第二百五十四話 食べ物屋さんで言っちゃダメなこと
エムザ――否、ソルバニアどころかオルケナ大陸で最も新鮮な魚料理を出す、と言われるコウヅ亭だが、店内は人気店の割には比較的空いていた。そんな店内で、四人掛けのテーブルに座って山盛りの白飯をかき込んでいた綾乃は、浩太の『食ってから喋れ』の言葉に従うようにごくりと口内の白飯と刺身を飲み込んで。
「あれ? 浩太とソニアちゃん? 奇遇だね? これから食事?」
『よっ!』とばかりに手を挙げる綾乃に、ソニアはこれ以上ないくらいの冷めた視線でねめつける。そんなソニアの視線に、綾乃は小さく首を捻った。
「ええっと……どったの、ソニアちゃん? そんなにこっちを睨みつけて」
「白々しいです、アヤノさん!! 今日は! 今日はわたくしとコータ様のデートだと言いましたよね!? それを知って敢えてこの時間に食事にこの『コウヅ亭』を選ばれたのでしょう!?」
ビシっと綾乃を指差しそんな事を宣うソニア。そんなソニアに少しだけ驚いた顔をして見せた後、綾乃は小さくため息を吐いて見せる。
「……あんね? 流石に私だってソニアちゃんのデートを邪魔しようとは思ってないわよ。ソニアちゃんが楽しみにしてたのは知っているし……このコウヅ亭? に来たのだって、シオンが『エムザに来てコウヅ亭に寄らないのは片手落ちだろう。どうだ、一緒に? 刺身は好きだろう?』って言うから来ただけだし」
「信用できません!」
「信用できないって……あのね? 流石に――」
「アヤノさんにもシオンさんにも前科があるではないですか!! エリカ様とのデートも、エミリさんとのデートも後を付けていたでしょう!?」
「――……マテ、ソニアちゃん。それを貴方が言うかな~!? 私と浩太のデートだって付けてたじゃん!! っていうかソニアちゃん、人のデートの後付けるイベント皆勤賞でしょ!?」
酷いイベントである。そんな二人の言い争いに絶句していると、店の奥の方から妙齢の美女が顔を出した。
「おい、アヤノ。何を騒がしく――おや、コータとソニア姫じゃないか。どうした、こんな所で?」
「シオンさん」
シオンである。ハンカチで手を拭きながら浩太の側まで来ると、にっこりと微笑んでみせる。
「いや、失礼。コウヅ亭に来てすることなど一つだな。コータとソニア姫も食事に来たのだろう? 此処の刺身は絶品だからな」
「そうなんですね。私も先程ソニアさんに聞いて楽しみにしています。ええっと……シオンさんと綾乃もですか?」
「ああ。エムザのコウヅ亭、と言えばちょっとした有名料理店だしな。エムザに来て此処に寄らない選択肢は……まあ、普通はない」
「その割には来店客が少ない気もしますが……」
シオンの言葉に浩太が店内を見渡す。ソニアと綾乃がこれだけ騒いでも注目を集めない――否、集めた視線が少ない事、つまりは来店客の少ない店内に首を捻る浩太に、シオンは口を開く。
「なに、ホテル・ラルキアと一緒だ」
「ホテル・ラルキアと一緒?」
「此処では非常に美味な料理を提供している。接客だって素晴らしいし、何よりアレックス帝爾来の料理店という格式もある」
「ええっと……」
「要はスペシャルな店な訳だ。値段も相応にスペシャルだ」
「……なるほど」
ホテル・ラルキアの主な客層は王侯貴族、とまではいかないも裕福な階級層か、或いは人生のご褒美として泊まる人々だ。このコウヅ亭もコンセプトとしては同じ、高級料亭みたいなものなのである。その割には店内は現代日本の定食屋の様な雰囲気であるが、これはアレックス帝こと高津真の趣味だったりする。曰く、『料亭みたいなお座敷の個室とか……食べた気がしない』とか。
「よくわかりました。それで? シオンさんと綾乃だけですか? エリカさんとかエミリさんは?」
「エリカ様は生魚があんまりらしいからな。まあ、内陸都市であるラルキアでは輸送時間の関係で生魚は相応に生臭いからな。ちゃきちゃきのラルキアっ子は苦手な人間が多い」
「エミリさんは? ノーツフィルト領は海沿いで、新鮮な魚も多いでしょうし……刺身も好きかと思ったのですが?」
「逆に聞くが、エミリ嬢がエリカ様を放って食事に行くと思うか? しかもホテルにひとりぼっちにして。あの、エリカ様命のメイドさんが」
「……思わないです」
浩太の言葉にシオンは満足そうに頷く。
「まあそういう訳でアヤノと二人で食事に来たんだ。アヤノはコータと同郷だろう? 刺身が好きだろうと思って連れてきたが……まあ、正解だったな」
ちらっと視線をそちらに……言い争うソニアと綾乃、ではなく、空になった『船盛』に向けてシオンはにこやかに微笑む。
「コータ、此処の刺身は絶品だ。ソニア姫としっかり堪能するが良いさ。今日はソニア姫とのデートだろう? 邪魔をするつもりはない。ほら、アヤノ! そろそろ帰るぞ!! 邪魔をしたら悪いだろう?」
尚も睨み合う綾乃にそう声を掛けるシオン。そんなシオンに、綾乃は不満そうな顔を向ける。
「えー! 折角浩太に逢えたんだし、ちょっとくらい良いじゃん。ソニアちゃんもそこまで心、狭くないよね?」
「いいえ! わたくしの心は狭いですので!! アヤノさんとシオンさんは今すぐ帰って下さい!! 今日はコータ様と二人の時間を堪能するんです!!」
がるる! と唸るソニアに呆れ顔を浮かべる綾乃。そんな綾乃に苦笑を浮かべてシオンは綾乃の肩をポンっと叩く。
「そういうな、アヤノ。ソニア姫がこのデートを心待ちにしていたのは知っているだろう? そんなソニア姫の邪魔をするのは心苦しいさ。申し訳なかったな、ソニア姫。悪気はなかったんだ」
すまん、とばかりにソニアに頭を下げるシオン。そんなシオンにソニアは慌てた様に手を左右にわちゃわちゃと振って見せた。
「あ、頭を上げてください、シオンさん!! そ、そんなに頭を下げられると……わ、悪気が無かったのであれば仕方ありません!」
ソニアの言葉に、シオンは下げていた頭を上げる。そんなシオンに、綾乃がじとっとした視線を向けた。
「……なによ、イイ子ぶってさ~。そんなのシオンっぽくないじゃん! 『なに? ソニア姫のデート。それは観察しなければな!』とか言うのがシオンじゃん!!」
綾乃のその言葉に、シオンがイヤそうに顔を顰めた後、小さくため息を吐く。
「失礼な事を言うな。流石にソニア姫が可哀想だろう? 楽しみにしていたデートを邪魔されたら。そもそもアヤノ、君だってコータとのデートを観察された時は随分怒っていたじゃないか。自分がイヤだと思う事を人にしてはいけないだろう?」
まるで年長者が幼子を諭すよう。常ならぬシオンのその態度に、浩太は微笑ましい笑顔を浮かべ。
「ええっと……シオンさん、なんか悪いものでも食べました?」
「失礼だろう、お前も!! というか、食べ物屋で『変なモノ食べた』とか聞くな!!」
浮かべない。こちらも綾乃同様ジト目を向ける浩太に、シオンは先ほどよりも大きなため息を吐いた。




