第二百四十一話 和平会談の申し込み
アリアに連れられ領主公館に帰った浩太たちが見たものは、公館の応接室で優雅に紅茶を飲んでいる女性の姿であった。
「あ……コータ様」
緊張した様子で部屋の隅で立っていたエミリが浩太の姿を認めて少しだけ表情を緩める。そんなエミリに浩太も笑顔を返し、視線を女性に向ける。女性も浩太の存在に気付いたか、立ち上がると丁寧な礼をして見せる。
「――お初にお目にかかります、コータ・マツシロ様。私はエドワード・アルトナーが臣、ローナと申します。突然の訪問、平にご容赦を」
「……ご丁寧にどうも、ローナさん。私は松代浩太。ロンド・デ・テラ領の……食客、でしょうかね? まあその様な立場です。立ち話もなんですし、どうぞおかけください」
ローナに椅子をすすめ、ローナが席に座ったのを確認して浩太も席に着く。そんな浩太の前に、少しだけ心配した様な表情を浮かべてエミリが紅茶を置いた。
「……紅茶です、コータ様」
「ありがとうございます、エミリさん」
走って来たので喉も乾いた。そう思い浩太は紅茶を一口、口に含みふぅと息を吐く。少しばかりあった動揺をそれで押し込み、目の前の女性に視線を向ける。
「それで……フレイム王国からの使者、とお伺いしましたが……ご用件はどの様なものでしょうか?」
「わが主、エドワード・アルトナーより書状をお預かりしております。どうぞ」
そういってローナは懐から出した手紙を浩太の前に置く。その手紙を手に取った浩太はエリカに視線を移す。
「……エリカさん」
「……うん。これは間違いなくアルトナー家の封蝋よ。王城で何度も見たもん」
「偽装の可能性は?」
「まあ、無くは無いけど……」
「……考えても仕方ない、ですか」
此処でこの女性が『フレイム王国からの使者』を騙る必要がどれくらいあるかを想像して、浩太は小さく首を左右に振る。
「それでは……拝見します」
パキ、と乾いた音を立てて封蝋が割れる。中から入った書状に一通り目を通して、浩太は小さく眉を上げて見せる。
「……会談、ですか? エドワードさんと?」
「はい。エドワードより、コータ・マツシロ殿との面談の機会を設ける様に仰せつかっております。どうでしょうか? フレイム王国とフレイム帝国の間での会談……お受けいただけますか?」
こくん、と首を傾げて見せるローナ。そんなローナの姿に、綾乃が小さく息を吐く。
「ええっと……ローナさんだっけ? ああ、ごめんなさい。私の名前は大川綾乃」
「存じ上げておりますよ、ラルキアの聖女様。有名人ですから、貴方様は」
「そう? そんなに有名人になったつもりないけど……ともかく、会談? なによ、会談って。何か話すことがあるって事?」
「それは私の権限外の話に御座います」
そういってローナは紅茶を一啜り。まあ、それはそうだ。書状を持ってきた使者が書状の内容にまで口を出すのであればそれはもう使者ではない。落胆する様に肩を落とす綾乃をちらりと見やり、ローナは口を開く。
「……と、普通ならば申し上げますが……エドワードからある程度の権限の委譲を受けておりますので、申し上げましょう。会談の内容はずばり、『和平会談』です」
「……和平……会談、ですか?」
「今般、図らずもわが陣営とそちらの陣営は交戦状態に陥ってしまいました。ああ、直接的な戦闘はありませんが……まあ、友好的な関係を築いているとは言えませんよね?」
違いますか? と問うローナに、エリカは苦虫を噛み潰した様な表情でローナを睨む。
「白々しい……何が図らずも、よ! 貴方たちが起こしたことでしょう、今のこの事態は!!」
「それに関しては幾らか見解の相違がございます。私どもは私どもの理論と正義がありますので。ですが……まあ、これは水掛け論ですね。ともかく、『過去』の事はともかく『今』と『これから』を話すことが肝要かと」
「……貴方ね!!」
「エリカさん。少し、お静かにお願いします」
「コータ……」
気まずそうな表情を浮かべるエリカに浩太は笑顔を浮かべ、ローナに視線を戻す。
「エリカさんの言う通り、正直『今更何を』という気持ちもあります。ですが……貴方の仰ることもまあ、理解は出来ます」
「賢明なご判断かと」
「ですが、納得できるかはまた、別の話ですよ。そもそものきっかけはそちらのご都合でしょう?」
「ロッテ・バウムガルデンの暗殺、でしょうか?」
「そうです。まさか、それはそちらの仕業ではない、と仰いますか?」
「いいえ。その様なことは御座いません。ロッテ・バウムガルデンの暗殺は――」
一つ、息を吐いて。
「あれは――こちらの手の者です。こちらの手の者が、願い、乞い、地獄の様な試練に耐えて掴んだ……『栄光』です。それを、誰の手柄にもしてやらない。彼は……彼の為すべきことをやった」
「……それをこの場で言いますか? こちらの心情に対する配慮などは?」
「これはエドワードの言葉ではありません。私個人の意見です。それに、その件に関しては相応の謝罪と賠償をさせて頂きます」
「……実行犯は? 今はいずこに?」
「それは重要でしょうか?」
「……重要に決まっているでしょう? 心情的に納得できるものではないです。苦汁は嘗めさせられましたが……それでもロッテ・バウムガルデンは私たちに取ってなくてはならない方だった。その方の命を奪ったものが今、何処で何をしているかを知る必要は……その権利はあると思いますが」
「……なるほど。理解しました」
そういって、ローナは机の横に置いた鞄から、小さな木箱を取り出す。
「それではこれをお納めください」
「……これは?」
「あなた方が望んだ、『実行犯』ですよ」
もっとも、と。
「――私が殺してしまいましたので。ここには頭髪と爪しかありませんが……これでよろしければ、お納め下さい」




