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第七十一話 魔王と愉快な仲間たち

 宰相執務室を出た浩太は一人、ラルキア王城内を歩く。『古さ』は勿論、広さだってフレイム王国一を誇るその王城内を、迷う事無く目的地に進む。途中ですれ違うメイドの目礼に目礼を返しながら目当てのドアの前に立ち三度、ノック。『どうぞ』と聞こえる声に――自身の想像とは違う、でも聞き慣れた声に訝しみながら浩太は扉を開けた。

「……痛い……痛いよ……」

「はいはい。痛かったね~。よしよし、さすってあげるからそんな情けない声出さないの」

「ううう……アヤノ~……」

「……はぁ。シオンって格好いい人だと思ってたのに……なんで私、シオンのお尻撫でてんだろう?」

「……何やってんだよ、お前」

 扉から最も離れた窓際にあるベッド。うつ伏せに寝転びながら枕を抱いて、濁点の尽きそうな『う』という言葉を流すシオンと、ベッドに腰掛ける様に座り右手でよしよしとシオンの臀部を撫でる綾乃の姿に、浩太の口から溜息が漏れた。

「ん? ああ、浩太じゃない。どうしたの?」

「むしろそれは俺が言いたい。どうしたの?」

 立ってないで座れば? と、促す綾乃の言葉に頷き、浩太が部屋の中央部に置いてある丸椅子に腰掛け、そして気付く。

「何だか当たり前の様に『座れば』って言われたけど、ここ、綾乃の部屋じゃないよな?」

「健忘症? アンタ、シオンの部屋訪ねて来たんでしょ?」

「そう思うほど自然に言われたって事」

「仕方ないじゃん。部屋の主は『こう』だから」

「……ああ」

 ポンと、叩いた綾乃の手に『ひぐぅ!』と蛙の潰れた様な声を上げてシオンがゆるゆると顔を上げる。両の眼には涙が溜まり、その瞳のままじーっと浩太を睨んだ。

「……なんです?」

「……うらぎりもの」

「責めますか、そこで」

「庇ってくれてもバチは当たらんだろう! 『シオン? お前は一体……何をしていたんだ?』と言った時のロッテ翁の眼を見たか? 人を三人ぐらいは殺してる殺し屋の目だったぞ!」

「いや……でも、びっくりしましたよ。ロッテさんって怒るんですね? いえ、色んな意味で『怖い』人だとは思っていたんですけど。あんなに感情を表に出す人だとは思わなかったですよ」

「うん、それは私も思った。浩太から『フレイム王国の鵺みたいな人』って聞いてたから、もうちょっとこう……ザ・黒幕みたいな人をイメージしてたんだけど」

 そう言ってシオンの臀部に目をやり。


「公衆の面前で『お尻ペンペン』だもんね。久しぶりに見たわ、お尻ペンペン」


 綾乃の言葉に、顔だけを頑張って枕から上げていたシオンの顔が崩れ落ちる。が、それも一瞬。勢いよくがばっと顔を上げて綾乃、浩太の順にきつい視線を送りながら口の端から泡を飛ばす。

「あの人はいつもそうだ! 私の事なんて子供扱いなんだ!」

「……言葉だけ聞くと青春ドラマみたいなんだけど、なんでだろう? 頷くしかないよね、これ」

「うん、俺もそう思う。と言うよりシオンさん? 珍しく素直だったですよね? 『さあ、シオン。お仕置の時間だ。こっちに来なさい』『……はい』って――」

「……言葉だけ聞くと凄くえっちに聞こえる」

「――そういう発想が一番ムッツリだ」

「仕方なかろう! あの人は抵抗したり反抗したりしたらもっと酷い事をするんだ! 死人に鞭打つなんて生易しいレベルじゃないんだ! 人が泣いてたらその顔を嬉々として蹴り上げるタイプの人だぞ!」

「死人に鞭打つのと泣き面を蹴るのはレベルの上下があるの?」

「死人は鞭打っても痛がらないだろう!」

「そういう問題では無い気もするけど……」

「ともかく、だ! あの御仁は本当に酷い! 大体、アレだってお尻『ペンペン』じゃないんだ! ぐーだぞ、『ぐー』! ぐーで殴るんだ! その上でこう、人の痛がる所をピンポイントで突きつつ、それでいて動けるレベルのギリギリを見極めて殴るんだ! 虐待だ!」

「二十歳越えたイイ大人がお尻ペンペンだけでもアレなのに、その上『虐待』って」

 呆れ顔を浮かべる綾乃に、浩太も同調する様に一つ頷く。可哀想ではあるが、今一つ同情できないのはお仕置の内容があんまりと言えばあんまりだからか……シオンだからか。

「まあ、余所様のウチの教育方針には口を出さないわよ、私達も。ねえ、浩太?」

「そうですよ。ですから、別に見捨てた訳ではないですよ?」

「うう……それでもこう、あるだろう? 『待ってください、ロッテさん! シオンさんは悪くありません!』みたいな、私を庇う美しい姿があっても良いだろうが! 流石に私だって公衆の面前でアレは恥ずかしいぞ!」

「う……まあ、それはそうで――」

「癖になったらどうしてくれる!」

「知るかっ! いえ、というかシオンさん! お願いですからこれ以上『残念』に振り切らないで下さい! 私の処理が追いつかないから!」

 心持、頬を赤らめるシオンに浩太の背筋に冷たいモノが流れる。ちょっとばかり洒落にならない事態と、これ以上この会話を続ける『ヤバさ』的なモノを感じコホンと浩太は咳払いを一つ、会話の転換を図った。

「まあ、それは置いておくとして……私が此処に来たのは他でもありません。綾乃が居たのは予想外でしたが」

 浩太の視線を受け、『席、外そうか?』と問いながら綾乃がベッドから腰を浮かす。そんな綾乃を手で制す。

「いや、いい。元々、綾乃の所にも行こうと思ってたから、丁度良いよ」

「そう?」

 上げかけた腰を降ろす綾乃に笑み一つ、浩太は言葉を続ける。

「ロッテさんから『取引』を持ちかけられました」

「ロッテ翁から?」

「内容は現在流通している通貨の変更。フレイム白金貨を廃止……そうですね、『廃止』して、『紙幣』を流通するシステムへの大工事です。そして、私にその片棒を担げ、と、まあそんな話です」

「ふむ、白金貨の廃止か」

 上半身を起こす様にゆっくりとシオンは体を起こし。

「……まて、コータ。白金貨の廃止? お前、今そう言ったか?」

そして、その動きを止める。

「今すぐの話では無いでしょう。ですが、紙幣通貨が流通に乗る様になれば、遠くない未来にはそうなる可能性は高いです。利便性を考えればそうなるでしょうね」

「い、いや、待て! フレイム白金貨だぞ? フレイム帝国成立から千年、オルケナ大陸に根強いた貨幣文化だぞ? それを廃止する、だと?」

「先程も言いましたが、『廃止』する訳ではありません。必然的に『そう』なるというだけです」

 色々と複雑な仕組みを持つ『経済』だが、立脚点を『お金の流れ』と置くのであれば、その基本は物々交換の域を出る事は無い。税金にしたって財政政策にしたって金融政策にしたって、結局の所全てが全て『お金』に行きつく。出すか、取るかの違い位のモノだ。

「貨幣というのは究極、三つの機能を持っていれば良い、とされています。価値の貯蔵、価値の尺度、価値の交換です。フレイム白金貨でも、新たに作る紙幣でも……私の居た世界では、昔は貝殻を使っていましたが貝殻だって結構なんです。皆が『それ』を貨幣と認めれば。そして、貨幣は徐々に洗練されて行きます。最初は自然物だった貝殻から、硬貨、そして紙幣へと流れて行くのは有り得ない話ではありませんし、その過程でより便利になっていくものです」

 壊れやすい、つまり価値の貯蔵に適さない貝殻から硬貨へ、その硬貨から交換がより容易である紙幣へ。そしてより容易な価値交換を考えるのであれば、電子マネー自体は行き着く所ではある。色々と問題は多いが。

「……そういうものなのか? 私は経済は専門でないから、詳しい事は分からんが」

「百年単位ぐらいの話ですよ、シオンさん。ですから恐らく貴方が生きている間にはフレイム白金貨が無くなる訳ではない……と思います」

 浩太の言葉に、要領を得ない表情をしながら曖昧にシオンが頷く。

「はーい、まつしろせんせー。質問でーす」

「そういう小ネタは良いから……って言ってもやるんだろうな、お前は。はい、綾乃君」

 元気よく手を上げる綾乃を溜息を吐きながら指名する浩太。指された綾乃はにこやかにベッドからぴょこんと立ち上がった。

「浩太を召喚する様な『機械』を持った王立学術院って組織で、それも年齢も私達と同程度のシオンですらこんな感じよ? 成功するの、それ?」

「テラの引渡証書、って前例もある」

「話は変わるけど私が小学生の時、男の子達の間で『メンコ』が流行ってたのよね」

「……それが?」

「給食のプリンの売買とか、掃除当番とか日直の交代とか、全部メンコで『決済』してたわよ、男子。ウチの小学校の男子は自分と異質なモノを虐めて喜ぶようなバカだったけど、それでも流石にスーパーでメンコで買い物をしよう! なんてバカは一人も居なかったわ」

綾乃の言葉に浩太は肩を竦めて見せる。世界を知りたいと願い、最高学府を卒業している上に、どちらかと言えば先取の気質があるシオンでも納得しかねる表情を浮かべているのだ。それこそ市中の八百屋や、魚屋の大将や女将さんがこの新たなシステムに納得し、理解して、使いこなすのは中々時間がかかるだろう。ハコが大きくなれば大きくなる程、理解する人が少なくなる事も、理解を呼びかける『手間』が増すのも浩太にとっては良くわかる話だ。

「綾乃の言い分も分かる。流通にのり、実際にフレイム王国内で使用されるのは難しいのも良く分かる。良く分かるけど……まあ、その辺りはロッテさんの領分だ。取りあえず、現状では丸投げするよ」

 浩太の言葉にピクリと綾乃の片眉が上がる。その表情の変化に敏感に反応して浩太は苦笑を浮べた。

「意外?」

「ええ。こう、『それも自分で何とかする!』って言うかと思ってたから」

「そういうのはもう辞めとく。どうせ、一人で何でも出来る訳じゃないからな」

「ふーん……じゃあ浩太、アンタは何するのよ?」

「シオンさん?」

「なんだ?」

「王都商業連盟、という組織をご存知で?」

「無論、知っているさ。王都のみならずフレイム王国……と言うより、オルケナ大陸中だな。オルケナ中にネットワークを持つ、巨大な組織だ。フレイムに生まれて知らない人間などいないさ」

「それでは、王都商業連盟がフレイム白金貨を発行している事もご存知ですよね?」

「勿論」

「今回、私がお話を受けたのはソレです。フレイム白金貨の製造・流通を担う王都商業連盟に、『その既得権益を寄越せ』という、まあ、そんな役目です。そうですね、端的に言えば……王都商業連盟に喧嘩を売れ、という事でしょうか?」

 何でも無い事の様にそういう浩太に、シオンが半眼を向ける。やがて、やれやれと言わんばかりに首を振り、溜息を漏らした。

「……王都商業連盟はフレイムに生まれた人間なら子供でも知っている大所帯だ。それこそ、テラの経済的な発展を支えた多くの商会が大なり小なり、王都商業連盟と関わりがある。そんな相手に喧嘩を売るなんて事をして、本当に良いと思っているのか? 下手を打てばコータ、テラが潰されるぞ?」

「商業連盟に楯突く危険も分かります。そもそも、銀行員は長い物には巻かれている方が性に合っていますから。ですが、それも比較論ですよ。結局、ロッテさんの案を呑まなければそれはそれでテラは潰されます。商業連盟ではなく、ロッテさんにね。そうであるのであれば」

「どっちについても同じ、って訳?」

 浩太の言葉を継いで喋る綾乃に首肯。その仕草を見て、先程のシオン同様、綾乃も首を左右に振って見せる。

「宰相さんは浩太が手伝わなくても命までは取らないと思うわよ? でも、王都商業連盟は? 浩太が邪魔者だと思ったら?」

「商業連盟の倫理にかける、って言う冗談は面白くないか?」

「ええ、全然。後ろに手が回るリスクを背負ってでも殺そうとするんじゃない?」

「その不安も無い訳じゃない。俺だって死にたくはないし。ただ、ロッテさんはその辺りはシビアの人だと思う」

「どういう事?」

「俺に『利用価値』がある内は生かしてくれるさ。それこそ、商業連盟からも」

「随分、希望的観測ね。自分の才能が『命の担保』なの?」

「まあ命の心配はしても仕方ない。だからと言って動かなくて良い訳じゃないから」

「……テラの為?」

「自分の為だよ」

 そう言う浩太にもう一度、肩を竦めて見せる綾乃。その姿勢のまま、言葉を続けた。

「浩太、宰相さんの事嫌いじゃなかったの?」

「甘いモノよりは嫌い、かな?」

「大嫌いって事じゃない、それ。まあ良いわ。そんな『大嫌い』な宰相からテラを潰されるって脅迫されて、貴方受けるの?」

「どういう意味だ?」

「だって、そうでしょ? 貴方は言ったじゃない、『どちらについても結局、潰される』って。だったら嫌いな宰相に付くより、商業連盟に付く方が良いんじゃないの?」

 そこまで喋り、うん、と綾乃は一つ頷く。

「うん、そっちの方が良いじゃない。心情的に嫌いな人間よりも、好きでも嫌いでも無い人間に付く方が良い。それに、その……『既得権益』を取り上げるってやつ? やり方は分からないけど、要は浩太に『根回し』しろ、って事でしょ?」

「まあ、ざっくり言えば」

「なら、貴方には選択肢があるじゃない」

「選択肢?」

「根を回すも――根を腐らすのも、貴方次第、でしょ?」

「……へえ」

 そんな綾乃の言葉に、少しだけ驚いたように感嘆の声を漏らす浩太。その声が不満だったか、綾乃は愛らしく頬を膨らませて見せた。

「あによ。そんなに意外?」

「ああ、結構意外。まさかお前がそんな事言うなんて」

「だ、だってそうでしょ? 新しい事を始めるより、その新しい事を潰す方が簡単じゃない。それに、王都商業連盟には権力があるんでしょ? その権力者から権力を奪おうとして根回しを依頼、なんて、失脚するには十分なスキャンダルじゃないの?」

「それはその通りかな。ロッテさん自身、自分では表立って動けないから俺に言ったわけだし。失脚するかどうかは分からないけど……まあ情報を『高値』で売って、テラの安全を守って貰う方法も取れるかも知れない」

「で、でしょ? でしょ! そりゃ、私だって『我ながら黒いな~』って思ったし、軽蔑されるかなって思ったわよ? でもでも! そっちの方が良いじゃない! 安全で、安心で、別に浩太が一人だけ無理する必要もないし、そんな脅迫なんて――」

「三つ、訂正」

「――うけな……へ? て、訂正?」

「別に『黒い』なんて思ってない。それだって方法として間違っていないと思うしな。これが一つ目。二つ目、別に一人でやろうとは思っていない。申し訳ないけど、皆にも背負って貰おうと思ってる」

「……三つ目は?」


「誰が『脅迫』されたって言った? 俺は『取引』って言っただろ?」


 そう言って嗤う浩太に、綾乃がポカンとした顔を返す。そんな綾乃を面白そうに見やって、浩太は言葉を継いだ。

「綾乃、『紙幣』を発行しようと思ったら何がいる?」

「紙幣を発行? そりゃ……色々要るでしょ。インクだって、人だって――」

「もっと大事なモノ。あるだろう? 『紙』幣だぞ?」

「……紙?」

「正解。紙幣を印刷するんだから当たり前に、紙が要る。紙は植物繊維を漉いて作る。つまり、『木』がいるだろう?」

「……そうね」

「いいか、綾乃? これからフレイム王国は紙幣の製造に乗り出すんだぞ? フレイムの硬貨はラルキア王国でも使われているんだから、二か国分の需要を満たすだけの『紙』が、紙の原料になる『材木』が必要なんだよ。そして――」


 その情報を、今知っているのは。


「――俺達、だけだ」

「……呆れた」

 そう言って肩を竦めて見せる綾乃に、浩太は先程よりも深い笑みを返す。


 インサイダー取引、という言葉がある。『インサイダー』とは組織や内部に居る、或いはその事情に通じている人の事を指す言葉であり、『インサイダー取引』とはそのものズバリ、内部者取引の事だ。現行の日本の法制度上、金融商品取引法で規制されている。

 例えば、株式を上場している製薬会社があったとしよう。長年の研究成果の結果、『不老不死の薬』を発明したとする。人類の永遠の夢と言っても過言ではない不老不死、そんな新薬が発表されれば爆発的に大ヒットするであろう事は想像に難くない。企業業績は天を突くように伸び、それにつられて株価も跳ね上がるだろう。つまり、発表前にその会社の株式を購入すれば確実に儲かるという事であり、内部者達、例えばその会社の経営者であったり、不老不死の薬の発明者達などの情報をより知る人間が、他の投資家がその事実を知る前に、その株式を購入する事を禁止しているのである。投資家の公平性を守る為の規制だが。

「折角、情報があるんだ。巧く使わさせて……『儲け』させて貰おう」

 当然、オルケナ大陸にそんな規制は無い。情報は手に入れたモノ勝ちで、それを有効利用するか、腐らせるかは本人の意思と才覚次第だ。

「材木でも買い占めるつもり?」

「現物を買うのは厳しい。置く場所もないし、そもそも動かせるお金もそんなに無い。テラ領で買占めは目立つからな、色々と」

「それじゃ、どうするのよ?」

「ライムとラルキアの戦争、忘れたのか?」

「先物取引?」

「そう言う事。先物で材木を買い占める。でも、現物でも先物でも、テラがそれをすると目立つし、バレる危険もある。『目立って』因縁つけられたしな。建物の建設とか、港の建設もあるにはあるからそれに混ぜる形である程度は賄えるだろうけど、それだけじゃ全然足りない。だから、手伝って貰うんだよ」

「誰に? 浩太の話じゃ、大量の材木が要るのよね? そんなの、誰が買ったって目立つに決まってるじゃん」

「ラルキア王国は?」

「……は?」

「ラルキア王国は国土を戦場にさらした訳じゃない。無いけど、経済が停滞していたんだ。今回、ライムから賠償金が入った事で潤沢なキャッシュもある。止まった経済を動かす為に、財政政策で公共投資をしても不思議じゃないだろう? インフラには資材がいる。材木を仕入れても違和感はない」

「そ、そりゃ……その通り、だけど……」

「ラルキア王国には『名義』を貸して貰いたい。発注する材木を少し多くして貰うんだよ。当然、代金は支払いする」

「……」

「……どうだ?」

「……そうね。難しいケド、無理では無いかも知れない。ルドルフさんは利益が出る事なら協力をしてもくれると思う」

「それを、お前に頼みたいんだよ。俺が言ってもルドルフ宰相は協力してくれないかも知れない。でも、綾乃だったら? 異世界から来て、戦争を終結に導いた立役者の綾乃だったら? 少しでも耳を傾けようと思ってくれるかも知れない」

「可能性の話でしょ? あの人だってそんなに甘い人じゃないわよ」

「分かってる。でも、確実に俺が言うよりは可能性は高い。そうは思わないか?」

「そりゃ……まあ、そうだろうけど」

「だから、お前にラルキア王国との交渉を頼みたい。綾乃に……いや」

『ラルキアの聖女』に、と。

「……でも、それって全部巧く行ったらの話よね?」

「そうだな」

「じゃあ、無理だったら? 根回しをしろって言われるぐらいなんだもん。根回しが成功しなかったら、紙幣の発行なんて出来ないって事よね?」

「その通りだ。だから、俺は綾乃じゃなくてシオンさんに逢いに来たんだよ」

 そう言って、シオンに視線を飛ばす。

「なんだ?」

「シオンさんにお願いしたいんですよ」

「私にお願い? なんだ? 私には何の権力もないし、私の所属する学術院にも政治的な権力は殆ど無いぞ?」

「そちらは期待していませんでしたが……そうなんです? 国家でも重鎮なんでしょ、学術院の主任研究員と言う役職は」

「重要では無い訳では無いが、金勘定や細かい腹芸は好かんからな。学術院のモットーは『ただ、学べる場所』だ。探究こそが本分なんだよ」

「シオン、ルドルフさんに言ってなかった? 『人材派遣する』って」

「学術院の『中』なら話は別だ。ある程度の『政治力』もあるさ、私にも。尤も、ロッテ翁から見たら児戯の様なものだろうが。それで? そんな政治力の無い私に何を頼むと?」

「商業連盟は九人の委員による合議制だと聞きました。そして、その内の一人がホテル・ラルキアのアドルフ会長です」

「それが? ああ、言っておくが私は決してクラウスとは懇意だが、アドルフ会長とはそれほど懇意という訳では無いぞ? 顔見知りではあるし、逢えば挨拶はするが――」

「そうではありません。いえ、アドルフ会長を『落とす』のも重要ですが、今回はクラウスさんです」

「クラウス?」

「ホテル・ラルキアはオルケナで一番古く、格式が高いホテルです。当然、九人の委員の方々とも懇意でしょう?」

「まあな。特に、フレイム王国の人間であれば何も好き好んでレベルを下げてまで余所のホテルに泊まる必要もないしな」

「それはつまり、クラウスさんとも……『次期ホテル・ラルキア会長』とも懇意という解釈で間違いはないですよね?」

「……なるほど。友達の友達はまた友達、か?」

「直接クラウスさんにこの『紙幣の発行』というお話をする訳には行きません。私が話をしても、理由を聞きたくなるでしょう、普通。でも」

 同窓で、『親友』と言っても良い程懇意なシオンさん、貴方なら? と問いかける様な視線に、シオンが肩を竦めて見せる。

「……クラウスから、何を聞き出したい?」

「九人委員の素性を。顧客に対するサービスの行き届いたホテル・ラルキアであれば……」

――ホテル・ラルキアだから、掴めるであろう『秘密』を、と。

「ホテル・ラルキアは接客業だ。特に、ホテル・ラルキア程の格式のホテルであれば、顧客の情報は最大の『財産』と言ってもいいし、顧客情報の保護は最重要課題と言っても過言ではない。クラウスが話してくれるかどうか、疑問だが?」

「それでも、お願いします」

「……ほう。『お願い』と来たか」

「ええ、『お願い』です」

「……」

 無言でじっと浩太を見つめるシオンに、一礼。

「……お願い、します」

 そんな浩太の姿勢につまらなそうに鼻を一つ鳴らして、シオンが吐息と共に言葉を漏らした。

「……まあ良い。『人に頼れ』と言ったのは私だ。顔繋ぎの労ぐらいは取るし、口添えもしてやろう。ああ、召喚した責任もこれで帳消しにしてくれれば助かるが?」

「成功報酬でお願いします、そちらは」

「それでいいさ」

 話は終わりとばかりに、枕に顔を埋めるシオンに礼をして、浩太は再び視線を綾乃に向ける。

「無論、政治的な話も必要になる。これはエリカさんに頼もうと思う。テラを守り、更に発展させるチャンスだ。エリカさんの人脈もフルに使って貰おう。ソニアさんにもお願いしないと。ソルバニアには『魔法の粉』っていう発光性物質がある。紙幣の偽造対策は必要だし、その魔法の粉を格安で譲って貰って、フレイム王国に高く売りつけても良い。こんな事になるならあの時、タダで貰って置けば良かったけど……まあ、今更言っても仕方ないか。どれくらいの材木が必要か、適正価格は幾らか、そういう細かい作業は……申し訳ないけど、エミリさんにお願いしよう。多分、ああいう事務はエミリさんが一番得意だし。後は――」

「ストップ!」

「――どれだけ……って、何だよ?」

 良い調子でしゃべる浩太を手で制す。不満そうな顔を浮かべる浩太に、綾乃はジト目を向けた。

「浩太、どうしたのよ?」

「なにが?」

「そんなのアンタらしく無いって言ってるのよ」 

「俺らしくない?」

「銀行員でしょ、アンタ? 銀行員はそんな『出来たらいいな』みたいな話を前に前に進めるべきじゃないでしょうが。蓋然性に縋るビジネスはするな、って銀行員の基本でしょ?」

「まあな」

「今回の事だって、そう。千年ある企業集団に立ち向かうって、そんなの簡単に出来るの? どんな難題が控えているかも分からない中で、そんなに物事がアンタの思い通りに行くって本当に思ってるの?」

「思ってないし、失敗する可能性も高いと思うさ」

「だったら、もっと――」

「俺、一人だったらな」

「――って、へ?」

「良く考えてみろよ。エリカさんは公爵、それも、この国のトップのお姉さんだぞ? ソニアさんは本物の王女様で、エミリさんの事務処理能力はマジで高い。彼女たちはきっと力に、俺を助けてくれる」

 そうして、ニコリと笑んで見せ。

「……そんな凄い『仲間』がいるんだぞ? ドリームチームじゃん、これ」

「ど、ドリームチームって」

「加えて今回はフレイム王国の『鵺』みたいな人も……まあ、仲間では無いケド、一応『こっち』側だ。利害が対立しない限りは少なくとも助けになってくれるだろ?」

「でも……だからって言って、簡単じゃないよ?」

「そうだよ。でもさ、今までの事考えて見ろよ。ほら、『一人』じゃないなら、何でも出来そうな気がしないか?」

「そりゃ……そうだけど」

「だからさ、綾乃。どうか」


 お前の力を――お前の力『も』俺に貸してくれ、と。


「……ぷ」

 そう言って頭を下げる浩太の、その頭上にかかる、笑い声。

「……」

「……くっくく……ははは……あーっははは!」

「……笑うなよ」

 お腹を抱えて笑う綾乃。転がりまわり、シオンの『患部』にその体を当ててシオンをエビの様に仰け反らせながら、それでも笑いを止める事をしない綾乃を浩太が睨む。

「ご、ごめん……くっくく……ひ、一人で何でもかんでも抱え込んでいた……くくく……貴方が……一人じゃないって……仲間って……!」

「俺だって似合わない事言ってる自覚はあるんだよ! でも――」

「ああ、そうじゃなくて」


 瞳に浮かぶ涙をゆっくりと拭い、聖女の笑みで。


「私、貴方に『必要とされてるんだ』って思ったら、なんだか、凄く嬉しくて」

「……」

「嬉しくて、でも『ようやくかよ!』って自分で思って、なんだかそう考えたら可笑しくて可笑しくて……ごめん、笑っちゃった。似合わない、とか思ってないよ? 自分で何でも出来るって格好つける奴より、よっぽど共感出来るし」

「言いたい事は腐る程あるけど……そりゃどうも」

「うん! よっぽど共感できるし……そこまでアンタに言わせたんだもんね。この綾乃さんも一肌脱がなきゃ! って気にもなるわよ」

私『だけ』じゃない、ってのがそこはかとなくムカつくけどね、と苦笑を一つ。

「ま、その辺りは今の所は良いわ。分かった! 私も協力してあげるわよ。その『魔王と愉快な仲間たち』の一員として」

「……もうちょっと無いか、こう……そんな残念なネーミングセンスを披露しないでさ」

「あ、でもタダじゃ嫌かな~」

「だから、俺の話――って、タダじゃイヤ?」

「当たり前でしょ? シオンは罪滅ぼし、エリカとエミリは自分の領地を守る為。ソニアちゃんは……まあ、何だか良く分かんないけど、きっと浩太が『お願い』って言って頭の一つでも撫でてあげれば喜んでやるでしょ?」

「……お前の中のソニアさん観が良く分かる台詞ありがとう」

「まあそんな訳で、皆対価がある訳よ。でも、私は? ラルキアにおっきな借りを作って頭一つ撫でて貰う位じゃ、ちょっとね~」

「……ちなみに言っておくけど、あんまりお金は無いぞ?」

「たかろう、なんて思ってないわよ。まあ、結果的にたかる事にはなるんだろうけど」

「……そこはかとなく不安なんだが?」

「そんなに難しい事じゃないし、危険……でも無いとは言えないけど」

「おい!」

 少しだけ慌てる仕草をする浩太を面白そうに見やり、ととっと傍に近寄る。彼我の距離を縮めて、身長差から見上げる様に浩太を見ながら。



「――デート、してよ? それで、協力してあげる!」



 頬を染めて、にししと笑顔を浮かべながら綾乃はそう言った。



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