第二百四十三話 第一回、コータと共に旅行に行くのは誰か!? 大プレゼン大会! 前編
「……は?」
先ほどまでの沈痛な面持ちから一転、獲物を狙う肉食獣の目で――具体的にはギラギラした視線を浩太に向ける女性陣。ちなみに現状、そこまで浩太に好意を寄せている訳ではないアリアはそんな女性陣の視線を『あ、あははは』という笑いと共に見つめている。
「……コータ様」
「……エミリさん?」
「コータ様、毎朝美味しい食事を食べたくありませんか? パリッと糊の利いたシャツを着たいと思いませんか?」
「ええっと……お、思いますけど?」
「ですよね! そうなると、に御座います。コータ様のこの『遠出』に一番相応しいのは、コータ様の身の回りを行う事が出来る人間になります。そういった観点から――」
心持、その豊満な胸を張って。
「――この、エミリ・ノーツフィルト以外にあり得ないと愚考しますが?」
「異議あり!! それは愚考だよ、エミリちゃん!!」
そんなエミリの言葉を遮り、『はい、はーい!!』と言わんばかりに手を挙げる女性が一人。
「……綾乃」
「愚考も愚考だよ、エミリちゃん! まあ、確かに? エミリちゃんの主婦力は高いよ? それは認めるけど……でも! それぐらいなら私にも出来るもん!!」
「……それは私に対する挑戦と受け止めても宜しいでしょうか、アヤノ様?」
「ううん? 確かに私の家事じゃエミリちゃんには敵わない。それは認める。けどさ? 別にコータの面倒を全部全部エミリちゃんが見る必要、無くない?」
「……どういう意味でしょうか?」
「確かにエミリちゃんの朝食は美味しいでしょう。でもね? エミリちゃん、ホテル・ラルキアの朝食に勝てるの?」
「それは……」
「ああ、別にエミリちゃんの腕を馬鹿にしている訳じゃないよ?」
確かにエミリの料理の腕は絶品だ。絶品ではあるが、しかし、それは『メイド』としての――俗にいう『家庭料理』の範疇である。いや、それだって素晴らしい事ではあるが、どうしたって本職には一歩譲るのである。それはつまり。
「今回の浩太って……まあ、全権大使みたいな感じで行くんでしょ? ならさ? 別にわざわざ最高の家庭料理を連れていく必要、無くない?」
まあ、こういう事である。いわばこれは短期的な出張、そこにわざわざ家事万能連れて行かなくても良いんじゃね? 向こうのホテルで賄おうや! というのが綾乃の主張であり……まあ、一理ある。
「で、ですが!! 今回の案件ではコータ様に負荷が掛かります! 無論、ホテル・ラルキアの――のみならず、一流料理店の料理に敵う程の腕とは申しませんが……それでも、『安心』をコータ様にお与えする事が出来るのでは無いでしょうか!! それは、何よりコータ様にとって必要な事でしょう!!」
エミリの主張に、綾乃はにっこりとした笑みを浮かべる。
「その通りだね? じゃあさ? 浩太の一番、『気安い』人間って……誰かな?」
……その笑みを悪い笑顔に変えて。
「別に、私が浩太に一番好かれているとか愛されているとか言うつもりは無いよ? でもさ? 銀行の同期で机並べた仲でさ? お互いに愚痴や文句も言いあった私だよ? 浩太、愚痴とかエミリちゃんに言えたりするの?」
「……流れ弾じゃん」
「どうなのよ?」
「……言えない、と思う」
「コータ様!?」
浩太の言葉に、エミリから絶望に似た声が漏れる。そんなエミリに、慌てた様に浩太が両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「ち、違うんですよ!! べ、別にエミリさんの事を信用していないとか、そういう意味じゃないんですよっ!! で、ですが……そ、その……こう、エミリさんの前で言うのはそこはかとなく格好悪いと言いましょうか……」
「だ、大丈夫です!! 格好悪いコータ様でも私は愛せます!!」
「……私が嫌なんですよ」
「ま、浩太はエエ恰好しいだからね~。ともかく! そんな訳で一緒に居て『楽』という点だけ見れば同郷で、もっとも付き合いが長い私こそが相応しいんじゃないかな!」
親指をぐっと上げてそう言い切って見せる綾乃。そんな綾乃の姿を見ながら、ふぅっと小さなため息が聞こえた。
「何を言うかと思えば……一緒に居て『楽』なのがアヤノ? はん! そんな訳ないだろう? コータが一緒に居て楽なのは誰がどう考えてもこの私、シオン・バウムガルデンだろう!!」
シオンだ。そんなシオンに、胡乱な目を向ける綾乃。
「……なに? シオン、貴方私に喧嘩売ってんの? お前なんか付き合い長いだけだろうって?」
「そうは言わん……言わんが、どうした? アヤノらしくなく、随分好戦的じゃないか」
「愛されてる云々はともかく、『浩太と一番仲が良い』って言うのは私のアイデンティティだから」
「乙女か。そして、そういう意味なら心配するな、アヤノ。良いか? 確かに君とコータは仲が良い。付き合いの長さから来るものもあるだろうし、色恋沙汰抜いた純粋な『仲の良さ』で考えれば君がコータに一番近しい人間、と言えるだろう」
「……アリガト」
「客観的事実だ。礼には及ばん。だが……良いか? 『親しき仲にも礼儀あり』という言葉もあるように、どれだけ仲が良くてもある程度は気は使う。まして、これから行くのは難しい交渉を行う場所だ。少しでもコータのストレスが和らぐ人間が行けば良いのではないか?」
「……シオンが浩太のストレスが和らぐ人間?」
綾乃が『何言ってんだ、コイツ?』の視線でシオンを見やる。傍若無人、人の迷惑なんぞ知ったこっちゃねー! と言わんばかりにわがまま放題好き放題のシオンと一緒なら、浩太のストレスがたまることこそあれ、減ることは無いだろう。そんな抗議の意味も込めた視線をシオンは軽く受け流し。
「――当然だ! だって、私だぞ? コータの扱いが一番、『雑』なの、私じゃないか!!」
胸を張って、割と可哀想な事を言っていた。
旅行ではない。




