第二百二十一話 世襲制度の是非と良妻賢母
「……世襲って……」
綾乃の言葉に、エリカが小さく首を捻る。そんなエリカに、綾乃は小さく笑んで見せた。
「そ。世襲。私は別に遺伝子的に云々なんて言うつもりはさらさら無いんだけどね? やっぱり人間って向き不向きがあると思うんだよね~」
「……具体的には?」
「そだね~……例えばシオンとかアリアちゃんなんて最たる例だと思うんだけど、ホラ、二人のお父さんもお母さんもラルキア大学の教授なんでしょ?」
「そうだな」
「え、ええ」
何を言われているのか今一、理解できない。そう思いながらシオンは興味深げに、アリアは困惑気味に頷いて見せる。
「仮にさ? シオンとかアリアちゃんのお父さんとお母さんがお花屋さんとかお魚屋さんだったら、シオンもアリアちゃんもラルキア大学を目指したかな? 無論、その先にある学術院の研究員も」
「……難しいだろうな。ラルキア大学は貴族平民、貴賤の差どころか国家の概念もなく就学生を受け入れる。ある意味ではスペシャルな大学ではあるが、その分、入学試験はスペシャルに難しい」
「でしょ? テラでもラルキア王国でも見たけど、基本、十代の子って立派な戦力なんだよね、家業の。それを勉強に集中できるって環境があるのは結構、珍しい事なんだよね」
よく、スポーツ選手の二世や政治家の二世、或いは両親ともに高学歴な子供が自身も高学歴の道を進む、という話がある。本人の資質も大事ではあろうが、その中の大きなウェイトを占める部分に『家の環境』があるのは間違いないのだ。
「逆にさ? シオンとかアリアちゃん、今から王様になってよ! って言われて出来る?」
「どれだけ破綻させても良いのなら可能だが?」
「む、無理ですよ! 急に王様なんて!」
言ってることは真逆だが、意味することは一緒。それを見て一つ頷くと、視線をエリカ、ソニアと順々にめぐらす。
「エリカとソニアちゃんは? 出来る?」
「……まあ、一応現役の『女王陛下』だし」
「わたくしも……望んでどうこう、という訳ではございませんが、求められれば全力で取り組みます」
「だよね? これって所謂教育……『帝王学』みたいなところもあるんだけど、究極的には意識の問題だと思うのよね。いつかは、国家の最高権力者としての『カタチ』を引き継ぐものとしての覚悟と言うか。これ、勿論リズちゃんも持ってるよね?」
「……そうね」
「エミリの場合はちょっと特殊だけど……でもまあ、エミリ自身の能力があれば、メイドさん……というか、家令に近いかな? 家令を次代に引き継ぐ事が出来ると思うんだよね? どう?」
「……そうですね。私と……こ、コータ様の子供が、エリカ様の御子に仕える事が出来るのであれば、それは……非常に良い事だと思います」
少しだけ頬を染めてそんな事を言うエミリ。その姿に、『うへ』という顔をして綾乃が言葉を継いだ。
「照れるな、エミリ。こっちも照れるから」
「て、照れてなど!」
「まあいいや。ともかく……まあ、言い方は悪いかもだけど、エミリの家の『子爵家』って云うのも力関係的に随分丁度良いって思うのよ。これが伯爵とか侯爵クラスになると力持ち過ぎちゃって困るから」
『家中一番の重臣』が家老になるとお家騒動の元になるが、精々『馬廻番の中級武士』ならお家転覆の危機感が少ない、といったところか。無論、例外もあるが比較論の話である。
「エリカだっていいでしょ? ずっとエミリが側に居てくれるの」
「そりゃ……エミリには申し訳ないけど、有り難いわよ。コータと私の間の子供に、エミリの子供が付いてくれるってのも……良い話だと思う」
「でしょ? だから……まあ、そうね。国家の『形』としてはフレイム王家はエリカとエミリの子孫が継ぐ。学術院の院長、それに副院長はシオンかアリアちゃんの子孫が継ぐ。エミリの子孫は王家の家令って感じかな?」
「アヤノはどうするの?」
「私の子孫は……一番良いのは宰相職かな、って思う。ロッテさんみたいにバリバリは無理でも、結構無難に回す自信はあるよ? でもまあ、これは『私』の話であって、私の『子孫』までなると責任も取れないから……現状、遊撃職とかどんな?」
「遊撃職……何処でもこなす、と?」
「ま、そんな感じ。制度に『遊び』があっても良いでしょ?」
「……わたくし個人としてはアヤノさんの宰相職は良いと思います」
「ソニアちゃん?」
「ロッテ・バウムガルデンが異常なだけで、本来フレイム王国の宰相職とは他国との折衝の際の『顔役』です。『ラルキアの聖女』であり、お父様の覚えも目出度く……この内乱終結後は勲一等間違いなしのアヤノさんが就任すればよいのでは無いですか? 能力的な意味でも勿論、『顔役』的にも」
「私の子孫は?」
「能力があれば実務もこなして頂けば構いません。無ければ、顔役でも十分ですよ。ライム都市国家同盟だって、アヤノさんに一定の敬意を持っているでしょうし」
「そうなの?」
「戦勝終結の立役者ですから、アヤノさん。そうなると、むしろ私の取り扱いが微妙になりませんか?」
そう言って首を傾げるソニア。その言葉に、綾乃は一つ頷いて見せる。
「ソニアちゃんの子孫にはファンデルフェンド王になって貰う。血筋考えると、やっぱりそこがしっくり来るかな~とは思うよ?」
「ファンデルフェンド王、ですか?」
「そ。今話した事ってさ? 結局、皆浩太を通じて兄弟姉妹になる訳じゃん?」
「そうですね」
「兄弟姉妹であんまり差が付くのもアレだし」
「それで言うと、既にエミリさんの子供とエリカ様の子供で差が付いていませんか?」
「ソニアちゃんは王族でしょ? ある程度の地位が無いとつり合いも取れないしさ。それに、これは結構効果的でもあると思う」
「効果的、ですか?」
「そ。ソニアちゃんには悪いけど、私、カルロス一世はやっぱり狸親父だと思うんだよね。現状、一番怖いのはソルバニア王国と思っているぐらいには」
「……まあ、否定はしません」
「だからきっと、ある程度『干渉』は予想される。でも、ソニアちゃんの子供がファンデルフェンド王で、エリカの子供がフレイム皇帝で……その二人が兄弟姉妹だったら? それも仲良しな……良好な『家族』だったら? ソニアちゃんの子供を通じて介入するのを防ぐ事が出来るかも知れない。もっと言えば、ソニアちゃんの子供はフレイム皇帝の子供だけど、同時にカルロス一世の孫でしょ? ソルバニア王家の血も引く子ってワケ。あっちにしたら脅威じゃない? ソルバニアの王家の血を引く人間が、他国の王様で、加えてフレイム皇帝の『家族』だよ? 下手に手を出して、ソルバニアの王位継承権を主張されても困るって躊躇してくれるかも知れないじゃん?」
「……それは、全て上手くいった場合では無いですか? 血の争いは歴史を見るまでも無いですが?」
「そだね。だからね?」
そう言って綾乃はもう一度、ぐるりと周りを見渡して。
「――私たちは勉強するべきです。浩太を立派な夫と……子供たちが、尊敬する『父』として崇める様に、浩太を『立てる』事を!! 具体的には、『良妻賢母』を目指しましょう、みんなで!!」
変な話になって来た。




