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第六話 とあるメイドの大激怒

六話です。今回も一人称視点です。若干浩太がイヤなやつですか……まあ、イヤなやつなんです、銀行員って。


「……ごめんなさい。貴方の言葉が良く聞こえなかったみたいだわ」

 もう一度言ってくれるかしら? と静かな、それでいて怒りを湛えた瞳で件の彼を睨みつける我が主、エリカ様の視線を見ながら……私、エミリ・ノーツフィルトはそれ以上の怒りの視線を湛えて彼を睨む。

「松代様」

「えっと……失礼。エミリさん、でしたかね?」

「申し遅れました。私、当屋敷にてメイド長を務めさせておりますエミリ・ノーツフィルトでございます」

「これはご丁寧に。私は松代浩太と申します。今後ともよろしくお願いします」

 よろしくするかどうかは……これからの返答次第だ。

「……主の言葉を借りる訳では御座いませんが、先ほどの言葉、一体どの様な意味でしょうか?」

「先ほどの……と申しますと?」

「『その魅力の無い街を魅力的にしようとは思わないのですか?』」

 私の言葉に、松代様が目を大きく見開かれる。なんだ、その顔は。

「……失礼しました。お気に障ったなら謝ります」

 ……なんだと?

「……どういう意味でしょうか? 『魅力の無い街を魅力的にしようと思わないのか?』、ああ、その後に『仮にも『領主』が』と付け加えられましたね? それは我が主、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムが領主として真っ当な仕事をしていないと……そういった類の、『侮辱』でございましょうか?」

「いえ、そういうつもりでは無かったのですが……」

 参ったな、と言いながら頭をかき、その後『すいません』ともう一度頭を下げる松代様。ああ、謝罪が国民性とか言っていたな。

「謝罪は結構です。理由を」

 ……そんな安い謝罪程度で許してやるものか。

「テラは海沿いに面する土地であり、潮風が吹きます。潮風は作物に良い影響を与えず、為に不作が続きます。また、有史以来歴史の片隅に埋もれた寂しい漁村。観光客を呼び寄せれる様な、目立った観光地も御座いません。その中で我が主はテラの領民を守り、導き、より良い生活を送れる様に日々努力をされております」

 ……そう。私は、私だけは知っている。

「……それを、何も知らない貴方が汚すのは、当家のメイド長として断じて許すわけにはいきません」

 ……何を、知っているのだ。

「……大変失礼しました。メイドの分際で出過ぎた真似を」

 どれほど無礼な言葉を吐いたとしても、客人は客人。これ以上は言い過ぎだろう。別に彼の言を真似る訳ではないが、ここは謝罪の一つでも――

「……経営にスキルは必要だが、それ以上に大事なモノがある。それは、『燃える様な経営者の意思』だ」

 ……なんだと?

「私の世界で、世界最大の会計事務所の一つを起業した人間の言葉であり、我々の業種……銀行業、と言われますが、銀行業の人間で有れば必ず通る『課題』の一つです」

「……」

「究極を言ってしまえば大企業であれ、中小企業であれ、ご両親と息子でやっている様な零細企業であれ……もちろん、『国』、或いは『領地』であれ、行きつく所は一つです。どれだけ良い領地を持っていようが、どれだけ魅力的な観光資源を持っていようが、経営者にやる気が無いのならばそれは宝の持ち腐れ、無意味です」

 そう言って、溜息を一つ。

「……いみじくも『経営者』であるのならば、現在抱える課題から眼を背けて『魅力の無い街だから』なんて言葉で片付けるのはどうかと思った。ただ、それだけの事です」

 ……殴り飛ばさなかったのが、奇跡に近い。

「何も知らない貴方に……貴様にそんな事を言われる筋合いは無い!」

 どれだけ知っているのだ、お前は。

「王姉として、フレイム王家の一員として、公爵閣下として、エリカ様がどれ程の重圧を抱えながらこのテラの領地経営をされているか……お前に分かるのか!」

「いいえ、分かりません。ですから失言だと思ったので詫びたのです」

「ならば!」

「ですが、意見を求められればそれはまた別の話です。領地経営には様々な問題や課題、或いはリスクというモノがあるとは思いますが、果たしてそれを一つでも解決する策を講じているのでしょうか?」

「……何だと?」

「例えば、農作物が取れないが為に収益性が弱いと仰られた。では、何故農作物だけに拘るのですか?」

 ……何故、だと?

「先ほどの話では農作物は育ちが悪いとの事ですね?」

 松代様……いや、松代はそう言って、こちらを睨みつける。

「では、何故農作物の生産を辞めてしまわないのですか?」

「民に飢えろというのか!」

「いいえ。ですが、農業というのは結構な重労働です。にも拘らず、作物が育ちにくい……つまり、労働に見合った対価が得られていないという事です。貴方がたこそ、民に飢えろと仰られているのですか?」

「何だと!」

「収益の弱い部門を思いきって斬り捨てる、所謂不採算事業部門からの撤退というのは経営再建の基礎の基礎です。更に……」

 そう言って、部屋の中をぐるりと見回す。と、その視線が一点で止まる。

「……例えば、あの絵。私は芸術には疎いですが、来客をもてなすこの部屋にある絵画ですから相当な値段がするのではないですか?」

「二百年ほど前の、とある画家の作品だ。正直、値段など付けられない。あれはこのテラ公爵家の家宝といえ――」

「売りましょう」

「――るもの……だぞ? 何だと? う、売るだと?」

「ええ」

「貴様……私の話を聞いていたのか! アレはこのテラ公爵家の家宝だ! 先代陛下よりエリカ様に直接賜わられた絵画だぞ!」

「逸話までついてますか、素晴らしい。さぞ値が張るでしょう」

「当家の家宝に等しいものだぞ! それを……貴様、テラ公爵家を侮辱するのか!」

「侮辱されてしかるべしでしょう。お金が無いなら」

「何だと!」

「プライドで、誇りで、矜持で……何でもイイですが、それでお腹が膨れるのですか?」

「貴様!」

「既に選好み出来る段階は過ぎているのですよ? 不要不急資産は売却するべきです。一体どれほどの値段がつくのか分かりませんが、多少なりとも足しにはなるのでは無いのでしょうか?」

「だから!」

「エミリ!」

 尚も言い募ろうとする私を、エリカ様の短い叱責がお止めになられる。

「……コータ。アレはそう簡単に手放せるものではないわ」

「財務内容を改善出来ても?」

「ええ。貴方は誇りでお腹は膨れないと言った。確かにその通りだけど……私達王族、貴族というイキモノは、誇りも大事な『栄養源』なのよ。『領地』を、『爵位』を維持する為のね」

「……なるほど。では、あの絵は売れないのですね」

「ええ」

 そう言って一つ、頷き。

「……でも、私が個人的に集めた宝石とか、絵画なら……売ってもいいわ」

「エリカ様!」

 何を仰っているのです、エリカ様! 貴方様はこのフレイム王国の王姉! 最も陛下に近しい王族の一人ですよ!

「その貴方が自らの宝石や絵画を投げ打つ? そんな真似が出来る訳が無いでしょう!」

「あら、何故かしら? コータの言った通り、私が持っている宝石や絵画なんて使いもしないし、見もしない、さっきの……何だったかしら? 不要?」

「不要不急の資産、ですか?」

「そう、それじゃない。ならばさっさっとソレを売ってしまえば良いわ」

「で、ですが!」

 王族が、ロンド・デ・テラ公爵家が、お金に困って宝石や絵画を売り払う? そんな……

「そんなみっともない……そんなみっとも無い真似が出来ますか!」

「エミリ……」

「そうでしょう! だって、エリカ様は頑張っておられたじゃないですか!」

 ……そう。

 エリカ様は、頑張っておられたのだ。

 王族として生まれ、何不自由なく王都で暮らしていたのに。

 こんな、作物が巧く育たない辺鄙な土地に無理矢理移住させられ、それでも文句も言わずに領地経営に勤しんでおられたのに……!

「その上、エリカ様が諸侯に対して後ろ指を指される様な行為……認められる訳が無いでしょう!」

 もう、充分だろう。エリカ様は十分苦労されてきたのだ。何故、これ以上エリカ様ばかりが苦しまなければいけないのだ。

「……ありがとう、エミリ。でも……仕方ないわ」

 そう言って儚く微笑まれるエリカ様。その姿が、涙で滲む。

「……コータ」

「……なんでしょうか?」

「そうやって……もし、私の持っている絵画や宝石を売れば……」


 ……この、テラは良くなるの?


「……いいえ」

 そう、願いを込める様に聞くエリカ様の言葉を、松代は一刀両断で斬り捨てた。

「貴様!」

「そんなに簡単に良くなるのならば苦労はしません。結局、不要不急の資産の売却で得るのは一時的なキャッシュ……現金であり、根本的な収益構造を変えない限り、何の意味も無いでしょう。いずれ資金がつき、再度の売却が必要になる。それで得るのも、やっぱりキャッシュ。それも底をつき、また売却。いずれは……」

 売るモノが無くなって、アウト。

「それでは売るだけ意味が無いではないか!」

「ですね。何も手を打たなければ、何の意味も無いです。ですが、資産を売却する事によって一時的にキャッシュが出来る。現金は流動資産ですから、何にでも流用が出来る」

 ……つまり。

「新たな収益部門の育成が出来るんですよ」

「……」

「……」

「……もし……収益部門が出来るのなら、テラは良くなるかしら?」

「そうですね。それが柱になる様であれば、恐らくテラは良くなるでしょう」

「……そう」

 そう言って、エリカ様は溜息一つ。

「……それで……貴方は手伝ってくれるの、コータ?」

「エリカ様!」

「黙って居なさい、エミリ。宝石や絵画まで売ってお金に換える、なんて、私達じゃ考えつかなかった」

「それはそうでしょう! 常識で考えて、貴族が自分の資産を売却するなど――」

「その考えが、テラを此処まで困窮させたのでしょう?」

「っ!」

「……コータ」

 そう言って、エリカ様が松代に視線を送る。ああ、エリカ様。駄目です。それだけは……

「……私で、お手伝いが出来るのであれば。衣食住分ぐらいは働かせて頂こうと思います」

「そう……ソレじゃ宜しくね、『勇者様』」

 そう言って、エリカ様がコータの手を取った。



 ……エリカ様。その男は勇者ではなく……魔王です。



経済マメ知識①

アーサー・アンダーセン

世界5大会計事務所の一つで、エンロン粉飾会計によって解散に追い込まれた同社の創業者の一人(二人で開業)両親の死によって孤児になり、夜学に通って会計士となる。正に言葉通り、情熱を持って経営に邁進した経営者であったが……彼の後継者達にはその志は引き継がれていなかったのでしょう。



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[一言] 王女たちの発言が完全に90年代の日本企業のそれで草。確かにこいつらに金は貸したくない。
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