第二百四十二話 参加の是非
ローナ突然の襲来からおよそ三時間。敵地、と言っても過言ではないテラに単身乗り込んで来たのに、『本日はこれで失礼します』とまるで逃げるようにローナが去って行った後、テラ首脳部は応接室において今後の対応を協議――というより、頭を悩ませていた。
「……それで? どうするの、浩太?」
黙りこくった皆の声を代弁する様に綾乃が口を開く。そんな綾乃の言葉を聞いて、浩太は困った様に眉根を寄せた。
「どうするって……」
目の前に置かれた手紙をじっと見つめ、浩太は小さくため息を吐く。手紙の内容は和平会談を行いたい旨、参加者は浩太含め二名、護衛は認めない、日時、場所の指定は帝国側に委ねる旨がざっくりと書かれていた。親書、という形式で考えればあまりに簡素なそれに、浩太はもう一度胸中の息を吐く。
「……私は反対です、コータ様」
そんな浩太のため息を見て、小さく手を挙げながらエミリが口を開く。自身に集まる視線をしっかりと受け止め、エミリは言葉を継いだ。
「和平会談など、決して認められるものではありません。しかも、コータ様を含めて二名で護衛は認めないなど……殺されに行くようなものに御座います。まさか、行くつもりではありませんよね、コータ様?」
じっと浩太に視線を向けるエミリ。そんなエミリにもう一度、深い、深いため息を吐いて浩太は視線をアリアと……それに、シオンに向けた。
「シオンさん?」
「無論、反対だ」
「アリアさんは?」
浩太の言葉に少しだけ迷った様に視線を中空に飛ばすアリア。そんなアリアに、シオンが剣呑とした視線を向ける。
「……まさかアリア、賛成などと言うつもりでは無いだろうな?」
「……諸手を挙げて、とは言いませんが……少なくとも、皆様ほどに反対するつもりはありません」
「アリア!!」
まるで射殺せそうなシオンの視線。その視線を受けながらも、アリアは表情を変えずに手元の資料に視線を落とす。
「――現在のフレイム王国の財政状況は危機的状況です。クリス殿下、エドワードさんの浪費により、国家財政は悪化の一歩を辿っています」
「……分かっている」
「いいえ、お姉様。お姉様も……エミリさんも分かっていません。良いですか?」
そういって二人を見渡して。
「――この『戦争』は私たちが勝ちます。問題は『勝ち方』です」
「……」
「今のまま、ずるずるとこの体制が続くとフレイム王国の財政は間違いなく破綻します」
さもあらん、今、この瞬間もフレイム王城にはクリスの望むもの――より正確には、クリスが望むだろうとエドワードが思ったものが運び込まれている。人気取りの側面もあるが、一切の値引きもせず、適正値よりも高い値段で、だ。金を湯水の様に使い、炎天下の氷よりも速いスピードで金が溶けて行っているのである。
「その後、我々がフレイム王国の旧領を回復したとしても、今の財政のままなら少なくない混乱が起きるでしょう。なんといってもあの地は、王都ラルキアは外地では無く、フレイム王国の――フレイム帝国の固有領土なのですから」
ラルキアはフレイム帝国より続く千年の都である。現状はテラに遷都しているとしても、ラルキアを無視する訳にはいかないのだ。
これが侵略戦争ならまた違った判断も出来る。言い方は乱暴だが、他国の領土、どうなっても知ったことではない、ともいえるからだ。
「……そうなんですよね。此処で和平会談に参加しないとすると……おそらく、この『戦争』はもっと長引くでしょうし」
アリアの言葉に浩太も小さくうなずく。アリアの言う通り、この和平会談に臨まない場合に訪れるのは泥沼の『戦争』だ。
「……別に戦っているわけじゃないじゃない、コータ」
「『戦闘』はありませんが、『戦争』状態ですよ、立派に。エリカさんだってそれは分かっているでしょう?」
「……」
「この状態を打破する――出来るかどうかはわかりませんが、それでも今のまま、真綿で相手の首を絞める方法ではどうしようもありませんし……こちらが黙殺することで暴発されても困ります」
何といってもフレイム王国には『王都ラルキア』と『ラルキア市民』という人質があるのと同義だ。下手に刺激して暴走、ラルキアが火の海になってしまったら目も当てられないのだ。
「……この戦争は勝つって話だったのに……これじゃ、どっちが有利か分からないわね」
疲れた様にため息を吐くエリカに浩太も苦笑を浮かべる。エリカの言う通り、どちらが優勢か分からない様な悩みでもある。
「王権の正当性はともかく……現状ではこちらが地方政権みたいなものですからね。先にクーデターを起こしたのはあちらでしょうが、王都を握られている以上、有利不利では確実にこちらが不利ですよ」
「……ラルキアを王都じゃなくす、って方法は取れないの?」
「無理に決まってんだろう、綾乃。正確には無理じゃないけど……今ここで、ラルキアを捨てる選択肢はないさ」
古い街にはそれだけで価値がある。特に千年王都ラルキアはフレイム王国の核であり、オルケナ大陸の各国にとって、やはり千年の都であるのだ。地政学的な意味ではないところ、感情の部分で絶対に譲れない街なのである。
「……まあ、そうだよね。それじゃ……やっぱり、浩太は参加するの?」
「……そうだな」
一息。
「――やっぱり、参加するしかない、かな?」
その言葉に、全員が観念したように視線を落として。
「「「「「――それじゃ、その『あと一人』は!!」」」」」
のち、肉食獣の目で浩太を見やった。




