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第二十四話 ポイズン・ゲーム

前話の内容で『海洋帝国ktkr!』と思った方、申し訳ありません。港湾整備株式会社はそんな良いモンじゃありませんでした……


 何時でも陽気なソルバニア方言で、初対面の人とでもまるで数年来の友人かの様に親しく、それでいて礼儀はきちんと弁えて話をする。


 さらに、美人。


 若さもあり、若干商売の脇は甘いが、それも経験次第で十分カバーが出来る。


 加えて、美人。


 冗談も通じる上に、付き合いも蔑ろにすることなく、若干セクハラチックなおっさんの視線やトークも笑顔で流す。


 極めつけに、美人。


『女じゃなかったら、きっと凄い商人になっていた』と評する人がいれば、『いや、女だからこそ彼女のあの性格は作られたのだ』と主張する人、或いは『マリアちゃんマジ天使』と称する人がいるほど……サーチ商会ロンド・デ・テラ支店を切り盛りするマリア・サーチは、一種テラ商人のアイドルの様になっていた。

 無論、商人達もプロである。幾ら美人で気立てが良くても、駄目なものは駄目、損になる取引はしないが……美人で気立てが良ければ、多少利益率が下がってもスケベ心が優先される事もある。男は、馬鹿である。

「……」

 さて、そんな皆の人気者であるマリアだが、実は彼女は結構なお嬢様である。カト十二商会の一つであるサーチ商会の子女で在り、勿論エリカなどと比べると数段落ちるが、それでも当然身につけるべき教養や礼儀作法は身につけている。そもそも、砕けた話し方が出来るという事はきちんとした話し方が出来るからであり、いつもくだけた話し方しか出来ないのであればそれはタダの阿呆であろう。

「……本日はお招き頂きましてありがとうございます。マリア・サーチで御座います」

 恭しく一礼。流れる様なその挨拶に、思わずエリカは息を飲み――その後、ジト目を向ける。

「……どうしたの、マリア。頭でも打った?」

「打ってへ――いいえ、エリカ様。何処かに頭をぶつけたり等はしていませんよ?」

「じゃあ、何よその喋り方。気持ち悪いから止めてくれるかしら?」

「きもっ……い、いえ、エリカ様。わたくし、いつもこの喋り方でしょう?」

「……本当にどうしたのよ、貴方?」

「……オホホホ」

 マリアの変容ぶりに思わず身震いするエリカであるが……実は身振いしたいのはマリアの方である。

『少し話したい事があるの』とエリカに言われてのこのこエリカの屋敷に足を運んだマリアであるが、そこで待ち構えていた人間に肝を潰す事になる。

 浩太? 浩太はいい。知らない仲ではないし、色々と便宜を図って貰っている事もある。

「マリア、と言ったかしら? わたくしの事は気にせず、何時も通りに振る舞ってくれて構いませんのよ?」

「そそそそソニア殿下! い、いや、そない言われても……やなくて……じゃなくて! ああ、じゃなくても失礼やった……やったじゃなくて!」

 何やら頭を抱えて面白い事になっているマリアだが……お茶会の延長のノリで訪ねた先でちょこんと椅子に腰かけていたのが、ソルバニア国王カルロス一世の第十一子、ソニア姫なのだ。肝を潰すのも無理は無い。

「……何よ、マリア。私の前ではそんなに緊張何かしなかった癖に」

「い、いや、そやかて……」

 断っておくが、マリアも決してエリカを『舐めて』いる訳では無い。公爵位を下賜され、形式的には王家から離れており、加えて何となく『ツレ』の様になっているとは言え、エリカだってフレイム王家の歴とした一員であり、何より現国王の姉という、現時点では国王に最も近しい王族である。本来であれば雲上人、たかだが一商人の娘であるマリアが口を聞ける間柄ではない。

「ほいでもエリカ様は……エリカ様やし」

「……何よ、それ」

 まあ、そうは言ってもフレイムはマリアに取って『外国』であり、『フレイム王家』は余所様のボスである。余所様のボスだから敬意を払わなくてもイイと言う訳では当然ないが……少なくとも、心理的には随分違う。嫌われると厄介ではあるが、致命的では無いのだ。だが、『ソルバニア王家』となると話が違う。サーチ家はソルバニア王国の商会であり、その財産も、縁も、歴史ですらソルバニア王国内にあるのだ。ここで機嫌を損ねて御家取潰なんてなった日には、父にも兄にも合わせる顔が無い。取引先の社長に嫌われても精々上司に大目玉を喰らう程度だが、自分の所の社長に嫌われたら首が飛ぶサラリーマンの心境が近しいと言えば近しいか。

「……そんなに緊張してたら話も出来ないでしょ? 取りあえず、座ったら? 何時までそこでぼーっと突っ立ってるつもりよ?」

 エリカに促されるまま、マリアは与えられた椅子に腰を下ろす。何時もと同じ椅子なのだが、何時も以上にふわふわしている気がする。

「紅茶になります。どうぞ、マリア様」

「あ、ありがとうございます。頂きます」

 カチャカチャとカップを鳴らしながら紅茶を口に運ぶマリア。正直、そちらの方が礼儀はなっていないのだろうが……まあ、仕方ない。

「さて、マリアさん。急にお呼びして申し訳ありません」

「いや、それは良いのですけど……」

 そう言いながら遠慮がちに、それでも興味津々にソニアに視線を向ける。視線の動きに気付いた浩太は肩を竦めて見せた。

「……色々事情があって、ソニアさ――ソニア姫は今、テラ領内に居ます」

「今後、わたくしもこちらで暮らす事になります。ソルバニアの商人がテラ領内に居るのはわたくしとしても心強いです。よろしくお願いしますね、マリア」

 優雅に一礼するソニア。対してマリアは、およそ今まで見た事が無い程狼狽し、両手をあたふたと左右に振る。どうでも良いが、みていると面白い。

「あああああああ頭をあげて下さい、ソニア殿下! そ、その、ウチ……やなくて、私の様な一商人に勿体ない事です!」

「ああ、それから『殿下』は辞めて貰えますか? わたくし、コータ様の下に輿入れしたのです。もう既に王籍を離れた身、これからはソニア、と」

 きゃ! なんて両手を頬に当てて体を左右に振るソニア。額に手を当てて溜息をつく浩太。顎が外れるんじゃないかという程ポカンと口をあけるマリア。カオスである。

「……は? こ、輿入れ?」

「……ソニアさん、輿入れでは無いです。あくまで花嫁修業ですから」

「あら? 同じ事ですわ。どうせ後五、六年もすればコータ様の下に嫁ぐのですから」

「だから……と、マリアさん? どうされました?」

 ポカンとした顔のまま固まるマリアに、訝しげに浩太が声をかける。

「いや……なんや色々あり過ぎて頭がついてけーへんのやけど……ソニアで――ソニア様、コータはんが娶るん?」

「……花嫁修業です」

「コータ様!」

「まあコータはんの意見はともかく……」

 そう言って、はーっと大きく溜息。

「……何ですか?」

「いや……なんや、やっぱコータはんは魔王やな~って」

「もの凄く不本意な納得のされ方何ですが!」

「可愛いお姫様を攫うのは魔王の仕事やん」

「それ……ああ、もうイイですよ、それで」

 実際は押しかけ女房もイイ所なんだが……説明するのも面倒くさくなったか、今日一番の溜息をついて浩太は椅子に深く腰掛けた。関係ないが浩太、ここ数日で二、三歳は老けこんだ気がする。

「……さて。それでは本題に入りましょう。マリアさん、実はテラでは大規模なインフラ事業を計画しています」

「ふーん」

「つきましてはこの度、テラでは『港』を整備しようと思っております」

「おお、ええやんソレ! 港が無くて不便やった……不便だったのですわ」

「……マリア。わたくしに気を使う必要はありません。何時もの話し方で良いですわ」

『ほんまにええの?』と視線で訴えるマリアに浩太は頷きを返す。

「……ほな、今まで通りの喋り方でさせて貰うわ。話を戻すと、港を作るのはウチも賛成や。エエ事やと思うし、テラは今以上に発展すると思う」

 ほいでも、と小首を傾げるマリア。

「相談って……何? 今のやったら報告やろ?」

「テラの港を整備する会社を作ろうと思っています」

「なんや助言が要る、言う事か?」

「いいえ。いや、助言も要るのですが……経営者、より正確には経営陣の一人になって頂けないか、と思いまして」

「………………は?」

「今回、港湾整備を行う会社は『株式会社』という形態にしようと思います。マリアさん……いえ、マリアさんを含めたテラの商人の皆さまにこの会社の株式を購入して頂きたい」

 紅茶の入ったカップに口を一口つけ、そのカップを同じ様に置き直す。

「『ロンド・デ・テラ港湾整備事業株式会社』、長いのでテラ港湾整備、ぐらいの略称で結構ですが……そこの株式を購入して頂きたいのです」

「……どういう事や?」

「港湾整備は大規模なインフラ整備事業になります。当然、かかるお金も大きい。恥ずかしながらテラにはそれに耐えうるだけの蓄財はありません。今のテラの財政で言えば……そうですね、ざっと半分、白金貨で五十万枚といった所でしょう。残りの半分をマリアさんを含めるテラの商会の方々に引き受けて頂きたいのです」

 少し、ご協力を願えればと思いましてと、いっそにこやかに言う浩太に、マリアの目付が厳しくなる。

「それは……アレかいな? 増税するっちゅう事かいな?」

「いいえ」

「ほいでも、要は『金を出せ』言う事やろ?」

「テラ港湾整備に出資して頂いた場合、出資金額に基づいて配当をお支払いいたします」

「配当?」

「港が出来る、という事は当然ソコを使う商会の方々からお金を頂く事になります。入港料から始まり、港湾施設の使用料、係留料、荷揚げの際に使う人夫使用料、宿泊施設も必要でしょうし、軽食が出来る施設もいるかもしれませんね。そういった施設の使用料で儲かった部分、つまり利益を出資者の皆さまの出資比率に応じてお支払いするというモノです。加えて出資比率に応じて議決権も付与します」

 ソコまで喋り、もう一度紅茶を一口。マリアの返答を待つ。

「……なるほどな」

「どうでしょう?」

「取りあえず……ソニア殿下?」

「ソニア、と」

「……ソニア様。この判断がウチの……ソルバニアの、サーチ商会になんや影響を与える事になりますか?」

「いいえ。貴方も商人でしょう、マリア。ここで貴方がどういう決断をしようが、それによって何かしらの便宜を図る事も、またその逆もありません」

 その言葉を受け、面白そうにマリアがニヤリと嗤う。

「……なるほど、面白そうな話やな」

「でしょう? それでは――」


「ほいでも……残念やけど、その話には乗られへん」


 そのままの視線で、浩太に『否』を突き付ける。

「……理由をお伺いしても?」

 浩太は慌てない。想定の範囲内だ。

「理由は三つ。一つ、エリカ様やコータはんの居る所で言い難いんやけど……ウチな? 正直、そこまでテラが発展するとは思ってへんのよ」

「……ほう」

「言うてしまえばテラやこ、カトやエムザに比べればまだまだ田舎やん。そんな所を発展させる言うて……白昼夢の類やと思うで? 何やったけ……ああ、そうそう。『身の程を知れ』言う奴やな」

「カトやエムザも、最初からあの様に発展していた訳ではないでしょう?」

「せやな。最初からあんな立派な街やった訳やない。訳やないけど、せやから言うてウチが街を立派にする義務はあらへんやろ?」

 道理である。街の発展、特にインフラは政府の仕事。一商人が口を出す問題では無い。

「せやから、テラに港湾設備を作っても儲かる気が全くせーへんのよ。せやったら、金を出すだけ無駄やん」

「……二つ目は?」

「金が無いから誰かに借りようって発想、潰れる商会の典型や。そないな所に貸すんやったら『あげた』って思う覚悟と惜しくない金額まで、いうのがサーチ家の家訓や。ウチにはそんな覚悟も、惜しくない金もあらへん」

 せやから、そないな出資には乗られへんとにべもない。

「なるほど。それで? 最後の理由は何です?」

「ウチの矜持の問題やね」

「矜持?」

 そや、と頷き紅茶を一口。

「お金でお金を稼ぐ様な商いは好かんのよ、ウチ。お金は、額に汗して稼がんと」

「……爪の垢を煎じて飲ませたい台詞ですね」

「誰に?」

「こちらの話です」

 そう言って、溜息一つ。

「では逆にお聞きします、マリアさん。儲かる事が確実な『出資』であれば乗って下さいますか? 勿論、マリアさんの大好きな『額に汗して』お金を稼げますよ?」

「何か言い方に棘がある気がするんやけど……そやね。そんな旨い話があるんやったら、むしろこっちから頭下げてお願いしたいわ」

「それは良かった。ではマリアさん、改めてお願いします。出資をして下さい」

「……コータはん、ウチの話聞いてた? あんな、そんなどろぶ――」

「話は変わりますがマリアさん。港湾整備をしようと思うと、何が必要だと思いますか?」

「――ねには乗られへん……って、なんやて?」

「ですから、港湾整備に必要なもの、です」

「そら……色々要るやろ。整備しようと思ったら人も要るし、建物やっているやろ?」

「ええ。そうなると木材も要るし、石材だっている」

 さあ、マリアさん、と。


「それを……私達は『何処』から『幾ら』で買いましょうか?」


「……は?」

「勿論、作るだけで足が出てしまう様な施設は作れませんよ? 作れませんが……それでも、『予算』の範囲内であれば、多少の不利益には目を瞑って『便宜』を図っても良いと思いませんか?」

「……アンタ」

「出資して下さった皆様にはテラ港湾整備の経営も担って頂きたいと思います。その為の、議決権ですからね。つまり……」


『何処』から『幾ら』で買うかは、出資者の皆さまの思うがままですよ? と。


「……コータはん、自分が何を言ってるか分かってるんか?」

「勿論」

「ソレ……要は、賄賂を渡せ、言うとるのと同じやで?」

 便宜を図る代わりに、金を出せ。なるほど、構図だけを見れば賄賂と一緒。或いは官製談合の亜種か。

「とんでもない。出資者に、相応の形で利益をお返しする。商売の基本でしょう?」

「……」

「要は『行って来い』の資金です。出資した金額と同等……とまでは行きませんが、巡り巡って売上という形でご自身の懐に返ってきます。無論、設備は老朽化しますのでその際には補修工事も必要でしょう。港の利用が増えるようであれば拡張工事も要りますね。そうなった時、出資者である商会の皆さまに材料を発注するか、縁も所縁も無い他の商会に発注するか。どちらを選ぶかなんて、子供でも分かるでしょう? 長い眼で見れば、損になる可能性は少ないと思いませんか?」

「……せやね」

 少しだけ苦々しい表情で頷くマリアに、にこやかな笑みを浮かべて。

「……それでは、マリアさん」


 出資、して下さいますね? と。


「……コータはんは、そういう取引はせーへん人かと思ってたわ」

「軽蔑しますか?」

「……そやね。軽蔑とまではいかへんけど……何や、印象変わるわ」

 無論、悪い方でと、そういうマリアに肩を竦めて見せて。

「商人の言葉では無いと思いますが?」

「商売人やから、や。お天道様に顔向けできへんで、何でお客さんに顔向け出来るんや」

「……一つ、マリアさんの矜持に反する事を言えば……私は、お金には綺麗も汚いも無いと思っています。白金貨はどんな過程を辿ろうと白金貨です。額に汗しようが、博打で儲けたお金であろうが、賄賂であろうが、盗んだお金であろうが……一枚は一枚です。額に汗したからといって、一枚が二枚の価値にはなりません」

「……今のでホンマに印象変わったわ。ウチとはあわへんな、コータはん」

「残念です。仲良くしたかったんですが」

「嘘くさ」

 浩太同様、マリアも肩を竦めて見せる。

「……まあ、それはエエわ。別に人間の好き嫌いと商売は直結せーへんし」

 そう言って、右手を顎に置いて考えこむ様に下を向く。

「……利潤が薄い、かな?」

「ですかね?」

「コータはんの話やったら損はせーへんのやろ。せやけど、それは『長い眼』で見て、言う事やろ? それやったら寝かすだけ損やわ」

「まあ、それは一理ありますね」

「それに、絶対損せーへん訳では無いやろ? テラに全然人が集まらへんかったらその配当言うのも入って来ん。そやったら、丸損やん。もう一声つけてや」

「もう一声、ですか?」

「せや」

「……図々しいですね、マリアさん。投資は自己責任ですよ?」

「ほな、出資はせーへん」

「……」

「自己責任、やろ?」

「……そうですね」

「どやろか? もう一声」

「……」

「……」

「……分かりました」

 しばしの、沈黙の時間の後。

「……何がや?」

 ふぅと、溜息を一つ。浩太は口を開く。

「徴税権をお付けしましょう」

「徴税権?」

「ロンド・デ・テラの税金を徴収する権利です。税額についてはこちらで算出しますが、それを取り立てた人には徴収額の10%を手数料としてお支払いします」

「……へえ。それ、面白そうやな」

「でしょ?」

「ちなみに、コータはん。ウチの所の税金をウチが集めたら、当然10%の手数料、払ってくれるんやろ?」

「……勿論、お支払い致します。ですが、マリアさん。必ずこの話、各商会につけてください」

「えー。ウチに出来るかいな、そんな難しい仕事」

「どの口が言いますか。それが出来ると見込んだから、貴方を呼んだのですよ?」

 浩太の言葉に、にやりと笑みを浮かべて。

「……今度の会合の時にでも、他の商会の人に話をしとくわ」

 そう言って優雅にマリアは紅茶に口をつけた。



◇◆◇◆◇◆



「ご質問をしても宜しいでしょうか、コータ様」

 マリアが屋敷を去り、そろそろお開きにしようかという時に、おずおずとソニアが手を上げた。

「何でしょうか?」

「その……宜しかったのでしょうか?」

「どういう意味でしょうか?」

「マリアの言う通り、コータ様のなされた事は賄賂と何ら変わりが無いと思います」

「そうですね。敢えて反論はしませんよ」

「賄賂を要求する国家は必ず腐敗し、やがて崩壊します。それが分からないコータ様では無いと思いますが」

 ソニアの視線に非難の色が混じる。

「ぐうの音も出ない正論です」

「なら!」

「ソニア様の前で言うのは憚られるのですが、今回はソルバニア対策です。その為には力のある集団を味方につけておきたい。如何にソルバニアが大国であるとは言え、テラに来ている商会全てを敵に回して経済に支障が無いとは言わないでしょう?」

 以前に説明した通り、テラに来ている商会は基本的に『大手』ばかりである。無論、確固たる経済地盤があり、ソルバニアにも決して少なくない縁がある商会ばかりだ。

「テラの港の株式をテラに来ている商会の方々に持って頂く。テラは港街であり、港湾設備は街の中心施設となっていくでしょう。その港湾の維持管理をテラの商会の方々が行うのですよ?」

商人は利に聡いが、実はそれ以上に利を害すモノに敏感である。少なくない金額を港湾設備に投資をした以上、少なくともペイできるまではそれを守るのに全力を尽くしてくれるだろうという思惑が浩太にはある。

「……否定はしません。しませんが……」

「更に、徴税権のオマケをつけました。正直、現状の人員ではとてもではないですが徴税まで手が回りません。どのみち人員を増やす事になり、そうなれば結局支出が増える。10%を高いとみるか安いとみるか、意見は割れる所なのでしょうが……人員を増やして人件費をかけるよりは、実質減税になっても外注に出した方がマシです。恩も売れますし」

「……」

「……勿論、一番良い方法ではないでしょう。今回、『港』という財産を共有財産にしてしまった。経営方針を巡って対立する事もあるでしょう。さらに『徴税』という、領地経営の根幹に関わるであろう仕事まで外注です。言っては何ですが、当然不正も起こるでしょう。むしろ、起こらない方が可笑しいと思いますし。それどころか、下手をすれば政治にまで口を出される事態も想像がつく」

 今回の浩太の判断は褒められたモノでは無い。出資を募り、新たな会社を設立する事が、ではない。その株式に沢山のオプションをつける事により、商会に権益を……政治の根幹すら揺るがしかねない、大きな権力を与えてしまう事になる、そんな権益を与えてしまった事が、である。

「……ですが、結局比較論です。ソルバニア一国とテラに来ている商会方、果たしてどちらが御しやすいか」

 遅かれ早かれ、テラがソルバニア経済に飲みこまれる可能性がある。で、あるのならば飲みこまれる前に、自身で『毒』を呷る。

「為政者としては正しいかどうかは分かりません。ですが、取る選択肢の中ではこれがマシだと思った。そういう事です」

 コータの言葉を受け、ソニアは視線をエリカに向ける。その視線に気付き、少しだけ首を傾げるエリカ。

「何かしら?」

「……エリカ様は、それで宜しいのですか?」

「良いも悪いも無いわよ。それしか取る方法が無いのなら、それを選ぶしかないわ」

「ですが……もっと良い方法があったかもしれません」

「無いわね」

「そんな事ありません!」

「じゃあ、教えて? どんな良い方法があるの? ソルバニアに負けず、商会の介入を許さず、テラは発展する素晴らしい……そうね、『魔法』。あるのなら教えてくれるかしら?」

「そ、それは……もう少し考えればきっと――」

「加えて時間もそんなに無いの。ソニア、一つ言っておくけど……対案も無く否定するのは『子供』のする事よ?」

「そ、それでもです! エリカ様、王族として、テラ領主としての誇りは無いのですが!恥ずかしくはないのですか! こんな賄賂紛いの方法で……軽蔑します!」

 ソニアの言葉に、はーっと溜息一つ。

「お金に色はついてないのよ、ソニア」

「ですが!」

「王族として、貴族として、自身の領地を守るためには、私は喜んで泥にだって塗れてあげる。誇りと言うのであれば、それをする事が、それをする事を厭わない事が私の『誇り』よ」

「……」

「別に理解をして貰おうとは思って無いし、尊敬をして貰おうとも思って無い。軽蔑? 好きにすれば良いじゃない。理想だけ追うのはもう嫌なのよ」

 そう言って、すっかり温くなった紅茶に口をつける。

「納得は出来ないかも知れないけど、私は、私達はこうやってテラを守ると決めたの。納得が行かないなら止めないわ? どうぞ、屋敷を出てソルバニアに帰って下さるかしら?」

 イヤなら帰れ、と、そういうエリカに。

「……か、帰りません」

「そう? それではこの話はお終いね。エミリ、紅茶を――何よ、その顔」

「いえ……エリカ様、随分お変わりになられた、と思いまして」

「そう?」

「ええ……先日までのエリカ様とはまるで別人の様です。エリカ様、コータ様の抱擁には何か特別な力があるのでしょうか?」

「特別な力って……あのね、エミリ? 別にコータにだきし――」



 紅茶を持ち上げかけた姿勢のまま、エリカが固まる。



「――エミリ?」

「はい」

「はいじゃ無くて……その、貴方……も、もしかして……」

「『え、えい!』と勢いをつけながらコータ様の胸に飛び込むエリカ様は、何やら少女の様で不敬と知りながらもついつい微笑ましいモノを覚えてしまいました」

「……」

「……」

「……」

「…………き」

「き?」

「………きゃーーーーーーーー! ななななななな、なんで! え、エミリ! もしかして貴方、覗いていたの! し、信じられない! 最低よ!」

「……お言葉ですが、エリカ様? 見られたくないのであればキチンとドアを閉めて下さいと申し上げたい」

「ど、ドア! し、閉めて無かったの? わ、私のバカ!」

「見たくも無いモノを見せられたこちらの立場にもなって下さい」

「ご、ごめん……って、そんなに見たくないなら見なきゃいいでしょ!」

「メイドとして、お仕えする主人の成長を見守る義務がありますので」

「嘘! それ、絶対嘘よねぇ! ただ面白かっただけでしょ!」

「いえ。どちらかと言うと腸が煮えくりかえるかと思いましたが」

「――え? ……そ、その……うん、ご、ごめんなさい。その……なんか、抜け駆けっぽくなって――」

「まあ面白かったのも事実ですが。『あ、頭がぽーっとするぅ』ですか。なるほど、今度使わせて頂きましょう」

「私の謝罪を返せぇーーー!」

 絶叫するエリカと、無表情なままでエリカをからかい続けるエミリを苦笑で見やり……ふと、視線を逸らした浩太の眼に。


「……」



 唇を噛みしめて、小さく震えるソニアの姿が映った。



経済マメ知識⑰

ホワイトナイト

企業の買収対策の一つ。敵対的買収を仕掛けて来る会社に対抗する為、別の友好的な会社に自社を買収して貰う作戦であり、この友好的な会社の事をホワイトナイト、白馬の騎士と言う。

ホワイトナイトも慈善事業ではないので、ある程度有利な条件がつかないと引き受けてくれない。今回、浩太がやった様に。

ちなみに『ポイズン・ピル』という防衛手段もあり、今回のタイトルはこちらを採用しています。いや、ナイトはこないだ使ったし……

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