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第二話 王女とロッテの間で

 フレイム王国の位置する『オルケナ大陸』に存在する国家は大小合わせて七つある。



 フレイム帝国の弟宮が建国し、以来三百年間他国の侵略を一度も許した事の無い『鉄壁』、ラルキア王国。


 肥沃な大地を持ち、どんな飢饉の時でも民を餓えさせて事の無い『豊穣』、ウェストファリア王国。


 カト、エムザ、ソルバニアの『大陸三港』を持ち、潤沢な資金量を誇る『貿易』、ソルバニア王国。


 王制を布かず、各地より選ばれた執政官による合議制を取る『自由』、ライム都市国家同盟。


『金で爵位を買った』と呼ばれ、『一晩で人が破滅出来る街』、快楽と欲望の都パルセナCCに本拠を置く『強欲』、パルセナ辺境伯領。


 強大な騎士団を持ちながら、侵略戦を一度も仕掛ける事の無い無欲の王『聖賓』、ローレント王国。


 ……そして。


「……本当に……申し訳ございません!」


『フレイム帝国の正統なる後継』や『オルケナ大陸諸国の本家筋』、或いは『千年王国』と呼ばれる、歴史と伝統あるフレイム王国の若き統治者エリザベート・オーレンフェルト・フレイムは、異世界より『なんとなく』召喚された若者にこれでもか、と言わんばかりに頭を下げていた。

「……はあ」

 大して、頭を下げられた若者こと松代浩太、こちらは何とも要領を得ぬ表情で頷いてみたりなんぞする。まあ、それはそうだろう。『成功するとは思っていなかったんで、つい召喚なんてしてしまいした、てへぺろ!』と言われた所で、はてどうしたらいいものか。

「えっと……陛下。取りあえず頭をお上げください」

「で、ですが!」

「うら若い、それも飛びっきりの美人な貴方の様な方に頭を下げられる続けると逆に恐縮してしまいます。お願いですから」

 負けじと頭を下げる浩太に、リズが慌てて顔をあげる。その頬が少しだけ朱に染まっているのは、『うら若い』と『飛びっきりの美人』に反応したんだろうな、と察しがつくぐらいには付き合いの長いロッテが代わって口を開いた。

「私からもお詫びをさせて頂きます、松代様。この度は大変ご迷惑をお掛けしました」

「あ、いえ……えっと、取りあえず『様』はやめて下さい。言われ慣れて無いんで」

「では、松代殿」

「それもあまり……出来れば『松代君』、或いは松代で構いませんが……」

「そう言う訳にも参りません。こ度の不始末はこちらの完全なる手落ちですので」

「……分かりました。では『殿』で結構です。ええっと……取りあえず、現状の把握だけさせて下さい」

 これ以上の議論は無駄と察して、浩太はリズに向き直り手をパーの形に開いて見せる。

「まず、この世界に『魔王』や、それに類する様な脅威はいません」

 一本。

「はい」

「にも関わらず、『勇者召喚の儀』なんてやってしまったのはタダの知的好奇心です」

 二本。

「……はい」

「前述した通り差し迫った脅威も無いし、何をして貰ったらイイか分からない」

 三本。

「………はい」

「かといって、『ハイ、それじゃね』と言う程簡単に返す方法は無い」

 四本。

「…………はい」

「これから鋭意それを探す方向で話を進めて見ますが、正直古い文献でもあり、見つかる可能性は限りなくゼロに近い」

 五本。伸ばした指を全て握り込む。

「………………グス」

「……松代殿、松代殿」

「はい?」

「私共が悪かったのは重々承知しておりますので……どうか我らが女王の心を音を立てておらないで頂きたいのですが?」

「……へ?」

 ロッテの言葉に慌てて視線をリズの方に向ける浩太。

「……えぐ……すいません……ひく……」

 そこには瞳を潤ませながら鼻をすする、妙齢の美女の姿が……ではなく。

「……あ、こ、これはすいません! いや、別に責めるつもりじゃなかったんです! その、ただ冷静に分析をしただけで!」

「……陛下も陛下です。泣きたいのは松代殿の方ですぞ」

 呆れ果てた様に……事実呆れ果てたのだが、ロッテは溜息をついて浩太に視線をやる。後悔も反省も懺悔も必要だろうが、現状では前に進む事を優先させるしかない……まあ、勝手に連れて来て置いて酷い言い草だとは百も承知だが。

「……泣きたいのは松代殿と申しましたが、松代殿。恨みつらみがあればこの場で吐きだして頂いて結構ですぞ?」

 普通、いきなり見ず知らずの土地に放り出されたら誰でも少しぐらいは取り乱す。ましてや『特に用事は無いけどなんとなく』なんて言われた日には、『温厚』と呼ばれるロッテですら怒鳴り散らす自信がある。にも関わらず……

「いえ……さして怒る事も無いので」

 ……これだ。聖人君子でもあるまいし、文句ひとつ言わないなど、むしろ不気味にすら映る。

「……そうは言っても、いきなり『召喚』ですぞ? 召喚しておいて何ですが、私自身も『これは無い』と思っておるのですが?」

 ロッテの言葉に、少しだけ浩太が考えこむ様な素振りをし、不意にニコリと笑う。

「私の尊敬する上司の言葉に、こういう言葉があります」

「……拝聴しましょう」

「『与えられた環境で、最高の結果を』」

「……」

「不満を述べて現状が好転するのであれば、不満も愚痴も恨みつらみも吐き出しますが……そうで無い以上、不満を述べるだけ時間の無駄です」

「……確かに……それはそうでしょうが」

 それでも、そういうモノなのだろうか? 人の心はそんなに簡単に割り切れるモノでは無いと、ロッテ自身の決して少なくない経験は胸の内で語る。

「……価値観の違い、でしょうかな」

 ロッテ……ロッテ・バウムガルデンは格式を重んじるフレイム王国初の平民宰相である。才能はありながら、出自の低さゆえに正当な評価をされなかったロッテ。『与えられた環境で最高の結果』を出す、成程、道理である。道理ではあるが……それだけで満足していたのならば、『フレイム王国初の平民宰相』にして、『王国政務の最高権力者』である今のロッテ自身の地位と名誉は決して手に入ってはいなかっただろう。

「やはり、価値観の違いですな」

「そうですか?」

「ええ。勿論、良いも悪いも申し上げませんが」

「どちらかと言えば、むしろ運が良かったな、とおもっておりますが?」

「……運が良かった、ですか?」

 ええ、と一つ頷き。

「自慢ではありませんが、私は運動の類は決して得意ではありません。喧嘩もした事がありませんし、リーダーシップなど取れる器でもありません」

「……はあ」

「『勇者様、魔王を倒して下さい!』などと言われた日には裸足で逃げ出す自信があります。それに比べれば随分マシだと思いませんか?」

 人の良さそうな、優しい笑みすら浮かべてそう言う浩太に、ロッテは胸中で唸る。なんというか……色んな意味で規格外だ。

「……そう言う考え方もあるのですな。決して前向きと言う訳では無いのでしょうが」

「イイ意味でも悪い意味でも『諦めが良い』、とはよく言われます」

「……なるほど」

『諦め』か。なるほど、それなら理解……は出来ないが、納得は出来る。この御仁、どこかのほほんとした所はあるも……決してバカでは無い、か。

「……時に松代殿。一つご相談があるのですが、宜しいですかな?」

 この御仁がバカではなく……その上で、もし、見た目通りに『優しく』『空気が読める』御仁であるのなら。

「相談……ですか? ええ、構いませんが」

 浩太の言葉に、満足げにロッテは一つ頷いて。



「この王宮を……出ていって貰えませんかな?」



 この『お願い』も、きっと飲んでくれるだろう。




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