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第一話 貴方は勇者ですか? いいえ、銀行員です。



 浩太が召喚される、少し前の話。



「……はー……」

 フレイム王国王宮殿の国王の私室。歴史と伝統ある『千年王国(ミレニアム)』の若き国王、エリザベート・オーレンフェルト・フレイムは机に片肘をついた姿勢のまま、大きな大きな溜息をついた。まだ十七歳という若さ特有の瑞々しい美貌に似つかわしくないその溜息と態度に、報告を続けていた王国宰相ロッテも思わず眉を顰める。

「……陛下」

「……行儀が悪いのは重々分かっています。ロッテ、続けて」

「……それでは次のご報告です。昨日、王都商業連盟が陳情に参りました」

「陳情?」

「ええ。色々最もらしい事を並べていましたが……要は連中、減税、或いは免税勅許を賜りたいとの事です」

「却下です」

「……陛下」

「出来る訳ありません。昨年も同様に減税措置を行いました。これ以上の減税は国家自体を滅亡に追い込みます」

「それはそうですが……」

「第一、商業連盟には余所の連盟よりも多大な支援をしている筈です。関税優遇、連盟会員の他国行商への警護、大使館の優先使用権と……」

「王国通貨発行権もそれに加えますか?」

「そうですね。彼らには『口を開けて鳴いていれば、餌を与えて貰えると思わない様に』と釘でもさして置いて下さい」

「……陛下」

「冗談です」

 そう言って、口をとがらせながらもう一度深い深い溜息をついたこの若き女王に、先代から仕えた王国宰相ロッテも見習った訳ではないが胸中で溜息をつく。実際、女王の言葉はロッテ自身が言いたい言葉でもある。別に金儲けが悪いとは言わないが、国家の庇護の元にやりたい放題の商業連盟にロッテ自身『ふざけるな!』と怒鳴りたい気持ちはある。まあそんな事をしたら商業連盟全体にそっぽを向かれ、国の経済が立ち行かなくなるので絶対やらないが。

「……商業連盟には『善処します』と伝えておいてください」

「……わかりました。巧く納得してくれる事を祈りましょう」

 仮にも王国の宰相を名乗る人間が、実効的な手段も取らずに『ただ祈るだけ』では駄目だろうが、と自嘲しながらロッテは手に持った報告書のページをめくる。

「次は……ウェストリア国境方面司令長官からです」

「……今度は何ですか?」

「『兵士の絶対数が足りない。近衛軍の一部をこちらに回して欲しい』と」

「ウェストリア……スタークル将軍の所ですか」

「『ウェストリアに怪しい動きあり』との事です。あそこは宰相がタカ派ですからな。まあ、今に始まった事ではありませんが」

「……それで増員、ですか。個人的にはウェストリア側を刺激する事になりそうで反対ですが……」

「お気持ちは分かりますが……スタークル将軍ですからな」

「『千里眼』と呼ばれたスタークル将軍の意見、ですか……分かりました。近衛の半分を送りましょう」

「半分、ですか? それでは王都の守護は……」

「どうせ、ウェストリア方面から抜けられれば王都までは一直線、同じ事です。近衛は置物ではありませんし、お給金分ぐらいは働いて貰いましょう。近衛指揮権の委譲文書の作成を早急に」

「ローザン卿が火を噴いて怒りそうですな」

「……そこはロッテにお願いします。仲良しでしょ?」

 少しだけ上目遣いで瞳を潤ませる自分の仕えるべき主の姿に、ロッテは胸中ではなく盛大に溜息をついて見せ、ジト目を向ける事で対抗した。

「……腐れ縁なだけです。それと陛下。伝統と栄光あるフレイム王国の女王陛下が市井の娘の様な真似をするのは辞めて頂きたい」

「欲情、しません? 可愛いエリザベートの……リズのお願い、聞いてあげようって思いません?」

「仮にも私の孫ほどの……『尻の青い』エリザベート女王陛下になんぞ欲情しませんと言えば、不敬に当たりますか?」

「……本来なら打ち首にして城壁にさらしますが。魅力がありませんか、私には?」

「大変恐縮ながら、『リズ様』の『おしめ』は誰が替えて差しあげたと思っているのか伺いたいものですな」

 まだエリザベートが即位する前の愛称、『リズ』で呼ぶ事により関係性を強調……するも、まあ、だからこそ『可愛い』の方は否定しないし、お願いも聞いてあげようかと思うのではあるが。

「ローザン卿には私の方から話を通しておきましょう。上等な酒をたらふく飲ませればそれで快諾する男ですから」

「……それはそれで不安が残るのですが。いいのですか? 近衛のトップがその様な職業倫理で」

「万が一の事があれば、あの熊の様にでかい無駄な肉体で持って陛下を凶刃から護る程度の倫理観は持ち合わせておりますよ、あの男にも。それで十分でしょう?」

「……それもそうですね。此処まで攻め込まれたらどちらにせよ終わりですから」

「そう言う事です。さて、次の議題ですが……」

 ページをめくり、その単語が眼に飛び込んだ瞬間に言い淀むロッテ。その姿にリズは訝しんだ表情を浮かべた。

「……どうしたのですか?」

「……王国学術院からです。件の古書の中から『勇者召喚の儀』の文章の解読に成功した、と」

「……勇者の、召喚……?」

 ロッテの報告に、リズが胡乱な眼を向ける。

「……その様なものが我が国にあるのですか? 私は初耳ですが」

「……眉唾ものです。『勇者召喚』なんぞ、それこそお伽噺の世界ですな」

「……魔法自体がおとぎ話なのに、まさかの『勇者様』ですか……」

 額に手を当て、やれやれと言わんばかりに首を左右に振るリズ。その気持ちはロッテにも痛い程分かる。

「……王国学術院は優秀ですが、少しだけ突飛ですね」

「少しどころの話ではないですが。それで、学術院の方からは『是非、陛下に召喚の儀に立ちあって欲しい』と依頼が来ております」

「私に、ですか?」

「ええ」

「それは……こう言っては何ですが、随分積極的で冒険的な提案ですね? 或いは投機的とでもいいましょうか……宜しいのですか?」

「彼らには失うモノがありませんからな。金も、地位も、名誉も、名声も要らず。ただ欲すのは自らが学問に集中出来る環境と、切磋琢磨出来る学友だけです」

「……何とも有り難い話ですね、現状では」

 リズの台詞にロッテも頷きで返す。今までお金の話をしていただけに、ソレが余計に尊く感じられるのは……まあ、仕方ないであろう。

「……分かりました。予定の方はロッテ、貴方の方で適当に」

「御意に」

 そう言って頭を下げるロッテ。まあ、勇者召喚など成功する訳もあるまいが……ストレスフルな環境に耐える、この若き女王陛下の一寸の気晴らしにでもなれば儲けものか程度にロッテは考えていたのだ。



 ……この時までは。



◇◆◇◆◇◆


「……少なくとも、今の私は『普通の』銀行員です」


 魔法陣から呆気ない程に簡単に現れた青年に、ロッテは目を丸くした。正直、異世界から勇者を召喚、なんて突拍子もない与太話、信じる信じない以前に子供のままごと程度にしか考えていなかった。オチの無い観劇程度に考えてこの場に参加したのに、蓋を開けてみればどうだ? あっさり召喚に成功したではないか。

「……勇者様……では、無いのですか……」

「……大変申し訳ありませんが。私は何の力も無い、普通の人間です。貴方の……失礼、お名前をお伺い致しても宜しいでしょうか?」

「え? ……あ、ああ。これは失礼しました。私はフレイム王国第五十二代国王、エリザベート・オーレンフェルト・フレイムと申します。異世界よりの友人よ、宜しくお願いします」

 スカートの端をちょんと摘まみ、軽く頭を下げて見せるエリザベート。

「これはご丁寧にどうも。先程も自己紹介をさせて頂きましたが、私の名前は松代浩太。住越銀行に勤める……まあ、サラリーマンですね」

「サラリーマン……というのは、具体的にはどの様な称号なのでしょう?」

「称号ではありません。職業……は正確ではありませんが……名称、ですかね?」

「例えば剣技に秀でていたりする方に与えられる特別な名称とか?」

「いいえ」

「魔法が扱える」

「扱えませんね」

「古代の神秘を解き明かす、賢者の様な知性を……」

「兼ね備えていません」

「こう……神々との交信なんかが!」

「出来たら不味い事になりますね。電波、と呼ばれるでしょう。サラリーマンはサラリー、つまり給金を貰って働く従業員の総称です。日本……ええっと、私の国では大多数の人間がこの『サラリーマン』です。『魚屋』とか『八百屋』等の固有名詞と思って頂ければ当たらずとも遠からず……でしょうか?」

「それでは……普通の名称では無いですか!」

「ええ。ですから私は最初に自己紹介したんです。『普通の』銀行員だと」

 浩太は肩を竦めて見せ、言葉を続ける。

「ですので……折角召喚して頂きましたが、私には何も出来ません。召喚した以上、何かしら大変な事情がお有りかとは思いますが……」

 そうして、『何のお役にも立てず申し訳ない』と頭を下げる浩太と……顔を真っ青に染めるリズの姿がロッテの視線に入った。


 ……まずい、ですな。


「……所で、女王陛下。これは純粋な興味からなのですが……一体、何があったのでしょうか? テンプレートをなぞるなら魔王、という線だと思いますが?」

「ふぇ!? え、ええ! そ、その……ま、魔王では無く……」

「魔王では無い、と言う事は……龍、とかですか? 宇宙からの侵略者という線もあるのでしょうが……よほど、恐ろしい相手何でしょうね……」

「え、えっとですね……その、恐ろしいというか、何と言うか……」

 しどろもどろになるリズを見つめ、ロッテは大きな溜息を一つ。



 ……まさか、『成功すると思わずつい召喚しちゃいました』なんて理由だとは思わないだろうな、と思いつつ、敬愛する陛下の元へはせ参じたのであった。



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