに一息。


「――もうね! 監禁した! アロイスを超監禁したよ、私!」


「――って、それは不味いでしょう!」

 ――付きかけて、あらん限りの声量で叫ぶ。アレだ。ヤンデレである。

「仕方ない! 仕方なかったんだよ、コータ君! だって私はアロイスが大好き過ぎたんだもん! 愛ゆえの爆走だよ!」

「間違いなく暴走です! いや、それはおかしいでしょう!」

「でも、アロイスも『仕方ないな~、ビアンカは』ってナデナデしてくれたんだもん! その後、やっぱりラブラブだもん!」

「アロイスさんもおかしいパターン!? いや……まあ、あの人なら有り得ない事も無い……様な気がしますが……」

 シスコンとヤンデレ。色んな意味でお似合いカップルではある。一方向に向ける愛情が、恐ろしい程深いという意味では。

「……では、エミリさんはライバルで?」

「ほえ? 何言ってんの、コータ君。エミリはアロイスの実妹じゃん。ばっかだな~」

「……そこは冷静なんですね。あと、なんだか貴方に『バカ』と言われるのは釈然としないモノがあるのですが」

「それに……私は、アロイスの事が大好きだもん。だから、そんなアロイスが大好きなエミリの事、嫌いになる訳無いじゃん」

「……そんなものですか?」

「そうだよ。好きな人と一緒のモノを好きになった方が、きっと毎日は楽しいもん! あ、でもでも! アロイスを盗ろうとする女は別だよ! 後、男も!」

「男って……ちなみに、アロイスさんの嫌いなモノは?」

「アロイスが嫌いなモノは、私が好きになってあげる! 『こういうイイ所もあるよ~』ってアロイスに教えてあげる! そうすれば、ほら、楽しい事が二倍になるよ!」

 そう言って目をキラキラと輝かせるビアンカに、思わず浩太が絶句。そんな浩太を見やり、エミリが口を開いた。

「……こういうお人です、お義姉さまは」

「……」

「お兄様も尊敬しておりますが……無論、お義姉さまも尊敬しておりますので」

 そう言って少しだけ呆れて――それでも優しい笑みを浮かべるエミリに、浩太も苦笑を浮かべ。


「――ま、そんな事はどーでも良いんだよ! それより聞いて、聞いて! 私達が十八の時にね! アロイスが『お前を一生、大事にしても良いか?』ってプロポーズしてくれたんだよ! もう、感涙だよ! 王都に洪水を起こせるんじゃないかってぐらい、大泣きしたんだよ! その時のアロイスのまあ、格好いい事、格好いい事! あんなん、落ちない女が居たらお目にかかりたいね! もう、本当に格好良くてさ!」

「――って、ビアンカさん? ま、まだしゃべ――」

「当たり前じゃん! まだクライマックスである私達の愛の結晶、『エリザ爆誕編』すら始まって無いよ! 今までのなんか序盤も序盤だよ! 今までの十倍……二十二倍くらい、話す事があるよ!」

「訂正した数字がやけにリアル! いや、えっと……え、エミリさん!」

 本日、何度目かの浩太による救援信号。それをしっかりと受け取ったエミリは、しかし残念そうに首を左右に振る事でその信号をスルーした。

「……この悪癖が無ければ、私もお義姉さまをもっと尊敬できるのですが」

「いや、そんな達観した様な事を言わずに助け――」

「さあ、いくよ、コータ君! 次は結婚式編、突入だ!」

「ちょ、もうお腹一杯ですって!」

「さあ、エリザ、行きましょうか?」

「ええ、エミリお姉さま。私、今日はクッキーの練習がしたいです!」

「ふふふ、エリザもお料理がしたい年頃なのですね。でも、包丁は危ないのでダメですよ?」

「はーい」

「仲睦まじい姉妹みたいですけど! いや、そうじゃなくて、たすけ――」


「それでね! 結婚式の時には純白のドレスを来た私にアロイスが『天使だ』とかいう訳ですよ! でもね? まあ、結婚式の衣装を来たアロイスがこれ、超絶イケメンで! いや、お前の方が天使だよ! って思わずつっこみを――って、コータ君! ちゃんと話を聞く!」


「――本当に誰か! もう勘弁して下さい!」


 浩太の絶叫が屋敷内に響き渡ったという。



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